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ドロテア様とグレオの結婚式が近付く。マリアと話した事もあり、俺は感傷に浸っていた
そして無意識のまま、俺は幼少の頃のドロテア様とよく遊んだ中庭へ足を踏み入れる
昔と変わらないこの場所の真ん中には、大きな木が生えている。建国時に初代国王が植えた木、らしいが、そんな大切な木をドロテア様は無邪気に上っていらっしゃった
何度も注意をして降りてもらい、その次の日にはそれをすっかり忘れたドロテア様をまた叱り・・・
あの時は気苦労が多かったが、身寄りがなかった俺にとっては妹みたいなもので・・・というか、今となっては妹より大切な存在になってしまったのだが
「ドロテア様・・・」
俺は、思い出の木となってしまったその大木に触れながらそう呟いてみる。すると、庭の茂みが風もないのにガサッと音を立てた
「っ誰だ・・・・!」
もう夜も深く、こんなところに来るのはよほどの変わり者か俺だけだ。俺はそう叫び、刀の柄を警戒して掴む
すると、出てきたのはフード付きのマントを羽織ったドロテア様だった。俺はホッとしつつも、ドロテア様に
「ドロテア様、こんな夜遅くにこのような場所に来てはいけません。お部屋にお戻りください」
そういつものように説教をしてみる。この説教もあと幾日もすれば言えなくなるのだと思えば、少しだけ言いたくなくなってしまいそうになる
しかし、ドロテア様は聞き入れては下さらず、何を思ったか俺のほうに全力で走ってきて抱きつかれたのだ
「?!ド、ドロテア、様?!な、なななにをなさるのですか・・・!」
俺は辺りを見回し、誰も見ていないか確かめつつ、抱きついたままのドロテア様に焦りながらそう言う
一般人ならまだしも、相手は数日後にご結婚される年頃の、しかも一国の姫だ。こんな歳のいった大の男に抱きついて良いわけがない
「今すぐお離しください・・・!他の者に見られたらどうするおつもりで」
「嫌・・・!」
なかなか離してくださらないドロテア様に、俺は説得しようと試みたが、一喝されビクッと動きを止めてしまう
すると隙のできてしまって何も言えない俺に、ドロテア様が
「どんな人に見られてもいい・・・・・!お父様やお母様、いいえ国民全員になんと言われようとも・・・・私は貴方が好きなの・・・・!」
そう追撃されてしまい、一瞬どころか硬直せざるを得なかった
ドロテア様に気に入られているのは知っていた。しかしその好意は、ドロテア様の父である国王の部下に対しての親しみであり友人としてのものだと思っていて、自分とおんなじ様なものだとは、まったく考えもしなかったのだ
「私がお洒落に芽生えたのだって・・・・、貴方の気を引くためだったし・・・っ。貴方がこのネックレスを買ってくれた時、脈ありかなって思っちゃったのにっ・・・!・・・・貴方ちょっと鈍すぎるから、気づかなかったでしょ・・・?」
ごもっとも、と言えるその言葉を口にしながら泣きじゃくるドロテア様に、俺は変な気を起こそうとしてしまったが、国のこと、そして何より自分を信頼してくださっている国王のことを思い出し、サッと冷静に戻った
「・・・・・いいですかドロテア様、貴女様には神がお決めになった結婚相手であるグレオ様がいらっしゃいます。私のような者にそのような好意を向けられるのはお門違いです」
俺がドロテア様の両肩を掴み、ドロテア様にそう告げると、ドロテア様は下唇を噛んだ後
「お門違いなんかじゃないわ・・・・!それとも、クラウスは・・・私が嫌いなの・・・・?!だから、私にあんな目つきの悪い蛇みたいな男と結婚しろだなんて無理強いするのね・・・!!」
泣いたまま怒った様な表情でそう言うものだから、ついに俺の中に何かが切れ
「嫌いじゃありません!むしろ大好きです!愛しているんです・・・・!」
と怒鳴ってしまった。ドロテア様はその言葉に、えっ?となり、俺はまたやってしまったと自分の考えなしを恥じた
今回ばかりは誤魔化すのも難しいかと思った俺は、言い放った言葉をそのままにし、話を続けた
「私には幼い頃より身寄りがありません。貴女様のお父様である王様に拾っていただかれねば、今頃この世に存在していたかどうかも危うかったでしょう。近衛騎士隊長などという大層な名前の位は持ってはいても、名ばかりの、ただの兵士です。
・・・・そんな人間より、きちんと名のある位の方とご結婚なされたほうがよろしいということは、火を見るよりも明らか・・・・。私はただ、ドロテア様に・・・・幸せになってほしいだけなのです」
神が決められた結婚相手のグレオには、いい噂を聞かない。だが代々この国の大臣を務めるローレンス家の嫡男だ。しっかりとした家柄だし、金も持っている
だから、俺はドロテア様にこう言うしかなかった
ドロテア様は、俺の話を聞いて、少し泣き止んでいた顔をまた歪ませ、大泣きし始めた
これ以上ここに居ては、ドロテア様の体が冷え、風邪を引かれてしまうと思った俺は、ため息をつきながら強行突破として、ドロテア様を俗に言うお姫様抱っこ、なるものをして部屋までお連れすることにした
部屋に戻れば、マリアが心配した面持ちでその場をうろうろしていて、俺とドロテア様の顔を見てホッとした表情をした
マリアは俺からドロテア様を預かり、ベッドへ横たわらせると、俺のほうに向き直り
「姫様を泣かせるのは、貴方であろうと許さないから」
そうゾッとする位怖い顔で言ってきて、俺は何もいえないまま、部屋から出て行った