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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第四章 『Chapter:Venus』
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第四話 『結論』

 もう八時二十分を過ぎたというのに、今だに天王野さんと地曳さんが登校してきていないことを不審に思いながらも、私はつい十数秒前に登校してきた遷杜様のことを見ていた。


 緊張によって体が火照って顔が熱くなっていくのが分かる。でも、どうしても遷杜様に聞きたいことがあった私は、教室の中にいた友人たちの誰よりも早く、遷杜様に声をかけた。思わず声が裏返ってしまいそうになりながらも、必死に一つ一つの言葉を搾り出す。


「あ、遷杜様! おはようございます! え、えっと、それで……昨晩のお電話の件ですが――」

「すまん、金泉。昨日のことはあまり気にしないでくれ。結局、金泉には何も言えていないが、もう片付いたことだからな」

「そ、そうですか……? 遷杜様がそう仰るのなら……あ、でも、何か悩み事や心配事があるのでしたら、まずは私にお話しください! 私、遷杜様のためなら何でもしますから!」

「悪いな、心配かけて。だが、今はもう大丈夫だから、安心しろ」

「い、いえ……そんな……」


 相変わらず、遷杜様は冷静沈着な態度で、良い風にいえばクールな態度で会話をする。それはたとえ、私が遷杜様と話すときに緊張して動揺していたとしても、変わることはない。また、『昨日のこと』のように謎が多い話題を振ったときも同様にして。


 遷杜様との会話の後、私はなぜか胸を撫で下ろす気持ちになった。遷杜様が私に『何か』を隠していて、その『何か』のせいで遷杜様が悩んでいるということは明らかなのに、遷杜様は一切そんなそぶりを見せない。


 だから、安心してしまった。遷杜様なら……あの遷杜様ならきっと、私程度が心配してもしなくても、大丈夫だと思ってしまった。おそらく、遷杜様のことを好いているあまり、遷杜様の身の安全は保障されているものだと過信してしまったから、こんな思考に落ち着いたのだろう。


「やあ、遷杜君、矩玖璃ちゃん」

「ああ」

「おはよー」


 今だに心臓がバクバクと明らかに異常なテンポで動いている中、水科さんが登校してきた遷杜様と海鉾さんに声をかけているのが聞こえてくる。


 緊張のせいなのか、私の手の中にあった知恵の輪は汗でびっしょりと濡れてしまっている。ここまで緊張する必要なんてないというのは分かっているのに、どうしても毎回必ずこうなってしまう。自分の体の機能の全てをコントロールパネルとかで管理できればこんなことにはならないだろうし、病気や怪我への対処も変わってくるのに。


 いつになったら現代医学はその領域に足を踏み入れてくれるのだろうか。いや、そこまで現代医学が発展してしまうと、もはやそれは神の領域に土足を踏み入れるようなものになってしまうのかもしれない。どちらにせよ、今の私にとってはそんなスケールの大きなことは関係ない。


「よっす、遷杜……って、その傷どうしたんだ?」

「傷?」

「ほら、首元に何か赤い線が入ってるけど」

「たぶん、寝ているときに何かに引っかけたんだと思う」

「まあ、他に怪我するような場面なんてほとんどないから、それはそうだろうけど。何はともあれ、一応あとで治しとけよ? 保健室にある適当な薬を使えば三十分くらいで治るだろ。たとえ軽い怪我でも、その怪我の位置が首元だからな。もし何かあったら大変だ」

「ああ。分かった」


 私が、進歩し過ぎて人間の寿命を果てしなく延ばしてしまった現代医学を批判する考えをしていたとき、遷杜様と冥加さんのそんな会話が聞こえてくる。冥加さんの台詞の後、冥加さんが指差している部分を見てみると、確かに遷杜様の首元には五センチメートルくらいの水ぶくれのような赤い線が浮かび上がっていた。


 まさか、この傷も遷杜様が私に隠している『何か』と関係が……? でも、私に隠しているくらいなのだから、誰かに発見されるような痕跡は残さないとも考えられる。しかし、それほどまでに遷杜様が『何か』によって精神的に追い込まれている状態なら、いくつかの痕跡を残していても何ら不思議ではないのかもしれない。


 私は遷杜様の身を案じるあまり、些細なことにまで神経質になり、深過ぎる読みをしてしまっていた。でも、私がそんな風に考えていたとき、不意に海鉾さんの台詞が聞こえてくる。私は気持ちを入れ替える意味を込め、すでに分かりきっているそのことにテキトウな台詞を放った。


「そういえば、赴稀ちゃんと葵聖ちゃんは?」

「言われてみれば、確かにまだ来てないですわね。何かあったのかしら」


 昨日私に連絡をしてきたあの二人に何かがあったのはほぼ確定的だろう。ただ、同様にして昨日私に電話をしてきた遷杜様がこうして無事に登校していることや、どこか様子がおかしい冥加さんが教室にいることを踏まえると、そんな考えはやはり考えすぎなのではとも思ってしまう。


 もちろん、私自身が知っている情報は限りなく少なく、昨日友人たち数人の間で何かがあったということすらただの推測にすぎない。三人の連絡に関する違和感は全て私の勘違いで、冥加さんの様子がおかしいことも気のせいなのかもしれない。


 今のところ、それらの明確な解答は分からない。少なくとも、この私の中では何も分かっていない。


 そのとき、ふと教室の入り口を見てみると、そこには天王野さんがいた。しかも、そのすぐ後ろにはなぜか、私のクラスの担任教師である太陽楼仮暮(たいようろうかくれ)先生もいた。


 その瞬間、私は、昨日私に連絡をしてきた三人のうちで最も非日常的で不可解な発言をしていた天王野さんに一刻も早く話を聞きたいという衝動に駆られた。


 でも、天王野さんの後ろには仮暮先生がいる。それに、ここには無関係な友人が何人もいるし、何やら天王野さんの様子が変だ。天王野さんは顔を俯けたまま、何に怯えているのか体を震わせ、仮暮先生に後押しされるように教室に入らされている。


 だから、私は天王野さんに聞きたいことを自分勝手に聞こうとするのをやめた。その代わりに、私は手に持っていた知恵の輪を近くにあった机に置き、その机に体重をかけていたのをやめ、立ち上がった。そして、遷杜様のとき同様に、教室の中にいる友人たちの誰よりも早く、天王野さんに声をかけた。


「あら、天王野さん。おはようございます」

「……っ」

「……天王野さん?」

「……た」

「え?」


 一瞬。とてつもない、嫌な予感がした。


 そのことは、わざわざ私が聞く必要なんてなかったのではないだろうか。そのことさえ知らなければ、これから先の悪夢は起きなかったのではないだろうか。そんな、未来余地に匹敵するほどの嫌な予感さえ浮かんでしまうほどに。


 しかし、私のその思考が完全に処理されるよりも前に、天王野さんは言い放つ。


「……ジビキが殺害された」


 天王野さんのその台詞を聞いた瞬間、私の中でそれまでは関係性を見出せなかった様々な情報が次々と繋がり、いくつかの可能性という名の結論を導き出した。天王野さんが言い放った『ジビキが殺害された』という台詞を信じた上で、これ以降の推理は成り立つ。


 もしかして、地曳さんが私に送ってきた一通目のメールは、地曳さんを殺した犯人を指し示すダイイングメッセージだったのではないだろうか。また、もし地曳さんを殺したのが地曳さんの知り合いなら、わざわざダイイングメッセージなんて残さずに本名を書いてメールを送ればいいはずだから、地曳さんを殺したのは地曳さんが本名を知らない人物ということになる。


 そして、二通目のメールは、地曳さんがメールを送ったことに気がついた犯人が瀕死状態の地曳さんを脅して送らせた偽装メール、もしくは、地曳さんを殺した後にPICの画面が閉じられるよりも前に送った偽装メールの可能性が高い。


 その後、遷杜様や天王野さんはその犯行現場を目撃した。もしくは、それに近い光景を目撃したか、地曳さんの死体を発見した。だから、遷杜様はやけに歯切れの悪い台詞を放っており、天王野さんは警察官を派遣してほしいと言っていた。もしかすると、冥加さんもその二人同様の経験をしたために、朝から様子がおかしかったのかもしれない。


 つまり、これが私の推理の結論だ。


 地曳さんを殺した犯人は地曳さんが知らない人物。そして、犯人は地曳さんがダイイングメッセージを送ったことに気がつき、それを上書きするために二通目のメールを送った。また、遷杜様、天王野さん、そして冥加さんはこの犯行現場を目撃してしまい、私に連絡をしてきたり様子がおかしかったりした。


 おそらく、これが昨晩起きた地曳さん殺人事件の真相だろう。いや、これ以外には考えられない。私が知りうる情報だけで考えた場合で、私が推理できる限りのことをした場合、これ以外の結論があるというのか。


 でも、たとえこれが本当に真相だった場合、地曳さんが送ってきたダイイングメッセージの意味はどうなる? 天王野さんがわざわざ警察官を派遣してほしいと言ってきた上に、条件を付け加え、こうして私たちに地曳さんが殺されたことを言ったのはなぜ?


 このときの私は、『地曳赴稀さん』というかけがえのない友だちを一人失ってしまったことをただ一つの『出来事』程度にしか考えていなかった。そして、その『出来事』に関する推理をすることや、自分の中にあったモヤモヤが晴れて、推理しがいのある新たな謎が生まれたことを純粋に楽しんでしまっていた。


 私が自分の頭の中で推理をしている間、他の友人たちは『ジビキが殺害された』という天王野さんの台詞に驚きを隠せないでいた。それからしばらく経ったとき、不意に海鉾さんが天王野さんに話しかけた。


「……えっと、葵聖ちゃん……? それって、どういう――」

「……今言った通りの意味。……昨晩、ジビキは殺害された。……人間としての原型をとどめないほどに四肢を切断されて、グチャグチャに、無残で酷い姿で。……キッヒ……ヒへハハハハ!! ジビキは死んだ……死んだ死んだ死んだ死んだ……バラバラの状態で……フッ……イヒ……アハハ……アハハハハハハハハ!!」

「ちょ、ちょっと!? 葵聖ちゃん!? 大丈夫!?」


 海鉾さんに話しかけられた天王野さんは、それまでの怯えている雰囲気から豹変し、私たちに恐怖を感じさせるようとしているかのように、そんな狂気じみた台詞を放つ。つい数秒前までは俯いていたその顔は勢いよく上げられ、両目は大きく見開かれ、口は裂けてしまいそうなほど広げられている。


 さすがの私も、天王野さんのそんな姿と台詞に驚きを隠すことができなかった。ただただ、普段とは明らかに様子がおかしい、珍しく楽しそうにしている天王野さんに恐怖しているばかりだった。おそらく、それは私に限ったことではなく、その場にいた他の友人たちも同様の感情を抱いていたことだろう。


 そんな風に私が動揺していると、海鉾さんがすぐ後ろにいた私たちの方向を振り返って声をかけた。


「わ、わたし、ちょっと葵聖ちゃんを保健室に連れていくから!」

「あ、ああ。頼んだ」


 海鉾さんの台詞に冥加さんが返答した後、天王野さんは海鉾さんに引きづられるようにして教室の外へと連れて行かれた。教室に残された私たち六人と仮暮先生はそんな二人の後ろ姿を眺めているしかなかった。


 沈黙が数十秒間続いた後、不意に仮暮先生が教室に残された私たち六人に話しかける。


「あなたたちは地曳さんと仲がよかったわよね……?」

「えっと、はい。そうです……」

「天王野さんが言った通り、昨晩地曳さんが学校近くの人工樹林で亡くなっているのを発見されたわ……亡くなった原因は事故や自殺ではなく、おそらく他殺だろうって警察の方が仰っていました……」

「……え……?」

「そして、偶然無くし物を探しに人工樹林の中に入っていた天王野さんが最初にその現場を発見して、人工樹林の一番近くにあった交番にそのことを伝えに行ったの……」

「そうだったんですか……」


 私を含めた土館さん以外の五人は仮暮先生の台詞に返答せず、静かに黙って土館さんと仮暮先生の会話を聞いていた。おそらく、土館さんも地曳さんが殺されたことについて悲しんでいながらも、誰かが仮暮先生の台詞に返答しなければならないと分かっていたから、自らその役目に着いたのだろう。


 しかし、そんな二人の会話を聞いた私は思った。『いや、それはおかしい』と。


 昨晩、天王野さんはわざわざ私に電話をかけてまでFSPの人間五人を派遣させた。つい先ほどもこのことについて引っかかっていたけど、これではなおさら天王野さんの意図が分からない。


 天王野さんは地曳さんの殺人現場を見たはず。そして、何らかの理由でそれを普通ではない手段で仮暮先生や私たちに伝える必要があった。だから、FSPの人間五人を派遣するように頼み、その殺人現場で私が知らないことをした。


 だったら、何で天王野さんは『夜遅く』に『人工樹林』で『探し物』をしていて、『偶然』にもそこで『地曳さんの死体』を発見し、私に『FSPの人間五人を派遣』するように頼んだ? しかも、先ほどの天王野さんの台詞によると、地曳さんは四肢を切断されてバラバラの状態で死んでいたらしい。


 それに加えて、何で仮暮先生はわざわざ『地曳さんの死亡原因は事故や自殺ではなく、他殺だろうと警察の方が言っていた』などと言った? 現代では事件も事故も起きないはずで、地曳さんは戦争で両親を失ってずっと一人で生きてきたとはいえ、自殺をしそうな気配はなかったのに。


 何かがおかしい。私の頭の中でそんな考えが浮かんだときも、仮暮先生と友人たちの会話は続く。


「……せ、先生。今度は何の冗談ですか? 冗談は独身の先生の年齢くらいにしておいてくださいよ。それに、それが事件だとしても事故だとしても、絶対にありえませんよ。今どき、そんなことが起きるわけないじゃないですか。冗談を言うなら、もう少しマシな――」

「水科君、これは冗談でも嘘でもありません。今朝、私もその話を天王野さんや警察の方から聞いた後に少し調べましたが、これはまぎれもない事実です。しばらくの間はあなたたちもつらいかもしれませんが、現場の第一発見者である天王野さんも先ほど見た通りの状態です。なので、彼女の言動に違和感を感じたら、彼女の唯一の友だちであるあなたたちが優しく接してあげてください……あと、水科君。余計な発言は控えるように」

「……はい。すみません」

「……先生。それで、犯人は……?」

「それが、まだ見つかっていないみたいなんです……それに、地曳さんのPICもどこへいってしまったのか未だに行方不明ですし……電源を切られているのか、その場所の特定もできていません……私がメインサーバーから直接PICにアクセスしても、なぜか途中で強制的に遮断されてしまいますし……今回の事件は本当に分からないことだらけです……」


 今の仮暮先生の台詞から、新たにいくつか分かったことがある。


 やはり、地曳さんが私に送ってきた二通目のメールは、地曳さんが自身を殺した犯人を伝えるために送った一通目のメールを上書きするために、犯人が送ったということだ。


 仮暮先生の台詞が真実なら、犯人はあらかじめ地曳さんを殺すことを計画していたということが分かる。そうでないと、自分以外の高度なプログラムで構成されているPICを操作することはできないし、外部からのアクセスを遮断することなんてできない。いや、たとえ計画していたとしても、そんなことはそう簡単にできることではない。


 つまり、犯人はそれほどまでに地曳さんに恨みがあって、PICのシステムを自由自在に操れるプログラム知識を身につけており、FSPの監視システムの網を潜り抜けた、地曳さんが知らない人物だということになる。


 正直なところ、これだけの奇怪な条件に当てはまる人物なんて思いつかないし、そもそもこの世界に存在しているのかすら定かではない。家に帰ったら周辺に住む人たちのデータを調べる必要があるかもしれない。


 一瞬だけ、天王野さんが地曳さん殺人事件の犯人かもしれないと思ったけど、天王野さんと地曳さんはそれなりに仲がよかった気がするので、その考えは捨てた。


 そもそも、たとえ天王野さんが犯人だった場合、地曳さんは一通目のメールで『天王野さんが犯人』と書けばいいだけの話なので、この可能性は低い。あと、天王野さんが覆面をしていただとか、そういうことを考え始めるときりがないので、それは考慮しない。


 いったい、地曳さんを殺した超人的な能力を持っている人物は誰なのか。そして、なぜ天王野さんは私にFSPの人間五人を派遣するように頼み、はたから見れば意味不明な行動をしているのか。それらの答えは今晩、派遣したその五人から情報を得ることで分かるかもしれない。

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