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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第三章 『Chapter:Uranus』
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第二十九話 『心配』

 カナイズミの一言によって止められたキマタは、ワタシの上に乗りながら、ナイフをワタシの胸に突き刺す寸前で止めつつ、カナイズミに聞く。その間、キマタはワタシの身動きを取れない状態を維持させつつ、ワタシが不審な行動をしないか監視していた。


「金泉。どういうつもりだ」

「ただ、天王野さんを殺すのは少しだけ待って頂けませんか?」

「何だ。まさか、こいつがこれまでしてきた行いを許すというのか? こいつは俺たちが知る限りでは二十人以上の人たちを殺している。そして、その中には俺たちの友だちも含まれている。俺は、何がどうあっても、こいつを許すことはできない」

「分かっています。もちろん、私も天王野さんがしてきた行いを許すつもりはありません。むしろ、その罪を償ってもらいたいと思っています」

「だったら――」

「だからこそ、すぐに殺しては意味がありません。天王野さんがこの一週間でどれだけの罪を重ねてきたのかを問い、それを知る必要があります。また、私たちも天王野さんが知りたいと思っていることに答える必要があります。そうしてこそ、私たちはようやく天王野さんにどのように罪を償わせ、殺すことができるのではないでしょうか?」

「……まあ、確かに。情報を得るのは大事かもしれないが……」


 キマタがそう言った後、少しだけ手足に自由が戻った気がした。もしかすると、よく分からないけど、カナイズミの台詞がキマタの心を揺さぶったからなのかもしれない。でも、相変わらずキマタはワタシの行動を監視したままで、制服のポケットに手を伸ばせるほどの自由は生まれていないので、状況に大きな変化はない。


 今の状況。ワタシがどう足掻いても逆転することは不可能だろう。でも、突破口がないわけではない。


 カナイズミがワタシと話をしようとしている間だけは安全なのだということが分かる。もちろん、いつキマタがカナイズミの言うことを無視してワタシを殺そうとするかは分からない。そうなってしまえば全てが、終わりだ。でも、その可能性はそれほど高くはないだろう。


 ワタシにとっての唯一の突破口とは、まさにそのこと。つまり、ワタシがするべきことは、できる限りカナイズミとの話し合いを長引かせて時間を稼ぎ、キマタによる手足の拘束を解く方法を考えること。そして、キマタによる手足の拘束を解くことに成功したら、すぐにカナイズミとキマタを殺害する。


 こうすることで、ワタシに安全が戻り、二人の友だちを殺害することに成功する。ワタシの目標は達成され、例の電話相手の女性に連絡して、願い事を叶えてもらう。あとは、平和で平穏ば毎日が待っている。そのはず。


 キマタの台詞の後、数秒間の沈黙を挟んで、カナイズミがワタシに話しかけてくる。


「ということで、天王野さん。私からあなたにいくつか質問させて頂いても構わないかしら? 念のため言っておきますが、今の状況で圧倒的に有利なのは私たちです。その気になればいつでもあなたのことを殺すことができます。そのことをよく頭に入れて、答えて下さい」

「……分かった」


 それくらいのこと、誰だって分かる。でも、カナイズミからしてみれば、そのことほど重要なことはなかったのだろう。ワタシにプレッシャーを与えるために必要不可欠なものだから。そして、カナイズミはワタシに質問してくる。


「それではまず一つ目。この約一週間で、天王野さんが殺したのは地曳さん、冥加さん、海鉾さん、土館さん、水科さん、火狭さん、仮暮先生、クラスメイト十七人、教員一人。合計、二十五人で合っていますか? 間違っていれば、正しいものをお答え下さい」

「……違う。……ワタシが殺害したのは、ミョウガ、カイホコ、ツチダテ、ミズシナ、ヒサバ、タイヨウロウ、クラスメイト十七人、教職員一人、に加えて義理の家族七人、義理の両親の組織の職員五人、透明人間一人。合計、三十七人」

「わ、私たちが知らないところでそんなに大勢の人を殺していたというの……!? 友だちや学校関係者だけでなく、義理の家族やほとんど無関係な人まで……!? ……ですが、少し待って頂けないかしら? 地曳さんを殺したのが天王野さんではないというのはどういうこと? あと、透明人間を殺したって、いったい?」

「……先週の火曜日の夜、ワタシは義理の両親の命令で人工樹林に行っていた。……そして、偶然そこでミョウガがジビキを殺害している場面を目撃した。……ワタシの中の何かが狂い、殺人を始めたのはその後の出来事。……透明人間についてはワタシもよく分からない。……ただ、この間の日曜日、ツチダテを殺害した直後にソレは出現し、ワタシを殺害しようとしてきたから返り討ちにした」

「まさか、ミョウガさんがジビキさんを殺していたとは……ということは、あの日届いた二通のメールについては分かりそうもありませんね。あと、まあ、透明人間についてはあまり聞かないでおきますわ。何だか、これ以上議論を深めても意味がなさそうですし」

「……そうしてくれると助かる。……ワタシも何が何なのかよく分かっていないから」


 今の状況は、昨日の朝とは全然違う。昨日の朝では、ワタシの身に危険が及ぼされることは絶対になかった。そして、カナイズミたちがそれほど驚異的ではないということが分かっていた。


 でも、今の状況は一歩間違えばすぐに死亡してしまう。それに、カナイズミたちはいつになく驚異的で、ワタシに危害を加えることすらいとわない覚悟をもってここまできている。だから、嘘はつけない。真実を言うしかない。いや、今さらこの最終局面で嘘をついてもメリットはない。もちろん、デメリットもない。


「それでは、次の質問ですわ――」

「……待って」

「何かしら?」

「……さっきのカナイズミの言い方だと、ワタシもカナイズミたちに聞きたいことがあれば聞いてもいいということになる。……だから、質疑応答は交互に行いたい。……そのほうがお互いに理解を深めつつ、話し合いができると思う」

「まあ、私は別に構いませんが」


 ワタシにはカナイズミからの質問に答えていられるほどの時間の猶予は残されておらず、元からカナイズミからの質問に答える気なんてない。キマタに手足を拘束され、その全体重で腹部を圧迫され、雨のせいで体温は低くなり、地面に横になっていることから全身が痒くなってくる。おまけに、キマタはワタシの行動を監視しており、そんな中でカナイズミからの質問に答える。


 こんな状況がいつまでも続けば、たとえキマタがワタシにナイフを刺さなかったとしても、ワタシに未来はない。もし突破口を開くことができても、体が軋んで動けないのなら状況はより悪化した状態で元に戻る。それだけは避けなければいけない。だから、ワタシにはあまり時間が残されていない。


 この質問でカナイズミから聞きたいことだけを全て聞き、突破口を開く。


「……まずはキマタに質問。……さっき、何でワタシが撃った特殊拳銃を避けることができた? そして、何でワタシが隠れている場所が分かったり、それ以降ワタシが撃った特殊拳銃を避けながら追いかけることができた?」

「放課後、天王野が金泉に『人工樹林に来てほしい』と言ってきた時点で俺たちはこの計画を立てた。とりあえず、金泉はサポートに回るために天王野の誘いを断り、身体能力が高い俺が囮になることになった。そして、このとき金泉からPICに簡易的なアプリのようなものが送られてきた。それが、『天王野葵聖のPICの現在位置が分かるアプリ』と『特殊拳銃の弾道予測線が分かるアプリ』だった。これにより、俺は人工樹林に入る前から天王野の現在位置が分かり、天王野が特殊拳銃を使う直前にその弾道予測線を見て避けることができた」

「天王野さんなら、私がそれくらいのものを容易くつくることができるくらい、分かっていますよね? 元々、あなたに連絡をするときや警官を派遣するときにあなたのPICのデータ少しずつ漏れていましたし、そこから暗証番号を解読するくらい造作もないことでしたわ。それに、そもそも特殊拳銃を天王野さんに渡したのは、この私。いくら脅されていたとはいえ、何の対策もなしにあんな危険なものを簡単に譲るわけがないではないですか」

「……チッ」


 思わず、ワタシは舌打ちをしてしまっていた。いや、この場面なら当然だろう。自分の行動が全て筒抜けだったのだから。やはり、カナイズミはもっと早くに殺害しておくべきだった。何か様子が変だと分かっていても、それに確信がもてず、何かの役に立つだろうと思って放置していたのが間違いだった。


 そのとき、カナイズミの台詞からワタシはあることを思い出した。ワタシはそのことを聞き出すため、続けて質問する。


「……それじゃあ、次の質問――」

「質問は交互にするのではなかったのかしら?」

「……カナイズミの質問に対して、ワタシの質問は短かったからもう一つだけ」

「仕方ありませんわね……」

「……質問。……カナイズミはワタシのことを危険な存在だと認識していたはず。……それなのに、何でワタシに特殊拳銃や透明な強化ガラスの設定を変更できるパスワードを渡したり、警察官五人を派遣させたり、今このときまで放置していたの? ……カナイズミが言っていることと実際にしていることではおかしな点がいくつもある」

「一つ一つ答えていきましょう。まず、天王野さんに特殊拳銃と透明な強化ガラスを変更できるパスワードを渡したのは、天王野さんに『例のこと』を世間に広められないためですわ。そして、警察官五人を派遣させたのも、それと同様の理由。今このときまで放置していたのにはいくつか理由はありますが、大きいのは、天王野さんが一連の事件の真犯人なのか否かを判断する材料が足りなかったことや、死亡者が多くて状況整理に手間取っていたからですわ」

「……あっそ。……だったら、今のカナイズミの台詞で余計に、カナイズミが言っていることと実際にしていることで矛盾していることが分かった」

「どういう意味かしら?」

「……分からないの?」


『例のこと』つまり『この世界に警察と呼ばれるべき存在がいないということ』。両親が形だけの警察組織のトップであるカナイズミにとって、それだけが唯一の弱点。何で今まで気がつかなかったのか、不思議で不思議で仕方がない。最初からこれさえ言っておけば簡単に解決し、大逆転間違いなしだったというのに。


 そして、百人分の人間を殺害するため、ワタシは一見打開不能はこの状況を打ち破る。全てを殺害し、全てを取り戻すために。そして、ワタシはカナイズミに言う。


「……カナイズミはワタシに『例のこと』を世間に広められたくないから、これまでに色々なサポートをしてきたと言った。……だったら、今の状況はどう考えてもおかしい。……その台詞が正しいのなら、カナイズミは何があってもワタシに危害を加えることはできず、殺害してしまえば『例のこと』に関する資料が全世界に発信されるのだから」


 ワタシはカナイズミに、その目的や行動理念さえも失わせるような一言を言い放った……つもりだった。しかし、ワタシの予測に反して、カナイズミはさもどうでもいいことのように言う。


「あら、そのことですか。まさか、まだ気がついていないとは、正直驚きではありますが」

「……どういう意味……?」

「確かに、以前私は天王野さんに『例のこと』つまり『この世界に警察と呼ばれるべき存在がいないということ』を知られるというミスをしました。そして、天王野さんにそれを世間に公表すると脅され、一般人は所持できないものを渡したり、警察官五人を派遣して雑用をさせたりしました。でも、今はもうそんな必要はないんですよ」

「……え……?」

「よく考えてみて下さい。そもそも、なぜこの世界は本当は警察と呼ばれるべき存在がいないのに、人々はその存在を信じてこれまで生きてこれたのか。そのことに疑問をもたなかったのですか? それに、天王野さんみたいに秘密を知ってしまう一般人も多く存在します。それなら、そのうちの何人かが世間に公表しているとは考えなかったのですか?」

「……、」

「簡潔に、結論だけ言いましょう。『この世界に警察と呼ばれるべき存在がいないということ』が世間に公表されたところで何も変わりません。たとえその情報が人に伝わり、ネットで広まったとしても、いずれは都市伝説やデマとして処理され、そのうち忘れられていきます。もちろん、何人かはその真相を確かめようとすると思いますが、一般人程度が捜査をしたくらいで真相が判明するくらいなら、最初からこんな大掛かりなことはしていません」

「……っ」

「だから、今ここで天王野さんを殺しても何の問題もないんですよ。以前天王野さんは『自分を殺すと「例のこと」に関する資料が全世界に発信される』みたいなことを言っていましたが、今私が言ったように、それは無意味なことなんです。ましてや、たかがいち女子高校生の天王野さんが、三十七人もの人たちを殺した大量殺人犯である天王野さんがそれを発信したと判明した瞬間、デマとして処理されることでしょう。それくらいのこと、今さら言わなくても分かっていると思っていたのですが、残念です。まさか、最後の最後で切り札として使用してくるなんて」


 何で。どういうこと。それじゃあ、これまでにワタシがしてきたことは全て無駄だったってこと? 全部全部、カナイズミの手の上で踊らされていただけっていうこと? 特殊拳銃を渡したのも、パスワードを教えたのも、警察官を派遣したのも、全部カナイズミが遊んでいただけ?


 確かに、カナイズミの言い分は正しい。でも、それはあくまで理論的なものでしかない。いや、もしかするとこれまでにも似たようなことがあったのかもしれない。だから、カナイズミは自身満々にそう言ったんだ。ワタシが最後の最後で切り札として使ってくることを見越して。


 状況の整理がうまくつかず、ワタシは困惑していた。どうすればいい。結局、ワタシはどうすればいい。そんな考えにもならない考えが、目まぐるしく頭の中を周る。そして、まるで考えもまとまっていないまま、カナイズミに問い返す。


「……そ、それじゃあ! ……何でカナイズミはワタシの言ったことに従った!? ……それだけの自信があったのなら、わざわざワタシに特殊拳銃やパスワードを渡したり、警察官を派遣したりした!? ……ワタシなんかを弄んだところで何の得になる!?」

「別に、弄んでいたわけではありませんわ」

「……何?」

「私はただ、天王野さんのことが心配で心配で仕方なかったのですわ」

「……え」


 カナイズミの口から発せられたその台詞は、ワタシの予想を遥かに超えるものだった。カナイズミがどういう思いでその台詞を発したのか。ワタシにはまるで検討がつかない。ただ、呆然としているしかない。ワタシが黙っていると、続けてカナイズミが語りかけてくる。

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