第二十六話 『揉事』
今朝、友だちグループ四人に囲まれて、カナイズミに質問攻めをされた。とりあえず、答えても問題なさそうな質問はなかったので、全て嘘を言っておいた。まあ、カナイズミがそれを真実なのか嘘なのかを確かめる術はないし、カナイズミもワタシの台詞を信じるつもりはないと言っていた。
そんな感じで始まった学校の授業では特に大きな出来事もなく、ただただ無駄な時間が過ぎていく。てっきり、ひとまず授業は置いておいて、昨日の事件についての話を聞かされるのかと思っていたけど、そんなことはなかった。
一時間目の開始から数分だけ話はあったものの、実際にはそれだけ。タイヨウロウが言っていたように詳しい説明はなく、誰でも知っているようなことを確認しただけの内容だった。
それに、昨日あんなことがあったばかりだというのに、生き残っているクラスメイトは全員学校に来ている。何かの責任感なのか、それとも強い精神力を持っているのかは分からない。でも、何かがおかしいような感覚はあった。
そして、昼休み。四時間目の授業が終わった後、ワタシは一人になれる場所を探しに行こうとしていた。ワタシが廊下へ出ようとしたとき、突然、あまり面識のないクラスメイトたちがワタシのことを囲んだ。クラスメイトたちはワタシのことを睨みつけており、ワタシは無言のまま対応する。
「おい、天王野。お前、何か知ってるんだろ?」
「……何の話?」
「惚けるんじゃねぇ! 昨日、あんな事件があったというのに、学校を休んでそれを回避したのはお前と土館だけだ! そして、今日土館は学校に来てなくて、お前だけが来た! だったら当然、お前が事件に何らかの関わりを持っていると考えても不思議じゃないだろ!」
「……ワタシは――」
「まさか……お前がみんなのことを殺したんじゃないだろうな! そういえば、仲良し友だちグループだっけか? お前がその連中以外のクラスメイトと話しているところなんて、見たことないもんなぁ? それで、あの四人だけ生かして、俺たちは偶然生き残れて、他のみんなを殺したのか! そんなに俺たちのことが嫌だったんなら、お前が死ねばよかったんだよ!」
「……、」
「そうだ! みんなじゃなくて、お前が死ねばよかったんだ! どうせお前は、友だちも大していない、何かに優れているわけでもない!」
「お前が死んだって、誰も困らないんだ! そのうち警察がお前のことを捕まえにくるさ! いや、今すぐにでも警察に引き渡したほうがいい!」
「昨日、お前があんなことをしなければ、みんなは死ななくて済んだんだ! お前さえ、お前さえ死んでいれば!」
「ちょ、ちょっと! 言い過ぎだって!」
友だちグループのメンバー以外のクラスメイトで生き残ったのは四人。そのうちの男子二人と女子一人が次々とワタシに罵声を浴びせてくる。そして、三人目が台詞を言い放った後、ワタシの胸倉を掴もうとしたとき、それまで動きがなかったもう一人の女子がそれを止めた。
何なんだ、こいつらは。
別に、どれだけ罵声を浴びせられようが、悪口を言われようが、ワタシの心は傷つかない。別に、どれだけ殴られようが、どれだけ蹴られようが、そんなことはもう慣れた。
でも、今のワタシは、確かに明らかな嫌悪感を抱いていた。ワタシの目の前に立ち塞がる三人のクラスメイトともう一人。言い返してもどうせ分かり合うことなんてできないし、そもそもそんなことはしようだなんて思っていない。
だったら、直接恐怖を植え付けるしかない。
ワタシは制服のボタンを開け、その内ポケットに入れてある特殊拳銃を取り出した。そして、それを目の前にいるクラスメイト男子に向けた。
「……え、何だよ……これ……」
「……分からない?」
「け、拳銃!? な、何で!?」
「……これから先、オマエらがワタシに何かを言ってくるようなら、ワタシは容赦しない。……この後の台詞を言うと、今すぐにでもオマエらを処分する必要が出てくるけど、どうしたい?」
「ひっ……」
数秒後、ワタシが冗談ではなくその台詞を言ったということにようやく気がついたのか、目の前にいるクラスメイトの男子は一歩二歩後ずさりし始めた。また、それと同時に、ワタシの気迫に圧倒されたかのように他の三人も少しずつワタシから離れていく。
最終的に、ワタシを囲んでいた四人は口々に何かを言いながら教室から出て、どこかへと走り去っていった。ワタシはつまらなさそうにその四人のことを観察した後、手に持っていた特殊拳銃を制服の中の元あった場所に戻した。
そのとき、不意にワタシのもとに歩み寄ってくる足音が聞こえた。その足音の方向を見てみると、そこにはヒサバの姿があった。
「な、何やってるのよ!」
「……え?」
「ほら、早くこっちに来て!」
「……え、いや、ちょっと――」
ヒサバはワタシの台詞を聞こうともせず、強引に手を引いてくる。突然のことだったということもあり、ワタシはヒサバに抵抗することもできず、そのままずるずるとどこかへと連れて行かれてしまう。
いったい、ヒサバは何でどういうつもりでワタシをどこに連れて行こうとしているのか。ワタシにはまったく検討がついていない。一応、ヒサバがワタシのことを思って何かをしようとしているのではないということは分かってはいるけど。
しかし、ワタシはこの状況を素直に喜ぶことにした。なぜなら、ヒサバはワタシがツチダテと例の透明人間を殺害したときに、なぜかミズシナと一緒に地下室に姿を現した人物だから。いつかはあのときのことを聞く必要があると思っていたし、二人きりになれたのなら、処分もしやすくなる。
そういえば、まだお昼ご飯を食べていないから、少しお腹が減ったなとか考えながら、ワタシはヒサバに連れて行かれるがままに歩いた。教室を出発してから約五分後、ようやくヒサバの足が止まった。辿り着いたのは、まるで狙い済ましたかのように、今朝も来た倉庫の近くの場所だった。
ヒサバはワタシの腕から手を離し、少し距離を空けて話し始めた。
「教室であんなことをしたら目立つでしょ!? 何考えているの!?」
「……何で、ヒサバがそんなことを気にする?」
「別に……ただ、あたしはあたしがするべきことをしただけ。それに、さっき葵聖に絡んでいた四人も、昨日あんなことがあったからつらかったんだと思う」
「……心配をかけたのなら、謝る」
「心配とかじゃないけど、葵聖はこれ以上何も行動を起こさないほうがいいと思う。あたしも含めて、誓許が行方不明になっていたことや、運良く葵聖が昨日の事件に出くわさなかったことについて、不審に思っている人も少なくはない。だから、ね」
「……分かった」
あれ? 今、ヒサバはツチダテのことを『誓許』って呼んだような気がする。確か、普段のヒサバはツチダテのことを『あんた』や『あいつ』、もしくはフルネームでしか呼んでいなかったような気がするけど。この前のミズシナの話によると、最近のヒサバは良い方向に少しずつ変わり始めているらしいし、大して気にする必要もないか。
それはそうとして、何でヒサバはわざわざそんなことを言ってくるのだろう。世話焼きなカナイズミならまだ分からなくもないけど、ヒサバはミズシナ以外の人間には基本的に興味がなかったはず。ましてや、ワタシにとって不穏な行動を起こして起きながら、ワタシのことを疑っていると宣言しておきながら、そんなことを言ってくるというのはどういうことだ。
まあ、いい。とりあえず、そのことも含めてヒサバには聞いておきたいことが山ほどではないけど、それなりにある。まずは、そのことについて聞いていくことにしよう。
「……ヒサバ。……いくつか、質問してもいい?」
「……? 何?」
「……この前の土曜日と日曜日、ミズシナがワタシの両親の会社にバイトをしにきてるんだけど、ヒサバはそのことを知ってる?」
「へー、そうだったんだ。通りで、休日なのに朝早くから逸弛が外に出てると思った」
ヒサバは本当に初めて聞いたと言わんばかりの表情で、そう答えた。しかし、ヒサバのその台詞とこれまでのヒサバの行動には大きな矛盾が生じている。さらに確認を取った上で、その矛盾を追及することにしよう。
ちなみに、おそらく昨日もミズシナはバイトに来ていたと思う。というのも、昨日からワタシはあくまで体調不良で学校を休んだという扱いにするつもりで、ミズシナに姿を見せるのはまずいと考えたから。一応、組織の連中にはあらかじめ口裏を合わせておいたし、仕事用の資料もたくさん置いておいたので、カモフラージュは成功していることだろう。
さて、質問を続けよう。
「……ミズシナからは聞いてないの?」
「初耳」
「……そう。……それじゃあ、ヒサバは何でこの前の日曜日にワタシの家に来た? ……ミズシナがバイトしていることを知らないのなら、来る理由もないはず」
「逆に聞くわ。何で葵聖は、この前の日曜日にあたしが葵聖の家に来たということを知っているの? ううん、そうじゃない。葵聖は何をどこまで知ってるの?」
「……会社の仕事場はワタシの家に隣接する形で存在している。……だから、ワタシの家の中や周辺にはいくつかの監視カメラがあって、それにヒサバの姿が映っていた。……ワタシが知っているのはそれだけだし、それ以上でもそれ以下でもない」
「何で、家の中に監視カメラなんてあるのよ……」
まあ、嘘だけど。
「……それで、ヒサバはまだワタシの質問に答えられていない。……ワタシは答えたのだから、答えてもらう」
「別に、大した理由なんてないわよ。逸弛の様子が気になって、連絡をしたら葵聖の家にいるって分かって、行ってみたら逸弛に会って、帰り道に迷っただけ」
「……あっそ」
ヒサバは中々本当のことを言おうとはしない。いや、もしかすると、今のヒサバの台詞は本当のことだったのかもしれない。でも、わざわざワタシをこんなところに連れて行って、ご丁寧に注意までしてくれたヒサバが、何の考えもなしに行動しているとは思えない。
それに、日曜日のことだってそう。ヒサバならありえそうだけど、ミズシナの様子が気になったというだけでは理由にすらなっていない。いくら恋人に会いたいと思っても、ミズシナがバイトしているということを知らないのなら何か別の用事を言われていたはず。だったら、わざわざ連絡するまでもなく、その場所に行けばいいだけの話。
だから、ヒサバの台詞はそのほとんどが嘘であることが分かる。何でもまず最初に疑うことから始めていかないと、こちらが呑み込まれてしまう。自分の意見を持ちペースを保ちつつ、相手の判断やペースを乱す。それくらいのことはする必要がある。
結局、ヒサバは何も答えるつもりがないのだということが分かった。だったら、もう必要ない。これ以上、多くの人間を野放しにしておくのは、ワタシにとっても不利益にしかならないし。
「……ヒサバ」
「何よ」
「……バイバイ」
「え?」
そう言って、ワタシはヒサバの肩を押した。ヒサバの後ろには簡易的なごみ処理装置、別の言い方をすれば『物質の質量全てをエネルギーに変換する装置』がある。たまたま開けっ放しにされていた装置の蓋は、ヒサバのことを今か今かと待ち構えている。
資源や土地が限りなく少なくなり、原子力のような少量の資源で莫大なエネルギーを生み出すことはできなくなった世界。そんな現代で開発された、『新エネルギー』。それこそが、この『物質の質量全てをエネルギーに変換する』というもの。
不必要になってリサイクルもできなくなった廃棄物はこの装置によって、塵一つ残すことなく、全てエネルギーに変換される。あとに残るのは、少量の物質の質量によってもたらされた、莫大なエネルギー。本来、人間はこの装置に入ることはできず、もし入ってしまえば、当然のことながら生きて帰ることはできない。
無防備のまま、ヒサバの体がゆっくりと装置の中へと入っていく。そして、ヒサバの体が完全に中に入ったとき、ワタシはその蓋を閉めた。