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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第三章 『Chapter:Uranus』
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第二十一話 『収容』

 校内にある全ての教室、廊下に校内放送がかけられた。その内容は『教職員および生徒は今すぐに教室に入り、指示があるまで外に出ないようにすること』というもの。


 おそらく、この放送を聞いた人たちはこの意味不明な内容の放送に対して非常に不審に思ったことだろう。また、ワタシが職員室に入ったときに教室にいなかった人たちは、教室の壁がマジックミラーになって内部が見えなくなったことにも疑問を抱いていたことだろう。


 でも、残念ながら校舎内にいる人たちにそれを確かめる術はない。職員室を中心とする、教室と教室を繋ぐ連絡機器は全て破壊したし、すでにそれぞれの教室の壁である強化ガラスにはPICの電波を遮断する機能を付与してある。これによって、教室の中から外へ連絡をとることができなくなっている。


 さらに、校内放送があった約一分後、つまり教室の外にいた人たちが教室の中に入り終わり、不審感を抱いた教職員や生徒たちが教室の外に出て情報を収集し始めようとする頃。その時点から、全教室の出入り口は完全にロックされ、中にいる人たちは何をしたとしても脱出することができなくなっている。それと同時に、透明な強化ガラスは片面だけ色がついているマジックミラーの状態から両面に色がついている状態になっている。


 今の状況はワタシが計画していたものと何ら変わりなく、たとえ誰が何をしたとしても打開することはできない。外部との連絡はとれなくなり、透明ではなくなった壁に四方を囲まれ、出入り口は完全に封鎖されている。ようするに、ワタシは校舎内にある全教室を完全な密室にしたということになる。


 正直なところ、ここまでする必要はなかったかもしれないと思っている。でも、これくらいしておかないとワタシの犯行は成立しない。ワタシは自分の姿と犯行を誰にも見られることなく目的を達成して生き延び、七十二人分の人間を殺害する。だから、これくらい当然のこと。


 今頃、それぞれの教室の中ではどんなことが起きているのだろうか。平凡な学校生活を送るはずだったのに、一時間目開始直後から意味不明な状況に陥り、身動きはとれず、外部との連絡はとれない。少なくとも、ワタシならそんな状況は耐えられない。


 きっと、それぞれの教室の中にいる人たちも似たような思いのはずだ。どうして、何が起きて、こんなことになったのか。ただ単純に、密室に閉じ込められるだけでも精神崩壊するかもしれないというのに、しかもそれが正体不明の存在によってもたらされたとなると、もはや恐怖によって心が押し潰され、狂うことすらできないかもしれない。


 ワタシの犯行を大きく手助けしたのはカナイズミの存在。そして、そのカナイズミの秘密を知ることができたワタシの功績。特殊拳銃がなければ一般的な拳銃では味わえない爽快な殺人ができなかったし、透明な強化ガラスの一部設定を変更できるパスワードがなければ今のような状況は作れなかった。


 何もかもがワタシの計画通り。この後も引き続き予定に変更なく計画を遂行して、例の電話相手の女性からの依頼を達成させる。


 さて、そろそろみんなを殺害しに行くか。


「さ、さあ! 私は言われた通りにしたぞ!? もう解放してくれ!」

「……解放?」


 ああ、計画があまりにも予定通りに進んでいたからすっかり忘れていた。そういえばここに一人、今校舎内で起きた異変の原因がこのワタシによるものだと知ってしまっている人物がいた。まあ、生かしておく理由もないし、むしろ生かしておくと後々ワタシの不利益になるかもしれない。それに、ワタシの計算では殺害するのに一人足りないから、コイツでいいか。組織の人間を誰か一人テキトウに殺害するつもりだったけど、手間が省けてよかった。


 ワタシは、前方約五メートルの地点で両手を上げて立ち竦んでいる男性教職員に対して特殊拳銃を向ける。その教職員はワタシの行動を見ると同時に顔を真っ青にし、死の恐怖の前で手や足をがくがくと震わせながら、言葉で必死に抵抗しようとしてきた。


「ま、待て! よ、用件があれば何でも言ってくれ! 私ができることなら何でもするから、せめて命だけは――」

「……それじゃあ……この世界の束縛から解放されて?」


 ようは、『死ね』ということ。


 直後、特殊拳銃に照準を合わされていた教職員の頭部が内側から爆発し、職員室の中に大量の血液と肉片を飛び散らせ、残った頭部のない体が床に崩れ落ちた。ワタシの顔や職員室の一角は飛び散った血液によって真っ赤に染まり、嫌な匂いが漂う。


「……アハッ」


 ワタシは顔についた血液を舌で舐め、満面の笑みで一度だけ笑った。


 正直なところ、血液というものは初めて舐めたけど、あまりおいしくなかった。何というか、血液の成分に含まれている鉄のような味がしたような気がする。もちろん、単体の鉄なんて食べたことはないけど。


 ワタシは舌で舐めて拭き取ることができない血液は制服の袖で拭き、手に持っていた特殊拳銃とナイフをそれぞれポケットにしまった。その後、頭部を失った死体が転がり、真っ赤に染まった職員室から廊下に出る。


 廊下には誰もおらず、人の気配はしない。物音なんて聞こえないし、当然のことながら話し声も聞こえない。本来透明な強化ガラスに囲まれている教室も今では真っ白な壁に四方を囲まれ、内部からは外部を、外部から内部を見ることができなくなっている。


 こうして廊下に出るまで、ワタシが用意した通りに事が進んでいるかどうかが分からなかったけど、ようやくその確認もできた。あとは、ワタシのクラスの教室に行くだけ。


 ワタシはただ一人、誰もいない廊下を歩きながら考える。そこで、それまではまったく疑問に思わなかったことが脳内に浮かび上がる。


 これで本当によかったの? 今からワタシがしようとしているのは、クラスメイトを全員殺害すること。そうすれば、必然的に友だちグループのみんなは死亡する。ワタシには、本当の家族も義理の家族もいない。その上で、クラスメイトも友だちも失ってしまえば、ワタシには何が残る?


 組織で働いている人たち? そもそも、あんなやつらとは関わりたくない。むしろ、殺害しなければならない人数が不足していれば追加で何人か殺害すればいい、程度にしか思っていない。


 新しく友だちを作る? カナイズミに友だちグループに入らないかと誘われるまで、ワタシには友だちができた試しがない。たぶん、それはこれまでもこれからも同じ。


 いや、ワタシは何を考えているんだ。別にそんなことはどうだっていい。ワタシは、さっき一人殺害して一人減ったから、残り七十一人分の人間を殺害して、例の電話相手の女性に頼んで願いを叶えてもらう。先週の水曜日からワタシの目的は最初からその一点だけであり、他人がどうなろうとワタシが知ったことではない。


 なぜなら、この世界は不条理で無慈悲なのだから。これくらいは当然。


 それにしても、今さらだけど、特殊拳銃や透明な強化ガラスの一部設定を変更できるパスワードってどういう仕組みになっているんだろう。


 まず、特殊拳銃はそもそも名前がダサい。何だ、特殊拳銃って。そのままじゃないか。でも、カナイズミから受け取ったときに、何か別の正式名称があるような話を聞いたことがあるけど、おそらく特殊拳銃と大差ないのだろうということは分かる。殺害する前に聞いておけばよかったかもしれない。


 ただ、特殊拳銃自体の能力は実に爽快なもので、他の凶器とは比べ物にならないほど使い勝手がよくて殺人能力が高いものではある。だけど、その仕組みがよく分からない。対象の物質の質量や状態に応じて威力が変化し、内側から爆発させるというところまでは分かるけど、具体的にどうなっているかまでは分からない。


 あと、透明な強化ガラスの一部設定を変更できるパスワード。これも特殊拳銃同様に名付けた人物のネーミングセンスを疑わざるをえない。聞いただけで分かりやすいのはいいけど、ダサいし、長いし、アルファベットにして略してほしかったところではある。


 まあでも、実際のところ、特殊拳銃以上にこのパスワードには助けられているから、これまでのワタシの計画においてこのパスワードは必要不可欠なものであったことは間違いない。それに、カナイズミに派遣してもらった警察官五人もこのパスワードを知っていて、しかもワタシがカナイズミから教えてもらえなかったものまで知っていたから、その利用価値は初期よりも大きなものとなっている。


 そのとき、不意にワタシの足が止まる。そう。ついに、ワタシのクラスの教室の手前にまで来たからだ。ワタシは確認のために辺りを見回して誰もいないことを確認した後、鞄の中から手の中に収まりそうなくらいの大きさの容器を取り出した。


 この容器には、人体にとって有害となる毒ガスを大量に発生させる薬品が入っている。昨晩家中を探し回っていると、地下室の棚から発掘できた。これを教室の中に投げ込むことで、密閉されている教室の中は毒ガスで満たされ、中にいる人たちはじきに全員死亡する。


 これによって、教室の中にいる友だちグループのメンバー四人とタイヨウロウとその他のクラスメイト二十一人は死亡する。つまり、友だちグループのメンバーとタイヨウロウは十人分としてカウントされるから、合計七十一人分の人間を殺害できたことになり、ワタシの目的は達成される。


 その後は、何事もなかったかのように教室を離れて、校舎から出る直前に強化ガラスの設定を全て元通りに戻す。そうすることで、ワタシはワタシの姿と犯行を誰にも見られることなく目的を達成することができる。


 ワタシはPICを操作して用意してあったパスワードを選び、それをワタシのクラスの教室に送る。しばらくすると、教室の壁である強化ガラスの上部分に小さな穴が開いた。その穴からは、教室の中にいる人たちの話し声や泣き喚く声が聞こえ、その中には確かに友だちグループ四人やタイヨウロウの声もあった。


 ワタシはよく狙いを定めて、その穴に毒ガスを発生させる容器を投げ込んだ。直後、教室の中からは突然放り込まれた容器にパニックを起こして発狂したり悲鳴を上げたりする生徒たちの声が聞こえる。おそらく、教室の中にいる人たちはワタシが教室の中に投げ込んだ容器の中から何が発生しているのかは検討もついていないと思うけど、何かよくないものであることは分かっているのだろう。


 ワタシは容器を放り投げ、中から悲鳴が聞こえたのを確認した後、再びPICから強化ガラスにパスワードを送り、上部に開いていた穴を閉じた。


 あとは、時間が経つのを待って中にいる人たちが死亡したのを確認するだけ。念には念を押して、校舎内の透明な強化ガラスの一部設定を変更できるパスワードには軽い細工を施してあり、カナイズミの手によって内側から脱出できないように、二重にロックをかけてある。


 ワタシにパスワードとその存在を教えてくれたのはカナイズミだから、そのカナイズミが使わないわけがないということは分かっていたから。でも、二重にロックをかけることによってその知識は無駄となり、たとえ解読できたところで、あと三分もすれば教室の中は毒ガスで満たされる。もっとも、パスワードの桁数を考えても、三分では解読することなんてできるわけがない。


 ワタシの完全勝利だ。


「……アハ……アハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」


 やった! 勝った! ワタシはワタシの行動を妨害する全ての存在に打ち勝ち、この不条理で無慈悲な世界の中で、ようやく目標を達成することに成功した!


 そんなことを考えていると、不思議とワタシの口からは狂気じみた笑い声がもれていた。でも、今はどれだけ笑っても問題ない。どうせ周囲には誰もいないんだし、教室の壁は防音性能に優れているから廊下の音は何一つとして聞こえない。


 それに、今ほど楽しいときがあるだろうか。一晩かけて練り直した計画と用意した凶器を活用し、ワタシは誰一人として反撃を許すことなく、目的を達成できた。これほど嬉しいことはない。そして、これほど爽快なものはない。


 しかし――、


「アハハハハ……は?」


 不意に、ワタシの目の前で信じられないことが起きた。それは唐突に、突然に、何の前触れもなく、起きた。いや、起きてしまった。

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