表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/11

scene 04「恋の宣戦布告」

sceneが01から04に飛んでおりますが、算数が苦手なわけではありませぬ(キリッ

仕様です。

 翌日の放課後。

 日直の仕事を終えて部活に行こうとした岡部みゆきは、玄関先でひとりの女子生徒に呼び止められた。

「岡部さん、ちょっと」

 声をかけてきたのは、男子バスケ部の新人マネージャー、宮下千尋だった。

「……」

 みゆきは眉をひそめた。

 千尋の顔を見て、嫌なことを思い出したのだ。彼女は、みゆきの第一志望、つまりマネージャーのポジションを勝ち取った人物だった。

「少し話したいことがあるのですけれど、よろしいかしら?」

 丁寧に訊ねているが、有無を言わさぬ高圧的な口調だった。

 みゆきは平静を装いながら、頭ひとつ背の低い千尋を見下ろした。

 クセのないストレートの黒髪に、水色の下縁メガネ。一重まぶたのクールな目が、みゆきを値踏みするように見返してくる。

 ――気に入らない。

 みゆきは、千尋のことが大嫌いだった。

「わたしこれから部活なの」

 相手をしたくなかったみゆきは、クルリと踵を返して立ち去ろうとする。

「阿久沢先輩のことで、大事なお話があります」

 みゆきの心を揺さぶるように、千尋はサラッと尚人の名前を口にした。およそ感情の籠もらない声が、余計に腹立たしい。それでもみゆきは、聞こえなかったフリをして歩調を速める。

「無視ですか? もしかして、マネージャーの件を逆恨みしてらっしゃるのでは?」

「……っ」

 図星を突かれ、思わず振り返ってしまう。

 するとそこには、ニンマリ笑う千尋が悠然と佇んでいた。このまま立ち去ったら、負けを認めたような気分になるだろう。そう思ったみゆきは、千尋の前まで大股で戻ると、彼女の細い腕をむんずと掴んだ。

「痛いわ、岡部さん」

「いいから、ちょっとこっち来て!」

 校舎の隅にあるベンチまで千尋を誘導すると、そこに押しつけるように座らせる。それから、みゆき自身もとなりに腰を下ろした。

「それで、わたしに何の話?」

 不機嫌を隠そうともせず、突き放すように問いかける。内容によっては喧嘩になるかもしれない。みゆきはそう覚悟していた。

「私事で恐縮なのですけれど、私は阿久沢先輩のことが好きになりました」

 千尋はまったく恥じらう素振りもなく、極めて事務的な口調で告白してきた。

 普通なら「告白する相手が違う」と一蹴するところだが、みゆきは「またか」と溜め息交じりに思った。彼女にとっては日常茶飯事だった。

 これまでにも、尚人が好きだという女子から、尚人の誕生日や好きな食べ物などを訊かれたことがある。要するに、幼なじみなら知っているであろう尚人の情報が欲しくて、みゆきに告白してくるのだ。

 そのたびにみゆきは、お気の毒さまと思う。

 そして、尚人のカノジョは自分に決まっている、と心の中で優越感に浸りながら、ことさら丁寧に尚人の情報を教えるのだった。

 この宮下千尋という女も、気の毒な「片想い組」のひとりなのだ。そう思うと、みゆきは笑いを堪えるのに苦労した。

「それで、宮下さんは尚人の何を知りたいわけ? 誕生日とか?」

 しかし千尋は首を振った。

「岡部さんは、何か勘違いをされているようですね。私は質問がしたいわけではありません。誕生日が知りたいのなら、本人から直接訊けば済む話でしょう?」

 そう答えると、千尋は小馬鹿にしたように鼻先で笑った。

「ぐっ……」

 みゆきが小さく声を漏らす。今度は、込み上げる怒りを隠すのに苦労した。冷静になれ、と自分に言い聞かせながら、素早く思考を巡らせる。

 確かに千尋の性格なら、誕生日くらい本人に直接訊ねることだろう。つまり彼女は、尚人のパーソナルデータを入手しに来たわけではないということだ。

「だったら何の話? わたし、そろそろ部活に行きたいんだけど」

 もはや苛立ちを隠そうともせず、みゆきは語調をいっそう強めて訊ねた。

「それは失礼しました。では単刀直入に申しますけれど、私は明日、阿久沢先輩に告白するつもりです。それをあなたに伝えておこうと思いました」

「は?」

「岡部さんは阿久沢先輩の幼なじみ。表向きは腐れ縁をアピールなさっておいでですけれど、本当は彼のことが好きなのでしょう? ですから、事前に知らせておこうと思いました。いきなり彼を横取りするのも悪いですから」

 そう言って、千尋は挑発的な微笑を浮かべた。

 みゆきはあまりのことに圧倒され、しばし言葉を失った。しかし、すぐにいつもの余裕を取り戻す。そして千尋の無謀すぎる宣戦布告を、心の中でせせら笑った。

「宮下さんが尚人にコクるのは自由よ。わたしに断ることも、遠慮することもない。必要なら応援してあげてもいいけど?」

 みゆきは、心にもない言葉で千尋に応じた。

 尚人が千尋を選ぶなどありえない、と確信しているからだ。こんな地味眼鏡の冴えない女を、モテモテの尚人が相手にするはずがない。

 盛大に振られてしまえ。みゆきは心の中でそう毒づいた。

「どうせ宮下千尋は振られる、と腹の中で思ってらっしゃるのでしょう、岡部さん?」

「え……!?」

 再び図星を突かれ、みゆきは驚愕のあまり息を呑んだ。

「結果を楽しみにしていてくださいね。明日になれば分かります。ご愁傷さま」

 千尋の自信に満ちた声が、みゆきの耳朶を容赦なく貫く。

「それでは私も部活がありますので、これで失礼します」

 千尋は小さな身体を翻すと、みゆきの前から颯爽と立ち去っていった。

 残されたみゆきは、その背中を黙って見送ることしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ