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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第四章 『Chapter:Venus』
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第一話 『初日』

『この世界に存在している全ての物事には、それぞれ何らかの意味がある。この世界に存在している全ての出来事は、原因と結果とその過程が揃って初めて成り立つ。だからきっと、私たちが異常者であることも、唯一救われてしまったことも、重い使命を受けたことも、全て必然だったのでしょう』


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


「はぁ……」


 そのとき、この私金泉霰華(かないずみせんか)は自分の部屋にある机の前の椅子に座っていた。気の抜けるような、幸せが逃げて行きそうな、そんな溜め息を漏らしながら。


 私は、ある一人の女性のことを考えていた。その女性とは、私の友人である天王野葵聖(あまおおのきせい)という人物のことだ。天王野さんは高校生とは思えないほど幼い外見をしており、常に無表情で口数が少ない、少し暗めな女性という印象がある。


 高校生になった頃から、私は彼女のことを心配していた。その頃に彼女の悲惨な過去と今の家庭事情について知り、それ以来、何かがあるたびに世話を焼いてきた。当然のことながら、本人がそのことを知れば拒絶されるかもしれないので、できる限り表面的ではない方法を使って。


 その過程で私は、誰にも言えない……いや、誰にも言わないほうがいい秘密を天王野さんに教えてしまった。それは、私の両親が関係していて、今のこの世界のあり方の根源にも大きな影響を及ぼすものだ。もちろん、本当はこんなことはしないほうがいいというのは分かっている。


 まずは、私の生い立ちから説明していったほうがいいだろうか。


 私が住んでいる家はそれなりに裕福で、衣食住には困らず、何か欲しいものがあればすぐに手に入るような環境にある。別に、一昔前の富裕層のように、家中に執事やメイドがいるわけではなく、豪邸に住んでいるわけでもなく、両親の教育方針は非常に厳しいものだけど、何不自由なく暮らせている。


 そんな環境を作り出すことに成功した私の両親の仕事。それは、『実在していない警察の存在を捏造すること』だ。


 この世界には、世間一般で『警察』と呼ばれる組織は存在していない。それと同時に、世間一般で『警察官』と呼ばれる人たちは存在しない。つまり、本来ならば世界中の治安を守る存在であるはずの警察はこの世界にはいない。


 そして、その事実は世界中を探してもごく少数の人たちしか知らず、一般人に真相を知られると少し厄介なことになる場合がある。でも、平和ぼけによって凝り固まった世界中の人たちの思考はそれを拒絶し、あとは時間の経過が解決してくれるので、大抵はそこまで大きな問題にはならないことのほうが多い。


 私の両親は主に、そんな風に実在していない警察組織の活動や功績を捏造し、一般人にその存在を信じ込ませるという仕事をしている。つまり、『世界警察活動捏造統括組織‐Fabrication Security Police(略称:FSP)』という『実在していない警察の存在を捏造する組織』のトップということになる。


 両親がそんな特殊な組織のトップであることから、私は幼い頃から『特殊強制動作速度加速拳銃‐Overclocking Booster(略称:特殊拳銃)』や『多用可動仕切硝子起動措置‐System Alteration Password(通称:透明な強化ガラスの設定を変更できるパスワード)』をはじめとした、一般人では知ることすらできないようなものを持たされている。


 両親の話によれば、『使う機会はないと思うが、念のため』ということらしい。確かに、今のところ、私がこれらを使用したことはない。ただ、ある友人にこれらをコピーした模造品を渡したことならある。その話は後で詳しくすることにしよう。


 話を戻そう。


 警察の存在を信じ込ませているとはいっても、街中で一度も警察官を見かけなかったら誰だって怪しむだろう。だから、警察官の姿形をしたFSPの人間なら、世界中に一定間隔で必要最低限の数だけ確保されている。とはいっても、そもそも事件も事故も起きないのだから、警察らしい仕事はほとんどしていないらしい。


 警察がいつから実在しなくなったのか。何の意図があって警察の存在を消したのか。そんな話題はわざわざ説明する必要もないだろう。


 一応、一言で簡潔に言うならば、警察が実在しなくなったのは第三次世界大戦終戦後少し経ってからのこと。また、戦争に伴った人口激減で働ける人が減ったことを踏まえて、科学技術の急速な発展と新刑法の制定によって、『警察』は『その存在を信じ込ませることができれば必要のないもの』と判断され、この世界からその存在を消した。これが、この世界の知られざる事実だ。


 私は両親が嫌いだ。確かに、両親は私のことを十六年以上も育ててくれて、普段から何不自由ない生活をさせてくれている。でも、世界中の人たちを、それはまるで集団催眠にかけたかのように共同幻想を見させて、警察の存在を捏造していることについては納得できない。


 『仕事だから』というのは分かっている。『警察の存在を捏造することがこの世界に良い影響を与える』というのは分かっている。『それはそういうものだから仕方のないものだ』というのは分かっている。


 でも、嫌いだ。やはり、どうしても私はそんな考えには賛同できない。だから、私は誰よりも優れた知識を獲得した後、いずれは完璧と思われている理論の穴を見つけ出し、これまでに両親がこの世界に対してしてきたことが間違いだったと指摘する。


 そして、この世界のあり方を根本的な部分から変えてやる。私はこれまでの人生を、そんな野望のような思いとともに過ごしてきた。


 誰にも負けるわけにはいかない。ただ、私はすでに一年半近くもの間、ある女性に負け続けている。しかも、私が最も負けてはならない『学校の成績』で。


 その女性とは、私の友人の一人である火狭沙祈(ひさばさき)さんのことだ。火狭さんは普段の学校生活を見ている限りでは何一つとして努力をしているように思えないのに、私よりも常に成績が上だ。皮肉なことにも、火狭さんには水科逸弛(みずしないっし)さんという幼馴染みの恋人がおり、私よりも人生を楽しんでいるように思える。


 何度か火狭さんの私生活を観察させてもらったこともあるけど、結局、校内最優秀成績を維持する秘訣は分からなかった。火狭さんが私生活でしていることといえば、大抵は恋人である水科さんの家に行ったり、逆に水科さんが火狭さんの家に来たりする程度。努力どころか、勉強をしている雰囲気すら欠片も感じられない。


 そして、こんなことを本人に聞くわけにもいかないので、私はそれまで以上に努力せざるをえなくなっている。私は両親の考え方とこの世界のあり方を変えるために誰よりも優秀でいなければならないというのに、火狭さんの存在が大きな弊害になっている。また、火狭さんがいることで、私の成績は常に校内第二位に落ち込んでしまっている。


 いや、自分よりも高みにいる人がいるほうがモチベーション維持という面ではいいのかもしれないので、火狭さんのことをあまり悪く言うのは申し訳ないかもしれない。でも、火狭さんの存在が私の校内最優秀成績への道を邪魔しているのは事実だ。


 だから、私は日常生活でも努力を惜しんではいない。いつでもどこでも『知恵の輪』と呼ばれる旧式のパズルのような金属の塊を持ち歩き、暇さえあればそれを解く。そうすることで、手を動かすことができ、頭の体操になり、集中力を高めることができる。


 でも、空き時間に知恵の輪を解こうと思い始めてから約一年が経過した今では、お店で売っている市販のものでは物足りず、大抵は十分もかからずに一つを解いてしまう。なので、行きつけのお店に、さらに難しいものを特注することもある。それでも、少なくても一日に三つは解いてしまうわけだけど。


 それに、私が愛用している知恵の輪たちには大きな意味がある。それは私しか知らないことで、誰かに言ったりしなければ広まることのないものだ。その意味とは――、


「わっ……!」


 不意に、私の左腕に取り付けてあるPICと呼ばれる現代の携帯端末から、アラーム音が鳴り響く。現在時刻はもう遅いというのに、誰がメールを送ってきたのだろうか。そんなことを思いつつ、私はPICを操作した。


 メールの送り主は地曳赴稀(じびきふき)という、私の友人だった。そのメールには件名がなく、本文は『この世界は昨日から作られた』という一文のみ。それ以外には何も書かれておらず、それだけ見れば意味不明極まりないものだった。


「……?」


 私は少しばかり首を傾げ、そのメールについて考える。


 地曳さんは普段から意味不明な発言をしたり、問題的な行動を起こすことがある。でも、こんな意味不明かつ説明不足甚だしいメールを夜遅くに送ってきたことはこれまでに一度もない。それどころか、夜遅くに電話をかけてきたり、メールを送ってきたりしたこともなかったので、たとえ変人だとしてもそういう一般的な常識はある人だと思っていた。


 でも、今回は何かが違う。何というか、とてつもなく嫌な予感がする。今日……いや、これから先、何か大変なことが起きるのではないだろうか。地曳さんはそれを察知して、もしくはそれを経験して、そのことを私に伝えようとしているのではないだろうか。


 だから、こんな意味不明かつ説明不足甚だしいメールを送ってきたのではないだろうか。どうしても、そんな気がしてならなかった。直感とか、そういう曖昧なものではないと思う。もう少しこう、現実味のあるようなもののような気がする。


 それから数分間、私は続けて地曳さんからのメールの意図について考えた。しかし、私はその明確な解答を導き出すことはできなかった。何か結論を出せても間違っているような気がして、どうしても現実味を出すために理論を追求しようとしてしまったからなのかもしれない。


 そのとき、またしてもPICのアラームが鳴った。今度はメールではなく、誰かが私に電話をかけてきたらしい。メールとは違い電話なので、私はできる限り急いで応対しなければならないと思い、ひとまず地曳さんからのメールの件のことは置いて、電話に出ようとした。


「……へ……?」


 私に電話をかけてきたのは木全遷杜(きまたせんど)様という友人で、私にとってはそれ以上の存在の男性だった。過去に遷杜様は私に存在意義を与えてくれた人物であり、私にとってはまさに王子様と呼べるような存在だ。


 普段は私に電話をかけてくるどころかメールを送ってくることすらないのに、今日は何でこんな夜遅い時間帯に電話をかけてきたのだろうか。そんな疑問なんて浮かぶ暇もなく、私は自分の体が火照っていくのがよく分かった。一瞬ごとに、全身から噴き出る汗の量が多くなり、心拍数が多くなる。


 私は、かつて私に存在意義を与えてくれた王子様である遷杜様のことを好いている。他の誰よりも、何よりも。だからなのか、本当は私も普通に接したいのに、どうしても緊張してしまう。そのため、遷杜様と話すときや正面を向き合っているときは、今みたいに様々な症状が出てしまう。


 部屋中にアラーム音が鳴り響く中、私は自分の格好を見た。普段の学校生活ではきっちりと制服を着こなしている私も、自宅ではブラジャーも付けずに薄着一枚と短パンだけというラフでだらしのない格好をしている。おそらく、こんな姿を友人や両親に見られたら、しばらくの間は引き篭もりたくなるだろう。想い人である遷杜様に見られたら、死にたくなるかもしれない。


 しかも、どうやら遷杜様は私と映像通話をするつもりらしい。その瞬間、私は察した。このままではこのだらしのない格好を遷杜様に見られてしまう。そうなってしまえば、ただでさえ私のことを見てくれていない遷杜様にさらに見放されてしまう。それだけは何としてでも避けなければならない。


 そこまで考えた私は急いで部屋中を探し回り、できる限りお洒落かつ私のイメージが崩れないような服を薄着の上に羽織ることにした。その間、約一分。普通なら二分近くも電話を待たされていると諦めて切ってしまいそうなところだけど、遷杜様は私によほど大切な用事があるのか、呼び出しをやめようとはしなかった。


 一方、そのときの私はそんなことにはまるで気がつかず、ただただ遷杜様にだらしのない格好を見せたくない、恥ずかしい思いをしたくないという一心で行動していた。そして、羽織った服のボタンを閉め、少し乱れてしまった髪の毛を整え、他に何かおかしなところがないかを確認し、遷杜様からの電話に出た。


 すると、すぐに遷杜様の声が聞こえてくる。


『あ、金泉。悪いな、こんな夜遅くに。出るのが遅かったが、今大丈夫か?』

「は、はい! 私なら大丈夫ですわ!」

『そうか。それならよかった』


 焦り恥らう私に対して、遷杜様は普段と何ら変わらない様子で話しかけてくる。一応、私が持っている中で一番お洒落な服を選んで羽織ったというのに、遷杜様はそれに気がつくことなく、淡々と会話を進めようとする。


 それもそのはず。遷杜様は私のこの気持ちに気がついてはいない。私は将来的に遷杜様にこの気持ちを打ち明けて、私のことを認めてもらいたいと思っている。


 でも、私たちはまだ高校生で、そんなことをしていい年齢ではない。それ以前に、両親の間違いを指摘するための勉強する必要がある私にはそんな余裕はない。まあ、冥加對(みょうがつい)という友人の男性に何度か相談したことならあるけど。


 火狭さんと水科さんのように両親や兄弟姉妹がいなくて、人生設計が定まっていて、毎日を自由気ままに生きられるのならまだしも、私は違う。毎日毎日、学校では優等生として生活しつつ友人関係を保ち、家では両親からの厳しい教育に耐える。そんな中で、しかも火狭さんの成績を上回ろうとするなら、余計な恋愛関係なんて持たないほうがいい。


 それに、遷杜様は……どうやら火狭さんのことを好いているという噂がある。火狭さんのどこを好きになったのかは分からないけど、水科さんという恋人がいて、とてもではないけど性格がいいとはいえない火狭さんのことを好きになれるだなんて遷杜様も変わった趣味を持っていると思う。


 まあ、たぶん、その、遷杜様も男性だから……女性の体格に目が行ってしまうのだろう。火狭さんは同級生の中でもずば抜けてスタイルがいいことで有名なのに対し、私はそれほどスタイルがいいわけではない。


 でも、私は太ってはいないはずだし、細過ぎてもいないはずだ。つまり、ほら、あの部分のことだ。えー……これ以上言うと私の精神が擦り切れてなくなってしまいそうなので、この辺でやめておくことにする。


 私は右手でわずかな膨らみしかない胸を撫で下ろし、改めて遷杜様との会話に集中することにした。


「え、えっと、それで、遷杜様。今日はどのようなご用件で?」

『ああ、そうだった。少しだけ突拍子もない話になるが、笑わずに聞いてくれるか?』

「え? ええ、それはもちろん……」


 遷杜様の口からそんな『突拍子もない話』が飛び出してくるとは思えないけど、私は遷杜様の言うことなら何でも聞ける自信がある。だから、遷杜様が『笑うな』と言えば、私は絶対に笑わない。


 数十秒の間を空けた後、遷杜様は続けて言う。


『……あー、悪い。やっぱり、やめておく』

「……はい? それって、どういう――」

『いや、本当に大したことのない、どうでもいいようなことだ。でも、わざわざ金泉に確認するようなことではないと思ってな。だから気にしないでくれ。俺からはしっかり伝えておくから』

「『伝えておく』……? あ、でも、遷杜様がそう仰るのなら、私は別に――」

『悪いな。こんな夜遅くに電話をかけておいて、用件が何もなかっただなんて。とりあえず、今日のこのことは忘れてくれ』

「え、ええ、分かりましたわ……ですが、何か悩み事があるのでしたら、私に仰ってください! 私は、遷杜様の言うことなら何でも聞けますから!」

『ああ。心配かけて悪いな』


 そう言って、PICの立体映像の画面上に映し出されていた遷杜様の姿が消える。結局、遷杜様が何を言いたかったのかは分からずじまいであり、いつも通りの一方的な何気ない会話でその場は締め括られた。


 いったい何だったのだろうか。わずかな時間とはいえ、夜遅くに遷杜様と話せたことについては嬉しかった。遷杜様に私の乱れた姿を見せて失望されたりしなくてよかった。でも、遷杜様は何か大事なことを言おうとしていたような気がする。


 その後、私は遷杜様と話せた余韻に浸りつつ、遷杜様が何を言おうとしていたのかを考えようとした。しかし、その直前、またしても私のPICに一通のメールが届いた。

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