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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第四章 『Chapter:Venus』
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第五話 『到着』

 放課後。私は、地曳さんが何者かによって殺されたことや天王野さんの不可解な言動について調べるために、これからあることをしようと考えていた。それは、実際に『地曳さんが殺されていたという殺人現場に行く』というものだ。


 一応、今晩には天王野さんのもとに派遣したFSPの人間五人から、何かしらの情報が送られてくることになっている。でも、私が推理したことのどれくらいが正しくて、どれくらいが間違っているのか。私は一刻も早くそのことを知りたいという欲求に駆り立てられていた。


 もちろん、無関係な友人たちを巻き込むわけにはいかない。だから、当然のことながら、私一人で行くのが定石だというのは分かっている。しかし、それだけでは圧倒的に人手不足であり、証拠の見落としもあるかもしれない。


 だから、私は地曳さん殺人事件に関係がありそうな友人数名を……場合によってはそれ以外の友人数名を、一緒に殺人現場行って捜索をしないかと誘うつもりだ。今のところ、FSPの組織そのものが地曳さん殺人事件について、死体の後処理や捜査で動いたという報告はないから、殺人現場の状況をありのまま調べられるだろう。


 そして、私が教室に残っている友人たちに声をかけようと思っていたとき、不意に水科さんが教室に残っている私を含めた友人たちに対して声をかけた。その後、遷杜様が返答し、私もそれに便乗する形で台詞を返した。


「みんな、僕から一つ提案があるんだけど」

「提案?」

「今朝、仮暮先生と葵聖ちゃんが言っていた、赴稀ちゃんが殺された事件。それについて、正直なところあまり実感がわかないけど、僕は友だちを一人失ったことに酷く心を痛めているし、きっとみんなもそうだと思う。でも、おかしいとは思わないかい?」

「どういう意味なのかしら?」

「今どき、殺人事件なんて起きるわけがない。それくらいみんなも分かっているだろう? でも、今回はそれが起きてしまった。しかも、色々と不可解な謎を多く残して。だったら、その真相を確かめようとは思わないかい?」

「そういうことか」


 水科さんの台詞を聞いた私は考えた。確かに、そこまで深く考えなくても、水科さんが言っていることにおかしな点はなく、むしろ至極当然のことを言っているのだということが分かる。


 私としては、何の前触れもなく起きてしまった地曳さん殺人事件についてある程度の推理ができていて、裏で関係している可能性が高い友人数名を知っているからこそ、実際に殺人現場に行ってそれらを確かめようと思っていた。


 でも、水科さんを含めた事件に無関係な人たちにしてみれば、そもそも、何がどうしてどうなったのかすら分かっていない。つまり、最初から地曳さん殺人事件の推理なんてできるわけがなく、裏で誰かが関わっているかもしれないという考えすら浮かばないという状況にある。


 友人の死の悲しみを覚えるには説明不足極まりなく、あまりにも現実味がない。だから、それを確かめるために、友人の死を悲しむよりも前に、捜索をしようと思っても何ら不思議ではない。おそらく、私が水科さんのように事件に無関係な立場の人なら同様のことを考えていただろうし、水科さん以外の事件に無関係な人たちも同様だと思う。


 そこまで考えた私は、他の人たちの意見を聞いてから水科さんの意見に賛成しようと思っていた。普段なら、私はこういう場面では最初に意見を述べない。それなのに、今回に限って最初に意見を述べてしまっては違和感があるし、何よりも、他の人たちの意見を聞いてから行動するほうが断然有利に働く可能性が高い。


 しかし、唐突に冥加さんの口から飛び出した予想外の台詞によって、私のその計画は実行されることはなくなった。私は黙ったまま、水科さんと冥加さんの会話を聞く。


「えっと……逸弛、少しいいか?」

「……ん? どうしたんだい? 對君」

「確かに、俺も地曳が殺されたことについては実感が沸かないし、事件を調べたいと思っているのは逸弛と同じだ。でも、地曳が殺されたという報告を受けたのは、つい今朝のことだろ? だから、心の準備もできていないまま突然起きたことでみんなも精神的に疲れているだろうし、何よりも、殺人事件なんて大それたことは俺たち高校生の手に負えるものではないと思う」

「まあ、それもそうだね。僕も何となく気が重いよ」

「それに、天王野が警察に通報したって言っていたし、今頃は警察が事件現場で調査をしている真っ最中だろう。それに、事件現場は立ち入り禁止になっているだろうし、たとえ入れても何も得られる情報は残っていないんじゃないはずだ。だから、今日はもう何もしないで帰って、あとは警察に任せるわけにはいかないか?」

「うーん……確かに、對君の言う通りかもしれないね。僕としてはどうしても赴稀ちゃんの死に関する手がかりを掴みたかったところだけど、よく考えてみればそんなことはできそうにもない。友だちが殺されたという現実味のないことが起きたせいで、少し判断力が落ちていたみたいだ」

「思っていることはみんな同じだと思うけどな」

「それじゃあ、みんな。さっきの僕の台詞は忘れてもらって、今日はもう解散ということで」


 そう言って、水科さんは教室の中に残っている私たちに笑顔で手を振りながら、火狭さんと教室の外へと出て行った。火狭さんと水科さんは疲れや悲しみを感じさせず、二人とも手を繋いでニコニコと笑い合って話しながら、それはそれは楽しそうにしていた。


 そんな二人の後ろ姿を眺めながら、私はせっかくの機会を逃してしまったことに少々苛立っていた。正確には、その『せっかくの機会』を潰した冥加さんに対して。


 このまま話が進んでいれば、私はみなさんに便乗する形で上手に隠れながら事件現場での捜索をすることができていた。FSPのトップである両親の一人娘の私に連絡が来ていない以上、FSPによる事件現場の捜査は行われていないはず。だから、誰にも邪魔されることなく、ごく自然に私の思い通りに進んでいたのに。


 私は手に持っていた知恵の輪を思わず握り潰してしまいそうになりながら、仕方なく教室に残っている友人たちに声をかけた。そのとき、それまで黙々と帰る仕度をしていた天王野さんが、物音一つ立てずに教室の外に出て行くのが見えた。


「みなさん、私から少し提案があるのですが、聞いていただけますでしょうか?」

「……? 提案って?」


 私の台詞と同時に、何かを話していた海鉾さんと冥加さん、そして遷杜様と土館さんが私のほうを見る。天王野さんの後ろ姿を横目で見ながら、土館さんの質問に返答する。


「ちょうど今、水科さんと冥加さんの会話でも話題に上がりましたけど、やはり、私としては実際に現場に行ってみたいというのが本心ですわ。確かに、私たちの手に負える問題ではないことや、警察に捜索を阻まれる可能性もあります。ですが、せめて、なぜ地曳さんは死ななければならなかったのかを調べてこそ、友人といえるのではないでしょうか?」

「……一理あるね」

「どうでしょうか? もちろん、これは私たちの勝手な行動であり、義務ではありません。ですので、行きたくない方は行かなくても構いません。ですが、行こうと思えた方、どちらにするか迷っている方は一緒に来てはいただけませんか? 私一人では人手不足でしょうし」


 私が教室に残っている友人たち四人にそう呼びかけると、四人はそれぞれ自分の考えをまとめるために黙ってしまった。四人は他の誰かと相談したりはせず、自分自身の意見でこれからの行動を決定しようとしているのが伺えた。


 そして、私の台詞から数十秒後、最初に声を発したのは海鉾さんだった。すると、そんな海鉾さんにつられて、遷杜様と土館さんも口を開いた。


「うん。やっぱり、赴稀ちゃんのためにも、捜索はするべきだよね」

「そうだな。俺は冥加の意見に賛成だったが、金泉の台詞で意見が変わった」

「あ、みんな行くの? それじゃあ、私も行くよ」


 思いのほかあっさり同意を得られた。てっきり、今回の事件に関わりのない人たちは地曳さんの死体を見てしまう可能性を考えて、捜索には行こうとしないと思っていたのに、まさか冥加さん以外の全員が同意を表明するとは意外だった。


 もしかして、ここにいる四人は昨晩の事件に何らかの関わりが……? だから、私の台詞に便乗する形でそれをカモフラージュしつつ、事件現場で証拠隠滅を目論んでいる……?


 いや、まさか、さすがに、そんなことは――、


「もちろん、冥加くんも行くよね?」

「え? あ、ああ。一応、そのつもりだが」

「……? 冥加君は捜索反対派じゃなかったの?」

「あ。えーっと……ほら、その、何だ。この場の雰囲気的に、俺一人だけ行かないっていうのは気まずいだろ?」

「つまり、空気を読んだってことなんだね。納得納得」

「まあ、そんな感じだ」


 私が疑心暗鬼になりながら考えていると、その後ろからそんな会話が聞こえてくる。どうやら、元々は捜索反対派だった冥加さんも話の流れに乗せられて、捜索することにしたらしい。そうして、私たち五人は地曳さんが殺されたという、人工樹林にある殺人現場に向かうことになった。


 約三十分後、私たち五人はようやく例の人工樹林の入り口手前に到着した。ここまで来る間、私たち五人はそれぞれ誰かと話しながら、賑やかに歩いていた。


 中でも、私は緊張しながらとはいえ、長時間遷杜様と話すことができたのでとても嬉しかった。普段なら数秒で終わってしまう会話も、今日は行き道のほとんどの時間ずっとだった。他の三人がどういう話をしていたのかは分からないけど、私はもうここまでで充分に満足してしまっていた。


 そして、警察はもちろんのこと、他の通行人一人いない街路で、私たちは簡易的な話し合った。当然のことながら、今だにFSPから連絡は入ってきていないので、私だけは警察がいないことを承知の上で話を進めた。


「さて、ようやく着いたわけだが……」

「見事に誰もいないね」

「むしろ、人がいなさすぎて少々不気味なくらいですわ」

「……なぁ、金泉。例の事件現場は本当にここで合っているんだよな?」

「え!? あ、はい! おそらく、合っていますわ! ですが、もう一度調べますので少々お待ち下さ――」

「いや、合ってるならいいんだ。ありがとな」

「い、いえ……! それで、みなさんはどうされますか? 私は警察の方がいらっしゃらないのなら、今のうちに調べられることを調べたほうがいいと思うのですが。もっとも、次にいつ警察の方が帰ってくるのかなんて分かりませんけど」

「もう捜索が終わっているのなら、地曳ちゃんの死体は片付けられているはずだし、警察はもう帰ってこないと思うから、今がチャンスかもしれないね」


 確かに、土館さんの言うとおりだ。FSPが動いていないからと行って、事件現場が片付けられていないとは限らない。昨晩、天王野さんにFSPの人間五人を派遣したこともあるからなおさらだ。私が考えるふりをして四人の動向を伺っていると、遷杜様と話し合っていた冥加さんが私たち女子三人に声をかけた。


「今俺たちだけで相談したんだが、俺と遷杜三人の意見に従うから、好きに決めてくれ」

「ありゃりゃ? 冥加くんと木全くんは決断力ない系男子だったの?」

「何だ何だ。最近の男は肉食系だとか草食系だとかそういう類いの大雑把な分類だけではなく、そこまで細かく分類されるようになったのか?」

「さあ? わたしに聞かれても」

「……おい」

「ふふっ。面白いね、二人とも」

「まあ、俺は別に好きに言ってもらっても構わないが。冥加のように気にしたりしないしな」

「せ、遷杜様と冥加さんがよろしいのでしたら、せっかくですし行ってみましょう」

「そうね。冥加くんがいいって言うなら、そうしようか」

「そうそう。冥加くんがそう言うなら、そういうことにしておこう」

「……三人に従うとは言ったが、何で土館と海鉾は俺基準なんだ?」

「さあ? わたしに聞かれても」

「……おいおい」

「「ねー」」

「……何でこんなところで息が合ってるんだよ……」

「仲いいな。お前ら」


 土館さんと海鉾さんによる冥加さん弄りも終わったところで、私たち五人は当初の予定通り、人工樹林の中にあるとされる地曳さんの殺人現場に向かうことになった。


 そのとき、私は自分の中であることが引っかかっていながらも、それを口に出そうとはしなかった。それは――、


 『ここにいる五人のうちで、地曳さんの殺人現場が人工樹林のどこにあるのかを正確に知っている人がいるのか』ということだった。

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