表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

scene 10「闇に消えた真相」

算数が苦(ry

 その日、学校は朝から大騒ぎだった。

 廊下のあちこちで生徒たちがグループを作り、落ち着きなく語り合っている。

 その会話にそれとなく耳を傾けると、自殺という単語が共通して飛び交っていた。誰かが自殺をした、という話らしい。

「穏やかではないですね」

 登校したばかりの宮下千尋は、ざわつく廊下の様子を冷たい眼差しで一瞥した。そして教室の自分の席に向かうと、前に座る友人に声をかけた。

「近藤さん、おはようございます。何やら校内が騒がしいようですけれど?」

 挨拶のついでに、それとなく探りを入れる。

「あ、宮下さん。おはよう」

 近藤と呼ばれたクラスメートは、いかにも喋りたそうな顔で振り向いた。

「あのね。昨日の放課後、旧校舎の裏手で飛び降り自殺をした生徒がいたんだって」

「ふぅん」

 だいたい予想通りの答えが返ってきたので、千尋は適当に相槌を打った。自分と関係のない人間が死んだところで、千尋は何とも思わない性格だった。

 今頃は旧校舎に警察が来て、あちこちに黄色いテープを張って、さぞかし物々しい状況になっていることだろう。などと、他人事のように想像を巡らしていた。

 ところが……

「噂によると、自殺したのってバスケ部の人らしいけど。宮下さん、確かバスケ部のマネージャーじゃなかったっけ?」

 着席しようとしていた千尋は、危うく椅子から落ちそうになった。

 自殺者がバスケ部の部員となれば、さすがの千尋も一抹の動揺を隠せなかった。明らかに自分の知っている人物なのだ。

「バスケ部の……誰?」

 血相を変えた千尋が、身を乗り出すようにして詰め寄る。その豹変ぶりに気後れしたクラスメートは、仰け反りながらもすぐに答えた。


「岡部みゆきさん。女子バスケ部の」


 千尋は、驚くよりも先に尚人のことを思い浮かべた。みゆきが自殺したというのなら、彼が何らかの形で関わっているのではないか。咄嗟にそう思ったのだ。

 千尋はすぐに尚人の教室へ行こうと立ち上がったが、ちょうどチャイムが鳴ったので、教室から出て行く機会を逸してしまった。

 間もなくホームルームが始まると、担任の口からみゆきの死について簡単な説明があった。

 ハッキリ自殺であるとは言わず、曖昧に濁した情報だ。

 その他には、今日の授業の変更や自習について、警察の事情聴取に対する受け答え、部活動禁止について、などなど。結局その話から、千尋の知りたいことは何も得られなかった。

(早く阿久沢先輩に会いたい)

 千尋の頭の中はそればかりで、授業の内容など半分も聞いてはいなかった。

 やがて待ち遠しかった昼休みになると、千尋は早足に二年生の教室が並ぶ廊下まで向かった。ちょうど尚人が、教室から出てくるところだった。

「ちよっと阿久沢先輩!」

 千尋が小走りに近づく。

 彼女の来訪を予期していたのだろう。尚人は口に人差し指を当てて黙らせると、迷わず千尋の手を取って学食まで向かった。

 ふたりで適当に昼食を選び、トレーを持って一番隅のテーブルに座る。ここなら、よほど大きな声でも出さない限り、誰かに会話を聞かれる心配はない。

「来ると思ってたよ、宮下。『恋人契約』終了の件だろ?」

 そう問われると、千尋は呆れ顔で溜め息をついた。

「最終的にはその話になるのですけれど……。幼なじみが亡くなったというのに、随分あっけらかんとしていらっしゃるのですね。岡部さんについてのコメントはないのですか?」

 千尋は、声のトーンを落として問いかけた。尚人も小声で応じる。

「別にないよ」

「冷たいのですね。では、岡部さんは本当に自殺だったのですか?」

 その問いに、尚人の眉がピクリと動いた。

「たぶん……宮下が想像している通りだ」

「だとしたら、阿久沢先輩は恐ろしい人ですね」

「はは、警察に通報するかい?」

 冗談めかして訊ねる尚人だが、その表情は真剣で、余裕など欠片もなかった。よく見ると、指先も心なしか震えている。

 千尋は小さく首を振った。

「私もマネージャーの件で岡部さんに嫌われていましたから。そう言えば分かるでしょう?」

「つまり、この件は黙っててくれると?」

「ただし口止め料として、学食のデザート。一ヶ月延長して頂ければ手を打ちます」

「そいつは助かる。財布の方は先月から悲鳴をあげっぱなしだが」

 尚人は苦笑を浮かべて了承した。

 それを確認すると、千尋は改まった表情で質問の角度を変えた。

「それで、完全犯罪の見込みはあるのですか?」

 尚人が首を傾げる。

「どうだろうな。みゆきの靴は屋上に揃えておいた。遺書はないが、自殺っぽく見えるように。あと、みゆきが旧校舎の鍵を持ち出すところを目撃した人がいたらしい」

「それは運が良かったですね。例の『バスケ部事件』もありますから、自殺の動機も充分といったところでしょう」

「だといいがな。どのみち俺たちに選択の余地はなかった。やらなければ、俺がやられていた。みゆきの協力者が遠山でなかったら、『自殺』をしていたのは俺の方だったはずだ」

 そこまで話すと、尚人は話を打ち切るように身を引いた。隅の席とはいえ、学食に人が増えてきたので警戒したのだ。

「何にせよ、これで私もお役ごめんですね。ようやく偽りの恋人ともオサラバできます」

「今まで済まなかったな」

 ――恋人契約終了。

 話題の途切れたふたりは、何事もなかったかのように黙々と食事を続けた。口止め料のデザートまでペロリと平らげた千尋が、やがて静かに席を立つ。

「ごちそうさま。では、私はもう行きます。お幸せに、阿久沢先輩」

 千尋はそう言うと、満足そうな表情で学食をあとにした。

時系列的には、この話が最終話になります。

作品の方はもう少し続きますので、お付き合い頂ければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ