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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第二章 『Chapter:Neptune』
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第二十八話 『疾患』

 冥加くんとわたしが会話しているのを誰かに見られないため、冥加くんとわたしの会話を誰にも聞かれないために、わたしはある細工をしている。どちらかといえば、不特定多数の誰かを恐れてそんなことをしているというよりも、誓許ちゃんのことを恐れてしているといったほうがいいかもしれない。


 この前、確か先週の木曜日の晩だっただろうか。わたしは、そのときはまだ生きていた霰華ちゃんと木全くんの三人で話し合いをしていた。その話し合いの最後に、霰華ちゃんはわたしと木全くんに自己防衛のための特殊拳銃のほかに、冥加くんの話し合いに役立つかもしれないとして、透明な強化ガラスの一部設定を変更できるパスワードをPICに送ってきてくれた。


 まさか、今こんな場面で役に立つとは思ってもいなかったけど、利用できるものは全て利用させてもらうとしよう。わたしは、PICのホーム画面に貼り付けてあったそのパスワードを教室の入り口に存在している教室設定変更用の機械に入力した。


 霰華ちゃんから特殊拳銃やこのパスワードを受け取ったときは『どうせこんなものは使わないから適当に聞いておこう』とか思ってろくに説明を聞いていなかったから少し不安だったけど、幸いにもその機械に簡単な使用手順などが記載されていたので、そこまで困ることはなかった。


 わたしがその機械にパスワードを入力し、教室の設定をどのように変更したいのかを問う画面を適当にタッチすると、わたしと冥加くんがいた教室にある透明な強化ガラスの壁は一面真っ白になり、教室の外の廊下や窓の外の景色が見えなくなった。また、その際に一瞬だけ教室が少し暗くなったけど、すぐに天井の明かりが強くなった。


「海鉾?」

「今朝も言ったけど、できるだけ他の人には聞かれたくないことなの。だから、念のためにわたしたちがこの教室内にいることを他の誰にも知られないように設定したんだけど、いいよね?」

「俺は構わないが……」

「じゃあ、そろそろ始めよっか」


 やはり、冥加くんはまだ、これからわたしが何を話し始めるのかということに気づいていない。いや、これから話すのだから気づいていてもそうでなくてもあまり関係ないけど、どちらにせよ、わたしはわたしの考えた通りに行動するまでだ。


 わたしは冥加くんに密着するような形で、冥加くんが座っていた椅子に座った。すると、冥加くんはわたしに気を遣ったのか、別の椅子を起動させてそっちに座ろうとしたけど、わたしは無言で冥加くんの征服の端を掴んでそれをやめさせた。


 わたしがどうしても冥加くんに密着した状態のまま話をしたいということを勘付いたのか、冥加くんは半ば諦めたような表情をしながら、最初に座っていた椅子に座りなおした。


 その後、わたしは特に何の理由もないけど、このまますぐに話をするというのも少々味気ないと思い、そのまましばらくの間、沈黙を維持し続けた。


 そんなとき、冥加くんの心臓の鼓動が体越しに伝わってくるのを感じたわたしは、軽くいたずらをするような気持ちで、冥加くんの太股を触ってみたり、冥加くんの肩に頭を倒してみたり、吐息をかけてみたりした。そうするたび、冥加くんの心臓の鼓動はさらに早くなり、異性からそんなことをされたことによって緊張していることが伺えた。


 でも、こんなことばかりしていると冥加くんに変な子だと思われてしまうかもしれないし、冥加くんが呆れて帰ってしまうかもしれないと思ったわたしは、閉じていた目を開き、冥加くんに話しかける。


「……冥加くんは……好きな女の子、いる……?」

「え……?」

「どうなの?」

「えっと、その、いや……まあ、はい」

「……」

「で、でも、何でそんなことを海鉾が聞くんだ?」

「誰?」

「……へ?」

「誰のことが好きなの?」

「いやいやいやいや! そんなこと、言えるわけないだろ!? というか、大事な話ってそんなことだったのか!?」

「……冥加くん」

「……」


 やっぱり、こんなことを唐突に聞くのは少し無理があったかもしれない。でも、冥加くんの気持ちを確認した上で、これまでのわたしの協力体制について探り、これからどういった会話をすればいいのかを考えるためには、この出だししかないと思った。


 だけど、案の上というかなんというか、冥加くんは簡単にはわたしにそのことを教えてくれはしなさそうだ。そのことは、今の冥加くんの様子を見れば誰にでも分かることだった。


 突然わたしから恋話をされた冥加くんは少しばかり慌てていたけど、わたしは小さく低い声で冥加くんの名前を呼んでそれを静止させた。すると、そんなわたしの様子を見て逃げられないと諦めたのか、少し何かを考えるそぶりをした後、冥加くんがわたしに話しかけてくる。


「……えっと、その、だな……それを言わないと帰れないとか、そういう流れなのか? 今って」

「まあ……そうなるね」

「……はぁ……本当はあまり言いたくなかったんだが……土館だ……俺の好きな女の子は……」

「……っ!」

「……? どうしたんだ?」

「そ、そうだったんだ……へー……何か、以外だなー……」


 冥加くんのその台詞を聞いたとき、冥加くんの好きな女の子が誓許ちゃんだということが判明したとき、わたしの中で何かが勢いよく崩れ落ちていくのが分かった。そして、それと同時に、わたしはある一つの確信を得た。


 冥加くんは、わたしがこれまでに冥加くんの犯行を陰ながら手伝ってきたということに気づいていない。


「それで、誓許ちゃんのどこが好きだったの?」

「どこって……優しかったり、お淑やかだったり……だが」

「他には?」

「髪とか肌が綺麗だったり……女の子らしい可愛らしさがあるところ……かな」


 何でかは分からないけど、やけに恥ずかしそうに、楽しそうに、嬉しそうにそう語る冥加くん。そんな冥加くんの姿を見ていると、わたしは誓許ちゃんに嫉妬し、嫌悪感を抱いた。最終的には殺意すら覚えていたかもしれない。


 まだ確定したわけではないけど、もしかすると、これまでにわたしが冥加くんのためにしてきたことは全て無駄だったのかもしれない。そう信じたくないのは山々だけど、おそらく現実はわたしの期待を簡単に呆気なく裏切ることだろう。


 もう、元々の計画なんてどうでもいい。これから冥加くんと話そうと思っていたことも、全て変更だ。冥加くんがそもそもわたしの努力に気づいてくれていないのなら、わたしはこれまでに何のためにあんな非人道的なことをしてきたというのか。


 そんな風に考えてしまったわたしは、色々と現実を突きつけられてつらくなったために涙が溢れ出てきそうになっているのを堪え、冥加くんの体に自分の体をさらに密着させながら、冥加くんのことをやや下方から見上げるようにして聞く。


「わたしは?」

「え?」

「わたしは優しかったり、お淑やかだったり、髪とか肌が綺麗だったり、女の子らしい可愛らしさはない?」

「え、いや……そんなことは……」

「じゃあ、わたしじゃダメだったの?」

「……海鉾……?」

「今のことが正しいなら、わたしも冥加くんの女の子の好みに少なからず当てはまっているはずだよ? だったら、誓許ちゃんなんかよりも、わたしを選んでもよかったんじゃない?」

「えっと、海鉾? 俺は――」

「何で私じゃないの!? わたし、これまでずっっと冥加くんのために色々してきたんだよ!?」


 そうだ。わたしはこの一週間、いや、これまでずっと冥加くんに認めてもらいたい、本当のわたしを気づいてほしいという一心で行動してきた。


 特にこの一週間に関しては、冥加くんが連続殺人犯であることを隠しながら、それを推理してしまったみんなに嘘の情報を与えて、操作をかく乱させたりもした。葵聖ちゃん、霰華ちゃん、水科くん、火狭ちゃんの死体をより悲惨なものへと変えたのもわたしだ。


 でも、冥加くんはそんなわたしの行動に何一つとして気づいていなかった。


 だったら、これまでにわたしがしてきたことは一体何だったというのか。冥加くんがわたしに暗に言っているものだと勘違いして、わたしが勝手に思い込んでいただけだというのか。


 確かに、これまでの冥加くんの行動を思い返してみれば、冥加くんがわたしの行動に気づいていたとしても気づいていなかったとしても、大体は辻褄が合う。だけど、それでも、何でまた、わたしがしたことはことごとくうまく進まないのだろう。


 何で? 何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で……!


「何で、冥加くんは昔っっからそうなの!? 何で何で何で何で! 何で、わたしの存在に気づいてくれないの!? いい加減に、わたしのことを見てよ! あの約束は何だったのよ! 何年も何年も何年も何年も待ったのに、今回だって、冥加くんの手助けをしたり……」


 それまでは静かだったわたしが突然大声を出して冥加くんに次々と質問攻めをし始めたことに、冥加くんは心底困惑している様子だった。たぶん、わたしが何でそんなに怒っているのかということにも気づいていないのだろう。


 しかし、わたしはそんな冥加くんに構うことなく、話の核心に触れる


「そうだよ……この一週間だって……わたしは……冥加くんがした五回の殺人を手伝ったのに!」


 わたしが、冥加くんが関わっている殺人事件のうち、葵聖ちゃん、霰華ちゃん、水科くん、沙祈ちゃんのときはその死体の状態を変えたり、嘘の情報を言って推理や人間関係をかく乱したりした。木全くんのときは、誓許ちゃんや霰華ちゃんに冥加くんが犯人ではないことを言ったり、木全くんからの伝言をシャットダウンしたいした。


 だから、赴稀ちゃんのときはわたしは何もできていないとはいえ、わたしがこれまでに冥加くんが関わった殺人事件でその手伝いをしたのは合計で五回。


 それほどの大罪を犯してまで冥加くんのことをサポートできていたと思っていたわたしは何だったのか。このときのわたしは、自分でもそのことや自分自身のことがよく分からなくなってしまいそうだった。


「……お前が……」


 わたしがこれまでの連続殺人事件の核心に触れた台詞を放ったとき、その場の空気が変わったような気がした。最初はその原因が分からなかったけど、数秒後にはその正体を確認することができた。


「……お前が……海鉾が、みんなのことをあんな悲惨な姿にしたのか……!」


 わたしのすぐ目の前、ついさっきまではわたしの豹変に困惑していた様子だった冥加くんの姿はそこにはなかった。代わりに、一昨日の晩に人工樹林の中で沙祈ちゃんと話していた、普段とは様子や雰囲気が全く異なるあの冥加くんが怒りを露にしたような表情をして、そこに立っていた。

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