第二十七話 『焚殺』
不意に、ワタシのPICから小さなアラーム音が聞こえてくる。どうやら、ミズシナがワタシに電話をかけてきたらしい。ワタシがPICを操作すると、電話が繋がり、立体映像上に水科の姿が映し出された。
「……はい」
『あ、葵聖ちゃん。沙祈がどこに行ったか知らないかい? もう昼休みも終わるというのに、さっき葵聖ちゃんと教室から出て行ったっきり見かけてないんだ』
「……ヒサバなら近くにいる」
『本当かい? よかった。それじゃあ、そろそろ教室に戻るように伝えてもらってもいいかな? 僕が沙祈のことを心配してるって言ってくれれば、それでいいから――』
「……それはできない」
『え? 何で?』
「……ヒサバはワタシの近くにいる。……でも、ワタシと会話することはできない」
『さ、沙祈に何かあったのかい!? まさかっ……! 葵聖ちゃん! 今、どこにいるんだい!?』
「……学校の奥にある倉庫の近く。……ヒサバもいるから、すぐに来て。……ただし、このことは誰にも言わず、一人で来ること」
『よ、よく分からないけど、分かったよ! 今すぐ行くから、それまで葵聖ちゃんは沙祈の様子を見ていてくれ!』
明らかに焦っている様子のミズシナは、そう言うとすぐに電話を切った。勢いよく電話を切ったからなのか、PICからは不協和音のような不気味な音が一瞬だけ鳴っていた。ミズシナとの電話の後、ワタシは胸の前まで上げていた左腕を下ろし、正面にある金属の塊を見る。
ワタシの目の前にあるのは、今や電力やガスに代わる新エネルギーとして世界中で利用されている、物質の質量をエネルギーに変換する『エネルギー変換装置』。普段なら、こんな装置を目にすることはないし、使う機会もない。せいぜい使うのは、学校にあるものなら、教職員や掃除係くらいのもの。
その本来の使用用途は、リサイクルできなくなった廃棄物の質量全てを変換し、莫大なエネルギーを得ること。でも、今は違う。ワタシの目の前にある『エネルギー変換装置』には廃棄物なんて入っておらず、代わりに一人の少女が入っている。
「――――! ――――――――!!」
ドンッドンッという音とともに、篭っていて何と言っているのか分からない大声が聞こえてくる。装置の内部を確認するために設けられた透明な強化ガラスの除き穴を見てみると、ワタシのことを力強く睨みつけてくる。
今、ヒサバはこのエネルギー変換装置の中にいる。もちろん、ヒサバのことを欺いてその中に突き落としたのはこのワタシ。ヒサバに学校の奥まで連れて来られたのを利用し、装置の投降口が元々開いていたのを利用し、ワタシはヒサバを突き落とすことに成功した。
それから数分間はずっとこんな調子。装置の中にいるヒサバはまるで『外に出せ』と言わんばかりに覗き穴を叩いては大声を出し、ワタシのことを睨む。一方のワタシは、そんなヒサバのことを嘲笑いながら、これからするべきことの準備をしていく。
一つ目は、装置とPICの連動の作業。これで、ワタシはいつでもどこでも、PICを少し操作するだけで装置を起動させることができる。つまり、これ以降、ワタシは好きなタイミングで装置のエネルギー変換機能を使うことができ、それでヒサバを跡形もなく消し去ることができる。
二つ目は、ミズシナを呼び出すこと。ワタシから電話をかけて呼び出そうと思っていたけど、ミズシナから電話をかけてきてくれたから、その必要はなくなった。まあ、装置とPICの連動の作業に思いのほか時間がかかってしまったから、助かったともいえる。
それにしても、さっきのミズシナの驚きようだ。てっきり、ミズシナはヒサバと裏で何かをしていて、ワタシを陥れようとしているのではと思っていたけど、ミズシナの台詞からはそれを感じ取ることはできなかった。
この一週間のうちでヒサバとミズシナのことを疑ったり疑わなくなったりを何度も繰り返しているけど、最終的にはそこまで意識する必要はなかったのだろう。まさに、今の状況がそれを物語っているといえる。
PICを少し操作するだけでヒサバを殺害できる状況にあり、そのヒサバを餌にしてミズシナを呼び出すことにも成功している。どちらも、この昼休みのうちに殺害してやる。
ワタシは自分の制服の中に忍ばせてある凶器を確認した後、装置から少し離れる。すると、不意にミズシナの姿が視界に映った。ミズシナはワタシのことを発見すると、すぐに走って近寄ってきた。
「き、葵聖ちゃん! 沙祈はどこにいるんだい!? 沙祈に何があったんだい!?」
「……そこにいる」
「え……?」
ワタシが装置のほうを指で指すと、ミズシナはそれまでの勢いを失った。そして、ワタシのほうを一瞬だけ見た後、まるで信じられないといった様子で、ゆっくりと装置へと歩いていく。そして、ミズシナは覗き穴越しで、装置の中に閉じ込められているヒサバのことを見つけた。
「沙祈! 沙祈!」
「――! ――――!」
ミズシナがヒサバに呼びかけ、ヒサバは何と言っているのか分からない台詞を発する。ミズシナはヒサバを見つけたことで一瞬だけ顔を緩めたものの、ヒサバはつらそうな表情でミズシナのことを見返すばかりだった。
『待っててね、沙祈。今助けるから』と言った後、ミズシナが装置の蓋を力づくで無理やり開けようとする。しかし、当然のことながら装置の蓋はその口を開けようとはしない。ミズシナがどれだけ力を込めても開くことはなく、本来なら蓋の開閉ボタンとして機能するボタンを押しても状況は変わらない。
それもそうだ。そもそも、装置の蓋は人力で開けられるような仕組みにはなっていない。そんなことができてしまえば、それなりに危険が伴うから。それに、蓋の開閉ボタンが機能しないのは、ワタシのPICと装置が連動している状態にあるから。だから、離れた位置にいるワタシが少しPICを操作するだけで、どうにでもなる。
それから数分間、ミズシナはどうにかして装置の中に閉じ込められているヒサバのことを助けようとしていた。でも、その行動は全て失敗に終わっている。ミズシナははたから見てもよく分かるくらいに汗をかき、息も上がっている。装置の中に閉じ込められているヒサバはそんなミズシナのことをただただ心配そうに見つめているばかりだった。
すると、それまで一生懸命に蓋を開けようとしていたミズシナの行動が止まったかと思うと、ミズシナは後ろを振り返り、装置から五メートルくらい離れた位置にいるワタシのことを見てきた。そして、そのまますぐに話しかけてくる。
「葵聖ちゃんが……沙祈にこんなことをしたのかい……?」
「……だったら、どうするの?」
「僕は……葵聖ちゃんが沙祈にこんなことをしたのかって聞いているんだああああああああ!!」
「……っ」
突如として、ミズシナの様子が豹変する。ミズシナからしれみれば、自分の恋人であるヒサバを装置の中に閉じ込めた疑いがあるワタシのことが憎くて憎くて仕方がないのだろう。だから、普段ならまず叫んだりしないミズシナがその怒りを顕にしてワタシを怒鳴りつけた。
一方のワタシは突然ミズシナに怒鳴りつけられたことで、一瞬だけ気圧されてしまったけど、すぐに体勢を立て直した。そして、ミズシナがワタシに対して抱いている怒りを利用して、それをさらに高めさせて、最高潮に絶望した状態のまま、二人を殺害してやろうと考えた。
「アハハハハ! アハハハハハハハハ!! ……そうだよ、ワタシがヒサバをその中に閉じ込めたんだよ。……何か文句ある?」
「何で……何で、こんな酷いことを……!」
「……別にぃ~? ……というか、そもそも、その段階からワタシとミズシナの認識にはずれがあるわけだし」
「どういう意味なんだ……?」
「……ミズシナはヒサバを装置に閉じ込めたのを酷いことだと言った。……でも、そもそも、ワタシのそれを酷いことだとは思っていない。……このワタシを少しでも不安にさせ、余計な時間を使わせ、最終的には何の害もなかったお前らにはこれくらいの報いを与える必要がある。……だからこその、この行動」
「何のことだ……僕と沙祈が葵聖ちゃんに何をしたっていうんだ……!」
「……ん? ……まさか、心当たりがないとかいうわけじゃないよね? ……この一週間のうちで、お前らがどれだけ不可解な行動を取り、どれだけ不自然な台詞を言っていたのか、それを全部忘れたなんて言い訳にはならないから」
ワタシが、二人の言動がおかしいと感じ始めたのは先週の金曜日くらいのことだっただろうか。ミョウガとカイホコを殺害した後くらいのことだ。それまでは比較的普段通りだったはずの二人は、その日を境に様子がおかしくなった。何というか、こそこそしているような感じがしていた。
そして、ミズシナはワタシの義理の両親の組織でバイトをしたいと言い始めるし、日曜日では、ツチダテと例の透明人間を殺害したときにいるはずのないヒサバが地下室に来た。それ以外にも、不審な言動はいくつもいくつもある。
これだけのことをされていれば、このワタシでも多少なりとも警戒せざるをえない。しかも、最終的にそれはワタシの勘違いであったと発覚したのだから、この後ワタシはどうすればいいかのかと問いただしたくなる。まあ、そういうことだ。
ワタシの台詞の後、ミズシナは少し困惑した様子で何かを考えているみたいだった。でも、しばらくすると、ワタシに話しかけてくる。
「僕たちが葵聖ちゃんの気に障ることをしていたのなら謝るよ。でも、それとこれとは別問題だ。沙祈にこんなことをするのは筋違いだ。僕なら、沙祈の代わりにどんな報いでも受ける。だから――」
「……だから?」
「僕の想像が正しければ、葵聖ちゃんはこの装置の開け方を知っているはずだ。沙祈を外に出した後は、僕にどんなことをしてもらっても構わない。せめて、沙祈だけでも助けてくれ……!」
「……仕方ないな……」
ワタシはまるで心に思っていない一言を呟き、続けて言う。
「……ワタシも悪かった。……さすがに、やり過ぎたと思ってる。……今から装置の蓋を開けるから、そっち向いてて」
「ほ、本当かい!?」
「……少し待ってて」
ワタシがそう言うと、ミズシナは何の疑いもなくワタシに背を向け、装置のほうを見る。そして、装置の中に閉じ込められているヒサバに一言二言話しかけている。一方のワタシは制服の中に忍ばせてある特殊拳銃を取り出しつつ、PICを操作する。
直後、ゴオンゴオンという物々しい音が辺りに響き渡り、ヒサバが閉じ込められている装置が起動し始めた。装置の中では真っ赤な炎が燃え盛り、ヒサバの悲鳴のような断末魔の大声が聞こえてくる。
「……え……?」
「アハハハハ! ……ごめんね、ミズシナ。……操作、間違えちゃった。……フヒッ……アハハハハハハハハ!!」
「うああああああああああああああああ!!!!」
装置の覗き穴からは、今でも真っ赤な炎に包まれている人影が一つ。そして、装置の中からはヒサバの断末魔の叫びが、装置の外ではミズシナの悲痛な叫び声が聞こえてくる。ワタシはそんな二人の様子を見て、笑いが堪えられなくなった。
もちろん、装置が起動したのは操作ミスでも何でもない。ワタシがそういう操作をしたから装置はそれに従って、中にヒサバが入っているにも関わらずエネルギー変換処理を始めただけのこと。元々、こういうことをしたかったから、ワタシはヒサバを装置の中に閉じ込めてミズシナが来るまで殺害するのを待っていたわけだし。
ミズシナからしてみれば、せっかく助けられたと思っていた恋人が目の前で真っ赤な炎に包まれ、そのうち灰や塵も残すことなくエネルギーに変換されている状態。耐えられるわけがない。目の前で大切な人を失うだけでなく、その痕跡すら残らないのだから。
そして、その数分後。中にいたヒサバの質量を全てエネルギーに変換し終えたのか、装置の動きが止まり、自動的に蓋が開けられた。ミズシナはその中を一瞬だけ見ると装置の表面を拳で力強く殴り、俯いたまま後ろを振り返り、ワタシのほうを向いた。
「返せ……」
「……?」
「返せ! 僕の沙祈を返せええええええええええええええええ!!!!」
一瞬後、特殊拳銃に照準を合わされていたミズシナの頭部が内側から爆破され、辺りに真っ赤な鮮血と大量の肉片や残骸が飛び散った。