表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第三章 『Chapter:Uranus』
61/210

第一話 『目撃』

『ワタシたちは全員、人間としての根本的な何かが欠如している異常者だ。また、その全員が過去に大切な人を失い、周囲から酷い仕打ちを受けてきた。それらによって生まれた心の傷は、何をしたとしても絶対に癒されることはない』


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


 二一二三年十月二十日火曜日、午後十時ごろ。このワタシ天王野葵聖(あまおおのきせい)は一人、薄暗くて視界の悪い人工樹林の中にいた。


 ワタシは別に何も好き好んでこんな夜遅くに、しかもたった一人でこんな場所に来たいとは思わない。ワタシ自身としてはこんな場所に用なんてないし、行く理由も目的もない。


 しかし、ワタシはここにいる。なぜなら、ワタシは探し物をしていたから。でも、その探し物とはワタシの私物ではない。そもそも、今も昔も人工樹林に来たことはあまりないから、何か大切な物を落としたりする機会すらない。


 その探し物は、ワタシの両親が……いや、正確にはワタシの義理の両親がワタシに『探しに行け』と命令したもの。ワタシは絶対にあの人たちに逆らうことや歯向かうことができない。


 命令されたワタシは不本意ながら人工樹林に来たまではよかったものの、その探し物が人工樹林にあるということしか知らされていなかった。しかも、人工樹林のどの辺にあるのか、探し物の大きさや形や色はどのようなものなのか、そしてそれは何なのか、という探し物をするうえでは必要不可欠な情報を何一つとして聞かされていなかった。


 大体の場所以外のことが何も分かっていないというのに、そんな影も形も想像できないような未知のものをどうやって探せというのだろうか。人工樹林の端から端までをすべて掘り返して、それらをあの人たちに届ければいいのだろうか。


 多分、そんなことをすればまた痛めつけられるに決まっている。だから、そんなことはできないし、最初からするつもりもない。誰だって痛いのは嫌だから、ワタシもその例外ではない。


 ワタシは左腕に取り付けてあるPICの電源をつけ、そこから発せられているわずかな明かりを頼りにして、人工樹林の地面や生えている草木をかき分ける。何を探せばいいのかすら分かっていないわけだけど、おそらく、本来ならば人工樹林にないものなのだということは何となく分かる。だから、時間をかければそのうち見つかってくれるだろうと思う。


 さて、ここで一つ暇つぶし代わりに余談をしよう。このワタシ天王野葵聖という一人の人間の過去と、その家族がどうなったのか、そしていまの義理の家族がワタシに何をしてきたのか。そのすべてを――、


「……?」


 不意に、何者かが人工樹林のなかに入ってきたような気配を感じた。その速度はゆっくりだけど、しかし、一歩ずつ確実にワタシがいる方向へと歩いてきていることが分かる。


 あの人たちが、帰りが遅いワタシのことを心配して迎えにきたのだろうか。いや、いくらPICでワタシのおおよその位置情報を把握できていたとしても、あの人たちはワタシのことを心配したりはしない。だから、その可能性は極めて低い。だとすると、一体誰が来たというのだろうか。


 ワタシはPICの電源を切ってその明かりを消し、顔を上げる。その際に、物音を立てないようにしながら静かに人工樹木の陰に隠れる。そして、誰がこんな夜遅くに人工樹林に来たのか、それを確かめようとした。


 ワタシが最初にその何者かの気配を感じ取ってからおよそ一分後、ついにその何者かは姿を現した。ただし、それはワタシが一方的に勝手に認識したというだけで、相手はワタシがここにいるということに気づいてはいないはず。


「……ジビキだ……!」


 そこにいたのは、明るい色の髪を何箇所か髪留めで括っている一人の少女、地曳赴稀(じびきふき)だった。ジビキの姿を見たワタシはパアッと顔を明るくして、そんなジビキの元へと走って行こうとする直前、思いとどまった。こんなところで突然、人工樹木の陰からワタシが出てきたら、ジビキが驚いてしまうと思ったからだ。


 ワタシやジビキは、ほかに七人存在する友だちと合計九人で一つの友だちグループを作っている。確か、高校生になったばかりのころに金泉霰華(かないずみせんか)という女子に誘われて、少し強引にワタシもそのグループに入れられた。


 まぁ、その結果、それまで友だちどころか気軽に話せる相手すらいなかったワタシに八人も友だちができ、ジビキとも知り合えたのだから、悪いことばかりではなかったように思える。どちらかといえば、楽しかったり嬉しかったりすることのほうが多かったようにすら思い出せる。


 ジビキは、いつでもどこでもワタシのことをよく考えていてくれた。天王野家の家庭事情のことも知っているし、ワタシが相談したときだってすぐにそれに乗ってくれる。ジビキはワタシのお姉ちゃんのような……いや、それを通り越してお母さんのような人だ。だから、ワタシは生きている人のなかでは、ジビキのことがほかの誰よりも好きだ。


 もちろん、ワタシはこの気持ちをジビキには伝えていないし、好きといっても恋愛的なものではなく、たぶん『頼れるから』という意味だと思うので、何も問題はないはず。あと、女性が女性を好いてしまうというのは、やはり世間的に問題があり過ぎると思うけど、伝えていないのだからそれについても何も問題はないはず。


 それはそうとして、ジビキは何でこんなところにいるのだろうか。他人からしてみればワタシも何でこんなところにいるのか分からないだろうし、ワタシ自身も何で自分がこんなところにいるのか分からないけど、そういうことではない。


 しばらくの間、ワタシは人工樹木の陰に隠れて地曳の動向を伺う。地曳は誰かと待ち合わせでもしているのか、何度かPICを触ったりする仕草が見られた。ほかには、何となく焦っているような、苛立っているような様子も確認できた。


 ジビキが何をしているのかをよく理解できないまま、さらに時間はたつ。ワタシもいつまでもジビキを監視したりせずに本来の目的に戻らないといけないわけだけど、中々足が動こうとしてくれない。ジビキはほかの女子と比べても可愛いほうだから、見ていても飽きないからかもしれない。


 そのとき、ふとジビキではないもう一人の人物の影が見えた。直後、ワタシはそれまで以上に息を潜め、気配を消した。そして、絶対にその二人に見つかってしまわないように気をつけながら、二人の会話を聞く。


「どうした、地曳。こんな夜遅くに、しかもこんな場所で待ち合わせだなんて」


 ジビキの目の前でそう言ったのは、冥加對(みょうがつい)という、例の友だちグループに三人いる男子のうちの一人だ。ミョウガは特に変わったところもなく、何か目立つようなところもない。ただ、他人から信頼されやすく、多くの友だちからよく相談をされる以外に取り柄がない比較的普通な男子だった。


 そんなミョウガに対して、ジビキは返答する。


「ごめん! さすがに深夜に呼び出すのは悪いと思ったけど、私、どうしてもいてもたってもいられなくなったから……でも、對だってもう気づいているんでしょ? この世界に作られた冥加對ではなく、本当の冥加對は」

「……え? 気づいているも何も……地曳は何を言っているんだ? この世界に作られた俺だとか、本当の俺だとか。いつもの奇妙な話がしたいのなら、いまではなく、明日学校ですればよくないか? もう夜も遅いし――」

「それじゃ駄目なんだって!」

「ど、どうしたんだよ、いきなり。大声なんか出して」

「何で!? 何でそんな知らないふりをするわけ!? 確かに、對はプロジェクトには賛成していて、私は反対していたけど、でも今さらそんなことは言っていられないでしょ!? こんなことを続けていたら、いつかみんなに限界が来ちゃうんだって! そうなったとき、みんながどうなるか、分かってるでしょ……」

「お、落ち着けって、地曳。何だ、何か嫌な夢でも見たのか? 俺でよければ相談に乗るから、いまはとりあえず冷静になれって」

「落ち着けですって? 冷静になれですって? そんなことをしている暇はないのよ! いま私たちがこうしているにも、みんなは着実に死へと向かっている! そもそも、こんなプロジェクトは先生が勝手に考案しただけで、最初から達成できる見込みもないうえに、私たちを苦しめることしかしない! 何でそれが分からないの!?」


 ワタシには、ジビキとミョウガが何を話しているのかが分からなかった。何か二人だけの秘密でもあるのか、演劇の練習とかでドラマか何かのワンシーンを演じているのか。それとも、ただ単純に二人とも思い違いや勘違いをして、会話が噛み合っていないだけなのか。


 その会話に入っていないワタシとしては、二人が何を意図して何を思ってそれを話しているのかが全然検討もつかなかった。ただ、ジビキはみんな(多分友だちグループの九人)のことを思って必死にそれを伝えようとしているのに、ミョウガはそれを全然分かっていない、ということだけは分かった。


 世界がどうとか、プロジェクトがどうとか、これまでのジビキの口からはまず聞くことなどできないような台詞ばかり。いや、確かにワタシもこの世界は非常に無慈悲だからいますぐにでも滅びたらいいと思うけど、ジビキはそんなことを言っているわけではないのだろう。それに、『プロジェクト』って何のことだろう。


 そのとき、突如としてミョウガの様子が豹変した。それまでの、何かに対して苛立ちを覚えていたジビキを静めるために動揺していたミョウガとはまったく異なる、それはまさに別の人格とでも呼ぶべきか。そんな人格が表に出てきたようにさえ思える。


「……ぁ……何……で……」


 そのミョウガはポケットからナイフのような刃物を一本取り出すと、何のためらいもなく、ジビキの腹部にそれを突き刺し、勢いよく引き抜いた。ジビキはナイフが突き刺さり、その傷口からドボドボと大量の血液が溢れ出し始めた自分の腹部を見たあと、地面に崩れ落ち、ミョウガにそう言った。


 しかし、ミョウガはジビキの台詞のあとも、続けてジビキの腹部にナイフを突き刺したり、ジビキの体を引き裂くかのように何度も切りつけ始める。


 その行動が十数回繰り返されたとき、ジビキは全身から大量の血液を流して動かなくなっていた。ワタシは、いま自分の目の前で何が起きたのかをまるで理解できず、信じられなかった。何で、ミョウガはジビキのことを切りつけたのか。そして、ワタシが好きだったジビキは何で動かなくなったのか。


 背後にある人工樹木に背を預けるような形で動かなくなったジビキに対して、ミョウガは無表情のまま話しかける。その様子はまるで、聞き手が生きていようが死んでいようが関係ない、といった冷静沈着な印象を受けた。


「悪いな、地曳。どうやら、お前はみんなとは違って、まだプロジェクトのことを覚えているらしい。俺はプロジェクトの目的が達成されるそのときまで、この世界の秘密を守る必要がある。だから、お前には死んでおいてもらわなければ困るんだ。安心しろ、もうすぐプロジェクトの目的は達成される。そうすれば現実世界は落ち着き、俺たち十一人は以前のようになれる」

「……對……ぃ……私たちは……もう……」


 ミョウガにナイフで切りつけられて体内から大量の血液を失ったことにより、ジビキは衰弱しきっていた。ジビキは震える右手でミョウガの左手を掴もうとするが、届くことなく途中で地面に落ちる。


 そして、そんなジビキの様子を見て満足したのか、ミョウガは一度だけ簡単に辺りを見回した後、人工樹林から出るために後ろを振り向こうとした。


 そのとき――、


「……最後の最後に油断するのが、對の悪い癖ね……ワタシにとどめを刺さなかったのが……すべての間違いだっ――」


 ジビキは口が裂けそうになるほどの笑みを浮かべながら、独り言のようにミョウガにそう言う。ミョウガも、二人の様子を見ていたワタシもジビキの台詞の意味が分からなかった。でも、どちらもすぐにそれに気づくことができた。


 ジビキはPICを操作して、何らかの行動を取っていたのだ。


「……っ」


 ジビキが何か不穏な行動を取っていたと思ったのか、ミョウガは後ろを振り返ろうとしていたのをやめ、ジビキの左腕に取り付けられているPICを強引に奪い取る。そして、ミョウガは、自分のするべきことは終わったとでも言いたげな様子のまま、そんなミョウガのことを笑っていたジビキの腹部に再びナイフを突き刺す。


 そのとき、一瞬だけジビキの体が揺れ、今度こそ完全に動かなくなり、それまで以上の大量の血液がさらに辺りに撒き散らされる。ミョウガは自分の体の前半分をジビキの返り血で真っ赤に染めたまま、ジビキのPICをズボンのポケットに入れ、ナイフを人工樹林の地面に適当に放り投げる。


 直後、不意にワタシやミョウガのPICからアラーム音が聞こえてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ