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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第四章 『Chapter:Venus』
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第七話 『誓約』

「また明日ねー」


 人工樹林の入り口に戻ってきた私たちは、海鉾さんのそんな台詞とともに、それぞれの帰り道に分かれ、軽く手を振った。もちろん、五人全員の帰り道が同じわけではないので、比較的学校に近い場所に住んでいる私と土館さん、それとは逆の方向に住んでいる遷杜様と海鉾さんと冥加さんの、二つのグループに分かれて帰る形になった。


 とはいっても、私と土館さんは家の方向が同じでも住んでいる場所はまったく違うので、ここから五分程度歩いただけで分かれることになる。また、確か、遷杜様と海鉾さんはそれなりに近い位置に住んでいたと思うけど、冥加さんは二人とは離れた位置に住んでいたはずだ。


 だからといって、どうということでもないけど。


 結局、今日は地曳さん殺人事件に直接関係する情報を得ることはできなかった。でも、直接的ではなく間接的に関係している情報ならいくつか得ることができた。


 おそらく、土館さんが人工樹林に入ってから独り言を話していたことは、事件とは関係ないだろう。土館さんは、昨晩私に連絡をしてきていないし、今朝もいたって普段通りにしていた。


 それに、天王野さんや仮暮先生から地曳さんが殺されたと言われたときも、他の人たちに比べると土館さんは悲しんでいたように思えた。とりあえず、土館さんのことは無関係として、しばらくの間は放置しておこう。


 私が得られた情報というのは、冥加さんが実際に地曳さんの殺人現場に来たことがあるかもしれないということだ。人工樹林の中に入ってから私たちを先導していたのは遷杜様と冥加さんで、遷杜様は冥加さんのほうを向いて話していることが多く、冥加さんは時折周囲を見回すそぶりが見えていたから、これは確定事項だろう。


 そして、帰り道の人工樹林の中で、海鉾さんが冥加さんに聞いたとき、冥加さんが明らかに動揺していたことや、遷杜様がそれに気がついていなかったことから、冥加さんのみが地曳さんの殺人現場に来たことがあり、遷杜様と海鉾さんは来たことがないという結論を導き出すことができる。


 ただ、昨晩私に電話をしてきた遷杜様のこともあるし、まるで冥加さんの行動を見ていたかのような言い方をしていた海鉾さんのこともある。もちろん、この話に上がった人たちが嘘をついていたり演技をしているという可能性もあるけど、そこまで突き詰めて推理するとなるともう少し確実かつ価値のある情報が欲しいところだ。


 あとは、天王野さんはほぼ確実に地曳さん殺人事件に関係しているということだ。昨晩私にFSPの人間五人を派遣するように言い、今朝私たちに地曳さんが殺されたことを伝えた。さらに、いつの間にか人工樹林にあったとされる地曳さんの死体を、FSPの人間五人に片付けさせたという手際の良さだ。


 今のところ、私が分かっている情報をまとめると、昨晩殺されたのは地曳さん。地曳さんは地曳さんが知らない何者かによって殺され、私にメールを送ることでその犯人を伝えようとした。しかし、それに気がついた犯人は、一通目のメールを上書きするために二通目のメールを送った。


 また、地曳さん殺人事件に関係している可能性が高いのは、遷杜様、天王野さん、冥加さんの三人。遷杜様と天王野さんは、私に電話で不可解なことを言った。冥加さんは今朝からどこか様子がおかしかった。


 そして、おそらく天王野さんに指示されたFSPの人間五人はFSPそのものに独断で地曳さんの死体を片付け、その情報を外部に漏らそうとはしていないのだろう。


 あと、冥加さんは人工樹林に入ってから私たちを先導して、何もない人工樹林の一角を地曳さんの殺人現場だと言い張ったことから、冥加さんも天王野さん同様に実際に事件現場にいたということが分かる。


 それと、海鉾さんは冥加さんにそのことを問い詰めた張本人であり、もしかすると、昨晩何らかの理由で人工樹林の近くに来ていたのかもしれない。そのときに、人工樹林の近くにいた冥加さんの姿を見かけ、地曳さんが殺されたことについて何か知っていると思った海鉾さんはそれを冥加さんに言及しようと考え、問い詰めた。


 ……と、まあ、こんな具合だろう。あとは、昨晩天王野さんのもとに派遣したFSPの人間五人から、今晩私に情報が送られてくるのを待つだけ。


「……金泉ちゃん」

「はい?」


 そのとき、不意に私の隣で一緒に歩いていた土館さんが私に話しかけてきた。それまでずっと、私は知恵の輪を解きながら考え事をしており、土館さんは何をするわけでもなく黙々と歩いていた。


 まさか話しかけられるとは思いもしていなかった私は少々驚きながらも土館さんのほうを向き、聞き返した。すると、土館さんは私のほうを見ずにそのまま聞いてくる。


「さっき……地曳ちゃんの殺人現場に行くために人工樹林の中を歩いているとき、私のことを話していなかった? 金泉ちゃんと海鉾ちゃんの二人で、こそこそと」

「え? ええ。もしかして、聞こえていましたか?」

「うん、まあ」


 地曳さん殺人事件に関することではないというのは分かっていたけど、何で今さらそんな話題を聞いてくるのだろう。いや、土館さんからしてみれば、私と海鉾さんが二人で自分のことをこそこそと話しているのを聞いていたのなら、あまり気分の良いものではないだろう。


 でも、私と海鉾さんが話していたのは、土館さんの様子がどこかおかしいように感じたということのみ。土館さんに聞かれてまずいようなことは言っていないはずだ。だから、そこまで気負う必要はなく、むしろいつも通りの調子で答えればいいだけ。


 ……ただ、それだけのはずなのに。何だろうか、この違和感は。


 ここにいるのは私と土館さんの二人だけで、私に非があるわけでもないのに、なぜか場は重苦しい雰囲気に包まれている。ふと気を抜くと、思わず息を詰まらせてしまいそうになるほど、居心地が悪い。


 一刻も早くここから立ち去ったほうがいい……いや、場所や時間という抽象的なものではなく、土館誓許という一人の女性のもとから離れたほうがいい。そんな、普段ならまず考えないような考えさえ思い浮かんでしまうほど、私はその奇妙な雰囲気に呑まれてしまいそうになっていた。


 ふと、土館さんが私の制服の袖を掴み、私の歩みを止めさせた。どうやら、私はそれらの思考をした結果、無意識のうちに一歩一歩の速度が速くなってしまっていたらしい。


 私の袖を掴んでいる土館さんと目が合う。そのときの土館さんは私のことを凝視しており、一刻も早く私に答えを求めているように思えた。


 いや、厳密にはそうではない。土館さんは私の表面的な部分ではなく、もっと根源的な何かを見ようとしているように思えた。


 額に嫌な汗をかきながら、どこから発せられているのか分からない原因不明の恐怖心を抑えつける。そして、長い間を空けた後、私は土館さんに向かって言った。その間も、私の思考はままならないままだった。


「……ま、まさか土館さんに聞かれているとは思いもしませんでしたわ。申し訳ありません。ですが、私と海鉾さんはそれほど大したことは話していませんわ。人工樹林の中を歩いているとき、土館さんの様子がおかしいように感じましたので、そのことについて話していただけで――」

「そう……金泉ちゃんや海鉾ちゃんにとって、私の様子がおかしいのは『大したこと』ではないって言いたいってこと?」

「あ、いや、そういうことではなく――」

「まあ、私が聞きたいのはそのことじゃないから、別にいいけど」

「……?」


 あれ? でも、確か先ほど、土館さんは私に『私のことを話していなかったか』と聞いたはず。それなのに、『私が聞きたいのはそのことではない』というのはどういうことなのだろうか。


 いったい、土館さんは何を知りたくて、どういう心理で私を引き止めたのか。私は土館さんのことを見返しつつ、そんなことを考えていた。すると、土館さんはまさに無感情という印象を受ける無表情な顔を私に見せつつ、口を開いた。


「私が聞きたいのは、金泉ちゃんと海鉾ちゃんが『私の様子がおかしい』という『大したことではないこと』について話していたことじゃなくて、その前に話していたことのことなんだよ」

「その前に話していたこと……?」

「そう。確か、そのとき、金泉ちゃんはこんな感じのことを言っていたよね? 『「この世界に実在していると思われている存在」が実際には実在していないこともある』って」

「え、ええ。そうですが……それがどうかされたのですか?」

「もしかして、もしかしてだけど、金泉ちゃんは『知っている』の?」

「な、何を……ですか……?」

「『「この世界に実在していると思われているけど、実際には実在していない存在」がすぐ傍にいるということ』を」

「……!?」


 土館さんのその台詞を聞いたとき、私は背筋に寒気が走ったのがよく分かった。


 まさか、土館さんは『この世界に警察が実在していない』という事実を知っている……!? そして、この場面でその話題が上がるということは、土館さんは地曳さん殺人事件に関係している可能性が高い……!?


 これまでの土館さんの行動におかしな点はなかったはず。昨晩から今までを思い出してみても。だから、私は土館さんは地曳さん殺人事件とは無関係と仮定して、しばらくの間は放置しておこうと考えていた。独り言を言っていたのも、そのうち改善されると思っていた。


 でも、今はどうだろうか? 明らかにおかしい。誰がどう見ても、今の土館さんは異常に感じられることだろう。それ以前に、先ほどの台詞が簡単に出てくることや、無表情のまま私の袖を掴んで凝視していることのほうがよほど異常だ。それらからは狂気が感じられ、恐怖心を煽られるほどに。


「あの――」

「ねぇ、金泉ちゃん。何で答えてくれないの? 早く答えてよ。何で答えてくれないの? もしかして、このまま黙り込んでいるつもりなの? 何で答えてくれないの? 私、別に難しいことを聞いているわけではないんだよ? 何で答えてくれないの? 私たち、友だちだよね? 何で答えてくれないの?」

「それは――」

「何で答えてくれないの? 何で答えてくれないの? 何で答えてくれないの? 何で答えてくれないの? 何で答えてくれないの? 何で答えてくれないの? 何で答えてくれないの? 何で答えてくれないの? 何で? 何で何で何で何で何で何で何で何で?」

「ひっ……」


 土館さんは笑っていた。しかし、土館さんの目は大きく見開かれたまま私のことを凝視しているままであり、その目に光はない。つまり、口元だけがかすかに笑っているように見えたというだけのことだ。


 でも、私にしてみれば、それは、今すぐにでも土館さんの体を突き飛ばしてどこかへと走り去って行きたい衝動に駆られるほどのものだった。それほどまでに、私の根源的な何かは土館さんによって犯され、恐怖しているしかなかった。


 どうすればいい?


 私の推理に反して土館さんが地曳さん殺人事件について何かを知っているのは確定的だろう。でも、それは何なのだろうか。あまりにも情報が少な過ぎて、私には分からない。


 それどころか、先ほどから土館さんの言動はおかしいこと続きだ。土館さんは知らないはずの『この世界に警察は実在していない』ことを知っているようなことを言ったり、何度も何度も同じ台詞で問いただしてきたり。


 何がどうなっているのか、もはや私には分からなくなっていた。このまま一生私はこの場で硬直しているしかないのではないか。そんな考えさえ浮かんでしまうほどに。


 そのときだった。


「あれー? そこにいるのは……霰華ちゃんと誓許ちゃんー? 何してるのー? こんなところでー」


 遠くのほうから、そんな声とともに紫色の短髪をしている少女が現れた。というか、誰がどう見ても、その少女は海鉾さんだった。海鉾さんは私と土館さんの姿を確認すると、手を振りながら歩いて近づいてくる。


「チッ……もう少しだったのに……」

「……え?」


 海鉾さんが私と土館さんまで残り三十メートルくらいの地点まで来たとき、土館さんから舌打ちとともに、そんな憎々しそうな台詞が聞こえてくる。次に私が土館さんがいた方向を見たとき、そこに土館さんはおらず、代わりに、遠くのほうを走っている土館さんの後ろ姿が見えた。


「……ありゃ? もしかして、お取り込み中だった?」

「い、いえ……助かりましたわ……海鉾さん……」

「そうなの? よく分からないけど、どういたしまして」


 助かった。そのときの私は、そういう感情で一杯だった。

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