表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第三章 『Chapter:Uranus』
63/210

第三話 『説明』

 あの後、ワタシはカイホコが殺人現場から立ち去るのを待った。でも、カイホコはその目の前に広がるジビキのバラバラ死体や辺り一面に撒き散らされている大量の血液を見たからなのか、まるで信じられないといった様子で非常に驚いていた。しかも、この世界には実在しないというのに、警察を呼ぼうとするほどに。


 いつまでもそんなカイホコのことを野放しにしておくのは面倒だと思ったワタシは、人工樹木に隠れながら、その場所を特定されないように小さく物音を立て、暗闇からカイホコに何ともいえない恐怖心を与えることによって、その場から立ち去らせることに成功した。


 それから、ワタシはPICを使用して、カナイズミがワタシからの頼みで殺人現場に派遣した警察官五人にメールでいくつかの指示をしておいた。その指示とは、『殺人が起きたという事実が可能な限り外部に漏れないように隠蔽する』『殺人現場の完全なる処理』『以降ワタシからの指示があるまで他者からの指示を受けない』というもの。


 一応、偶然にもミョウガによる殺人現場を見てしまったワタシだが、世間的に見ればただの一般人。カナイズミがワタシのPICの位置情報などを警察官五人に送っているとはいえ、それでもやはり、ワタシの素顔を見られるわけにはいかない。そう考えた結果、ワタシは警察官五人に直接会って指示をするなどという浅はかなことはせず、あえてメールを送って指示をすることにしたのだった。


 ワタシが送ったメールのうち、三つ目に関してはすでにカナイズミが連絡を回してくれていたらしかったので問題はなく、それ以外の前者二つに関してもそれほど大きな問題はなかった。カナイズミの人選がよかったのか、彼らはワタシからの指示をすんなりと受け入れた上に、これから先、ある程度の期間は手駒として働いてくれそうに思える。


 それによってしばらくの間は、実質的にワタシがこの街の治安を管理するということになるだろう。まあ、小さな犯罪に関しては任せるつもりだが、ワタシがこれから行うであろうミョウガへの復讐に関する犯罪だけならば、警察全体の記録から簡単に完全に揉み消すことができそうだ。


 ここで一つ、補足をしておく。ワタシはカナイズミが世間に公表されたくない、つまりカナイズミの絶対的な秘密を知っている。それは、『この世界には“警察”という存在が実在しない』ということ。


 世界中の一般人は『警察は常にPICで世界中の人たちを全域に渡ってその動向を監視して、些細な犯罪さえも見逃すことはない』と思い込んでいる。いや、どちらかといえば、そう思い込まされている。現に、学校の授業でも現代の警察の優秀さについて嫌というほど教え込まれるし、テレビで放送している、あるいはニュースの記事として報道されている中でも、比較的警察の働きは他の職業よりも印象に残りやすくなっている。


 でも、実際にはむしろその正反対。いつの頃からなのか、PICの導入と刑法の一新に伴って、誰かが『“警察”は実在していなくても、世界中の人たちに実在していると思い込ませることができれば、もはやそれは実在しているといえるに違いない』と主張し始めたらしい。また、第三次世界大戦終戦後とはいえ、それによって世界中の人口が激減していたこともあり、多くの人がそれに賛成した。


 それによって、それまで以上に世界中は『警察』という存在を強固な概念とするべく、世界中の人たちに幼少期の頃から警察の優秀さを教え込んでいった。そうすることで、実際に目の前で警察を見たことがなかったとしても、情報としてその概念を植えつけることによって、誰も警察が実在していないとは疑わなくなった。


 結果、ワタシやカナイズミなどの一部例外を除いて、世界中の限りなく百パーセントに近い数の人たちが『警察』という概念を信じ込むことになった。


 この事実を知っているワタシからしてみれば、これはもはや宗教の領域。いわば、この場合での『警察』とは、ある宗教団体における『神』と同義。最近は宗教団体なんてものはほとんど存在しなくなったけど、ワタシの知識が正しいのなら、このたとえは合っている。つまり、世界中は私たちに、その『神』を信じ込ませるために躍起になっているにすぎない。


 でも、ある宗教団体における『神』と違って、普通ならば『“警察”が実在していない』ということが真実なのか虚実なのかを確かめるすべはない。なぜならば、一応交番も警察官も実在していることには実在しているからだ。それぞれの街にいくつか交番があって、そこにはごく少数だが警察官がいる。この事実だけは現代も第三次世界大戦終戦以前も変わらない。


 だが、いってしまえばそれだけ。この世界に実在している警察の全てはそんなごく少人数の警察官だけであり、報道されているような数え切れないほどの大人数は実在しない。


 また、そんな少人数の警察官のうちの大半はろくに仕事をしたこともない。それもそうだ。ありとあらゆる方法で些細な犯罪さえ起こしてはならないと思い込んでいる世界中の人たちは、どうにかして事故も事件も起こさせないようにしているのだから。


 と、ここまでがカナイズミが世間に公表されたくない秘密。こんなことが世間に公表されてしまえば、世界中はたちまち暴動が多発し、第四次世界大戦さえありうる。当然のこと。世界中の国々の上層部や警察が世界中の人たちに嘘をついており、実際には凶悪犯罪を抑制する力など少しも持っていないのだから。


 ワタシは高校生になる前に偶然にもカナイズミのその秘密を知り、それからはカナイズミにどんな頼みごともできるようなった。それに、ワタシがそんな通常では知りようのない情報を知っているからといって、カナイズミはワタシを殺害したり、拷問にかけて口封じをすることはできない。


 なぜならば、そんなことをすれば、ワタシがあらかじめPICに設定してある『警察が実在しない』という事実に関する膨大な量の資料が即座にありとあらゆる報道会社に送り込まれるから。だから、カナイズミはワタシの口封じをするために、ワタシを殺すこともできず、ワタシの言うことに逆らえない。


 確か、カナイズミの両親は警察全体を掌握している人物だと聞いたことがある。厳密には、『世界中に僅かに実在する警察官が交番勤務の人間とその他ごく少数しかいない』ということを隠蔽するために働いている人物。


 だから、カナイズミはある程度の範囲なら一般人に行えないことも行えてしまう。たとえば、昨晩ワタシがカナイズミに頼んだように何人かの警察官を動かしたり、警察官しか持ち得ない特殊な拳銃や建物の構造的設定を変更できるパスワードを大量に把握したりしている。現に、以前ワタシは後者二つの道具をカナイズミから受け取っている。


 そしてワタシの、ミョウガに対する復讐劇は始まりを迎えようとしていた。


「そうだったのですか……そのときは……とても、つらかったでしょう……」

「……」


 早朝、職員室。とりあえず、ただの第一発見者を装うためにワタシは『昨晩、人工樹林になくしものを探しに行ったときに偶然ジビキの死体を発見して、近くの交番に通報した』ということを、ワタシのクラスの担任である太陽楼仮暮(たいようろうかくれ)という女性教師に説明していた。一応、嘘と呼べるような嘘は言っていないはず。


 タイヨウロウは、ワタシ以外の友だちグループのメンバーからは『仮暮先生』などと呼ばれている。それもそのはず。タイヨウロウはその苗字が平仮名変換すると六文字もあるから呼びにくいということもあり、いつの頃からなのかワタシ以外の大勢が『仮暮先生』と呼ぶようになった。


 それに、元々下の名前も苗字としてありそうであり、はたから聞いていても大した違和感はなく、タイヨウロウ本人も特に気にしていない様子だったので、現在ではそういうことに至っている。でも、ワタシは他人のことを苗字以外では呼びたくないので、今でも『タイヨウロウ』と読んでいる。『先生』とか『さん』とかはつけない。年上だろうが年下だろうが同世代だろうが関係ない。


「それで……天王野さんはもう大丈夫ですか……?」

「……何が?」

「『何が』って……地曳さんの死体を、しかもバラバラ死体を発見してしまったということですよ。思い出したくないのなら無理に思い出す必要もありませんけれど、先生としては天王野さんの具合も聞いておかないと……」

「……もう心配しなくても大丈夫。……大分気持ちは落ち着いたから」

「そうですか……それならいいのですが」

「……うん」


 タイヨウロウは、当然ながら警察がこの世界に実在していないとは思ってもいない。それどころか、ミョウガがジビキを殺害したということ、ワタシがジビキの死体の四肢をバラバラに切断したということ、実はカイホコも殺人現場の目撃者であるということを知らない。


 だから、そんな質問や無駄な心配を感じさせる台詞が沸いてくる。ワタシとしては、一人でも多くの部外者に思い違いをさせておきたい。そう考えた結果、家族がいないジビキの死をおそらく誰よりも早く察知するであろうタイヨウロウに説明をすることにしたのだった。


 そうすることによって、タイヨウロウは表向きの事実の裏に隠れている真実を知らないまま、ワタシを含めた何人もの思惑を知らないまま、殺人事件についての情報を整理し、大勢にそれを知らせるはず。そうなってしまえば、ワタシの作戦は成功したといえるだろう。


「とりあえず、昨晩何があったのかということについては大体分かりました。先生としてももう少し状況確認をしたいところですが、あと数分で一時間目の授業も始まりますし、そろそろ教室に戻りましょうか。事件についての話を聞いていたばかりに天王野さんが授業に遅れては元も子もないですからね」

「……分かった」

「あと、先生は後ほどもう一度警察の方に事件の詳細を確認しに行きます。もしかすると、そのときに第一発見者である天王野さんを呼び出すかもしれないので、そのことは頭に入れておいてください。ただ、どうしても体調が優れなかったり、事件のことを思い出したくないということであれば、そのときに先生に言ってくだされば先生から警察の方にお断りしておくこともできます」

「……学校にいる間ならいつでも大丈夫。……放課後は無理」

「あ……そうでしたね。確か以前、お家に帰るとご両親のお手伝いで手が離せなくなる、と言っていましたもんね」

「……そういうこと」

「分かりました。可能な限り早いうちに行ってきますので、何かあれば放課後までには連絡できると思います。そういうことでいいですか?」

「……タイヨウロウがそう決めたのならそれでいい」

「はい」


 正直なところ、ワタシの体調は決して悪くはない。義理の両親の仕事の手伝いも、サボろうと思えばサボれる。ただ、ジビキが冥加によってワタシの目の前で殺害されたということについては、未だに衝撃を受けている。


 でも、ワタシはジビキの死体の四肢をバラバラに切断することによって、そんな現実から目を背けることに成功した。だから、かろうじて平静を保っていられる。そうでなければ、誰にも頼ることができなくなったワタシは、今頃自殺していたかもしれない。いや、きっとそうしていただろう。


 それはそうと、タイヨウロウのが今言ったように、警察から事件に関する情報を聞いたとしてもろくな情報は得られないはず。なぜならば、先ほど言ったように、今のワタシは警察の一部管理を任されているといっても過言ではないような立場にある。だから、ワタシからの指示があるまで、警察官たちはすでに公開されてしまっている情報以外は機密情報として決して外部には漏らさない。


 これによって、今日ワタシがタイヨウロウに呼び出されることはない。タイヨウロウがいくら早いうちに警察に情報を聞きに行っても、ワタシが必要になるような状況は生まれないから。それに、たとえそんな場面が生まれたとしても、生徒想いのタイヨウロウは第一発見者であるワタシのことを呼び出したりはしないはず。


「それでは、そろそろ教室に戻りましょうか」

「……そうする」

「大丈夫ですよ、天王野さん。天王野さんがつらいのは分かりますけれど、きちんとありのままのことを話せば、皆さん納得してくれるはずです。もちろん、地曳さんが亡くなったという異例の事態にはじめは皆さん驚くと思いますけれど、すぐに天王野さんのことを慰めてくれるはずです」

「……」

「事件のことを話して、かつ皆さんと話し合ってその心の傷を癒し合う。これこそがまさに、友だちというものでしょう? いつでもどこでもお互いを高め合い、助け合う。友だちは一人いるだけでもあなたの人生に一石二鳥、いえ、一石三鳥の効果をもたらすような存在になりうる無限の可能性があります。それに、天王野さんには、亡くなった地曳さんも含めて八人も仲のよい友だちがいるじゃないですか。だから、これからもそんな友だちのことを大切にしてくださいね」

「……」

「さあ、行きましょう!」


 そう言って、タイヨウロウはワタシの背中を押すようにして、ワタシと一緒にクラスの教室へと向かった。ワタシは、今のタイヨウロウの台詞に少々もどかしい気持ちを覚えながらも、タイヨウロウに従って教室へと向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ