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六月八日 将太、報酬を受け取る

 依頼された仕事を終えると、桜田将太は意気揚々と家に戻った。あんなものは実に簡単だ。普段やっていた事を、いつも通りにやってのけただけ……こんな事で金が稼げるのなら、ありがたい話である。

 そう、悪党を殴り倒すだけで金になるのならば……まさに天職だ。




 先日、ポストに入っていた紙。それには、佐藤隆司という男の住所や電話番号などが書かれていた。

 そして最後に、こんな文章で締めくくられている。


(この佐藤隆司は、許すことが出来ません。あなたの力で叩きのめしてください。ただし、命に別状がないように注意して……そうすれば、僅かではありますが謝礼をお支払いします)


 佐藤隆司という男は、かつて人を殺した挙げ句に刑務所に入っていたらしい。しかし服役していた期間は、たったの七年である。ひとりの人間を殺して七年とは、あまりにも軽い。

 そんな奴を叩きのめして金を貰えるのなら、実にありがたい話だ。


 やがて、将太は立ち上がった。謝礼を払う、と書かれていたが……そろそろ入っているかもしれない。果たして幾らだろうか。まあ、ただ働きだとしても一向に構わない。少なくとも、人殺しに制裁を加えることは出来たのだから。

 そう、悪党どもに制裁を加える……それこそが、将太の願いなのだ。悪党ならば、どんな目に遭わせても構わない。ましてや人殺しならば、自分が殺されても文句は言えないはずだ。


 そんなことを考えながら、将太は玄関を出だ。そっとポストの中を覗く。

 すると、封筒が入っていた。表面には何も書かれていない。触れてみると、紙のような物が入っているのが分かる。しかも、一枚や二枚ではない。

 将太は、思わず周囲を見回した。

 しかし、人の姿はない。

 封筒をポケットにねじ込み、将太は素早く家の中に入った。家に入ると同時に、中身をチェックする。

 やはり、現金が入っていた。一万円札が二十枚……将太にとって、決して安い金額ではない。彼が一月の間、真面目に働いて貰える給料と大して変わらない額だろう。念のため確かめてみたが、ニセ札ではなさそうだ。

 さらに、紙幣とは違う別の紙も入っている。例によって、ノートの切れ端のような紙だったが、そこにはこう書かれていた。


(ありがとうございます。見事なお手並みでした。また、頼むこともあるかもしれません。その時は、よろしくお願いします)


 将太は、思わずほくそ笑んだ。仕事をクビになった今、この収入は非常にありがたい。だが金額よりも、自身のこの腕を活かして収入が得られた……この事実は、将太にとって何とも言えない満足感をもたらしたのだ。

 片目の視力を失い、格闘家を断念しなくてはならなくなった将太。彼はそのまま漂うように生き……そして気がつくと、夜の闇に紛れてチンピラを狩る喧嘩屋になっていた。

 だが、もう一度……闘う事を生業に出来るのかもしれない。将太は、忘れかけていた思いが再び胸の中に甦ってくるのを感じた。


 そう、将太はこれまでの人生において……常に満たされない何かを抱えていたのだ。格闘技という、自分の全てを発揮できる場を奪われ、漂うように生きてきた。

 そんなある日……偶然のことから、路上での喧嘩を久しぶりに経験し、相手を叩きのめした。以来、将太は路上の喧嘩を繰り返してきた。失ったものの代償をそこに求めるかのように……。

 そして将太は、今の生活のきっかけとなった出来事を思い出していた。


 始まりは、ごく些細なことだった。仕事が上手くいかず、苛ついていた将太。夜の町を歩いていたら、二人組の少年と肩がぶつかったのだ。

 すると、すれ違い様に――

「おい痛えな! ブッ殺すぞ!」

 いきなりの罵声。その瞬間、将太の理性のタガは飛んでいた。その場で振り返り少年を睨みつける。すると少年たちは、肩を怒らせ凄んできた。

「何だてめえ! やんのかよ!?」

 そんな少年たちの前で、将太はゆっくりと両拳を上げて構える。

 すると、少年はゲラゲラ笑った。

「何やってんだよ! 僕はボクシングやってますよアピールか!? んなもんでビビるとでも思ってんのか!? 喧嘩はな、別物なんだよ!」


 しかし、闘いはすぐに終わった。将太の繰り出す、僅か数発のパンチで終わったのだ。顎を突き出しながら、威嚇してきた少年……その突き出した顎に体重を乗せた右のストレートを打ち込む、それで闘いは終わりだった。闘いの時には、顎を引いて構えるのがセオリーだが……それすら知らない、ただの素人であったらしい。

 そして、もう一人の方も二発のパンチで片が付いてしまった。


 実際のところ、将太は路上での喧嘩は久しぶりであった。中学生の時以来だろうか。とはいっても、人間として成長したからではない。格闘技に打ち込む中で、喧嘩などしている暇が無かっただけなのだが。

 格闘技と喧嘩は違う……不良少年たちが、よく口にする言葉である。

 確かに、格闘技と喧嘩は違っていた。あまりにも呆気ない幕切れである。ついさっきまで、居丈高な様子で怒鳴っていた不良少年。だが、将太の一撃で倒れてしまったのだ。

 それ以来、将太は路上での喧嘩を繰り返した。自身の内にくすぶっているものを吐き出すために。

 さらに、自身の歪んだプライドを満たすために。




 路上で暴力を振るい、自己を確認してきた将太。仕事はクビになってしまったが……その暴力を仕事に出来るのなら、望むところである。

 しかも、相手は人殺しなのだ。悪党を叩きのめして金を得られるのなら、願ったり叶ったりであろう。


 将太は今、有頂天になっていた。しかし、少し冷静になれば気づいた事……今の状況は恐ろしく危険だという事実には、全く考えが及ばなかった。

 そう、何者かが将太の行動を監視しているのだ。しかも、ついさっき佐藤を叩きのめしたばかりだというのに、ポストに金と手紙とが入っている……これは、明らかに個人のイタズラではない。複数の人間が絡んでいる。組織的なやり口だろう。

 しかし、彼はその事実について深く考えることがないままだった。


 やがて将太は、トレーニングを開始する。高揚した気分の中、体を動かし始めた。まずは、ストレッチを始める。彼にとって、もはや習慣となっている行動である。

 体を動かしているうち、些細な疑問は全て消え去っていた。







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