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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第三章 『Chapter:Uranus』
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第四話 『打撲』

 ワタシとタイヨウロウが教室に行くと、ジビキただ一人を除いて、すでに友だちグループのメンバー全員が揃っていた。昨晩から話に上がっている、カナイズミ、カイホコ、そしてミョウガ。この三人も、他のメンバーと何ら変わらない様子で普通に過ごしていた。


 また、そんな三人以外にも、ツチダテ(土館誓許(つちだてせいきょ))、ヒサバ(火狭沙祈(ひさばさき))という女子二人と、キマタ(木全遷杜(きまたせんど))、ミズシナ(水科逸弛(みずしないっし))という男子二人もいた。


 表面的に見ても、客観的に見ても、何らいつもと変わらない日常の光景。争いごとが起きるわけでもなく、みんな仲良く学校生活を送っている。


 でも、ワタシは知っている。いや、知ってしまったというべきか。ミョウガがジビキを殺害し、ワタシがその死体をバラバラに切断した。カイホコはその殺人現場を目撃し、カナイズミももしかしたら何か勘付いているかもしれない。


 これからワタシがするべきことは一つだけだ。


「……『ジビキが殺された』」


 ワタシとタイヨウロウが教室に入ってくるなり早々に、カナイズミが『あら、天王野さん。お早う御座います』という何気ない挨拶をしてくる。その台詞のとき、カナイズミが手に持っていた知恵の輪を机の上に置き、机にもたれかかっていたのをやめたことから、昨晩のワタシからの電話のことが気になっているということが何となく想像できる。


 ワタシはそんなカナイズミからの挨拶に返答することなく、ジビキが殺害されたという事実だけを完結に述べた。唐突に、友だちが殺害されたという突拍子もないことを通告されたからなのか、ワタシのその台詞を聞いた七人は全員、驚きを隠せない様子でいる。


 昨晩ジビキのバラバラ死体を目撃したカイホコが、再確認とばかりにワタシに聞きなおす。さて、ここでワタシはどうするべきだろう。どうすれば、ワタシの復讐の対象者であるミョウガに恐怖を与え、宣戦布告をすることができるだろう。


 ワタシがそんなことを考えている間にも、状況は進行していく。


「……えっと、葵聖ちゃん……? それって、どういう……」

「……いま言ったとおりの意味。……ジビキは昨日の夜、誰かに殺されて死んだ。……人としての原型をとどめないほどに、四肢をもがれて、グチャグチャな、無残で、酷い姿で。……キッヒ……ヒへハハハハ!!」


 カイホコからの質問を聞き取ったワタシは、それまであえて俯けていた顔を勢いよく上げ、目を見開き、裂けてしまいそうなくらいの口を大きく開けて、狂気じみた笑い声を上げながら返答した。おそらく、他人から見てみれば、このときのワタシは頭が狂っていたとしかいいようがなかったことだろう。


 でも、これで大丈夫。そんな風にワタシがおかしな表情をしたまま狂気じみた笑い声を上げたのには理由があるから。これも、全てはミョウガへの復讐のため。そして、これはその下準備に過ぎない。


「ジビキは死んだ……死んだ死んだ死んだ死んだ……グチャグチャな姿で……フ……イヒ……アハハ……アッハッハッハ!!」

「ちょ、ちょっと!? 大丈夫!? 葵聖ちゃん!?」


 ワタシとタイヨウロウを除いたその場にいる七人が心底驚き、同様を隠せないでいる中、ワタシは追撃とばかりに続けて大声でケタケタと笑う。


 ワタシは基本的に、学校にいるときに限らずそれ以外の場面でも一人でいることが多い。そんなワタシが唯一仲がよい友だちグループのメンバーの目の前で狂ったように笑っている。教室の中にいたその他大勢のクラスメイトは、まるで珍しいものでも見るかのように、奇妙なものでも見るかのように、ワタシのほうに視線を向けていたのが分かった。


 カイホコがワタシの様子を心配するそぶりを見せた後は、誰かが台詞を発するわけでもなく、ただただワタシの狂気じみた笑い声が教室内を支配しているばかりだった。そのまましばらく同様の状況が続いたとき、不意に何か思いついた様子でカイホコがワタシの手を引いた。


「わ、わたし、ちょっと葵聖ちゃんを保健室に連れていくから!」

「あ、ああ。頼んだ」


 ある程度は予想できていたカイホコのそんな台詞に対して、さも打ち合わせでもしていたかのようにミョウガが答える。一時間目開始間際だというのにも関わらず、ワタシはカイホコに手を引かれたり、背中を押されたりしながらも、保健室へと連れて行かれた。そんなワタシたちの様子を、教室に残った友だちグループのメンバーは不審そうに見ていた。


 カイホコに保健室へと連れて行かれている最中、ワタシは笑い声を上げるのをやめ、それ以前同様に顔を俯けた状態を維持していた。そんな中、ワタシは思い返す。


 先ほど、なぜワタシはあんな風に、おかしな表情をしなが狂気じみた笑い声を上げたのか。その理由は、簡単にいってしまえば、『ワタシの頭がおかしくなった、気が狂った』とある特定の人物たちに思い込ませること。


 つまり、昨晩ワタシが、ミョウガがジビキを殺害した場面に遭遇しており、そのときの状況を知ってしまっている。それによって、目の前であまりにも悲惨かつ残酷な光景を目にしてしまったために頭のねじが飛び、気が狂ったのだと思い込ませたかった。


 そして、そう思い込ませたい特定の人物というのは、ミョウガやカイホコなどの殺人事件に関与している人物や殺人現場を目撃した人物のことだ。


 何も知らない一般人なら、ワタシが狂ったという状況を目の当たりにして何らかの違和感は感じるかもしれないが、それ以上のことは特に考えないはず。でも、殺人事件関係者は、ワタシはワタシが言った台詞以上の何かを知っているのではないか考え、詳しい話を聞こうとする。


 普段ならば、こんなにも不確定かつ不安定ことはしなかったかもしれない。でも、おそらくワタシはジビキが目の前で殺されたという現実から目を背けることに成功したにも関わらず、やはり、そのことに強い精神的ショックを受けていたのだろう。


 だから、正常な状態であればまず思いつかないような突拍子もない手段で、狂気じみた風貌を装いながら、より多くの人たちに恐怖を与えてしまいたいと思ったのだと思う。ワタシは幼い頃から元々、一般人とは感覚がずれていたり、思考回路が違ったりしている部分が多々あった。今はもう死んでいる本当の家族からもそう指摘されたときもあった。もしかすると、そのことも関係しているのかもしれない。


 でも、結果的にワタシの作戦はおおよそ成功したといえる。殺人事件関係者であり、その真相のより深いところを知ろうとする人物をあぶり出そうというワタシの考えに、カイホコは見事に引っかかった。


 さすがに、ミョウガは強い警戒心を抱いているからなのか、周囲に溶け込み、ジビキが殺害されたという事実を初めて知ったかのように驚いており、あまり目立った行動は起こしていなかったが、そのうち何かしてくるはず。いや、このまま何もしないとは思えない。


 とりあえず、今はミョウガよりも前にカイホコのことを片付けよう。


「それで、葵聖ちゃんはどこまで知ってるのかな?」


 保健室の先生はまだ学校に来ていないのか、ワタシとカイホコが保健室に着いたとき、中には誰もいなかった。そして、保健室に入るなり早々に、ワタシは入り口近くの長椅子に座らされ、そのすぐ目の前にカイホコが立つような形となった。


 その後、カイホコはそんな質問をしてくる。もう少しカイホコの様子を確認したかったワタシはそれまで同様に顔を俯けた状態のまま、沈黙を維持した。


「葵聖ちゃん! 教えてよ! 葵聖ちゃんは、昨日の夜にあの場所で何を見たの!?」

「……フ……ィハハハハ……アハハハハハハハハ!! キャハハハハ!!」

「……っ」


 返答する意思を全く見せないワタシに対して、カイホコはワタシの肩を掴んで何度か前後に揺さぶって必死に答えを求めてくる。しかし、ワタシは先程教室でしたとき同様の目的で、狂気じみた笑い声を上げる。その笑い声は、防音性が高い保健室の壁を貫通して廊下に聞こえるのではないかというほど高く、大きなものだったはず。


 それはそうと、カイホコは何でそこまで必死になっているのだろう。確かに、カイホコはジビキのバラバラ死体を目撃した唯一の人物であり、事件の詳細や真相を知りたいというのは分かるが、それでもそこまでのはず。ワタシならば、ここまで必死にはならない。


 もしかすると、カイホコにはカイホコなりの、何か別の理由があるのかもしれない。ワタシにはそれが何なのかは分からないが、きっとカイホコの根幹に関わる、ワタシにとってのジビキみたいな存在が関わっているのだということは分かる。


 直後――、


「……ッ……ガ……ハッ……ァア」


 唐突に、ワタシの顔面に強力な圧力がかかる。その圧力によって、長椅子に座っていたワタシの体は空中に放り出され、そのまま力なく保健室の床へと叩きつけられる。そのとき、カイホコがワタシに向かって拳を振りかざしたのだということを認識した。


 顔面を強打したこともかなり痛かったが、どちらかといえば、その後保健室の床に全身を叩きつけられたことの方が痛かったように思える。叩きつけられたとき、肺の中から酸素が吐き出され、一瞬だけ呼吸困難に陥る。


 まさか殴られるとも思っていなかったため、ワタシは何ら防御手段も用意していなかった。だから、普段ならばもう少し軽減できる身体的損害を全部受けることになった。頭に強烈な痛みが走り、腕や足が麻痺したかのような感覚がする。


 あまりの痛さに保健室の床にうずくまり、うめき声を上げるワタシに対して、カイホコは続けて手加減なしで何回も蹴りを入れてくる。その蹴りは全てワタシの腹部に直撃し、それによって胃の中のものが逆流しそうになり、内臓が破裂したのではないかというほどの激痛が走る。


 今、ワタシが持っている武器は基本的に日頃から常備しているナイフ一本のみ。それを使用すればカイホコに反撃することができるかもしれないが、今のワタシの身体状況では、おそらくナイフを奪い取られてそれが致命傷になりうる可能性もある。だから、ナイフをカイホコの前に出すわけにはいかない。


 それに、もしここでワタシがカイホコに反撃し、それが成功したとしても、問題が発生する。カイホコが生存した場合はワタシがカイホコを殺そうということが広まり、死亡した場合はワタシがカイホコを殺したということが広まる。そうなってしまえば、いくら犯罪記録を改ざんできるとはいえ、これからワタシが行動しにくくなることは明らか。


 そこまで考えたワタシは、ひとまずこの場ではカイホコの質問に答えることにした。


「……ワ……ワタシは……アレを見た……だけ……」

「アレって、何?」

「……ジビキが……殺されている場面……を……」

「え? 詳しく教えてくれる?」

「……ワタシは探し物をしに行っただけ……そしたら、ジビキが殺されていた……」

「探し物って?」

「……大切なもの……」

「ふーん……まあ、それについてはとくに追求しないでおいてあげる。代わりに、誰が赴稀ちゃんを殺していたのかを教えてくれる? あと、葵聖ちゃんはあの人工樹林の中で冥加くんと会ったのかどうか」

「……ミョ……ミョウガがジビキを……していた……のを見た……」

「何? よく聞こえなかったんだけど」

「……ミョウガが……ジビキを殺していた……」

「……! フッ……アッハハハハハハハハ!!!!」


 会話の最中、カイホコは何度か考えている様子が伺えた。そして、ワタシが殺人事件の核心を言ったとき、一瞬だけ驚いた表情をしたかと思えば、次の瞬間にはニヤッと不気味な笑みを浮かべてやけに楽しそうな様子をしながら大声で笑い始めた。


 一方のワタシは演技でも策略でもなく、ただただカイホコにこれ以上痛めつけられたくないという一心で両膝を抱えながら小さくうずくまっていた。全身のいたるところが痛み、制服には埃や汚れが付着し、心底気分が悪い。ワタシは日頃から義理の家族に何かと痛めつけられているはずなのに、やはりこういうことには慣れない。


 カイホコは未だに笑い続けている。何がカイホコのことをここまで狂わせたのか、何がカイホコの心の柱なのか。ワタシがろくな思考もできていないとき、カイホコは非常に楽しそうに、嬉しそうに言う。


「アハハハハ! ありがとね、葵聖ちゃん! やっと全部分かったよっ!」

「……そう……それはよかっ――ゴホッ!」


 またしても、カイホコはワタシの腹部に強烈な蹴りの一撃をいれた。さすがにもう痛めつけてくることはないだろうと思っていたワタシは不意を突かれたということもあり、先ほどよりも強烈な痛みを受けることになる。


 体の表面的にも内面的にもボロボロとなり、精神的にも不安定になりつつあったワタシのことをあざ笑うかのように、カイホコは言い捨てる。


「わたしはもう行くけど、痣とかは治しておきなさいよ? そのボロボロな格好のまま教室に来てくれたら、わたしが疑われるかもしれないからね。保健室のものを適当に使えば、一時間もすれば治るでしょ? もし、そのままの格好で来たら……まあ、分かるよね? 今度は殺しちゃうかもしれないから、そういうことで。よろしくー♪」

「……」


 そう言った後、カイホコは保健室を出て教室に戻った。一方のワタシは、一時間目開始のチャイムが鳴るまでその場から動くことができず、チャイムがなった後、カイホコに言われたように保健室の中にあった適当な薬を使用して、全身にできた痣や擦り傷を治した。また、それと同時に制服に付着した埃や汚れも取り除いておいた。


 その後、保健室の先生が来ないことをいいことに、ワタシは一時間目の授業には参加せず、薬によって傷が完治するのを待った。これもまたカイホコの言ったように、二時間目が始まるまでには治るだろう。


「……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……」


 傷が完治して二時間目の授業が始まる直前に教室に戻るまでの間、ワタシは保健室の中で一人、延々とそう呟いていた。

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