第十七話 『荷担』
今日、わたしは誓許ちゃんと二人で、第六地区のS-4エリアというエリアに集まった。このエリアは学生が遊べるところが多数ある、娯楽を目的として作られたエリアだ。普通ならここに来たら遊ぶのが当然だけど、そこでは一切遊ぶことなくただただ歩きながら、これまでの三つの事件についてお互いに情報交換をした。
それによって、結果的には特に何か有益な情報を得られたわけでもなく、わたしによる情報操作が必要になることもなく、わたしの友だちグループ内での推理が進んでいる様子に焦りを覚えることもなかった。一見、何も成せておらず無意味な一日のように思えるけど、実はいくつかの進展が見られている。
まず、誓許ちゃんや沙祈ちゃんと水科くんの様子は金曜日のときのようにギクシャクしたものではなく、それぞれが比較的いつも通りの状態であったということ。
誓許ちゃんに限っては、おそらく本人も大して話が進まないということが分かっていたにも関わらず、わたしと二人で集まって情報交換をしたということ。そして、それまでの言動に少しばかり違和感を感じざるをえなかったことについては、まだあまり納得はできていない。
でも、それ以外では大体、何か心配すべきことや危惧すべきことはなさそうに思える。いや、今のところ誓許ちゃんは無害な存在であるといえるだろう。
沙祈ちゃんだって、わたしと誓許ちゃんがいたエリアに、ごく平凡な一組のカップルとして水科くんと休日にデートに来ていたみたいだし。わたしの友だちで三人目が殺された次の日であることと、その主犯が冥加くんであることを除けば、普段とは何も変わらない休日の一日だった。
しかし、そんな何も変わらない一日の中で、わたしの心に『殺意』とはまた別の新たな負の感情が芽生えてしまった。それが、『嫉妬』だった。街中で沙祈ちゃんと水科くんを見かけた後、わたしと誓許ちゃんは冥加くんと霰華ちゃんが歩いている姿を見つけた。そのとき、わたしの中で『嫉妬』という『殺意』にも劣らない負の感情が生まれた。
何で、三人目に殺された木全が死んだ次の日の休日に、霰華ちゃんは知らなかったとはいえ、冥加くんと二人でこんなところにいるのか。何で、冥加くんは霰華ちゃんのことを警戒しているはずなのに、その霰華ちゃんと二人きりだったのか。何で、霰華ちゃんは冥加くんのことを誰よりも疑っていたはずなのに、その冥加くんと二人きりだったのか。
しかも、誓許ちゃんから話を聞いてみると、どうやら冥加くんは霰華ちゃんを遊びに誘う直前に誓許ちゃんのことも誘っていたらしい。わたしの友だちグループで生き残っている女の子はわたしを含めて四人。沙祈ちゃんは水科くんから離れないとした場合、あとは三人しか残っていない。
そして、誓許ちゃんと霰華ちゃんは遊びに誘われた。それなのに、何でわたしは冥加くんに誘われなかったのか。冥加くんに何か意図があったとしても、それは何なのか。
わたしと冥加くんは誰にも知られていないとはいえ、それぞれが少しずつ犯行に関わっているとして繋がっていることを誰かに悟らせたくなかったのか。それとも、事件の真相を知らない二人と話をして情報収集をしたかっただけなのか。どちらにしても、どうしても拭いきれない疑問がいくつも残ってしまう。
だからこそ、わたしは霰華ちゃんと誓許ちゃんに嫉妬の感情を抱いた。わたしは誰よりも冥加くんのことが好きで、これまでにも冥加くんのためだけに行動してきたというのに、そんなわたしのことを差し置いて遊びに誘われたあの二人に。
しかも、霰華ちゃんはそれに応じて素直に遊びに来ていたからまだしも、誓許ちゃんはそれを断ったというのだから、さらに許せない。断るくらいなら、休日に冥加くんと遊びに行ける権利を、誘われることもなかったわたしに譲ってくれてもよかったのに。
まあ、もうすでに終わったことだし、これからもまた色々なことに対策を練らないといけないみたいだから、あまり引きずっていても仕方がない。誓許ちゃんは沙祈ちゃんと殺し合いの喧嘩でもして、霰華ちゃんは遊びついでに冥加くんに殺されてしまえばいいのに、なんてことはこれっぽっちも思っていない。いや、本当に。
だけど、わたしがあの二人に嫉妬を覚えたということだけは事実だ。あの二人は、少なからず冥加くんがこれまでの事件の主犯であるということを見抜いており、わたしからの嘘の証言を聞いてもなお、自分の推理が正しいと思い込んでいる。
だから、わたしはあの二人が自分の推理が間違っていると認識して、冥加くんのことを疑わなくなるまで、今している演技を続ける必要がある。冥加くんに本当のわたしを気づいてもらうために、大好きな冥加くんに認めてもらうために、わたしは自分の友だちさえも裏切り、欺き、必要であれば殺す。
さて、沙祈ちゃんと水科くんのペアを見つけ、冥加くんと霰華ちゃんを見つけた後も、わたしと誓許ちゃんはそのまま第六地区のS-4エリアで歩きながら、続けて事件の考察をしたり、それ以外にテキトウな雑談をしたりして過ごした。
そして、相変わらず何も話が進まないまま無駄な時間は経過し、時刻は五時少し前頃。これ以上無駄に時間を消費したくないから、そろそろ家に帰りたいと思っていたとき、不意に誓許ちゃんが『今日はもう帰ろうか』と言い出した。それを拒否する理由もなかったので、わたしと誓許ちゃんはそのまま第六地区のS-4エリアの中途半端な位置で解散した。
「あーあ……一応収穫はあったけど、無駄な時間を過ごしちゃったなー。余計なものも見ちゃったしー」
誓許ちゃんと解散したあと十分くらい経ったとき、わたしは街中で一人歩きながら一人言を呟く。周囲には誰一人として人の姿は見当たらないから、街中でぶつぶつと一人言を言っていても、変な人なんて思われないだろう。まあ、そもそもそんなことを言う人すらいないわけだけど。
情報収集や状況調査に関しての収穫が完全にゼロだったというわけではなかったけど、それでも、少なくとも今日得られた情報は休日を丸一日使ってまで得たいと思えるようなものではなかった。
それ以前に、今日という日はわたしの中に新たな負の感情を生み出させたものなのだから、知らなくて済むのなら知らないほうが賢明だったのかもしれない。知らぬが仏とはまさにこのことなのかもしれないと、改めて実感できた。
街中でただ一人、不機嫌そうな表情のまま不穏な雰囲気を醸し出しつつ、わたしは歩きながら続けて考える。
そういえば、結局のところ、冥加くんと霰華ちゃんは何のためにこんなところにまで来ていたのだろうか。そもそも、冥加くんが霰華ちゃんのことを何かの理由でピンポイントで誘うとは思えないし、霰華ちゃんがそれに応じるとも思えない。
また、今このタイミングで遊びを目的として集まったりはしないはずだ。でも、そうなると、娯楽を目的として作られたこのエリアにいる意味が分からなくなる。逆に、遊びではなくこれまでの事件についての話し合いを目的としている可能性もあまり考えられない。
でも……、
「……あれ?」
わたしが今日あったことについて思い返していたとき、ふと地上と地下街を繋ぐ階段から静かにその姿を現した、一人の人物の影がわたしの瞳に映った。辺りにはわたし以外の人はおらず、その人物の周囲にも誰もいない。だからこそ、その非日常的な状態にわたし以外の誰もが気づくことができなかった。
「冥加くん……? 何でこんなところに? それに、霰華ちゃんは……って、え!?」
冥加くんは霰華ちゃんと二人きりで第六地区のS-4エリアにいて、そこで何かをしていたはず。それに、時刻はまだ五時少し過ぎ頃。だから、ただ単純に遊びに来ただけだというのなら、まだ家に帰るには早い時間帯だ。少なくとも、わたしならあと一時間か二時間は遊んでから帰りたいと思ってしまう。
しかし、わたしの視界に入っている冥加くんは一人だけであり、近くには霰華ちゃんの姿はなく、それ以外の人の姿もない。それ以前に、今わたしがいるところは第六地区のS-4エリアの端のほうに位置する場所であり、冥加くんが出てきたのは地上と地下街を繋ぐ階段だ。
冥加くんが何で一人でこんなところにいるのか。わたしはそのことについて考えても分からなくなった。しかし、それ以上にわたしは自分の目を疑ってしまった。
わたしは口から不意に漏れた声をかき消すかのように、必死に両手で口を押さえ付けて塞ぎ、まるで信じられないと言った様子で少し体を震わせながら小声で呟く。
「どうして……冥加くん……左手が……」
そう。わたしが見た先にいた冥加くんは、何があったのかは分からないけど、その左腕からは今だに大量の血が流れ出していた。さらに、流れ出しているその血は少したりとも止まる気配を見せず、冥加くんが一歩歩くごとに、その真下にボタボタと赤い痕を残していく。
しかも、冥加くんの左腕には、刃物で裂かれただとか何か硬い物で殴られただとかそんな傷跡とはまた異なる、それはまるで内側から破裂させられたかのような悲惨で無残な傷口が広がっていた。いや、傷口が広がっていたというよりはむしろ、ほとんどその部分が存在していなかったというべきかもしれない。
さっき、わたしが街中で冥加くんと霰華ちゃんを見つけてから、まだ二時間くらいしか経っていない。それなのに、そんなわずかな時間に何があったというのか。
わたしは今だに、前方三十メートルくらいの位置からどこかへと向かってゆっくりと歩いている冥加くんの姿を唖然とした様子で眺めているしかなかった。
そうこうしている間にも、冥加くんは地下街への入り口から離れ、その場で立ち竦んでいたわたしに気づくことなく、わたしの目に映らない遠いところに歩き去っていってしまう。
そのときのわたしは、またしても自分の存在を冥加くんに気づいてもらえなかったことに苛立ちを覚えたりすることができなかった。むしろ、何が起きたのかをまったく認識できず、どうすることもできなかった。
何も起きず、ただ時間だけが過ぎ去っていく沈黙が流れ、そのまま数分間が経過した。しだいに何が起きたのかを認識できてきたわたしは、さっき冥加くんが出てきた地下街と地上を繋ぐ階段の方向へと向かった。そこに辿り着いてもやはり、わたし以外の人は誰もいなかった。
ここは地下街とはいっても、普段は使われない場所なのだろうか。それとも、今日はもう使う用事が終わったからなのか。わたしが進んで行った地下街には、明かりという明かりが存在せず、入り口から差し込んでくるわずかばかりの光を頼りにしながら、薄暗い地下街を歩いていくしかなかった。
人の気配がせず、周囲には誰もおらず、壁があるだけで他には何もなく、明かりがあるわけでもない。そこは、どこか別の世界なのではないかと思ってしまうような空間であり、自分が一人だけその世界に取り残されてしまったのではないかという錯覚すら覚えてしまいそうなほどだった。
どれくらい歩いただろうか。たぶん、実際には一分か二分か、たったそれくらいだろう。でも、今のわたしにはそれ以上もの長い時間に感じられた。少なくとも三十分、いや、一時間以上は経過したのではないかとすら思えた。つまり、それほどまでに、その空間は奇妙な雰囲気に包まれており、わたしはそれに呑み込まれてしまっていたということになる。
そして、不意にわたしの目の前に、そんな奇妙な雰囲気に包まれた空間にさらなる狂気と恐怖の感情を付け足すかのような、地獄のような光景が広がっていた。
「……あ」
わたしのすぐ目の前の壁にもたれかかっている、金髪ポニーテールの少女。その少女は全身を刃物で切り付けられたのか、身に着けている可愛らしい私服だけでなく、真っ白な素肌にも大量の切り跡が存在している。また、体中にある傷口からは血が流れ出ており、少女が座っている場所から辺り一帯を真っ赤に染め上げている。
少女のすぐ傍には一本のナイフが無造作に放置されている。また、少女の左腕には、本来取り付けられているはずのPICが存在していない。
わたしは、悲惨な状態の少女の死体のすぐ近くにあった小さなバッグを乱暴に奪い取って開き、その中身を見た。中には、拳銃だとかナイフだとか、そういう類いの非日常的で危険な道具は何一つとして入っておらず、いたって普通の女の子らしい持ち物しか入っていなかった。ただし、バッグの大きさと、入っていた物の量は明らかに釣り合っていないようにも思えた。
「……ふふっ」
誰もいない薄暗い地下街の中で、友だちの死体を目の前にして一人、わたしは小さな声で笑った。その後、さっき見つけたナイフを拾い、改めて誓いを立てるかのように、小さな声で自分自身に言った。
「これは、冥加くんのためだから」
直後、目の前にあった霰華ちゃんの死体が小さく揺れ、それと同時に、ピチャッという音とともにわたしの顔や服に真っ赤な血が飛び散る。その後、わたしは葵聖ちゃんのときのように、何度も何度も霰華ちゃんの死体を切りつけていった。