プロローグ
美しさを知った。
初めて、心から美しいと思えた。
季節は春。三月下旬。
まだ肌寒い夜の中、僕、黒野修は真っ黒なアスファルトの上を歩きながら思い出す。
先に見た刃の少女を思い出す。
どこまでも黒色の夜の中で、少女の持つ刃は月光を浴び、輝き、黒さ纏った夜風は彼女の短い髪を揺らし、刃のように鋭い視線は夜を切り裂いていた。
切り裂かれてできた夜の傷口から出た彼女の心と思われるものが、僕を見つめる。そして思う。
その刃で
殺されてもいい、と。
少女は刃を振り下ろした。鮮血が舞う。
無表情なまま、ただ死体を見つめていた。すると、いつの間にか刃は消えていて、刀身が反射していた光も消えていた。闇が濃くなった。絶望の色だった。
彼女は僕には気づかず、闇へ潜って行った。
声を出すこともできず、僕は彼女を見送った。
たちまち、僕の周りはみんな真っ黒になって、絶望が襲う。
僕はこの暗闇から逃れようと、今、鮮やかな記憶だけに縋って夜を彷徨っている。
今何時なのだろうか、家に帰らなければならないのに、まだ帰りたくない。
彼女を思い出す。
夕飯はまだ食べていない。でも腹は空かない。
彼女を思い出す。
喉も潤い続けて。月を見る。
彼女を思い出す。思い出す。思い出す。
月夜の刃の少女の姿が僕の中の全てになった今、僕は明日を迎えることが出来るのか不安に感じた。
なんというのか、このまま死ぬまで夜を彷徨う気がしてならないのだ。だとしたら、この夜が終わりませんように。なぜなら、彷徨い終わったら死ぬのだから。夜が終わったら死ぬのだから。
そして、この夜が終わったら僕は消えるのだろう。
そうなのだ。つまりは、今の僕は
夜にしか生きられない