第二十六話 『確認』
唐突にわたしの耳に聞こえてきた冥加くんの声。わたしと誓許ちゃんは、その声がした方向をゆっくりと向き、そこに立っている冥加くんの姿を見る。
そこには、どう偽る必要もなく正真正銘、冥加くんが立っていた。特別何か変わっているようなところはない。昨日の夜みたいに、普段とは何か様子が異なる雰囲気も感じないし、服は制服に着替えたとして、沙祈ちゃんの返り血が飛んでいることもなかった。いつも通りの、あの冥加くんだ。
もうすでに昼休みの時間で今さら登校してきても三時間しか授業がないけど、そんなことはさておきとして、ようやく冥加くんが学校に来てくれたことにわたしは心の底から嬉しい気持ちになった。万が一にも、冥加くんの身に何かが起きるなんてことはないとは思うけど、それでも少なからず心配していたことは確かだったから。
でも、わたしはその気持ちを必死に抑えつけた。今この場には、わたしだけでなく冥加くんのことも疑っている誓許ちゃんがいる。それに、わたしは冥加くんのほうから気づいてもらうまでは、冥加くんの犯行をサポートするだけにしようと決めたんだ。
だから、わたしはあくまで友だち次々と失った、一人の少女を演じる。
「あ、冥加くん……えっと……その……沙祈ちゃんと水科くんがまだ来てないなって……」
「……」
わたしがそう言うと、冥加くんは少しだけ顔を俯け、しばらくの間黙り込んでしまった。なるべく冥加くんに影響が少なくて、今誓許ちゃんと話していたことで返答しようと思った結果が今の台詞だったけど、何か気に触るようなことでもあっただろうか。
と、そのときわたしはふと思い出した。
そういえば、わたしと冥加くんが最後に話したのは、誓許ちゃんと打ち合わせをして『冥加くんを疑うのはやめた』ということを言ったときだ。つまり、冥加くんからしてみれば、『沙祈ちゃんと水科くんはただ単純に学校を休んでいるだけだ』と思っているはずのわたしの口からそんな台詞が出てくるのは明らかにおかしいと思ってしまっても何ら不思議ではない。
台詞を言い終わった後に、自分のミスに気づいたわたしは少しばかり焦り、今の台詞をどう訂正しようかと考え始めた。しかし、わたしが考え始めたのが遅かったからなのか、冥加くんはわたしに構うことなく話を進めていく。
「……逸弛と火狭は……殺された」
「え……?」
……あれ? 冥加くん、その話題を自分で掘り下げちゃうの?
冥加くんにしてみれば、沙祈ちゃんと水科くんが死んだということはできる限り誰にも言いたくないはずだし、もし言ってしまったら、自分への容疑がさらにかけられてしまう。それなのに、わたしが思いつかない得策でもあるのか、冥加くんは続ける。
「逸弛は火狭に、火狭は何者かに。実は昨日の夜、家の近くを散歩していたら逸弛から電話がかかってきて、『沙祈に殺される』と言ってきたんだ。それで、現場に行ってみたけどもう手遅れで、逸弛は火狭に殺されていた。その現場を目撃したことを火狭に知られた俺はなんとかその場を逃げ切ったけど、ついさっき登校中に火狭の死体が……うっ……」
「みょ、冥加くん!? 大丈夫!?」
冥加くんは、昨日の夜にあったことを、『沙祈ちゃんが誰に殺されたのかは分からない』や『なんとかその場を逃げ切った』などの少しばかりの嘘を交えてわたしと誓許ちゃんに言った。
その台詞を発しているときの冥加くんはとても演技をしているようには見えず、正真正銘『素』の状態で親身になって真剣であったようにすら思えた。また、胃の中のものが逆流したのか、冥加くんは一瞬口を抑えるそぶりをしたけど、それもまた演技ではなく実際にそうなったのではないかと思ってしまった。
だけど、冥加くんは確かに昨日の夜、沙祈ちゃんと水科くんの死体を目撃し、沙祈ちゃんに限っては目の前で首を引き裂いて自殺されたというのに、何を今さら気分が悪くなるようなことがあるのだろうか。演技にしてはやけに緊迫感があったし、現状では何ともいえない。
ゴホゴホとむせるように咳き込む冥加くんをかばうように、わたしは冥加くんの背中をさすったりしながら、冥加くんが何をしようとしているのかを探った。しかし、どうしても、冥加くんの意図が分からなかった。
冥加くん自身、自分がこれまでの事件の犯人であることを疑われていることくらいよく分かっているはず。それなら、わざわざ沙祈ちゃんと水科くんが死んだことを掘り返す必要はないし、そんなことを言うのであれば、こんなに登校時間が遅くしないほうが懸命だと思う。
それに、今の冥加くんのつらそうな姿はとても演技には見えなかった。何というか、本当に『人工樹林で水科くんの死体を目撃しただけ』で『かろうじて沙祈ちゃんから逃げ切り』、『ついさっき沙祈ちゃんの死体を見た』ような感じさえする。
でも、そんなことがありえるのだろうか。いや、ここから先はいくら考えても途中で思考が振り出しに戻ってしまうから、あまり考える意味はないか。だけど、分からない。冥加くんの意図が。
そんなとき、つらそうにしている冥加くんに構うことなく、誓許ちゃんが冥加くんに話しかける。
「冥加君。気分が悪そうになっているところで申し訳ないんだけど、それで、二人の死体は今はどこにあるの?」
「ちょ、ちょっと誓許ちゃん! 冥加くんは今――」
「海鉾ちゃんは少し黙っていて。私は海鉾ちゃんに聞いているのではなく、冥加君に聞いているから」
「ありがとな海鉾、心配してくれて。もう大丈夫だから」
「で、でも……」
「多分、二人の死体はまだ人工樹林にあると思う。火狭が逸弛を殺した凶器の鉄パイプもそこに」
「冥加君が最後に見たときは人工樹林にあったの? ちなみに、それはいつ頃の話?」
「えっと、逸弛が昨日の深夜で、火狭がつい一時間くらい前だな。二人がいなくなったことを誰も知らないみたいだから、俺以外は誰も現場を見てはいないと思う」
「分かったわ」
一応この場にはわたしもいるのに、わたしは冥加くんの体調が悪そうなのを気遣ったのに、誓許ちゃんは次々と冥加くんに質問を繰り返す。結局わたしは、二人が話している様子を静かに黙って眺めているしかできなかった。
さっきわたしに色々と問いただしてきたときもそうだったけど、誓許ちゃんってこんなに図々しい性格だったっけ? もっとこう、静かでお淑やかだったような気がするんだけど……。
というか、誓許ちゃんのことはさておきとしても、冥加くんも冥加くんで結構酷いと思う。せっかく体調が悪そうだったから、誓許ちゃんからかばったのに話を進めるし、さっきわたしが誓許ちゃんと話していたときにはあえて言わなかった事件の詳細をどんどん言っちゃうし。
わたしがしたかったことって、本当にこれで合ってるのかな? これまで通り、冥加くんの犯行をサポートし続ければ、その内いつか冥加くんに本当のわたしのことを気づいてもらえるのかな?
それ以前に、わたしはもう、冥加くんが何をしたいのかが分からなくなっていた。とりあえず、このままわたしがいないものとして扱われたまま会話が進むのはまずい。そう思ったわたしは、二人の会話に一段落がついたところに割って入るような形で、冥加くんに話しかける。
「まあでも、誰も気づかなくても当然かもしれないね。沙祈ちゃんと水科くんのお父さんとお母さんは……」
「ああ。確か、二人の両親はもういないんだったな」
「うん」
「それと、葵聖ちゃんと霰華ちゃんと木全くんの家族は全員いて、赴稀ちゃんは一人暮らしだったみたいだね」
「……みんな、何でこんなことに……誰が何の目的で……」
「……え?」
何気なく、ただ自分がそこにいるということを示そうとしただけの会話だったけど、またしても冥加くんは悲しそうな表情をして、その顔を少しばかり俯ける。それに加えて、今の台詞だ。しかも、今の冥加くんの様子もとても演技には見えなかった。
もしかして、冥加くんは本当に、沙祈ちゃんが目の前で自殺したことをショックか何かで忘れているのではないだろうか。だから、登校中に沙祈ちゃんの死体を発見したことに心底気分が悪いようなそぶりをして、わざわざ言う必要もない情報をわたしや誓許ちゃんに言ってしまったのではないだろうか。
そんな風に思ってしまうほど、今の冥加くんの様子は意味不明かつ理解不能だった。これまではなんとか冥加くんの意思を考えて導き出せたけど、今はもうそれすらもやめたくなってしまう。
わたしはしばらく頭を抱えて考えていたけど、すぐにその集中も切れ、思考停止した。そんなとき、さっきのわたしと冥加くんの会話のときから黙り込んで何かを考えている様子だった誓許ちゃんが何かを考え終わったらしく、不意に冥加くんに話しかけた。
「ところで冥加君。二人の殺人現場の件は私と海鉾ちゃんが先生や警察に伝えておくから」
「え? いや、俺も――」
「冥加君は来ないほうがいいと思う。さっきからの冥加君の様子を見ている限りでは余程酷いことになっていることが分かるしね。だから、今日の学校の授業が終わったら、もう冥加君はすぐに家に帰って」
「……分かった」
誓許ちゃんからの一方的な会話に、冥加くんは少しばかり不満足そうというか残念そうな表情をしながらも、静かに頷いた。
その後、昼休みの後の午後の授業を終えたわたしと誓許ちゃんは、冥加くんが一人で家に帰ったのを確認して、沙祈ちゃんと水科くんの死体がある人工樹林へと向かった。その間、わたしと誓許ちゃんとの間に特に会話という会話はなかった。
わたしたちがいるクラスの担任である仮暮先生を呼んで簡単に事情を説明したときも、警察を呼んであとのことは仮暮先生に任せると決定したときも、誓許ちゃんは必要最低限のことしか話さなかった。
何を考えているのかは知らないけど、今はそんなことはわたしには関係ない。昼休みに冥加くんと話して、冥加くんから違和感を感じたわたしは、午後から今までずっと考えていた。そして、ようやくその結論を導き出すことができた。
明日、わたしは一人で冥加くんに話を聞きにいく。そして、そこでこれまでにあった不可解なことを全て解明して、そのままわたしが冥加くんの犯行をサポートしてきたことも全て伝える。これで、ようやく、何もかもがはっきりするはずだから。