彼女の事情
勇者様のお宿での様子を書こうと思いましたがこっちの妄想が止まりませんでした。
-- 魔導の目覚め --
魔力が絶え、薄暗くなった広間に少女の嗚咽が響く。
シア・フリーゼは最愛の人と生き別れたこの運命に涙していた。
つい先程まで感じていた彼のぬくもりはもう指先にも頬にも、唇にも感じられない。
奥手だった彼が初めて互いに触れ合った唇。
たしかに触れたと思う。
でもこれが最後になるなんて。
もう彼と二度と会うことが出来ないなんて。
五百年生きてきて初めてだ。
こんな屈辱は初めてだ。
「……未知の魔導で時空間転移か……。大魔導とうたわれた、この私への挑戦状だね」
ククッと少女の口から嗚咽とは異なる音が漏れる。
「……シア?」
仲間の戦士が心配そうに声をかける。彼が勇者とは一番付き合いが長い親友だった。仲間たちを誰よりも心を配って守ってきた。
そんな彼の声をよそにシア・フリーゼは歓喜の声を上げた。
「クハハっ、いいじゃないか。やってやろうじゃないか。大魔導オルガフリーゼ様が勇者アレン・グランフォードを絶対に見つけてみせようじゃないか」
シア・フリーゼ……いや、大魔導オルガフリーゼは不敵な笑みを浮かべつつそう宣言した。
-- 大魔導オルガフリーゼ --
魔女の山に住む魔女たちの王。あらゆる魔術魔導に精通した賢者。毒と薬を自在に操る魔性。聖人をも虜にする妖艶な美女。悪い子にしていると夜中にオルガフリーゼにさらわれる。
そんな書ききれぬほど数々のエピソードを持ち、れっきとして存在し人々の口に上る伝説の存在。
それが大魔導オルガフリーゼこと、ヴェルゼシア・オルガフリーゼであった。
オルガフリーゼは、ある時は恐れられ、ある時は敬意を受け、またある時は愛を向けられてきた。
オルガフリーゼ自身は自らの縄張りから滅多に出ることなく、人々からの依頼で薬や毒を調合したり、魔物を退治したり、天気を変えてやったりと暮らしていた。
人の道に反したことはやって来なかったつもりであったが、さる高貴な方に薬を処方してやればその政敵から恨まれ、毒に至っては言うに及ばず、魔物を退治すれば眷属にするだの食って魔力をためているだの散々に言われた。
不死の法を得て、永遠の美貌を保てば言い寄る男には事欠かず、それなりの経験を積んできたものの、彼女が若さを保ち続けていれば吸精鬼だとかなんだとか。
そんなこんなで恐れられ、忌まれ、頼られ、魔女になって数百年はおおむね城の周囲にこもって暮らすことが多かった。
そうして半ば隠遁しながら生活していたある日、薬草園の自慢の花園でお気に入りの魔獣とじゃれていたら、急に魔獣がバラバラにされた。
呆然とする魔女。魔獣は大丈夫。魔力で体を作った擬似体の召喚獣だからまた魔力を注いでやれば復活する。
彼女が見つめていたのはその後ろ。崩れ落ちる魔獣の後ろにいたのは剣を収めるアレンの姿だった。
さわやかな容姿に魔獣を一撃で葬るその剣技。はにかみながら彼が無事を聞いてきたがその時すでに魔女の心はここになかった。
一目惚れだ。
お気に入りの魔獣がやられたとかそんなことも気にならずの一目惚れ。はえぬきどまんなか一直線だ。
アレンの一挙手一投足にキュンキュン来てしまう。
何百年生きてこようと、乙女回路に火が入れば一瞬にして乙女モードは全開である。
乙女モードから我に返った時、魔女は迷子になって魔獣に襲われた、近くの村の少女ということになっていた。無意識にうなづいていたらしい。
確かに魔獣とじゃれているところは、他の人が見れば襲われているようにしか見えない図ではある。
勇者の話によれば、彼は近隣に住む帰属の依頼を受け、仲間とともに魔王の手先となった魔女の討伐に来たのだという。
もちろん魔女というのはオルガフリーゼのことである。近隣の貴族といえば誰かはよく知っている。よく毒薬を購入していくアイツだ。
毒薬の力で一定の地位を確保してその秘密を知っている魔女を勇者を使って亡き者にしてしまえということだろう。
腐った野郎である。
だが、魔女はこれを否定しなかった。
それどころかついていくと宣言した。城の中にいれば城のことはその場で自由に操ることが出来る。
この場に留まったまま、城の奥に自分の影武者を建てることなどたやすいのだ。
同行を宣言すると、アレンに見つめられ、思わず赤くなってしまった。
「……シア……フリーゼ……です」
うっかり本名を名乗ろうとしてしまったが呆けて発音が溶けてしまった。むしろ良かった。討伐対象の名を口走ってどうする。殴り愛は御免だ。
純白の魔法使いシア・フリーゼはここに誕生した。
なお、魔女の用意した影武者は城内を熟知するシアと勇者の超絶剣技により、すぐさま討伐されました。
また、魔女の暴露により討伐依頼を出した貴族は王都からの巡察官に横領と暗殺の罪で投獄されました。
短くてすいません。
日産一万字の方々は本当にすげぇ生産力だなと思う次第……。
次回はもうちょっと早い間隔で投稿いたします予定。