第十九話 『謝罪』
わたしは、日曜日に沙祈ちゃんから電話がかかってきたとき、それに対して余計なことを吹き込んだ。わたしのその行動は冥加くんのことを笑ったという、沙祈ちゃんへの仕返しという意味合いが大きかった。
でも、もしかするとそれ以上に、最近何かと非日常的な出来事が連続して起きたり、冥加くんの犯行の手伝いをしているにも関わらず、冥加くんに中々認めてもらえなかったことでストレスが溜まっていたから、それを解消するためにしただけの行動だったのかもしれない。
つまりは、ただの八つ当たりだったのでは、というわけだ。だけど、わたしがそのことに気づいたのは、その沙祈ちゃんに余計なことを吹き込んだときではなく、次の日の月曜日の朝だった。
わたしが沙祈ちゃんに言った台詞。それは、『沙祈ちゃんが水科くんに洗脳されているのでは?』ということ。もちろん、何の根拠もなしにそんな台詞を言ったわけではないけど、やはり本質的なところではそれは理由にすらなっていないのかもしれない。
わたしは以前から不思議に思っていた。なぜ、沙祈ちゃんはあそこまで水科くんのことを好いているのか、ということに。
具体的にいうと、水科くんは誰にでも優しくて、同じクラスの男子の中では女子からの人気は他の男子と比べても群を抜いているように思える。だから、そんな水科くんのことを好きになってしまうのも、そこまで分からなくはない。
まあ、それでもわたしは冥加くんのことが好きなんだけど……っと、わたしの話は置いておいて。
だけど、そうだとしても、沙祈ちゃんの水科くんへの依存度は明らかに異常だ。いつでもどこでも沙祈ちゃんは水科くんのすぐ近くにいる。何をするときでも、そう。班分けとか、それぞれの個人的な用事で一時的に離れ離れになったときは、どうにかしてすぐに会いに行こうとする。
それに加えて、あの二人は今では恋人同士になっている。あまり詳しく言うつもりはないけど、キスとかそれ以上のことをしているのだということは日ごろのあの二人の雰囲気から簡単に察することができる。
だけど、これらのような沙祈ちゃんの、依存しているという言葉では表しきれないような異常な依存度、執着度、好感度。それはもはや、『洗脳』されているとすら思えてくる、水科くんに対する沙祈ちゃんの行動は、本当に沙祈ちゃんの本心からの行動なのか。
そんなことにどうしても疑問を持たざるをえなかった。だからこそ、わたしは冥加くんを笑われたという苛立ちの中、最近のストレスを発散するためだけに、そんなことを言った。
おそらく、沙祈ちゃんは本当はわたしに水科くんと喧嘩してしまったことについて相談をしたり、話を聞いてもらいたかっただけなのだろう。でも、わたしがそんなことを言ったからなのか、その途中からは何も喋らなくなり、ただただ泣き声が聞こえてくるばかりだった。
そして、わたしが沙祈ちゃんに余計なことを吹き込み、沙祈ちゃんがそれを黙って泣きながら聞くという時間が五分程度続いたとき、沙祈ちゃんのほうから電話を切られてしまった。まあ、当然といえば当然かもしれない。
さて、沙祈ちゃんがどんな風に傷付いたのかなんてことはわたしにとっては極めてどうでもいいことだけど、かなり楽しかった。あれはもう、一種の中毒に陥ってしまいそうな、そんな感覚すら得られそうだった。
自分が思っていたことを素直に、そのまま、洗いざらい、全て他人に話すというのは楽しいものだ。しかも、その言葉が話し相手の心を支えていた柱を根幹から破壊させるというものになれば、わたしはもっと楽しむことができた。
正直、こんなことを思ってしまうのは狂っていると思う。でも、四人の友だちを殺した冥加くんの犯行の手伝いをして、実質的にはそのうちの一人を殺したわたしはもう引き返すことはできない。あの頃のように、頭のねじが飛んだかのように狂っているしかないのだ。
まあ、何はともあれ、ただ単にそんなこともあったな、程度にしか思えない日曜日も終わり、週明けの月曜日になった。月曜日は憂鬱な気分になるものだけど、今日はそれ以上にクラスの中の雰囲気が何かおかしかった。
よくよく考えてみれば当然のことなのかもしれない。
わたしが所属している友だちグループの生存者五人にとっては自分の友だちが、それ以外のクラスメイトたちにとっては同じクラスの人間が、短期間で四人も殺された上に、その犯人はまだ捕まっておらず、その目星すら立っていないとなると、それは確かにギクシャクした雰囲気になってしまってもおかしくはないのかもしれない。
あと、普段はクラスのムードメーカーというか何というか、な役割を担っていた沙祈ちゃんと水科くんの様子も何やらおかしかったし。いつもなら、沙祈ちゃんが水科くんにべったりとくっ付いて、楽しげに話していて、そこにわたしたちが集まる。
でも、今の二人は全くそんな雰囲気を感じ取ることができなかった。沙祈ちゃんも水科くんもそれぞれ一人で自分の席に座ったままであり、何かを話したり、何かをしたりするようなことさえなかった。
水科くんは沙祈ちゃんのことが気になっているのか、少しそわそわした様子で何度か後ろから沙祈ちゃんのほうを見たりしていたけど、一方の沙祈ちゃんはそれに気づくことなく、ただただ正面を眺めているだけだった。
日頃のあのイチャつき具合はどこへやら。自分の席に座ったわたしは、重苦しい雰囲気に包まれている教室の中、恋人にさえ見えなくなったあの二人の姿を交互に見る。
多分、あの二人がこんなことになっているのは、昨日沙祈ちゃんからかかってきたあの電話が関係しているのだろう。沙祈ちゃんはわたしに電話をかけるよりも前に水科くんと喧嘩をしたとか、そんなことを言っていたし。
それで、未だに二人のその隔たりが解消されることなく、今日に至るというわけか。
そういえば、沙祈ちゃんと水科くんは、それぞれの両親の仲がよかったことや家が近くにあったため、幼い頃からの付き合いになるらしい。確か、沙祈ちゃんのお父さんと水科くんのお母さん、そして沙祈ちゃんのお母さんと水科くんのお父さんが学生時代の友だちだったとか、なんとか。
でも、二人の両親はもうこの世にはいない。水科くんのお父さんが戦争中に亡くなったすぐ後に、沙祈ちゃんのお母さんが交通事故で亡くなった。その後暫くしてから、元々体が丈夫ではなかった水科くんのお母さんが病気で亡くなり、最後に沙祈ちゃんのお父さんが何者かによって殺された。
一番最初に亡くなった水科くんのお父さんを除けば、どれも今から十年くらい前の戦後処理中の時期の話であり、ものの数年間のことだった。
今ならば、交通事故なんて起きないし、余程のことがなければ病気で死ぬことなんてない。だから、未然に防ぐことができたわけだけど、あの二人は今さら後悔しても遅いと思っているのか、そこら辺はしっかりと割り切って考えているらしい。
それからというもの、それまではお互いにただのいち近所の友だちでしかなかった関係は急速に進展を遂げた。当時それは戦後すぐの出来事だったことも関係してなのか、二人は孤児院に入ることやどこかの家に養子に入ることを大人たちから進められた。
しかし、二人は自分たちだけで生きていくと決めた。
二人は家のことはもちろんのこと、自分たちのことも全て自分たちでこなしていき、何年間も時が流れた。それで、友だちを作りたいと思ったのか、高校生になったときにわたしを含めた七人と友だちになった。
その後、すでに恋人同士だった二人はお互いにお互いの気持ちに気づき……と、ここまでが以前沙祈ちゃんと水科くんに聞いた話だ。まあ、最近ではよくある話なのかもしれないけど、両親がいない中で生活できるということに関しては素直に尊敬してしまう。
まあ、金銭面に関しては政府から支援金とやらが出ているらしいから問題ないと言っていたし、どちらかがもう片方の家に泊まったりすることも日常茶飯事らしいので、あの二人にとってみれば、むしろ両親がいないほうが気楽なのかもしれない。
それはそうとしても、日頃の沙祈ちゃんの水科くんに対するあの依存度は異常だけど。
「海鉾ちゃん。少しいい?」
「……? どうしたの?」
沙祈ちゃんと水科くんの過去について、暇潰しがてら思い返していたとき、不意に誓許ちゃんがわたしが座っていた席のほうへと歩いてきた。今日もわたしは一時間目が始まる大分前に来ていたわけだけど、PICを操作して現在時刻を確認してみるとすでに八時二十分だった。
見てみると、いつの間にか冥加くんも登校して、教室に来ていたらしい。その後、わたしは再び誓許ちゃんのほうに顔を向け、その話に応じた。誓許ちゃんはわたしのその意思を察したのか、すぐに話し始めた。
「実は、冥加くんのことについて、少し提案があって」
「提案?」
「うん。ほら、前に金泉ちゃんが、冥加くんが連続殺人事件の犯人かもしれないって言ってたでしょ?」
「そうだね」
「それで、そんなことを言っていた金泉ちゃんが冥加くんと一緒にいた日の夕方に殺されたということで、わたしももしかするとそうなのかもしれないと思い始めたわけだよ。まあ、わたしは冥加くんのことを信じたいからできれば違っていてほしいんだけど」
「……えっと、話が中々見えてこないんだけど……」
「ああ、ごめん。それじゃあ、本題に移ろう」
誓許ちゃんは腰を屈めて、わたしの顔に自分の顔を少しばかり近付けた。そして、わたしの耳元にそっと囁くかのように、クラス内にいる他の誰にも聞こえないように小さな声でわたしに言った。
「わたしがどう思おうと、冥加くんが犯人かもしれないという説はどうしても拭いきれない。たとえそうだったとした場合、冥加くん自身も、それを手伝っている共犯者も絶対にボロを出したりはしないと思う。だから、とりあえず、冥加くんやその共犯者の警戒を緩めるために、冥加くんに『冥加くんの疑うのをやめた』と言ってみない?」