第二十二話 『爆殺』
「……え……何……? ……何で……?」
ワタシの目の前に広がるその光景を目の当たりにした瞬間、ワタシのそれまでの高揚した気分が一気に冷め、しだいに顔が青ざめていくのが分かった。また、それと同時にワタシの顔から笑みは消え失せ、笑い声を上げている場合ではなくなっていた。
そのとき、ワタシは咄嗟の判断で急いで教室の前から離れ、教室の手前にある廊下と階段を繋ぐ壁の陰に隠れた。もしかすると、もうワタシの姿は見られてしまっていて手遅れだったかもしれないけど、保険をかけておかない手はない。
つい数秒前まで、ワタシの計画は何の問題もなく遂行され、ついに達成されるところまできていた。それなのに、今はどうだ。今、ワタシのクラスの教室はワタシがパスワードを送り込んだことによって密室になっていたはずなのに、なぜか教室の壁は白色から本来通りの透明な強化ガラスに戻っていた。
つまり、教室の中にいる誰かがワタシが仕掛けておいたパスワードの二重ロックを解除し、ワタシが教室に送ったパスワードに上書きするような形でさらに別のパスワードを送り込んだ。だから、教室の壁は白色から透明な強化ガラスに戻り、内部と外部を視覚的に遮るものがなくなったということになる。
それはワタシの予期せぬうちに唐突に起きたことであり、一応身を隠すことはできたものの、もしかするとワタシは教室の中にいる人たちの何人かに姿を見られてしまったかもしれない。
現に、ワタシは教室の中に友だちグループのメンバー四人がいる姿を確認することができた。こちら側からできて、向こう側からできないなんて甘い考えは通用しないと思っておいたほうがいいだろう。
とりあえず、ワタシの姿が見られたか見られていないかについてはいくら考えても仕方がない。どれだけ考えたところで、そもそも答えが出る問題ではないから。だから、ひとまずこの話題は置いておこう。
このとき、ワタシの中ではどうしても解決することができない疑問が浮かび上がっていた。
いったい、誰がどうやってワタシが仕掛けた二重ロックを解除した? 教室の中にコンピューターに強い人物や暗号解読に優れた人物はいなかったはず。だから、可能性としてはカナイズミしかありえない。
しかし、教室の壁が白色から透明な強化ガラスに戻った直後、ワタシは教室の中央で立ちながら他三人と会話しているカナイズミの姿を見た。あのときのカナイズミはどう考えてもワタシが仕掛けた二重ロックを解除した後には見えず、そもそも教室の入り口にいたわけでも、PICに触れていたわけでもなかった。
ということは、二重ロックを解除したのはカナイズミではないということになる。でも、そうなると、いったい誰が二重ロックを解除したというのか。
それに、二重ロックを解除した後、教室の壁を透明な強化ガラスに戻すパスワードも知っていたのだから、少なくともワタシやカナイズミに近い立場の人間であることは確か。だけど、クラスメイトにそんな立場の生徒はいなかったはず。
そもそも、ワタシが仕掛けた二重ロックは算用数字とアルファベットを不規則に組み合わせて作り出された二十桁の暗号だぞ? それを、ものの数秒で解読しただなんて、とても人間技ではない。全部で何通りあると思っているんだ。
いや、ワタシが最初に教室の設定を変更したときから暗号の解読を始めていた場合、費やせる時間は約十分に跳ね上がる。しかし、その約十分間を使ってクラスメイト全員でひたすら調べていったとしても、偶然当たるなんてことはありえない。
だとすると、ワタシが仕掛けた二重ロックを解除した人物は、何か確信があって数回の入力で教室の壁を透明な強化ガラスに戻した。もしくは、ネットワークに接続して、ワタシが仕掛けた二重ロックを根本的な部分から破壊した。そのどちらかということになる。
可能性としては前者も後者もまずありえないものだけど、今の状況を見ていればそんな台詞も言えなくなる。前者ならワタシやカナイズミに近い立場の人間の仕業であり、後者はコンピューターに強い人間の仕業であると断言できる。でも、何度もいうように、そんな人物はクラスメイトにはいない。
さて、これからどうしようか。とりあえず、今のところワタシの目の前で起きているのは、教室の壁が白色から透明な強化ガラスに戻っただけのこと。これ以降何も変化が訪れなければ、ワタシの計画に支障が出ることはない。つまり、教室の中にいる人たちは全員毒ガスを吸って死亡する。
だったら、このまま放置していても問題はないのではないだろうか。ワタシから下手に動くと余計に状況が悪化する可能性もあるし、そもそも、ワタシの姿を見られたところでそれを教室の外にいる人たちに伝えられないのであれば何も恐れる心配はない。
しかし、ワタシのそんな甘過ぎる考えは次の瞬間、全て崩れ去ることになる。いや、ワタシはもっと早くに気づくべきだったのだ。ワタシが仕掛けた二重ロックを解除した人物が教室の中にいるのだから、その人物が今の状況を打開しようと行動を起こさないわけがないということに。
「……え」
突如として、今度は教室を外界と隔てていたドアが静かに開かれた。それと同時に、教室の中でそれなり拡散されて充満していたはずの毒ガスが廊下に流れ出し、教室の中にいる生徒たちの視線が開かれたドアへと集まる。
やはり、カナイズミやその他三人の友だちグループのメンバーに目立った行動は見られない。しかも、その四人以外のクラスメイトを見てみても、不自然な行動をしている人間はおらず、各々が自らの命を長引かせるために必死だった。
すると、教室のドアが開かれて、ついに密室と化していた教室から脱出することが可能になったことにより、教室の中にいた生徒たちが次々と教室の外に出ようとし始めた。
「……チッ……」
その様子を見たワタシは最後の最後で状況を巻き返されたことに苛立ち、一度だけ舌打ちをした。その後、鞄の中から円柱状の筒を取り出し、それを教室の教室の出入り口に投げた。この筒は、中に大量の爆薬を詰め込んだ爆弾だ。
直後、耳をつんざくような轟音が響き渡り、地鳴りのような非常に大きな揺れがワタシを襲った。ワタシがもたれかかっていた壁にもその振動がかかり、ワタシは手で耳を塞ぎながらその場に倒れこんだ。しかし、それは教室の中にいる人たちも同じこと。いや、もっと酷いことになっているかもしれない。
「……アハハ……」
壁に隠れていながら床に倒れていた体を起こし、教室のほうを見る。そこには、ワタシが投げた爆弾によって圧倒された生徒たちの姿があった。当然のことながら、教室や廊下の壁である透明な強化ガラスはこの程度の爆弾では破壊されず、被害は表面に少しだけ傷を付ける程度に抑えられていた。
しかし、一刻も早く教室の外に出て毒ガスから逃れようとした生徒数人は、先ほどの大爆発によって頭部がもげただとか四肢が飛んだとかそういう次元を遥かに超えた悲惨な状態になっていた。彼らの全身は爆弾によって跡形もなく消し飛び、ただの血液と肉片の塊と化していた。廊下にはそんな生徒たちの腕や足が散らばり、教室や廊下の壁一面が真っ赤に染まっている。
そんな光景を見たからなのか、それとも突然大爆発が起きたからなのか、教室の中からそれまで以上に大人数の悲鳴が聞こえてくる。ワタシはそんな悲鳴を聞くと同時に少しばかり顔を歪ませ、かつてないくらいに狂気じみた笑みを浮かべた。
楽しい楽しい楽しい楽しいタノシイタノシイタノシイタノシイ……!
つい十数分前は、まさかこんなことになるとは想像もしていなかったことだろう。しかし、いくら現実から目を背けようとしても何も変わらない。目の前に広がるのは、血液で真っ赤に染まった地獄のみ。
それまでは何の不安もなく、心配もなく、恐れを抱かない平穏な日々を送っていた、平和ぼけしている若者が唐突にその人生を終える。家族や人間関係だってあったことだろう。やり残したことだってあったことだろう。こんなところで、まだ高校生だというのに、まさか死亡するだなんて思っていなかったことだろう。
だが、それがどうした。
ワタシはただ、そんな風に沢山の人に支えられて、多くの希望を抱いている人たちの命が消える瞬間をこの目で見られただけで充分に楽しい。ワタシ自身は比較的安全地帯にいるにも関わらず、連中は少しでもその無価値な命を長引かせるために四苦八苦している。これほど楽しいことが他にあるだろうか。
そうだ。きっと、ワタシはそういう根本的な部分からすでに狂っていたのだろう。他人の死を喜び、バラバラになった死体を見るのを楽しむ。ワタシはそういう人間。思い返してみれば、今も昔もそうだった。
もっと、もっともっともっともっと破壊したい……! ワタシの中でそんな抑えきれない感情が沸々と上がってくるのがよく分かる。
もっと血を見たい、もっと苦しめたい、もっと他人の人生を狂わせたい、もっと殺したい。ワタシの心の奥底からそんな欲望が目覚め、顕著に現れ出すのが分かる。
気がつくと、ワタシは鞄に詰め込んでいた爆弾だけでなく、制服にも隠していた爆弾の全てを教室の中にも外にも投げ込んでいた。ワタシは狂ったように、いや、狂いながら大声で笑い、次々とクラスメイトたちを殺害していく。
教室と廊下の壁は一面真っ赤に染まっている。また、廊下には逃げ出した生徒たちの腕や足が転がり、木っ端微塵になった死体と思われる肉片がいくつも飛び散っている。一方、教室の中には逃げ出せなかった生徒たちの腕や足が転がり、木っ端微塵になった死体と思われる肉片がいくつも飛び散っている。
結局は、逃げ出しても逃げ出さなくても同じこと。ワタシが爆弾を投げたところなら、それがたとえ廊下であったとしても、教室の中であったとしても、みな等しく消し飛ぶ。そして、息絶えることなく、その身を無残に散らばせる。
「フヒァヒャアハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
ワタシは持ち合わせの爆弾を全て投げ終わった後、飛び散った血液でグチャグチャになった廊下の床を歩き、全てが破壊された教室の中に入った。そこにはもうワタシがよく知る平凡で平穏で平和な教室はなく、ただただ無残な姿の死体が転がり、ペンキをぶちまけたかのように一面血液で真っ赤に染まっている光景があった。
ワタシはそんな地獄のような部屋で鼻歌を歌いながら歩く。わざと転がっている死体を踏んでみたり、死体をナイフで突き刺してみたりもした。
その後五分程度、ワタシはその地獄の中で好き勝手に遊んだ。これまでワタシが遊んできたどの遊びよりも楽しい、生の人間の使った遊び。ナイフで刺すもよし、踏み潰すもよし。
そんなとき、それまでのワタシの人生で最高潮の気分を冷ますような事態が発覚した。それは、教室のどこを探しても、どの死体を確認してみても、見当たらなかった。
別に、頭部や胴体が消し飛んでいたから分からなかったというわけではない。廊下にあった死体や肉片と教室の中にあったものを合わせてみても、どうしても頭数が合わない。
「……は? ……ふざけんな」
それは、教室にも廊下にもどこにも、カナイズミ・ヒサバ・ミズシナ・キマタ、そしてタイヨウロウの死体がないということだった。また、よく数えてみるとその五人だけでなく、本来あるはずの死体があと四人分足りない。
その事実を知ったとき、ワタシは八つ当たりとばかりに、教室の床に転がる死体に向けて無差別に特殊拳銃で射撃した。




