第十話 『連絡』
『あ、もしもし!? 天王野さん!? た、大変なことが起きたのですわ!』
「……どうしたの、そんなに慌てて。……何かあった?」
ミョウガとカイホコを殺害したワタシはあの後すぐに家に帰り、怪我の治療をした。義理の両親の仕事の関係上、家やそのすぐ近くにある職場を行き来する人が多いため、救急セットは分かりやすい場所に置かれていた。
ワタシはそれを使い、自分で自分に作った大怪我を簡単ではあるけど治すことに成功した。出血はとうの昔に止まり、今はもう多少痛むだけで傷口は塞がっている。でも、思いのほか傷が深く、出血が多く、怪我をしてすぐに治療をせずに無理な運動をしたからなのか、完治には時間がかかりそうだった。少なくとも、三日間は誰にも服の下を見せられないだろう。いや、普段からそんな機会は一切ないけど。
それはさておきとして、その晩、ワタシのもとにカナイズミから電話がかかってきた。ワタシが出ると、珍しく明らかに動揺して焦っているカナイズミの声がワタシの耳を劈いた。
『じ、実は、放課後に冥加さんを待っていた遷杜様が、その帰りが遅いと思い教室に行ってみたところ、そこには……みょ、冥加さんと海鉾さんの死体が……!』
「……え?」
『何があってそんなことになったのかはまるで検討もつきませんけど、殺人事件には違いありません。一応仮暮先生には伝えておきましたけど、どうなることやら……』
思いのほか、ミョウガとカイホコが殺害されたという事実が広まるのが早かった。もし、今のカナイズミの台詞のように、キマタがミョウガのことを待っていなければ、明日の朝に先生やツチダテが最初に発見することになっていたのだろう。
まあ、何にしてもいつかは発見されるものだし、発見されて警察に通報してもらわないと、カナイズミに派遣してもらった警察官たちも学校に侵入できない。だから、ワタシの計画をスムーズに進めるためにはこれくらい発見が早いほうがよかったのかもしれない。
『それで、なのですが……もしかして、天王野さんは何か重要なことを知っているのではないですか?』
「……何でそう思った?」
『いえ、土館さんから聞いたことなので確信があるわけではないですが、天王野さんは冥加さんと教室に残って何か大事なことを話すようなことを言っていたみたいではないですか。丁度ワタシはそのとき、別の用事で忙しかったので聞けていなかったのですが』
「……確かに。……ワタシはミョウガを呼んで教室に残り、話をした」
『そのときに――』
「……でも、話した内容はジビキが殺された件についての情報交換だけで、しかもそんなにお互いに情報を持っていたわけではなかったから、五分もかからずに終わった。……これで満足?」
『え、ええ……別に何も起きていないのならそれで構いませんわ』
「……それで、他に用件は?」
『いえ、他には何も。それに、長電話もご迷惑かと思いますので、そろそろ。それでは、また明日』
「……また明日」
そう言って、カナイズミとの通話が途切れる。やはり、ワタシに警察官を派遣させ、推理とかそういう考える行為そのものを好むカナイズミはワタシが二人を殺した犯人だということに気がついている。
別に、カナイズミの口から直接そう言われたわけではないし、ワタシが教えたわけでもないし、今の通話に違和感のある台詞しかなかったわけでもない。ただ、直感のようなもので、カナイズミのことをよく知っているワタシだからこそ、逆にワタシのことをよく知っているカナイズミはワタシの犯行に気がついているような気がした。
とはいっても、カナイズミはそれほど脅威的な存在ではない。ワタシが『この世界に警察は存在しない』という秘密を抱えている限り、カナイズミはワタシからの頼み事を断ることはできず、何があってもワタシと敵対するなんてことはない。
たとえ、カナイズミが様々な証拠を集め、ジビキの死体をバラバラにし、ミョウガとカイホコを殺害した犯人がワタシだと突き止めても、それをみんなに教えることはない。なぜなら、それを言ってしまえば、ワタシとカナイズミが敵対したということになり、ワタシが知っているこの世界の秘密を世間に公表するから。
そういうわけでは、今のところはカナイズミは警戒しなくれも構わないだろう。どちらかといえば、やはり、ツチダテのほうに気をつける必要がありそう。今朝の一件によってツチダテが例の電話相手の女性だと分かったから、これからの学校生活で注意しておくのはもちろんのこと、今からも探りを入れようと思う。
そこまで考えたワタシはPICを操作して、昨日話をした例の電話相手の女性、つまりツチダテと再度話をするために電話をかけた。数秒後、音声だけの通話が開始される。
『あー、はいはーい。どうしたー? 何かあったー?』
「……?」
聞こえてきたのは、そんな軽い口調の女性の声。一瞬だけ、電話をかける先を間違えたかと思ったけど、確認してみてもそんなことはないということがすぐに分かった。ということはつまり、昨日も少しだけ見せていたけど、あの堅苦しい話し方ではなく、むしろこっちの軽い口調のほうが電話相手の女性の、ツチダテの『素』ということになるのか。
「……いや、さっき送った写真だけど、あんな感じでよかったのかを確認しておこうと思って」
『ん~? ああ、うん。まあ、あんな感じで殺して、あんな感じの写真を送ってくれれば問題ないかなー』
「……そう。……それはよかった」
『……って、あ!』
「……どうかした?」
『な、何も問題はない。これからもあんな感じで頼むよ。ははっ』
突然大声を出すから驚いたけど、どうやら、自分の話し方が昨日と大きく異なることに気づいたのか、電話相手の女性は少し慌てながらも平静を装いつつ、言葉遣いを変えてワタシにそう言った。別に今さら言葉遣いなんてどうでもいいような気がするけど、本人が意識しているのなら勝手にさせておこう。
とりあえず、細かいことにいちいちつっこんでいてはきりがない。そろそろ本題に入らせてもらおう。電話相手の女性がツチダテであることを前提にしての質問をする。
「……ところで、すっかり聞き忘れていたけど」
『な、なんだい?』
無理やり口調を変えているのだということが目に見えるようだ。
「……あなたは、何でワタシにワタシの身近にいる人を百人も殺害させようとするの? ……昨日はこっちも色々事情があって聞かなかったけど、よく考えてみると、ただそれだけではあなたに利益がない。……教えられる範囲で構わないから、教えて」
『う……うーん……』
電話相手の女性はそんなわざとらしい声を発し、その後しばらく黙って考えていた。そして、何十秒かが経過したとき、不意に電話相手の女性の声が聞こえてくる。
『まあ、簡単に言ってしまえば、あなたの周りにいる人たちが生きていると、私にとって不都合が生じるんだ』
「……不都合?」
『そう、不都合。詳しいことはうまく説明できないし、たとえ説明できたとしても今のあなたには理解できないと思うから言わない。でも、あなたの周りにいる人、つまりあなたの友人の存在が私にとっては大きな障害となっている。だから、殺人の依頼をした』
「……ワタシの友だちの存在が邪魔ってことはつまり、ワタシ自身や昨日あなたが言っていたツチダテの存在も邪魔ということになるんじゃないの?」
『確かに、言ってしまえばその通り。でも、あなたは殺人をしてもらうための協力者であり、土館誓許はこちらの目的のキーだからね。他の人はいいけど、二人には死んでもらっては困るというわけだよ』
「……なるほど」
若干矛盾しているような気もするけど、電話相手の女性にはワタシが知りえない計画と考えがあるのだろう。電話相手の女性はツチダテであり、ワタシはその協力者。だから、どちらも死ぬわけにはいかないけど、それとはまた別の目的があるような気さえする。
それにしても、ワタシの友だち、すなわち友だちグループのメンバーの存在が障害になっているとはどういうことだろう。それに、友だちグループのメンバーが生きているだけで不都合が生じるということについても意味が分からない。あと、こんな台詞をつい最近聞いたような気もするけど、よく思い出せない。
そのとき、ワタシはある考えが浮かび、それを電話相手の女性に提案することにした。
「……あ。……一つ、提案してもいい?」
『何?』
「……あなたはワタシの周りにいる人、特に友だちに死んでもらいたい。……そして、ワタシはワタシの周りにいる人を百人殺害して、あなたに願い事を叶えてもらいたい。……でも、実際にはそんなことは難しい。……ワタシの周りにいる人といっても限りがあるし、そもそもワタシが友だちを殺さないかもしれないし、逆に殺人の過程でワタシが返り討ちに遭う可能性もある」
『何が言いたい?』
「……つまり、ワタシの友だちは一人殺害するだけで十人分としてカウントしてほしい。……よって、ワタシには八人友だちがいて、ワタシとツチダテともう一人を除いた六人が残る。……だから、友だちを殺害した分が合計で六十人分、残りはそれ以外の人で四十人ということ。……どう?」
『なるほど。それなら確かに、私の目的も達成できるし、あなたが殺人の対象を選びやすくなり、殺人の機会が減るのだから返り討ちに遭う可能性も減る。うん、それならそういうことで問題はない』
「……分かった。……それじゃあ、そういうことで――」
『最後に補足をしておく。計算すると、今あなたが殺した友だちは二人で、それ以外が七人。つまり、合計二十七人分になって、残りは七十三人分』
「……そうなる」
『もしかすると、あなたの友だちを殺せば十人分としていても目標に足りないかもしれないから、あなたたちの担任の太陽楼という女性教師も例外として十倍の範囲に含めてもいいことにする』
「……了解。……また今度何かあったら連絡する」
『またねー』
そう言って、電話相手の女性との通話が切断される。
元々ワタシのすぐ近くにいる人は数が少なかったから百人も殺害できるのかと内心少し不安だったけど、これなら問題はない。あとは、残っている友だちグループのメンバー全員とタイヨウロウを殺害して、端数は適当に殺害すれば目標の人数である百人に簡単に到達できる。
そして、ワタシは願い事を叶える。
長く険しい道だと思っていた今回の依頼が思いのほか近くになったということにワタシは喜びを感じながらも、少しもどかしい気持ちにもなっていた。ただ、そのもどかしさの正体に気がつくには、まだまだ時間を要することになる。