表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第二章 『Chapter:Neptune』
54/210

第二十四話 『追撃』

 何かに対して非常に焦っている様子で急ぎながら人工樹林の中へと入って行った冥加くんを発見したわたしは、そんな冥加くんに続いて冥加くんから後方十数メートルの距離を維持しながら、人工樹林の中へと入って行った。


 人工樹林へと入った瞬間、それまで街路を歩いていたときとは大きく異なり、わたしの周囲は辺り一面真っ暗になった。人工樹林の外の街路は元々街灯が多くなく薄暗かったけど、人工樹林に入ったらそんな街路の光さえもほとんど差し込んでこない。


 せいぜい明かりとして役に立つのは、時々人工樹木の葉の隙間から差し込んでくる月の光や、PICの電源をつけたときに表示される立体映像くらいのものだ。


 わたしはそんな人工樹林内の真っ暗な道を冥加くんの後ろ姿を見失わないように走っていく。他には誰もいないはずだし、何か動物とかがいるわけでもないので、聞こえてくるのはわたしと冥加くんの足音くらいだけだ。


 どうやら、冥加くんはわたしが後ろから追いかけていることに気づいていないらしい。今になっても冥加くんに気づいてもらえないというのは、わたしとしても少しばかり気分が悪いものだったけど、何度も何度もそんなことは言っていられない。


 今はとにかく、冥加くんを見失わないように、冥加くんの後を追いかけて行けばいい。


 冥加くんとその冥加くんを追いかけているわたしが人工樹林の中に入ってから数分間が経過した。時刻はあと十数分で明日になろうかという頃だ。


 しかし、それだけの時間が経過しているにも関わらず、冥加くんは走っているその足を止めようとはしなかった。どこか目的地があるのか、何か探しものがあるのかは分からないけど、冥加くんが進んでいる方向は規則的ではなく、正直いって何がしたいのか分からないような状態だった。


 冥加くんから後方十数メートルの距離を維持しながら冥加くんのことを追いかけていたわたしだけど、そろそろ体力の限界がきてしまいそうだった。


 冥加くんも体力はあったほうではなかったと思うけど、やはりそこは男の子なのだろう。女のわたしとはそもそもの根本的な体の構造が違うから、体力の差がこんなところではっきりとしてしまう。


 わたしは冥加くんを追いかけないと見失ってしまうと自分に言い聞かせながら、必死に冥加くんの後ろ姿を追いかけていた。しかし、それでも体力は少しずつなくなっていき、わたしと冥加くんまでの距離は次第に広がっていった。


 わたしは今日はもう誓許ちゃんの言う通り、冥加くんの後を追いかけるのは諦めて、潔く家に帰ってしまおうかと考えたりもした。そして、わたしが冥加くんを追いかける足をゆっくりにし始めたとき、結果的にそれはわたしにとって有益に働いた。


 元々わたしと冥加くんの間には最初のときよりも距離が開いており、そこにわたしが走るのをやめたことが加わったことによって、今では二、三十メートルくらいは離れていたと思う。それだけの距離が開いていた先にいた冥加くんは、ふとわたしが見たとき、走るのをやめていた。


 しかも、何か見てはならないものを見てしまったかのように、遠目に見ても小刻みに震えていることや、絶句し、立ち竦んでいることもよく分かった。


 冥加くんの身に何が起きたのかも分からないまま、わたしはそのままゆっくりと歩いていく。そして、冥加くんの視界に入らないようにうまく調整しながら、人工樹木に隠れる。


 そのとき、不意に何か柔らかい物が叩きつけられているのか、押し潰されているのか、『グチャッ……グチャ……』という奇妙で生々しい音が聞こえてくる。また、その音が聞こえてくる度に、わたしでも冥加くんでもない、誰か別の人物の言葉ともつかぬ声が聞こえてくる。


 冥加くんが見ていたその光景が見える位置にわたしが辿り着いたとき、冥加くん同様にわたしもその光景を目の当たりにした。


「……私は……私は……!」


 そこには、沙祈ちゃんがボコボコにへこんだ、鉄パイプのような二メートルくらいの長さはありそうな金属の棒を地面にある真っ赤でグチャグチャな状態の何かに、何度も何度も打ち付けている光景があった。


 沙祈ちゃんがそれを振り下ろす度に、さっきから聞こえていた奇妙な音が再び聞こえてくる。また、それと同時に辺りには真っ赤な液体が飛び散っていた。だからなのか、沙祈ちゃんの前面は遠目に見ても真っ赤に染まっていることがよく分かった。


 一体、沙祈ちゃんはこんなところで何をしているのだろうか。そして、何で冥加くんはそんな沙祈ちゃんのところに来たところで足を止め、立ち竦んでいるのだろうか。わたしのそんな疑問は次の瞬間、すぐに解決された。


「まさか……あれは、水科くん……?」


 気づいたとき、わたしは無意識の内に小声でそんなことを呟いていた。どうやらその声はその場にいた冥加くんと沙祈ちゃんには聞こえなかったみたいだからよかったけど、今のわたしはそんなことに構っている暇はなかった。


 わたしがそんな結論に至ったことに確証はなかった。でも、それに理由がないわけでもなかった。


 これまではいつでもどこでも一緒にいた沙祈ちゃんと水科くんなのにこの場所には沙祈ちゃんしかいないこと、沙祈ちゃんが金属の棒で殴りつけているものが人の体のような形をしていること、沙祈ちゃんがそれを繰り返す度に辺りに真っ赤な液体つまり血液が飛び散っていたこと。


 さらに、昨日わたしは沙祈ちゃんに『水科くんに洗脳されている』と言い、今朝は水科くんに『みんなから疑われている』と言った。また、そのせいなのか、今朝から沙祈ちゃんと水科くんはどこか様子がおかしいような気がしていた。


 もし、わたしが言ったあの台詞がきっかけで元々二人の間にあった溝がさらに深まり、相手を陥れたり、欺いたり、最終的には殺してしまいたくなるような口論が繰り広げられていたとしたら? わたしの台詞がその全ての原因ではないにしても、少なからずそれに関わっているとしたら?


 そんな仮説に加えて、さっきまとめた今の奇妙な状況だ。


 おそらく、沙祈ちゃんと水科くんはお互いの意見を通そうとし、わたしがストレス発散のために言った台詞を信じ込んで、相手のことを信じられなくなったのだろう。


 そして、沙祈ちゃんは水科くんのことを殺害しようとした。また、そのときに水科くんは冥加くんに助けを求めたため、冥加くんは特に用事もなかったはずなのに人工樹林の中へと来た。


 おそらく、今の状況の真相はこんなところなのだろう。これらの推理はあくまでわたしが知っている情報だけで適当に考えただけのものであり、確証はなく、間違っている可能性のほうが高いけど。まあ、そうでないとしても、沙祈ちゃんが水科くんを殺していて、そこにわたしと冥加くんが出くわしたという事実には変わりない。


「……!? 誰!?」

「……しまっ……」


 わたしがそんな推理をしていたとき、不意に沙祈ちゃんの声が聞こえてくる。わたしが人工樹木の陰に隠れていることが気づかれたのかと思って、少しばかり焦ったけど、そのすぐ後に冥加くんの声も聞こえてきたことから、沙祈ちゃんが気配に気づいたのは冥加くんのほうだったらしい。


 どうやら、冥加くんは目の前にあった悲惨な光景を目の当たりにして耐え切れなくなったのか、それとも何か別の理由でなのか、この場所から離れようとしていたらしい。ただ、そのときに人工樹木の根っこか何かに足を引っかけてしまったらしく、つまづいて倒れたときの音を沙祈ちゃんに聞かれてしまったということなのだろう。


 沙祈ちゃんはその顔や服に大量の返り血を付着させながら、もはやただの肉塊に成り果てた水科くんの下から離れ、ゆっくりと冥加くんのほうへと歩いて行った。一方の冥加くんは腰が抜けてしまっているのか、一向に逃げようとしなかった。


「うああああああああ!!」

「……私は……私は……私は、操り人形なんかじゃない……!」


 冥加くんはこれまでに赴稀ちゃん、葵聖ちゃん、木全くん、霰華ちゃんと、四人の友だちを殺してきた。そんな冥加くんが、沙祈ちゃん程度の女の子に簡単に殺されるわけがない。きっとこれまでに使用してきたようにナイフを何本も常備しているに決まっている。


 わたしはそんな考えを持っていたからこそ、沙祈ちゃんの行動を止めさせようとしなかった。しかし、冥加くんが絶叫し、何かを力強く訴えながら冥加くんに向かって金属の棒を振り下ろした瞬間にわたしの中の全ての思考は停止した。


「冥加くん!」


 わたしは冥加くんの名前を大声で叫び、急いで二人の下へと走った。しかし、わたしが二人の下へと辿り着くよりも前に、冥加くんの様子が一変した。


 冥加くんはその直前まで沙祈ちゃんに恐怖し絶叫していたというのに、全くそれを感じさせないくらいに、それはまさしく『人が変わったかのように』冷静で落ち着いた雰囲気を醸し出していた。


 また、冥加くんはその状態になったとき、沙祈ちゃんから振り下ろされていた金属の棒を何の苦もなく軽々と避けてみせた。冥加くんの様子が変わったことに、わたしも沙祈ちゃんも心底驚いていた。でも、沙祈ちゃんはそんな冥加くんの姿を確認した後、言った。


「……冥加、どういうつもり? 何で、冥加がこんなところにいるの……? 死にたくなかったら、私の邪魔をしないで……」

「火狭。お前がこんなことを……逸弛を殺してしまった理由を俺は知っている。もちろん、お前たち二人の過去も。だが、だからといって、それは許される行為ではない。火狭だって、もう分かっているんだろ?」

「……何よ……いつからアンタはそんなに勘がいい奴になったのよ。というか、アンタなんかに、私の何が――」

「俺はこの世界における俺たち九人と他数人のことなら大抵のことを知っている。だから、『この世界の俺が知る由もない、火狭が逸弛を殺してしまった理由も知っている』。それに、俺は元々こういう性格だしな」

「……もういい。それじゃあ、私はアンタに構うことなく続きをするわ。何でも知っているというアンタなら、これから私が何をするのかなんてことも分かっているんだと思うけど」

「……」


 冥加くんの台詞の意味がよく分からなかったわたしだったけど、それでも沙祈ちゃんは冥加くんの台詞の意味を理解したらしく、何かを悟ったような表情をしながら、服のポケットから一本のナイフを取り出した。


 そして、それを冥加くんに向けたりすることなく、真っ先に自分の首に突きつけた。その後、沙祈ちゃんはかろうじてわたしにまで聞こえるような小さな声で呟く。


「待ってて、逸弛。今、わたしも行くから」


 直後、沙祈ちゃんは手に持っていたナイフで自分の首を引き裂いた。それと同時に、水道管が破裂したかのように、辺りに大量の血液が撒き散らされる。また、その血液は近くにあった人工樹木の色を丸々変えるだけでなく、沙祈ちゃんの目の前にいた冥加くんにまで飛び散った。


 沙祈ちゃんの体から力が抜け、ナイフと金属の棒が地面に落ち、その後沙祈ちゃんの体も地面に倒れていく。冥加くんはそんな沙祈ちゃんの様子をただただ無表情のまま眺めているばかりであった。


 また、冥加くんは沙祈ちゃんが地面に倒れた後、しばらくしてから沙祈ちゃんの左腕からPICを取り外してポケットに入れた後、全身返り血で真っ赤に染まっているにも関わらずそんなことになどまるで構わないといった調子で、どこかへと歩いて行った。


 冥加くんがその場から離れてから数十秒後、わたしは人工樹木の陰から顔を出し、沙祈ちゃんの悲惨な死体がある場所へと移動した。その前方十メートルくらいの地点にはただの肉塊に成り果てた水科くんの姿もあった。


 どちらもわざわざ調べるまでもなく、完全に死んでいる。水科くんは沙祈ちゃんに金属の棒で何度も殴り付けられて、人としての原型をとどめないほどグチャグチャになっているし、沙祈ちゃんは首を掻き切った上にあの出血量ではまず死んでいないなんてことはないだろう。


 そんな二つの死体が目の前にある状況の中で、わたしは真っ暗で静かな人工樹林の中でただ一人、小さく独り言を呟いた。そのときのわたしの表情はおそらく、笑っていたことだろう。


「今回の殺人事件も、冥加くんが犯人ってことでいいんだよね?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ