第十四話 『指導』
何だか、今週はやけに時の流れが遅かったような気がする。火曜日の晩にジビキがミョウガに殺害された事件から全てが始まり、その日を除いて三日間。普段は何か特別をするわけでもなく、空っぽな毎日を過ごしていたワタシにしては、密度が濃すぎる一週間だった。
この一週間だけで友だちグループのメンバーは三人もいなくなり、ワタシの義理の家族は全員死亡し、それ以外の人たちへの見方も大きく変化した。ツチダテが名前を伏せてワタシに殺人の依頼をしてきたり、ミズシナがお金を貯めるためにバイトをしたいと言ってきたり。
良い風にとれば、普段は見られないみんなの様子を見ることができてよかったと思う。でも、悪い風に、現実的にとれば、何か裏があるのではないかと思ってしまう。それでも、ワタシは自分の計画を信じてそれを進めていくだけだ。
そんなわけで、昨日ミズシナにバイトの件についていくつか注意を含めた連絡をしてから一晩が経過し、次の日、すなわち土曜日の朝になった。今日から、ミズシナがワタシの義理の両親の組織(今は代わりにワタシが統率している)にバイトとして来ることになっている。
現代において、実は基本的にバイトなどで高校生以下の学生がお金をもらって働くことは禁止されている。現代の学生は、その勉強のカリキュラムが戦前時の三年前倒しになっていて、大学生までが義務教育であり、大学では仕事をするために役立つことばかりを教えられることになっている。
だから、その仕事のノウハウをまだ教えられていない高校生以下がバイトをしてお金をもらうというのは、社会に迷惑がかかるのではないかと考えられ、その結果、法律で決まっているわけではないけど基本的に禁止されている。
それに、一部では学生は仕事をするよりも勉強するほうが大事なのは当然だという意見もあり、法律改正をするべきだという声もある。ただ、多くの犠牲と被害をもたらした第三次世界大戦の戦後から十五年しか経っていない今では、そんな些細な法律改正よりも前に他にするべきことが多々あるので、今のところはそこまで手が回っていないみたいだ。
どちらにしても、この世界には警察そのものが存在していないのだから、いくら法律改正をしてもそれを破った者を罰することはできない。つまり、法律改正だと訴えている人たちはそのカモフラージュのためにわざと言っているのか、それとも、警察がいないということを知らないだけなのか、のどちらかだといえる。
とはいっても、そんな風に高校生以下のバイトが基本的に禁止されているといえ、人口が激減した現代ではまさに猫の手も借りたい状況に他ならない。人手不足人員不足が甚だしい場所や店は少なくないから。それゆえ、資料上は大学生と偽ってバイトをしたり、社員として働く高校生以下の人もそれなりに存在している。
もしかすると、ミズシナはそんな風に、誰がどう見ても面倒なシステムを避けるためにあえて友だちであるワタシの義理の両親が統率していた組織にバイトに来ようと考えたのかもしれない。友だちの両親となれば、他の店と比べて楽に承認されることはよく考えなくても何となく分かるし。
何はともあれ、時刻はもうすぐ十時だ。十時といえば、ミズシナがバイトに来る予定の時間。どんな仕事をさせるかは特に決めていないけど、まあ、資料の整理でもさせておけばいいか。それも、仕分けに手間がかかるやつを。
そのとき、不意に家の呼び出し鈴が鳴る。時刻は九時五十五分、おそらくミズシナが来たのだろう。ワタシは玄関へと向かい、ミズシナを迎える。
「あ、おはよう、葵聖ちゃん」
「……おはよう」
「時間、今くらいで大丈夫だよね?」
「……うん、まあ。……仕事場はこっちじゃなくて、その隣だから」
「了解ー。それにしても、珍しいね」
「……何が?」
「いや、今時一軒家なんてあまり見ないから。しかも、見たところ木造建築みたいだし、玄関のドアも自動じゃなかったし」
「……そう。……そうかもね」
もうすでに死亡しているワタシの義理の両親は、先祖代々から今ある組織を結成していたらしいことを聞いたことがある。当時はまだ戦争なんてない平和な世界で、原子力とか核燃料とかそういうことに関しても若干理解があったらしい。でも、問題がないわけではないから、大部分の世間には認められていなかったみたいだけど。
そのためなのかは分からないけど、ワタシの義理の両親は初代の頃から使われているこの家を引き継ぎ、戦争とかがあっても特に改築せず、今に至るらしい。まあ、ワタシにしてみれば住めればなんでもいいわけだけど。
ミズシナがワタシが住んでいる家に来た後、しばらく玄関で立ち話をし、数分経ったときにミズシナを仕事場へと誘導した。仕事場は学校の教室をいくつか合わせた程度の面積しかなく、別に研究所とかではないけど、やや心もとないものになっている。
ワタシが仕事場にいくと、そこにはすでに十数人の人員がおり、ワタシの姿を見ると簡単に頭を下げていた。この人たちはワタシがあの人たちの義理の娘であるということを知らない。もちろん、一部には知っている人もいるけど、少なくとも今仕事場に来ている人たちは誰も知らない。
だから、組織の統率者であるあの人たちの義理の娘であるワタシに頭を下げたりする。ただ、ワタシが義理の家族に虐められていたということは大多数の人員が知っているため、行動し辛いことこの上ない。
あと、組織の人員たちには、両親は仕事の都合で海外へと入っており、兄弟は学校行事でしばらく帰ってこないと言ってある。もちろん、それらは全て嘘だけど。本当はもっと近く、具体的には家の居間で七人が横たわっているわけだけど。
補足だけど、ミズシナが新しくバイトとして仕事場に入り、簡単な仕事をすることになったということは誰にも伝えていない。そもそも、伝える必要がない。いや、伝えてもいいけど、そうすると墓穴を掘るかもしれないので言わない。
おそらく、ミズシナが仕事場にいても誰も不思議には思わない。なぜなら、以前からワタシの義理の兄弟の友だちとかが度々仕事場に来たりしているからだ。だから、今回もその程度のものなのだろうと思ってくれるはず。
ミズシナにはバイトとして雇ったと言っておき、人員にはただの手伝いなのだと思い込ませる。この理解の相違こそが大事。双方に不信感を与えることなく、ワタシへの疑いを晴らしておき、アリバイを作っておく。
これで、ひとまずミズシナのアルバイトの件は片付けることができるだろう。ミズシナのアルバイトを承認してしまったミスと、考えなしに義理の家族を殺害してしまったこと。どちらも、大き過ぎる致命的なミスではあったけど、それらを組み合わせることによってうまくかわすことができた。
ワタシは内心、誰かにほくそ笑んだ。そうしているうちに、ミズシナにしてもらうための仕事場へと辿り着く。ミズシナはここに来るまでの間、珍しいものでも見るかのように上を見上げたり、振り返ったり、はたから見れば挙動不審のような状態になっていた。
やはり、普段の生活であればまず見ないような仕事場の光景に、少しだけ興味が沸いたのだろう。そんな風に思いながら、ワタシはミズシナに指示をする。
「……ミズシナ。……ここがミズシナの職場」
「うん、ありがとう。それで、僕は一体何をしていたらいいんだい?」
「……とりあえず、ここに整理されていない資料を置いてあるから、右上に書いてある仕事の分類に分けてファイルに閉じておいてほしい」
「えっと……これ全部?」
「……そう」
ワタシとミズシナの目の前には、ワタシの身長くらいまでの高さほど積まれた、紙の資料のタワーがいくつもそびえ立っていた。調べてなどいないので何枚あるかは分からないけど、少なくとも千枚はあるだろう。いや、もしかするともっとあるかもしれない。
ちなみに、この資料の大半は、昨日ワタシが一晩かけてファイルから外して積み立てたものだ。一見無意味なその行動だけど、思いのほかミズシナのための仕事が見つからなかったから、無理やりにでも仕事を増やすためにわざとこんなことをしておいた。
さすがにこれだけの量があれば、ミズシナが仕事を終える午後六時までもつだろう。なれていても、資料整理にはある程度の時間がかかる。しかも、普段は紙に触れる機会など滅多になく、大抵はPICかパッドの操作で済ませてしまう現代学生のミズシナには堪えるはずだ。
ミズシナは、目の前にそびえ立つ紙の資料のタワーに唖然とし、まさに顔面蒼白といった様子に成り果てていた。たぶん、大した仕事を与えられないと言われていたから、こんな大変そうな仕事を任されるとは思いもしなかったのだろう。まあ、たとえ終わったとしても、明日以降の分はすでに用意してあるから、午後六時まではここに縛り付けておくことが可能だと思われる。
「一つ聞いていいかい?」
「……何?」
「何で、データじゃなくて紙にしてるの? 紙よりもデータのほうが資源の無駄遣いにならないし、場所もとらないし、何よりも整理しやすくない?」
「……ワタシの両親が決めたことだし、ワタシは知らない。……でも、たぶん、データだと画面上でしか見れないけど紙は空間上をどこでも移動させられるし、データを保存しているサーバーとか記録媒体が故障したらデータは消えるけど、紙は燃えたりしない限り消えないから紙にしてるのだと思う」
「なるほど……そこまで考えているとはね……」
「……あと」
「?」
「……ここには、世間には知られてはまずい情報もあるから、データにするとそれが流出したときに全世界へと発信されるから、それを防ぐためにしてるのかも」
「怖っ!」
「……まあ、嘘だけど」
「えっ……もー、葵聖ちゃん、冗談きついよ~……」
実際のところ、この組織には世間に知られてはまずい、原子力や核燃料に関する研究資料や捜査結果が山ほどあるから、あながち間違ってはいないけど。まあ、何はともあれとして、そんな感じでミズシナのバイトは始まった。