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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第三章 『Chapter:Uranus』
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第十二話 『雇用』

 今朝、ワタシのホームルーム教室から奇妙な雰囲気を感じ取ったり、カナイズミから有益な情報を得られた以降、特に目立ったことも起きることなく、放課後になった。


 今日は、今朝カナイズミと話してからは誰とも会話を交わらせていないような気がする。そもそも、ヒサバとミズシナは時折教室から姿が見えなくなっていたし、カナイズミとツチダテとキマタにはどこか避けられているような感じがしていた。


 気のせいなのかもしれないけど、もし、みんながワタシへの対抗策を練っていたらどうしようか。カナイズミとツチダテは裏切らないと思うけど、それが変わってしまうきっかけが出たら、それも確実なものではなくなる。それに、ヒサバとミズシナの動きが見えない以上、いくら考えても考え過ぎではない。


 下校中、ワタシは誰もいない街路を一人で歩きながら、これまでの状況とみんなの動向、これからどうすればいいのかを考えていた。誰をどのような順番で殺すのがもっとも最適で、ワタシ自身は表立ってどのような言動をとるべきなのか。


 正解なんてない。全てはその場その場の運による結果論でしかない。どれだけ考え抜かれた計画でも、あるきっかけによって根本から崩壊させられてしまうことも多々ある。そもそも、抜け道がない計画なんて稀だ。ワタシにはそんな計画は作れないし、だからこそ、こうして頭を悩ませている。


 カナイズミとツチダテはほぼ確実に裏切らないとしても、念のため、それぞれに今一度釘を刺しておく必要があるかもしれない。今朝カナイズミに言ったときはあまり効果がなかったみたいで、ツチダテには避けられてるみたいだから、成功するかどうかは分からないけど。


 ヒサバとミズシナとキマタの行動はどうしても予測できない。いや、情報が少な過ぎて予測以前の問題だといったほうが適切かもしれない。ミョウガとカイホコの死があの三人に衝撃的な何かを与えて、普段とは異なる思考をしているかもしれないから余計。


 さて、どうしようか。とりあえず、考えるよりもまず先にあの三人を殺しておいたほうがいいかもしれない。そうすれば、こんな余計なことを考える必要もなくなるし、後に残るのはカナイズミとツチダテだけだから心配事も減るし。


「あ! 葵聖ちゃーん! ちょっと待ってー!」

「……?」


 そのとき、不意にワタシの背後からワタシの名前を呼ぶ声が聞こえる。近くには誰もいなかったと思うけど、いつの間にか人通りの多い場所に来ていたのだろうか。


 ワタシは後ろを振り返り、後方数十メートルの地点からワタシに向かって駆けてくるその人物を確認する。その人物は、カナイズミやツチダテではなく、ワタシにとっては予想外の、ミズシナだった。


「……ミズシナ?」

「はーはー……やっと追いついた……」

「……大丈夫?」

「ああ、うん。走ってきたから少し疲れただけだよ。ありがとう」

「……別に」


 ワタシに用があったのか、ミズシナは走ってワタシのことを追い駆けてきたらしい。ミズシナは簡単に汗を拭った後、ワタシにさわやかな笑顔を見せながら礼を言ってきた。クラスメイトの女子の大半やヒサバはこの笑顔に惚れるらしいけど、ワタシには普通の笑顔にしか見えない。それに、ワタシはジビキのほうが好きだったし。


「……何か用?」

「そうそう、ちょっと葵聖ちゃんに用があってね。葵聖ちゃん、今帰りでしょ? 帰りながら話そうよ」

「……いいけど」


 ワタシは一瞬だけ、ミズシナはヒサバと何か計画を立てていてワタシが一人でいるときを狙って何かに陥れようとしているのかという考えも浮かんだけど、ミズシナの様子を見ている限りではそんな感じはしなかった。


 ミズシナはただ単純に、殺人事件とかそういうことは一切関係なく、ワタシに何か用があって追い駆けてきたのだ。ワタシは少しだけ警戒を解き、ミズシナと隣り合わせで歩きながら会話を開始する。最初に口を開いたのはミズシナのほうだった。


「実は、葵聖ちゃんに一つだけ頼みがあって追い駆けてきたんだよ」

「……ワタシに?」


 何だろう。


「確か、葵聖ちゃんのご両親って、何かを研究している会社を経営していたよね?」

「……会社というか、原子力とか核燃料とかそういうことを研究している組織だけど」

「あー、そうそう、そうだったかも。それでさ、その組織って、今人手不足だったりしない?」

「……どういう意味?」


 まさか、やはりミズシナはワタシのことを疑っていて、ワタシが義理の家族を殺害したことに気づいているのだろうか。確かに、義理の家族がいなくなったことで、組織の統率者を失ったことで人手不足な状態にはなっている。


 ワタシは目的を達成するまでは義理の家族が死亡したことを誰にも悟らせないため、今はワタシが義理の両親の代わりに組織を統率しているけど、どこからか情報が漏れたのだろうか。


 どうする、どうすればいい。ワタシがそんなことを考えていると、ミズシナはいたって軽い調子で少し照れながら、ワタシの予想の範疇を大きく上回る台詞を放つ。


「実は……そろそろ沙祈の誕生日が近くてね。それで、何かプレゼントを買ってあげたいんだけど、お金に余裕がなくって……。だから、葵聖ちゃんのお家でバイトでいいから雇ってもらえないかなーって」

「…………は?」

「いやいや、そんなに怖い顔しないで!?」

「……してない」

「ごめんごめん。でも、雇ってもらいたいのは一週間くらいでも構わないし、バイトとかを受け付けていないなら何か別の仕事でもいいから。雑用でも何でもするよ」


 一体、ミズシナは何を考えている? 何でバイト? そもそも、何でワタシの義理の両親の組織をバイト先に選んだ? 友だちであるワタシがいるからすぐに雇ってもらえると思ったのか? ミズシナの目的は本当にそれだけなのか?


 ワタシの中で、今のミズシナの言い分について、いくつもの疑問が浮かんでは消え浮かんでは消えを繰り返す。でも、結局ミズシナの目的が何なのかは分からない。本当に、ヒサバに誕生日プレゼントを買うためにお金を貯めたくてバイトをしたいだけなのか、それとも、何か裏があるのか。その時点から分からない。


 ひとまず、断っている雰囲気を出しつつ、もう少し状況を分析することにしよう。


「……ミズシナがヒサバにプレゼントを買いたいとしても、そんなに値が張るものを買うつもり? ……バイトするにしても、そんなにたくさんは出せないと思うけど」

「あー、いや、そんなに高額なものってわけじゃないんだけど、うちも家計が厳しくってね。両親が残してくれたお金と支援金だけでは最低限度の生活をしても、沙祈にそれなりのプレゼントを買うなんて到底できないんだ」

「……なるほど」


 ヒサバとミズシナの両親は二人がまだ幼い頃にそれぞれ全く異なる方法で死亡した。そのため、二人はそれぞれの両親が残した資産と、月に一度国から与えられる生活支援金を使って、助け合って生活をしている。以前、そう聞いた気がする。


 それに、元々ヒサバとミズシナの両親の資産はほとんどなく、生活支援金もそれほど多くはない。第三次世界大戦によって住む場所を追われた人や二人のように両親を失った子どもが多々存在しているから、その人数が増えれば増えるほど、必然的にそれぞれに渡される生活支援金の額は減ってしまう。


 また、現在では消費税が五十パーセントになっていて、そんな僅かなお金では一つものを買うだけでも一苦労なのだということが予測される。加えて、消費税はこれから先も上がっていくことが予測され、一部では百年後には二百パーセントになるのではという声もあるほど。


 そう考えてみれば、ワタシの境遇はまだマシなものだったのかもしれない。本当の家族を全員失い、引き取られた義理の家族のもとでは散々な仕打ちを受け、満足とは呼べないような状況だったけど、生きるということについて向かい合う必要はなかった。


 でも、ヒサバとミズシナは違う。僅かなお金で少しでもいい生活をしようと頑張っている。もちろん、ワタシには関係のないことだし、救いの手を差し伸べる必要も、そんな気もないけど、そうなのだ。


「……分かった」

「分かったって、何がかい?」

「……ワタシから両親に頼んでみる。……ミズシナがバイトとして雇ってほしいと言ってた、って」


 気がついたとき、ワタシはミズシナからの用件を受け入れ、承諾してしまっていた。別に、ミズシナのことが可哀想だと思ったわけではないし、偽善者になるつもりもない。ワタシはいつかヒサバとミズシナを殺害しなければならないのだから。


 それに、もしここでミズシナからの要求を断ってしまうと、ミズシナだけでなくみんなにも新たな不審感を与えてしまうかもしれないし。そうなってしまうと、ただでさえややこしくて収集がつかなくなっている現在の状況に手がつけられなくなってしまう。


 だから、ワタシはそれを回避するためにミズシナからの用件を仕方なく、受け入れることにした。仕事場にはワタシが住んでいる家が隣接していて、義理の家族の死体も近くに転がっているけど、家に上がらせなければ問題はない。


 ワタシの台詞の後、飛び上がるように喜ぶミズシナの姿がそこにはあった。

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