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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第三章 『Chapter:Uranus』
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第二十五話 『接吻』

 ワタシはタイヨウロウを殺害した後、教室に向かった。『教室』とはいっても、本来のワタシのクラスの教室ではなく、それとは別の本来は利用されていない教室のこと。今朝、第二職員室でタイヨウロウから、昨日校内で大規模なテロ行為が行われたからその配慮なんだと説明を受けた。


 普段は通らない見慣れない廊下を歩き、ようやくその教室へと辿り着いた。八時くらいには学校に来ていたはずだけど、登校早々に第二職員室に連れて行かれたり、倉庫に行ってタイヨウロウを殺害したりしたからなのか、時刻はすでに八時二十五分になっている。


 タイヨウロウの死体の片付けとかはしていないから時間は短縮できたけど、思いのほか移動の時間と轢殺のための準備に手間取ってしまっていたらしい。一応、遅刻さえしていなければそこまで疑われることもないだろう。


 それに、今のワタシはもう、疑われようが疑われまいが関係ない。ワタシは、例の電話相手の女性からの依頼である『百人分の人間の殺害』を主軸として立てた計画を遂行していくだけ。


 今のワタシはこの世界に警察がいないことを知っていて、優秀な人材が一時的とはいえワタシの指示に従ってくれて、多くの殺人兵器を所持している。よく考えてみれば、最初からそうだった。これだけのことが揃っていれば、ワタシが恐れることなんて何もない。


 まあ、ワタシが犯人だとばれて、待ち伏せされて、集団で襲われたらさすがにまずいので、そうならないように配慮しつつ行動する必要はある。しかし、逆にいえば、そうならない程度なら、ワタシは何をしてもいいということになる。


 ただ単純に特殊拳銃で頭部を吹き飛ばしたり、ナイフで内臓を引っ張り出したり、そんな風に芸がなくて面白みに欠ける殺人はもう飽きた。昨日、教室にいくつもの爆弾を投げ込んだように、今朝、タイヨウロウをローラーで轢殺したように。残虐非道かつ凶器じみた猟奇殺人でなければ満足できない。


 人の思いを踏みにじり、狂ったように笑う。それこそが、ワタシの唯一の楽しみ。計画のことは大事だし、疑われないように行動することも大事ではある。しかし、それが全てではない。これまでに、土館や例の透明人間も含めれば三十一人を殺害してきたワタシは、殺人を楽しむようになってしまっている。


 もう、後戻りはできない。それくらい、自分でよく分かっている。だからこそ、続けるしかない。


 ようやく教室の前まで辿り着いた。一時間目の授業が始まるまで、あと二、三分といったところだろう。ワタシは透明な強化ガラスで作られた教室の出入り口であるドアを開け、中へと入っていく。教室の中にはすでに八人の生徒がおり、ワタシが姿を見せると同時にワタシのことを見てくる。


 あまり面識のないクラスメイト四人は、ワタシのことを悪魔でも見るかのように、敵対意識剥き出しで睨みつけている。そして、友だちグループのメンバー四人は、ワタシのことを宇宙人でも見るかのように、驚きの感情をあらわにして眺めている。


 ワタシはそんな八人のことを無視して、教室前方部分にある電子式の黒板に表示されている通り、自分の席だと思われるところに座った。その際、八人の視線はワタシから外れることはなく、誰も口を開いていない。ワタシが教室に来るまでがどうだったのかは分からないけど、八人にとって、今のワタシほどイレギュラーな存在はないのだということがよく分かる状況に思える。


 そんなとき、一番最初にワタシに近づき、声をかけてきたのは、カナイズミだった。


「あ、天王野さん……!」

「……どうしたの? カナイズミ」

「い、いえ……左目にある眼帯についてもゆっくりとお話を聞きたいところなのですが……まず、私は――」


 カナイズミがそう言いかけたとき、教室内でそれぞれバラバラの位置にいた友だちグループのメンバー三人がワタシとカナイズミのもとに集まり始めた。カナイズミは三人が揃ったということを確認した後、改めて言い直した。


「――私たちは、天王野さんにいくつか質問しなければならないことがあるのですわ。いえ、そもそも、あなたに黙秘権なんてものはありませんし、真実を答えることしか許されていないのですわ。何があっても、どう抵抗しても、全ての質問に答えて頂きますわ」

「……好きにしたら?」


 ワタシには、カナイズミの考えが手に取るように分かっていた。しかし、それと同時にカナイズミの本質的な頭の悪さに失望し、思わず口からため息がもれそうにもなっていた。


 カナイズミを含めた友だちグループ四人とタイヨウロウ。もしかすると、その五人に加えて他のクラスメイト四人。その合計九人は、ワタシが昨日の事件に一枚噛んでいることに気がついており、非常に警戒している。いや、もしかすると犯人だというところまで行き着いているかもしれない。


 でも、それはまだ不確実な証拠ばかりで作り上げた机上の空論のようなものに他ならない。そのため、『天王野葵聖が犯人』ということを断定できておらず、九人以外の人物に言うことはできていない。


 もしそんなことをしようものなら、ワタシの耳にも噂が入ってくるはずだし、何よりも、ただでさえ混乱している世間をさらなる混乱に招いてしまう。九人だって、それだけは避けたいはず。


 だから、こうして四方を囲んでワタシを追い込むような形にすることで、一つ一つの推理が合っているのか間違っているのかを確認しようとしている。おそらく、カナイズミが考えていることはこんなところだろう。


 しかし、ワタシがカナイズミの質問に答えなければならないとしても、わざわざ真実を答える必要はない。確かに、ワタシはカナイズミたちがどこまで知っているのかを予測することしかできず断定はできないから、真実を答えなければどこかで矛盾が発生する可能性があり、ワタシの絶対的不利には変わりないように思える。


 だけど、それはカナイズミにとっても同じこと。カナイズミだって、ワタシがどの程度まで事件に関係しているのか、何をどこまでしているのかは予測することしかできない。それに、ワタシが嘘をついたとしても、それを確認する術がない。


 考えが浅い。カナイズミ本人は考えに考えた結果、こんな行動に出たのだと思うけど、ワタシの目には実に滑稽な姿に映っている。確かに、カナイズミは勉強ができるから頭がいいと言われている。


 でも、こういうことに関しては慣れていない。この一週間でいくつもの非日常に遭遇し、それを引き起こしたワタシに比べれば、場慣れしていない。だから、カナイズミは本質的には頭が悪い。


 ため息がもれるのを耐えつつ、ワタシは無言のままカナイズミの台詞を待つ。すると、不意にカナイズミがワタシに質問してきて、それに答えていく。


「昨日、学校で何が起きたのかについては、すでに仮暮先生から聞いていることでしょう。そうでないと、本来の教室ではないこの教室に来ることはできませんからね。そこで、最初の質問ですわ。天王野さん、あなた、昨日はどこで何をしていたのかしら?」

「……気分が悪くて、頭痛もしていたから欠席しただけ。……家にあったはずの薬は切れていたし、あまり病院にも行きたくなかったから、完治まで時間がかかった」

「まあ、そういうことにしておいてあげますわ。それでは、次の質問ですわ。昨日と今日、土館さんの姿が見えません。いえ、より正確に厳密に言っておきましょう。土曜日の夕方、火狭さんと買い物に行っていたということを最後に、土館さんの消息が絶たれているのですわ。何か心当たりはないかしら?」

「……ない。……そもそも、ワタシと土館の間に、そんな密接な関係があるように見える?」

「確かに、天王野さんはあまり人付き合いが得意ではなかったですものね。だからこそ、友だちグループに誘ったわけですが……と、その話は今は関係ないのですわ。話を戻しましょう。次の質問ですわ。もしかして、天王野さんは昨日起きたいくつかのテロ行為について心当たりがあるのではないかしら? もしくは、その犯人を見たとか、心当たりがあるとか」

「……ワタシは、今朝タイヨウロウから初めてそのことを聞かされた。……それまでは、まさか学校でそこまで大変なことが起きているなんて知らなかった。……そんなワタシが、テロ行為や犯人についての心当たりがあるわけがない」

「そうですか。ここまでの答えは、まあ、『表向きの』答えとしてはいいでしょう。こういってはおかしな話ですが、私も最初から天王野さんの言葉を信じるつもりはありませんでしたし。それでは、時間も押してきていますし、とりあえず、最後の質問ですわ。その眼帯、どうしたのかしら?」

「……家の階段から落ちて、そのときに打ち所が悪くてこうなった。……治療はしているけど、治りそうもない。……見せろというのなら見せるけど、結構グロいから、後悔してもワタシは知らない」

「いえ、結構ですわ。わざわざ何の理由もなく眼帯をつけるのはリスクばかりでメリットが薄いですから、おそらくその台詞『は』真実でしょう。それに、言ったでしょう? 最初から、あなたの言葉を信じるつもりはないのですわ」


 淡々と質問攻めをされ、淡々とそれに答えていく。そんな会話が二分近く続き、ようやく終わった。その後、一時間目の授業まで残り一分を切っているにも関わらず、カナイズミは話をやめようとしない。


「天王野さん。あなたの周辺で……いえ、あなたの身に何が起きたのかは知りませんし、聞こうとも思いません。ですが、謝ったり、手を引くなら今のうちですわ。これから先、私たち四人だけでなく、多くの人たちがあなたの敵になることでしょう。もっとも、私たちの推理が間違っていて、まったくの検討違いならそれで構いませんし、こちらから謝罪させて頂きます。ただ、その可能性は薄いでしょう。だから――むぐぅ!?」


 カナイズミが何を言いたいのか、カナイズミたちがどこまで知っているのか、ワタシはその台詞からおおよそのことを読み取ることができた。しかし、それと同時にどうしようもない嫌悪感も抱かざるをえなかった。そして、不意に、ワタシは自分にとっても軽く予想外な行動に出た。


 椅子に座っていたワタシは、淡々と話し続けるカナイズミの口に勢いよく顔を近づけ、そのまま、自分の唇とカナイズミの唇を合わせた。わざわざいうまでもなく、この行動は接吻そのものだった。分かりやすくいえば、『キス』だ。


 その瞬間、ほんの一瞬だけ、時間が静止したような雰囲気が辺りを支配する。しかし、そんな奇妙な雰囲気はワタシにキスされたカナイズミがワタシのことを力づくで突き飛ばしたことによって解除された。カナイズミは少し頬を赤らめながら、声を荒げてワタシに言う。


「な、何をするんですか! わ、私のファーストキスを……!」

「……回りくどい言い方をするやつには、おしおきだぞっ」


 ワタシはやけにテンション高く、片目を瞑って舌を少し出し、ポーズを決めながら、そんな風に似合わない台詞を放った。カナイズミも含めてその場にいた友だちグループのメンバー全員は……いや、教室にいた八人は非常に引いていた。


「天王野さん……あなた、何だか最近は特に様子が変ですわ。一回、精神医学専門の病院に診てもらいにいくことをお勧めしますわ。必要なら、私から有名で信頼できるところをご紹介致しますが?」

「……確かに、そうしたほうがいいかもね」


 直後、一時間目開始を告げるチャイムが校内に響き渡り、教室の中にいたワタシを含めた九人の生徒がそれぞれ自分の席に座っていく。

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