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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第四章 『Chapter:Venus』
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第二話 『考察』

 遷杜様からの電話の後、またしても一通のメールが届いた。そのメールの送り主は先ほどのメール同様に地曳さんであり、当然のように件名はなし。本文は『さっきのメールに深い意味はないから気にしないで。ごめん』という、いたってシンプルな文だけ。


「これはいったい……?」


 地曳さんは遷杜様から電話がかかってくる前にも、私にメールを送ってきた。そのメールの文面も意味不明かつ説明不足甚だしいものだったけど、これはいったいどういうことなのだろうか。


 こんな夜遅くに、しかも私にメールを二通も送ってきたというだけでも非常に稀なことで珍しいというのに、わざわざ一通目のメールを取り消すような内容のメールを送ってくるとは。遷杜様から電話がかかってきたことですっかり忘れていたけど、これではさらに地曳さんの意図が分からない。


 でも、よく考えてみれば、遷杜様も地曳さんと似た行動をとっていることが分かる。お二人とも、私に何かを伝えようとしていたにも関わらず、最終的にはそれを言おうとはしないまま、話を終わらせてしまう。伝達手段が遷杜様は電話で、地曳さんはメールだったという違いはあっても、その部分に関しては同じことだ。


 おそらく、今日私が知らないところで何かが起きた。もしくは、これから私が知らないところで何かが起きる。遷杜様が言っていた『突拍子もない話』という台詞と、地曳さんからの一通目のメールに書かれていた『この世界は昨日から作られた』という言葉。この二つには、何らかの関係性があるに違いない。


 それに、私はどうしてもそれらについて解明する必要がある。いや、解明しなければならないという義務がある。明日、学校に行けば何かが分かるかもしれないけど、逆に言えば何も分からないかもしれない。それ以前に、分からないことを中途半端に放っておくのは私の性分に合わない。


 知らないことを知ろうとする。分からないことを分かろうとする。これは人間として当然のことのはずだ。その中でも特に、私は無知を嫌う。『知らぬが仏』なんて嘘だ。だからこそ、そんな風に考えたのだろう。


 遷杜様も地曳さんも話題提示をした後に取り消しておけば私の興味を削ぐことができると思ったのかもしれないけど、そういうわけにはいかない。ただ、遷杜様には『忘れてくれ』と言われているので、遷杜様に知られないようにするために、表立って行動はできない。


 何か大きな事件にはなっていないと思うけど、友人たちがそれに巻き込まれているのなら、助けたくもなる。別に、まだ何らかの事件が発生したと確定したわけではないし、何も事件が起きていないのならそれで構わない。でも、何かが起きてからでは手遅れだ。


 そこまで考えた後、私はその考えをすぐに行動に移すことにした。まずは、情報収集をするべきだろう。誰かに相談してもいいかもしれないけど、それは最後の手段としてとっておこう。起きているかどうかすら分からない事件に誰が関与しているのかなんてことは分かるわけがないのだから、極力無関係な人は巻き込みたくない。


 その後、私は机の引き出しからタブレットを取り出し、その電源を入れた。


 最初にするべきは、身の回りの情報収集。つまり、私が住んでいるエリアで起きた大きな出来事の全てをまとめて、関連性を持たせながら推理をして、現実味のある結論を導き出す必要がある。


 そう考えた私は、FSPのトップである両親の一人娘という特権を悪用し、FSPの人間数人に周辺捜査をさせるという案を思いついた。もちろん、遷杜様のこともしかり、あまり表面的に行動させると両親にばれる可能性があるので、あくまでエリアパトロールという名目で行動させる。


 私はPICや学校で使う授業用のタブレット以外にいくつか別のタブレットを持っている。今使っているこのタブレットもその一つで、主にFSPの情報閲覧や活動制御をすることができる。


 もちろん、これは両親から与えられたものではない。以前、私が無断で両親が管理しているデータベースの一部を抜き取って複製したものだ。痕跡は残っていないとは思うけど、両親にばれると説教をされることは間違いないだろう。そのため、こそこそと隠れて操作をする必要があり、当然のことながら、PICや他のタブレットではできない。


 タブレットの画面を見ながら操作し、この時間帯でも仕事ができる組織の人間を検索する。両親にばれるとまずいことになるので、できる限り口が堅そうで手際がよさそうな人を厳選していくことにした。


 しかし、その直前。不意に、PICから電話のアラーム音が鳴り響いた。こんな夜遅くだというのに、今日だけで四度目というのはやけに多いなと思いながら、私は電話に出た。電話をかけてきたのは、私が地曳さんからメールが届く前までは考えていた、天王野さんだった。


「はい、もしもし。天王野さん、どうされたのかしら? こんな時間に」

『……カナイズミ。……警察官を数人、近くの人工樹林に派遣してほしい』

「……はい?」


 挨拶もなく、その台詞を放った意図や経緯などの説明を全て省いて、天王野さんは私にそう言った。あまりにも突然のことだったため、私は思わず聞き返してしまった。


 元々、天王野さんは他の人とは思考回路が少しずれているような印象があるけど、何も説明を聞かずに断るというのはあまり気分がよくない。というよりはむしろ、天王野さんがわざわざこんな夜遅くに私に電話をかけてくるということは、私に拒否権は与えられないのだろう。とりあえず、話だけは聞こうと思い、私は続けて聞いた。


「まあ、できますけど……そんなことをして何をするつもりなのかしら?」

『……カナイズミには関係ない。……余計な詮索はしないほうが懸命。……それにもし、ワタシが頼んだことをカナイズミが守らなかったら、あのことを世間にばらす』

「っ……わ、分かっていますわ。今から調べますので、少々お待ち下さい」


 やはり、私に拒否権は与えられていなかった。別に、FSPの人間を何人か派遣したところで、私にはそこまでデメリットはない。もっとも、このこともそれまで同様に両親に知られるとまずいことになるので、上手に隠蔽する必要があるわけだけど。


 ところで、実は、私は天王野さんに『この世界に警察は実在していない』という事実を教えてしまったことを少しだけ後悔している。天王野さんにOverclocking BoosterとSystem Alteration Passwordを渡してしまったことも同様に後悔している。


 当時の私は、天王野家の資料を見てその異変に気がつき、周辺に住む人たちに聞き込みをしたりして、天王野さんの悲惨な過去と今の家庭事情について知った。その結果、天王野さんのことを何としてでも助けてあげたいと思ってしまった。


 でも、私は勉強はできてもそういうことに関しては慣れておらず不器用で、どうしても天王野さんにこの思いを知られてしまうだろうと考えた。おそらく、天王野さんは自分が『救われている』と知れば、それを拒絶することだろう。だから、天王野さんに私の思いを知られずに行動する必要があった。


 だから、私は偶然を装って『この世界に警察は実在していない』という事実を天王野さんに教え、この世界の見方を変えさせた上で、私たち二人の間に秘密を守ろうとする人と秘密を広めようとする人という立場を作り出すことによって、天王野さんに従うような形で陰ながら天王野さんのことを助けてきた。


 また、義理の両親からの家庭内暴力に対抗するための護身用という意味も込めて、『強大な力を使用できる状況下で、それに頼ることなく状況を打破できる強い意志と行動力を身につけてほしい』という思いでOverclocking BoosterとSystem Alteration Passwordを渡した。


 もちろん、こんなことに大きな意味がないというのは分かっている。それどころか、これは私のただの自己満足で、私は偽善者なのだということも分かっている。でも、誰が何と言おうと、誰がどう思おうと、私はそれで構わないと思う。天王野さんを助けられればそれで。


 ただ、今のところ天王野さんはその二種類の凶器を使用していないものの、私の予想よりも人使いが荒く、事あるごとに私を頼ってくる。いや、これは頻度こそ多くはないものの、一度辺りの仕事量が計り知れないということだ。


 まあ、それでも、私が向けた些細な思いが天王野さんの幸福に繋がっているのならそれでいいと思う。それに、天王野さんが時折見せる笑みは幼い子どもを見ているようで、それはまるで妹のように思えて、可愛らしい。


 これまでのことを思い出した私は少しだけ口を緩ませた後、天王野さんに続けて尋ねる。


「……それで、他に用件は? おそらく、私への用件はそれだけではないのでしょう?」

『……勘がいい。……これからしばらくの期間、周辺の警察官はワタシからの指示に従って動き、他の誰かの指示を受けても従わないようにしてほしい。……あと、今から派遣してもらう警察官は全員、凶悪殺人事件現場を担当したことがあって、口が堅いやつらにしてもらう』

「きょ、凶悪殺人現場って……いったい、何があったのかしら?」

『……だから――』


 天王野さんの台詞を聞いたとき、私の脳裏に嫌な予感が過ぎった。


 もしかして、天王野さんは遷杜様や地曳さんが言っていたことと関係しているのではないか。まさか、天王野さんは何かとんでもない事件に巻き込まれているのではないか。もしや――、


 それ以上、私の思考は続かなかった。いや、あえて続けなかったというべきか。私はさすがの天王野さんでもそんなことはするわけがないと思ったからだ。そのとき、不意に私の頭にある考えが浮かんだ。


 私は遷杜様と地曳さんの言葉から、これから何かが起きると予測し、FSPの人間五人程度を捜査に行かせようと考えた。そして、天王野さんからも不可解な台詞が飛び出し、警察官を派遣してほしいと頼まれている。


 だったら、私が捜査に向かわせようとしていた五人を天王野さんのほうに向かわせればいいのではないだろうか。そうすれば、わざわざ危険を冒してまで大勢の組織の人間に秘密を広める必要もなくなるし、私の考えも天王野さんからの頼みも達成できる。


 それに、派遣した五人が天王野さんに従って動くのであれば、必然的に天王野さんが何をしようとしているのかがその五人に伝わるはず。ということは、私は陰ながら天王野さんの行動を把握できるようになるということになる。


 幸いなことにも、私が厳選した五人の経歴を調べてみると、天王野さんが提示した条件に合っていることが分かった。タイミングがいいと素直に喜ぶべきか、うまくいきすぎていると嘆くべきか。とりあえず、しばらくの間はこの五人を通じて天王野さんの行動を把握することにしよう。


 私は天王野さんの台詞に続く形で返答する。それはまるで、天王野さんに頼まれてから調べたかのように。


「はぁ……分かりましたわ。とりあえず、今こちらで調べてみた限りだと、その条件に合う警察官のうちで五人くらいならすぐにそちらに向かえるみたいですわ。彼らにはもう天王野さんのPICの位置情報も送っていますから、あと十五分もしないうちに到着できるしょう」

『……分かった』

「いえ」


 私はそう言った直後、通話を切った。天王野さんとの通話が終わった後、私はすぐにタブレットを操作し、厳選した五人に指示を出した。


 目的地は天王野さんのPICの位置情報を送り、先ほど天王野さんに言われた通りの条件を付け加えておく。そして、その日の晩ごとに私に連絡し、その日に天王野さんから指示されたことを教える、ということも。


 これから、私の身の回りで何が起きるのか。楽しみだ。

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