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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第一章 『Chapter:Pluto』
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第六話 『死体』

 昨晩、火狭から俺に電話がかかってきて『逸弛や土館との仲直りのためにはどうすればいいのか?』という内容の相談を受けた。そして、俺が考えつくかぎりで最善の答えを火狭に言った、その次の日の朝。


 俺は火狭に約束したように、火狭が逸弛や土館と接触するよりも前に二人に昨日のことについて火狭の思いを言っておく必要がある。だから、いつもよりもかなり早く学校に来た。


 俺が普段学校に来るのは八時二十分頃で、他のクラスメイトと比べてもあまり早いほうではなくむしろ遅い。だが、今日はその二十分前、つまり八時頃に学校に来た。これならば、逸弛や土館だけでなく、他のクラスメイトよりも早く教室に入ることができるだろう。


 まあ、友だちグループの一員である火狭にここまでする必要はないかもしれないが、やはり友だちに頼られていると思うとどうしても最善を尽くせるように働いてしまう。それほどまでに、高校生になるまでの俺は交友関係がなく誰かに頼られる機会が少なかった。だから、こうして普通に友だちがいて、その友だちから何気なく頼られるのは気分の悪いものではないのだった。


 俺は教室に向かいながら、ふと思い出したことを考える。


 俺の友だちグループはすでにこの世にはいない地曳を含めて、男子が三人だけなのに対して女子は六人と少し偏りのある人数比になっている。だが、それは第三次世界大戦の影響でものの数年間で急激に人口が減ったことと人間の遺伝子的な問題や戦争中に発生した膨大な量の放射能などの関係上当然のことであり、仕方のないことだともいえる。


 今や世界中の総人口は五十億人にも満たず、日本の総人口も一億人を下回っている。また、世界的に見ても、出生率は男性が三十パーセントで女性が七十パーセントとなっている。戦争前も男女の出生率にある程度の偏りはあっても、ここまで偏ってはいなかったらしい。


 そのため、戦争前は日本人は一夫一妻でなければならなかったが、現在は一夫二妻までなら法律で認められている。まあ、男女比率の偏りに伴って発生する問題を考えたり、少子化を抑えるために政府もその法律を作ったのだと思うが、それでも、大抵の家庭は戦争前と変わらず一夫一妻だ。


 しかも、男性が女性二人を妻にしない大半の理由が『一夫二妻だと養えないから』らしい。確かに、言われてみればその通りだ。なので、大企業の社長や大地主などの定期的に大量の収入を得られる人たちや、一家揃って働ける家族しか一夫二妻を実現してはいない。まあ、比率的に見たとしても、そんな人たちの数は微々たるものでしかないが。


 また、日本を含めた世界中の地域によっては、あるときは人口爆発が起きたり、またあるときは少子高齢化が起きたりすることがある。その範囲や影響は時と場合によって異なり、地域によっても差がある。それでも、そんな急激な人口変動と男女比率の偏りを身近に感じることができる場所が俺のすぐ近くにはある。


 それが、学校だ。


 俺がいるクラスには先生一人に対して生徒は三十人しかおらず、男子十人に対して女子二十人と随分偏っている。学年単位で見ても、一学年あたりクラスは四つだけ。学校単位で見ても、生徒の総数は三百六十人程度しかいない。それに、先生たちもその半数以上が女性だ。現に、俺のクラスの担任である仮暮先生も女性だしな。


 俺の父さんの話によると、戦争前と比べると圧倒的に男女比率が偏っていて、クラスあたりの生徒数も学年あたりのクラス数も非常に少ないのだとう。俺は現在のこの状況しか知らないのであまり詳しくは言えないが、そう考えると昔のほうが多くの人がいて賑わっていたのだということが想像できる。


 暇潰し代わり思い出していたことの大体が終わり、丁度俺はホームルーム教室へと辿り着いた。最近の学校の教室は『見通しをよくするため』、『限られた空間を広く奥行きがあるように見せるため』、『天気も気温も季節も管理されているから壁によって寒暖の調整をする必要がないため』、特別な理由で区切る必要がある部屋以外の壁は透明な強化ガラスで作られている。


 この透明な強化ガラス(正式名称は忘れた)は、非常に耐久性や防音性能に優れており、学校だけでなく数多くの建物や公共の設備に使用されている。また、人の目には見えないが内部には繊細な電子回路があるらしく、データを保存したり、それを確認したりすることもできるという噂もある。


 教室の外からテキトウに見た感じ、教室の中には誰もいないみたいだった。ただ、教室の遠くのほうに透明な強化ガラス越しで何か赤いものが薄っすらと見えたような気がする。しかし、俺はそれを気にすることなく、何気なく教室に入った。


 次の瞬間、俺はその光景を見てしまった。その光景は一昨日の夜に見た、あの残酷な光景によく似ていた。いや、ほとんどその再現だったといっても過言ではないだろう。


「天……王野……?」


 そこには、全身が真っ赤に染まってぐったりと力なく倒れている天王野の姿があった。どうやら、折り畳み式の机が起動されておりその影になっていて、教室の外からでは見えなかったが、教室に入ったら見えるような状態になっていたらしい。


 突然の出来事に驚きを隠せないまま、俺は動揺しながらも急いで教室の床に倒れている天王野の元へと駆け寄った。さらに、その周囲を見回し、目の前に広がる悲惨な光景の正体が何なのかを確認した。


 天王野のすぐ近くには、天王野のことをこんな状態に追いやったと思われる凶器のナイフが一本、血で真っ赤に染まった状態で無造作に放置されていた。他には、天王野が犯人と揉み合って抵抗したことが伺える不自然な血痕が床や壁や起動されている机にこびり付いていた。


「何で……」


 何で、俺は地曳に続いてこんな悲惨な現場に遭遇しないといけないんだ。何で、俺が事実上の第一発見者にならないといけないんだ。何で、俺の周りの友だちばかりこんな目に合わないといけないんだ。


 そんな感情が心の中で入り乱れ、しだいに俺はどうすればいいのか分からなくなっていった。しかし、そんなとき、不意に俺は今自分がある一つの危機的状況にあることに気がついた。


 それは、普段ならこの時間帯にはまだ学校に来ていない俺が『なぜか』今日はすでに来ていて、ここにいるということだ。それに加えて、俺の制服には倒れている天王野の元へと駆け寄った際に跳ねた血が少し付いてしまった。もし、この現場を次に見た人は、まず最初にどう思うだろうか。そんな答えはどう考えても一つしかない。


 『冥加對が天王野葵聖を殺害した』。少なくとも、俺がこの現場を見たのなら、そう思うか、それに近いことを思ってしまうだろう。そして、それ以外に考えることができる人は余程心が広い人なのだろう。


 しかも、俺にとってさらにまずいこともある。


 もし、一昨日の地曳殺人事件の現場に偶然俺がいたことを知っている人がこの現場を見た場合、余計に俺への疑いは深まってしまう。また、俺は無実なのに、何重にもわたって容疑をかけられてしまうかもしれない。


 俺は自分のすぐ目の前で友達が残酷な状態で死んでいることに悲しみを覚える時間すら与えられることなく、必死にこれから何をどうすればいいのかを考え続けた。


 PICの移動履歴を見せれば俺が犯人ではないということを納得してもらえるだろうか。いや、いくら現代にPICの機能や履歴を改ざんする方法が存在しないとはいえ、もし俺が犯人だったら何か特殊な方法で移動履歴を『偶然現場に遭遇しただけ』のように見せかけることだろう。


 それに、地曳のPICが行方不明になっていることや地曳を殺した犯人のPICの居場所が特定できていないことから、PIC関係のアリバイには意味がない。だから、これは理由にはならない。


 だったら――、


「……っ!?」


 不意に、天王野の死体に寄り添う形で床に座っていた俺の耳に、遠くのほうで何者かが『はっ』と息を呑む声が聞こえた。その声がした教室の入り口の方向を見てみると、そこには言葉通り目を丸くして信じられないといった様子で驚いている土館が立ち竦んでいた。


 そして、これから何をどうすればいいのかを考えていた俺とそんな状態の土館の目が合ったとき、土館はその長いおさげを振りながらどこかへと走り去ろうとした。俺はこの現場と血が付着した制服を着ている俺の姿を見た土館があらぬ勘違いをしていると直感し、言い訳をするために立ち上がって呼びかけようとした。


「つ、土館! 違う! 俺じゃない! だから、話を――」


 俺が大声で呼びかけても、土館は聞こえていないのか聞こえないふりをしているのか、自分の鞄を教室の入り口に放り投げたままどこかへと走り去ってしまった。土館の姿が透明な強化ガラス越しでも確認できなくなるよりも少し前に、俺はそんな土館のあとを追いかけようとした。


 しかし、俺の左足はかかるはずがない力に引き止められ、土館を追いかけることができなくなった。


「……フ……イヒ……アヒャアハハハハアハハハハ!!!!」

「うああああああああ!!!!」


 俺の左足にかかっていたあるはずがない力の正体は、死んでいたはずの天王野の左手が俺の左足首を掴んでいたことによってもたらされたものだった。そして、俺がそのことを確認した直後、目を閉じていた天王野の目が突然大きく見開かれ、天王野はそんな狂気じみた笑い声を上げ始めた。


 友だちが残酷な状態で殺されていたこと、これから俺はどうすればいいのか悩んでいたこと、土館にあらぬ勘違いをされてしまったこと、そして、死んでいたはずの天王野が俺の左足首を掴んで狂気じみた笑い声を上げたこと。


 俺はその全てによって強烈な衝撃を受け、精神的に不安定になった。また、その状態に耐えきれなくなってその場で悲鳴のような叫び声のような大声を上げた。


 目の前の現象は現実の出来事なのか、それとも俺の幻覚なのか。ありとあらゆる推測が俺の頭の中でドロドロになるまでグチャグチャに混ざり合い、俺は吐き気と眩暈に見舞われながら、俺の左足首を掴んでいる天王野の手を振り払って震えながら後ずさりした。


 そして、俺が教室の壁にもたれかかって様子を見始めてから約十秒後、不意に天王野の上半身が勢いよく起き上がり、目を見開いていた天王野はいつも通りの少し眠そうな表情で俺のほうを見て言った。


「……驚いた?」

「……………………は?」


 俺は自分の目の前で何が起きているのか、天王野は一体何を言っているのかをまるで理解できず、長い長い間を開けた後そう返事をした。すると、天王野は少し不満足そうな表情をして続けて話しかけてきた。


「……死んだふりをしてみたんだけど」

「……」

「……驚かなかった?」

「いやいやいやいや! 驚いたよ! マジでびっくりしたよ! 色々とリアルに作り過ぎだろ! というか、何で朝っぱらから学校の教室で死んだふりなんかしているんだ!? お陰で、土館に誤解されただろ!?」

「……そんなこと言われても困る。……死体ってどんな気持ちなのか知りたかったから。……結局、あまりよく分からなかったけど」


 天王野は実は死んでおらず、ただの趣味趣向によって死んだふりをしていただけだった。そのことを知った俺は、地曳に続いてこれ以上友だちを失わずに済んだことを素直に喜んだ。


 しかし、早朝の学校の教室でよく分からない理由で死んだふりをしていた天王野のせいで、土館にあらぬ勘違いをされてしまったことについては天王野を叱るしかなかった。いや、一言くらい何か言っても俺は何も攻められないはずだ。この場合は。


 俺が立て続けに天王野に質問し続けても、対する天王野は明確な答えを言わないまま、立ち上がってポケットからハンカチを出して制服にこびり付いていた血に見立てた赤い液体を拭きはじめた。おそらく、その赤い液体は何かの薬品とかそういう類いのものを使ったのだろうが、ここまでリアルだともはや本物の死体にしか見えない。


 しかも、ご丁寧に死体に見立てるために俺が来ても天王野本人は物音一つ立てず微動だにしなかったし、血まみれのナイフを無造作に放置したり、犯人に抵抗した痕跡をあえて残すかのような血の散らばり方をさせていたり。


 天王野の演技力もさることながら、現場の作り込みには驚かされるばかりだ。俺が最後に殺人現場を見たのは地曳のとき以来だが、天王野の現場の作り込みはまるで、実際にその目で殺人現場を目撃したかのように思えた。つまり、それほどまでに精巧なものであったと感じられた。


 だから、俺自身も本気で驚いたし、土館と天王野が打ち合わせしていたとは考えにくいから、天王野は土館すらも驚かすことに成功したのだった。今回ばかりは、不意打ちだったが天王野の作戦は大成功したといえるだろう。ただ、さっきの狂気じみた笑い声は、やけに感情が込もっていたように思えたが。


 演技のために制服に付けていた赤い液体をハンカチで拭いていた天王野だったが、どうやら上手に拭き取れないらしく、不機嫌そうに力を込めて何度も拭き取ろうとしていた。


 元々天王野は身長が低く小柄で童顔だからなのか、『ふきふき』と聞こえてきそうなその光景を見ていると、何だか小学生くらいの女の子を見ているみたいだった。少なくとも、高校二年生には見えない。


「……落ちない」

「床の汚れた部分は俺が掃除しておくから、水道で洗ってきなさい」

「……ありがとう」

「おう」


 俺は小さな子どもを相手にするかのようにやや上から目線の話し方をしながら、天王野にそう言った。そして、天王野が歩いて制服を洗いに行くと同時に、俺も床にこびり付いた赤い液体を拭き取りはじめた。幸いなことにも、現場のすぐ近くには床拭き用のクリーナーがあったので、掃除にはそれほど時間はかかりそうではなかった。


「……やっぱり、あいつか。……キへッ」


 天王野が教室から出る直前、そんな一人言と気持ちの悪い笑い声が聞こえた気がした。しかし、俺はそれを何か触れてはならないものだと悟り、ただただ黙々とクリーナーで床を掃除した。


 俺がクリーナーで床を掃除し終わって、天王野が自分の制服を洗って教室に戻ってきた後、友だちグループのメンバーが集まり始めた頃、俺はようやく本来の目的と登校早々に増えた用件を解決し始めた。


 まず、土館には生きている天王野を見せて、本人からも『あれはただの死んだふりだった』と言わせて誤解を解いた。俺が必死に誤解を解くと、土館はすぐに納得してくれた様子で『誰にも言わないから』とも言ってくれた。


 そして、当初の予定通り、逸弛と土館に火狭との口喧嘩の件について言っておいた。土館はともかくとして、やはり逸弛は火狭のことが気になっていたらしい。電話をかけても繋がらず、家に行っても開けてくれなかったみたいなので、それなら心配になっても不思議ではない。


 だが、当の火狭本人はどうやら体調不良らしく学校には来ていないみたいだったが、一応それぞれのすれ違いや誤解は解けたみたいだったので、俺の役割はそれで果たされたといえるだろう。


 そうして、今日も平凡な一日が始まる。友だちが一人死んでいるにも関わらず、俺もみんなもそのことをまるで気にしないで、忘れたかのように。

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