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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第四章 『Chapter:Venus』
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第三話 『昨日』

 昨晩、遷杜様と天王野さんから電話があり、地曳さんから二通のメールが届いた。そして、それから一晩が経ち、次の日。私はいつも通りに登校し、いつも通りに友人たちがいる場所へと向かい、いつも通りに無言で黙々と知恵の輪を解いている。


 天王野さんのもとに派遣したFSPの五人から情報が送られてくるのは今晩からの予定なので、今のところは何か新しく分かったことはない。もちろん、何も起きていないほうがいいというのは分かっているけど、どうしても気になって仕方がない。もしかすると、そのうち私の中の好奇心や探究心が私自身を苦しめることになるかもしれない。


 八時十分少し前頃に私が登校したとき、土館誓許(つちだてせいきょ)さんとその他数名のクラスメイトがすでに教室に来ていた。そして、それから数分後に火狭さんと水科さんが登校してきた。現在時刻は八時十五分。私と友人数名は、教室の隅にあるいくつかの席を占領している。


 火狭さんと水科さんは教室に入ってくるときも手を繋ぎながら満面の笑みで話しており、私と土館さんにテキトウな朝の挨拶をすると、近くにあった席に座って、その行為を続けていた。


 この光景はいつものことだし、私は考え事をしていたのであまり気にならなかった。でも、どうやら土館さんはそうはいかなかったらしく、そんな二人の姿を恨めしそうに眺めていた。しかし、一方の火狭さんと水科さんはそんな土館さんの様子には気がついていないように思えた。


 今のところ、登校してきている私の友人は火狭さんと水科さん、そして土館さんの合計三人。遷杜様、天王野さん、地曳さん、冥加さん、そして海鉾矩玖璃(かいほこくくり)さんの合計五人は、まだ登校してきていない。


 ここまででは、何らおかしな点はない。遷杜様と冥加さんの登校時間が遅いことや、天王野さんと地曳さんの登校時間が日によってバラバラだということは分かりきっていることだ。ただ、普段はこのくらいの時間には登校している海鉾さんが、今日はまだ登校してきていないことだけが少々不安に思う。


 まあ、海鉾さんは遷杜様たち三人のように昨晩私に連絡してきてはいないので、そこまで心配することはないだろう。たぶん、寝坊したとか、自動運行バスに乗り遅れたとかその程度の理由のはずだ。


 カチャカチャという音を立たせて知恵の輪を解きながら、私は続けて考える。


 昨日、あの三人は何があって私に連絡をしてきたのか。電話で話そうとしていたことを途中でやめ、『忘れてくれ』と言った遷杜様。『警察官を派遣しろ』と要求した上に、『凶悪殺人現場』と言っていた天王野さん。そして、地曳さんから送られてきた意味不明かつ説明不足甚だしい二通のメール。


 これらの事柄には何らかの関連性があり、私が知らないところで大変なことが起きたのだということは分かる。でも、その明確な結論を出すには至っていない。これから先、友人たちから話を聞いて、天王野さんのもとに派遣した五人から情報を得て、それで真相を解明できるかどうかは分からない。


 おそらく、いつかは分かるとは思う。しかし、それがいつになるかまでは分からない。結局のところ、そういうことだ。そして、私に与えられた情報だけではここまでしか考えることができない。


「……あ」


 そのとき、私の手の中で転がっていた知恵の輪の一片が本体から外れた。先ほどから私が解いていた知恵の輪は、大きなサイズのブロック(本体)から小さなサイズのブロック(一片)を外すというものだ。つまり、その一片が取れたということは、この知恵の輪を解けたということになる。


 私は先ほど教室に着いてからというもの、考えごとをしながら非常にテキトウに、それはもうカチャカチャと音を立たせているだけのような状態で、この知恵の輪を解いていた。それなのに、何の偶然か、所要時間約五分で早くも本日一つ目の知恵の輪を解いてしまった。


 今日は色々と考え事や捜索をすると思い、普段よりも少ない数の知恵の輪しか持ってきていないのに、こんなペースで立て続けに偶然が起きてしまったら少々困ったことになる。これから先、もし空き時間ができたら、私はどう過ごせばいいというのか。暇な人を殺すという言葉もあるくらいだし、何か策を考える必要があるかもしれない。


 私はそんなことを思いつつ自分の席に戻り、机の上に置いてある自分の鞄を開けた。入っているのは授業で使用するタブレットと八個の知恵の輪のセットのみ。私はつい数十秒前に解いた知恵の輪を鞄の中に放り投げ、鞄の中からそれとは別の二つを無作為に取り出し、今からどちらを解こうか選ぶことにした。


 一つは、まさに知恵の輪という外見のリング状のもの。これは市販のもので、しかも売れ残りを安値でまとめ買いしたということもあり、パッと見ただけでどう解くかが一目瞭然だ。おそらく、この程度の難易度では私の暇つぶしにすらなりもしないだろう。三分……いや、一分あれば解ける自信がある。


 もう一つは、外見からしていかにも複雑そうな構造になっていることが分かるブロック状のもの。私の手の中に収まらないほど大きく、いくつもの歪な形のブロックが複雑に絡み合っている。さすがは特注品といったところか。わざわざ私のためだけに作ってくれた行きつけのお店の店長の努力がよく分かる一品のような気がする。これなら、放課後まではもつかもしれない。


 そして、私は後者のほうを手に持ったまま、前者のほうを鞄の中に入れようとした――そのときだった。


「……?」


 不意に、私の視界に一人の人間の姿が映ったような気がした。私の席は教室の中でも前のほうにあり、周囲に人の気配は感じられない。不審に思った私は一度だけ辺りを見回したものの、やはり私の近くに人はいない。それなのに、どうしてそんな気がしたのか。私は不思議で不思議で仕方がなかった。


 ふと、私は何気なく手に持っている知恵の輪を見た。すると、その金属光沢で銀白色に輝く表面に、一瞬だけ()()()()()()()()()()()()()


「……っ!?」


 銀白色に輝く知恵の輪の小さな表面に、しかも一瞬だけ映っただけだったので、それが誰だったのかは分からない。もちろん、性別も年齢も髪の色なんて分かるわけがない。でも、大よその輪郭から推測するに、あの像は人の顔だったのだということは分かった。


 心霊現象なんて非科学的なことは起きないということ知っていた私は、どうしても困惑せざるをえなかった。一瞬とはいえ、知恵の輪の表面に映っただけとはいえ、あれが見間違いとは思えない。ただ単純に光の反射具合がそう見えただけとも思えないし、私の幻覚だなんてありえない。


 確かにそれはそこに存在した。私の半径三メートルくらいの範囲には誰もいなかったにも関わらず、私の肩付近から私の手元を除くように、その人影は存在していた。


「何だったの……いったい……?」


 私はもう一度、周囲を見回した。そのときの私の姿は、おそらく他人から見れば非常に滑稽に映ったことだろう。恥ずかしいので、誰にも見られていないことを祈る。でも、そんなことを一々気にしていられないほど、私は焦っていた。いや、驚いていたといったほうが正しいかもしれない。


 とりあえず、今のことは忘れよう。何者かの顔が私の肩付近にあったのは事実だ。でも、それを証明する方法がないのだから、少々強引ではあるけど、ただの見間違いということで処理しよう。今はこんな些細でオカルトじみたことに付き合っている暇はないのだから。


 私は二、三度頭を左右に振ると、手に取った知恵の輪を握り締めながら鞄を閉め、やや急ぎ足で三人がいるところへと戻った。どうやら、三人には私の不自然な行動は見られていなかったらしい。火狭さんと水科さんは相変わらず楽しそうにしており、土館さんはそんな二人の様子を眺めている。


 その後、私は三人の近くで空いている席に体重をかけ、もたれかかった。先ほどのことに嫌な汗が出たけど気にすることなく、一度だけ咳をし、改めて知恵の輪を解いていくことにした。


 そういえば、何で私はわざわざ三人のところに戻ったのだろう。自分の席で知恵の輪を解いているほうが静かに集中できて、移動する手間も時間もかからないのに。そもそも、何で私は彼らと友人関係にあるのだろうか。一人でいるほうが気楽なはずなのに。


 たぶん、このことに明確な解答は存在しない。もちろん、私を含めた九人の友人グループにいることで、遷杜様の近くにいられるということも理由の一つではあると思う。でも、きっとそれだけではない。


 ここが私の居場所なのだ。火狭さんと水科さんに誘われたことがきっかけで友人関係になった八人の近くにいると心が落ち着いて、そこが私の居場所になるような気がする。八人とは出会ってから一年半くらいしか経っていないのに、それ以上の時間を過ごしているような気さえする。


 自分でいうのもおかしな話だけど、私にしては珍しく論理的ではない。でも、友人というものはおそらくそういうものなのだろう。高校生になって火狭さんと水科さんに誘われるまでは考えもしなかったけど、そういう曖昧な存在こそが友人なのだろう。


 私の場合は、意中の相手である遷杜様の近くにいられること、少し心配な天王野さんの様子を観察できること、成績優秀者である火狭さんの秘密を探る機会を得られることが主な理由となっている。そして、残りの何パーセントかはそんな曖昧な感覚によって、この友人関係は成り立っている。


 結局、そういうもの。そう解釈してようやく初めて成り立つ程度の儚い関係で、しかし、素晴らしい関係なのだ。


 そのとき、不意に教室の入り口の自動ドアが開いた。考え事をしながら知恵の輪を解いていた私は、その音が聞こえた後、顔を上げてそこにいる人物の姿を見た。


「やぁ、對君。おはよう」

「……あ、ああ。おはよう」


 教室に入ってきたのは冥加さんだった。すると、そんな冥加さんの様子に気がついたのか、水科さんが声をかけていた。


 二人の会話がすぐ近くで聞こえてくる中、私はPICを操作して、立体映像を開いた。私のPICのホーム画面に表示されている現在時刻は八時二十分。遷杜様と冥加さんはこれくらいの時間に登校してくることが多い。


 私としては自分のことではないので関係はないし、あの二人が一時間目の授業に間に合うのなら問題はないと思うけど、もう少し早く登校しようとは思わないのだろうか。一応、遅刻しているところはほとんど見たことがないけど、私としてはあと五分から十分くらいの余裕を持っておきたいと思ってしまう。


 何でこんな心配をしているのかと自虐的に馬鹿らしくなった私は、PICの立体映像を閉じて一度だけ溜め息を漏らした後、先ほどまで同様に知恵の輪を解き始めた。


 やはり、特注のものというだけあって、全体の構造はもちろんのこと、どのパーツをどこに動かせばいいのかがさっぱり分からない。放課後までに解ければいいけど、もしかすると一日かかっても解けないかもしれない。まあ、それはそれで構わないけど。全力を尽くしても解けない問題があるのなら、それを解くための策を講じればいいだけの話だ。


「……はぁ」


 直後、私の近くから気の抜けた溜め息が聞こえてくる。どうやら、その溜め息は水科さんと会話し終えた冥加さんの口から漏れたものだったらしい。


 そんな冥加さんの疲れきった様子を見た私は、少しいたずらをしようと思い、声をかけようとした。


 しかし、そのときの冥加さんはやけに疲れているように見え、瞬間的に私は何か不自然な気配を察知した。その後、私は余計なことを言うのをやめて、それを確かめる意味も込めて冥加さんに簡潔な台詞を投げかけた。


「あら、冥加さん。どうかされたのかしら?」

「……ん? ああ、いや。別に何でもない」

「そうですか? それならいいですわ」


 やはり、どこか様子がおかしい。先ほどの冥加さんと水科さんの会話は聞いていなかったけど、もしかすると火狭さんとも話していたのかもしれない。それなら、ここまで冥加さんが疲れていても不思議ではないのかもしれない。


 いや、ただそれだけのことが理由のはずがない。とてもではないけど性格がいいとはいえない火狭さんと会話したことで疲れるとはいっても、ここまで精神的な疲労が表に出ることはないはずだ。それなら、何で冥加さんはここまで疲れているのだろうか。


 まさか、遷杜様、天王野さん、地曳さん同様に、昨晩冥加さんにも何かがあった……?


 そこまで考えたとき、ふと顔を上げてみると、今度は遷杜様と海鉾さんが教室に入って来たのが見えた。遷杜様と海鉾さんが一緒に登校してくるなんて珍しいと思いつつ、普段よりも遅く登校してきた海鉾さんのことを不思議に思いながら、私はあることを思い出した。


 もう八時二十分を過ぎたというのに、天王野さんと地曳さんが登校してきていない。

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