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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第三章 『Chapter:Uranus』
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第十九話 『抹殺』

 ワタシはあらかじめ用意してあったプレス機を落下させることによって、ツチダテを圧殺することに成功した。ツチダテの腕一本以外の体はすべてプレス機の下敷きとなり、おそらくいまはもう見るに耐えない状態になっていることだろう。


 ツチダテがいつどこでどのようなきっかけであんな風に狂ってしまったのか、そして、どの場面からワタシのことを殺害しようと計画していたのかはわからない。でも、ワタシはツチダテを危険因子だと判断して殺害した。これでもう、しばらくのあいだはワタシの犯行を脅かす存在はなくなることだろう。


 しかし、現実はワタシの思い通りには進まない。ツチダテを殺害した直後、ワタシのPICに差出人不明の『何で殺した』とだけ書かれた一通のメールが届いた。また、ワタシの頬からは金属片でも掠ったのか少し血液が出ており、数秒後、どこからともなく少女の大声が聞こえてくる。


『何で殺した何で殺した何で殺した何で殺した何で殺した何で殺した何で殺した何で殺した何で何で何で何で何で何で何で何でええええええええ!!!!!!!!』


 突如として聞こえてきたその大声に、ワタシは思わず動揺してしまった。いま聞こえた少女の声は間違いなく例の電話相手の女性の声と一致している。ということは、例の電話相手の女性は何かの理由で地下室に来ており、ワタシがツチダテを殺害した場面を目撃してしまい、それを訴えようとしているのだろうか。


 地下室の中心で向きを変えながら地下室中を確認する。しかし、少女の大声は地下室中に響き渡ってはいるものの、人の姿が一向に見えない。ここにいるのはワタシとプレス機の下敷きになったツチダテの死体のみ。声は聞こえ気配もするのに、ほかにはだれもいない。


「……何……どういうこと……?」


 ありきたりな推測ではいまの状況を説明できないとわかってはいるものの、ワタシは考えられる限りの推測を一つずつ整理していく。


 もし、例の電話相手の女性が地下室に来ていて、ワタシがツチダテを殺害した場面を目撃してしまったとしよう。それならば、いま地下室中に響き渡っている例の電話相手の女性の大声に納得がいくし、先ほどワタシの頬に走った痛みも例の電話相手の女性の仕業なのだということがわかる。


 でも、それだとなぜワタシの前に姿を見せない? いや、戦いにおいて敵に自分の姿を晒さないことは最も安全かつ最良の戦法だけど、いまはその可能性はない。地下室中に大声が響き渡っているということは、例の電話相手の女性はいま地下室の中にいるということになる。しかし、どれだけ地下室中を見渡してもその姿は見えない。


 ほかに考えられる可能性としては、実はツチダテは生きていて、実はツチダテは例の電話相手の女性と同一人物だったというもの。いや、さすがにこの推測は的外れのような気がする。


 ワタシはこの目でツチダテがプレス機の下敷きになった瞬間を目撃したし、ツチダテの腕一本はナイフを掴んだまま床に転がっており、プレス機の下方は血液で真っ赤に染まっている。これだけの証拠があれば、いくらなんでもツチダテの死亡を否定などできはしない。


 それに、昨晩ツチダテと例の電話相手の女性は同一人物ではないということを確認したのだから、その可能性も消える。もしかすると、ツチダテがワタシを混乱させるためにあえて嘘をついていたという可能性もあるけど、いまさっきのメールの文面や大声の内容によってそれもなくなる。


 ということはつまり……どういうことなんだろう。


 ツチダテは死亡した。ツチダテと例の電話相手の女性は同一人物ではなく別人。例の電話相手の女性は何らかの理由で地下室に来た。例の電話相手の女性はツチダテが殺害される場面を目撃した。例の電話相手の女性はそれをワタシに訴えるために大声を発している。しかし、ワタシには例の電話相手の女性の姿を認識することはできない。


 いまのところ、わかっていることだけで簡単な事実確認と推測をするとこんな感じになる。でも、これが正しいとは限らないし、例の電話相手の女性の姿が確認できない以上、どうすることもできない。


 そのとき――、


「……ぁ……がっ……あ……!」


 不意に、だれもいないはずの地下室の空間から、バールが一本勢いよくワタシの左目一直線に飛んでくる。あまりに突然のことだったためワタシはそれを避けることができず、そのままそのバールはワタシの左目の奥深くまでを抉り取った。


 ワタシの左目の眼球は抉り取られ、周囲の肌や頭蓋骨にひびが入る。直後、ワタシの左目の眼球があった部分からは大量の血液が噴き出し、地下室中にワタシの悲鳴が響き渡る。


「……ぐがぁ……ぎっ……ああああああああああああああああ!!!!」


 ワタシの左目に、どう表すこともできない抑えられない激痛が走る。その激痛は、まるで頭部を真っ二つに割られたかのような、拳銃で心臓を打たれたかのようなほどのものだった。


 ワタシは大量の血液が噴き出す左目を左手で抑えながら、右手で服の中を探る。そして、先ほどバールが飛んできた方向を確認し、その後、バールが飛んでいった方向を確認した。やはり、そのどちらの方向にもだれもいない。


 再び地下室の入り口がある方向を見ようとしたとき、ワタシは背後から並々ならぬ殺気を感じ取った。その殺気を感じ取った瞬間、ワタシは迷うことなく真横へと飛んだ。


 真横に飛び、右肩から順番にワタシの体が地下室の床へと叩きつけられる。左目を抉り取られたときよりはマシとはいえ、骨が折れたのではないかというほどの痛みが右肩に走る。地下室の床に横たわりながら、ワタシは先ほど自分がいた場所を見る。


 そこには、三本のナイフが空を切ってプレス機に当たり、カランという音とともに床に落ちた光景があった。もし、ワタシが咄嗟の判断で真横へ飛んでいなければ、いまごろワタシはあのナイフに刺されていたことだろう。


 しかし、ワタシは自分の判断が正しかったということや、紙一重で助かることができたということに対して喜びを感じたりせずに、右手で服の内ポケットから特殊拳銃を取り出し、先ほどワタシが殺気を感じ取った方向に照準を合わせて引き金を引いた。


 当然のことながら、そこにはだれもいない。正確には、そこには人の姿はなく、ワタシにはそれを認識できていない。だから、通常ならば特殊拳銃は対象不適切で不発に終わるか、この地下室を破壊することだろう。


 でも、現実はそうは動かない。


「ぐっ……ぎがああああああああああああああああ!!!!」


 突如として、だれかがいるわけでもなく何かがあるわけでもない地下室の空間から、そんな悲鳴のような絶叫のような大声が聞こえ、それと同時に大量の真っ赤な液体が飛び散る。


 そして、ワタシは特殊拳銃の射撃履歴をすぐに確認した。その結果、いま特殊拳銃はワタシの目には映っていない『何か』を射撃し、それを破壊したのだということがわかった。


 しかし、ワタシが見る限りでは、地下室そのものや地下室の中にあるものが破壊された痕跡は見当たらない。もちろん、ワタシは先ほど痛めた左目と右肩以外はとくに大きな怪我を負っていない。そして、それらの代わりに目の前にあるのは、大量の真っ赤な液体。


 このことから導き出される結論はただ一つ。この地下室にはワタシの目に映らない、それはまるで『透明人間』と比喩しても差し支えないような生命体が存在している。その透明人間が例の電話相手の女性なのか、ただ単純に声が似ているだけなのかはわからないけど、確かなのは『ワタシの命を狙っている』ということ。


 まず最初ワタシに金属片を投げつけ、つぎにバールを、三回目にはナイフを。金属片はともかくとして、バールとナイフは投げるよりも手で握って使用したほうが遥かに威力は高くなる。しかし、透明人間はそうしておらず、あくまで飛び道具として凶器を使用している。


 つまり、その透明人間はワタシに場所の特定をされ、返り討ちに遭うことを恐れている。凶器を手で握って使用するよりは飛び道具として使用したほうが、被害者からの場所の特定は極めて困難になる。だからこそ、あえて投げたのだろう。


 だが、ワタシは透明人間の一瞬の隙を突いて特殊拳銃で射撃することに成功した。でも、まだ悲鳴が聞こえてきているということは死亡してはいないということ。ということは、射撃したのは腕か足となる。


 そこまで考えたあと、ワタシは勢いよく立ち上がり体制を整える。いまも、左目からは大量の血液が流れ出し、抑えられないような激痛が走っている。でも、そんなことに臆していれば、いまこのときを生き残ることはできない。


 ワタシは先ほど射撃直後に悲鳴が聞こえてきた場所をはじめとして、右回りで順番に問答無用に射撃していった。そのほとんど、いや、もしかするとそのすべては透明人間に当たることはなく、地下室の内部にあった様々な凶器や棚、さらには特殊な装置やプレス機までもを爆破させていった。


 あとに残ったのは、地下室の中心に立ち尽くすワタシと、その周囲に散らばる元々地下室にあったもののみ。これでワタシの身の安全は保障されただろうか、透明人間を殺害できただろうか、そんな甘い考えは思い浮かばない。


「……がっ……あっ……!?」


 不意に、鉄球でも投げつけられたのか、ワタシの背中に激痛が走る。油断はしていなかったとはいえ、完全に不意を突かれたワタシは、その衝撃で体制を崩しふらふらと床に膝をついてしまった。


 すると、重いものが動くときに鳴る轟音がワタシの頭上から聞こえた。ワタシはその音を聞いた瞬間それが何の音なのかを理解し、痛む背中をかばうことなく、全力で真横に飛んだ。


 直後、いまワタシがいた場所を目がけて、地下室の天井から一台のプレス機が落下し、それが床に落ちると同時に軽い地鳴りが発生する。もし、いまワタシが真横に飛んでいなければ、いまごろワタシはツチダテのようにプレス機の下敷きになり、死亡していたことだろう。


 ワタシは疲労や激痛と緊張や恐怖によって自分の息が荒くなっているのがわかった。また、夏でもないのにワタシの服は冷や汗でぐっしょりと濡れ、様々な要因から腕と足は小刻みに震えていた。


 ワタシは昨晩から今朝まで、ツチダテを殺害するためにプレス機の設置をしていた。元々、何の用途があったのかは知らないけど地下室には二台のプレス機があり、跡形もなくツチダテを殺害するには最適だと思い、それを利用しようと考えた。


 とはいっても、そのプレス機はそもそもの構造が古いらしく、どう修理しても直すことはできなかった。そこで、ワタシはPICを作動装置として、簡単な操作でいつでも落下させることができるように改造した。


 つまり、プレス機はワタシのPICで操作するか、直接天井に触れて落とすかしかできない。さっきだって、二台のうちの一台はツチダテを殺害するのに使用され、もう一台は温存していつでも使えるようにしておいたはず。前者はともかくとして後者などできるわけがない。


 それならば、何でプレス機はワタシを目がけて天井から落ちてきたのだろうか。ただの事故とは思えず、透明人間の仕業なのだということはわかる。でも、どうやってプレス機を落下させたのかがわからない。


 そのとき、ワタシはそれを見逃さなかった。地下室にあった凶器や装置は、先ほどワタシが特殊拳銃の引き金を引いたことによって爆破され絶対に動くはずがない。それなのに、いまは動いていた。


 しかも、それは一箇所だけではなく、複数の箇所だった。それはまるで、透明人間が瓦礫や残骸を踏み潰しながら、出入り口に向かって走っているかのように見えた。


 ワタシは不規則に動く瓦礫や残骸を見ながら、それによって想像力を働かせ、透明人間の場所を予測する。そして、出入り口付近に特殊拳銃の照準を合わせ、透明人間がそこへと辿り着いたのがわかった瞬間、引き金を引いた。


「……っ」


 直後、パァンという風船が弾けたような音が地下室中に鳴り響き、地下室の出入り口に大量の血液とともに、いくつもの人間の臓器が撒き散らされた。それらの臓器は、心臓や肺をはじめとしてどれもまだ動いている。おそらく、透明人間が死亡し、その臓器が撒き散らされただけだと思うけど、まだ臓器が動いているとは。


 正直いって、その光景は非常にグロテスクであり、いまにも胃の中のものが逆流してしまいそうになるほど気持ちの悪いものだった。


「……うぇ……グロ……」


 いくらこれまでに十二人も殺害して、数多くの人たちの死体を見てきたとはいえ、死体から飛び出た内臓が動いている光景は気持ちが悪い。ワタシは吐き気がこみ上げてきているのがわかり、気分をごまかすために一言だけそう呟いた。


「……はぁ……」


 ようやくできた安息の時。ワタシはプレス機にもたれかかりながら、地下室の床に座る。ワタシの右肩や背中は打撲でもしたのか痛みがあり、左目とその周辺からは大量の血液が流れ、いまでも治まることのない激痛が走っている。


 出血の量はすでに尋常ではないものになっており、そろそろ家に戻って治療しなければまずい状況になりつつある。ワタシは軋む体を無理やり起こし、地下室の外に出ようと出入り口へと歩こうとした。


 しかしその寸前、地下室に繋がる階段を降りてくる足音と二人の男女の声が聞こえてきた。ワタシはその声を聞くと同時に、地下室の内部に散らばっている瓦礫や残骸の陰に隠れ、様子を見る。


「逸弛! 早く!」

「さ、沙祈!? そ、そんなに急いでどうしたんだい!?」

「いいから! ……って……え……嘘……」

「な、何なんだ!? これは!?」


 地下室に姿を現したのは、ヒサバとミズシナの二人だった。

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