第十五話 『休日』
昨日、木全くんは冥加くんが犯人ではないということを確認するために下校中に話を持ちかけた。しかし、最終的に冥加くんは、ある程度の情報を知っていてそれなりの推理を導き出した木全くんを殺してしまうほうが得策であると考えたらしく、木全くんは例の研究施設密集区域で殺された。
木全くんは、冥加くんがこれまでの事件の真犯人であることを知り、それ以外にも何かに気づいていたみたいだけど、それを伝える相手に霰華ちゃんや誓許ちゃんではなく、わたしを選んでしまったのが間違いだった。なぜなら、わたしは冥加くんの犯行をサポートする立場の人間なのだから。
その後、木全くんの死を伝えたために霰華ちゃんが暴走したりしないように気をつけながら、わたしと誓許ちゃんは木全くんが殺されているその事件現場へと向かった。
木全くんは全身をナイフで切りつけられており、全身から大量の血液を溢れ出しながら、無残に死んでいた。また、その木全くんの死体には、本来はあるはずだけどPICがなかった。最初にそれを確認したときは少し驚いたけど、そういえば、冥加くんは殺した人間のPICを奪っていっていたということを思い出した。
しかし、木全くんの殺人現場でわたしを驚かせたものはそれだけではなかった。誓許ちゃんと話し合った結果、一応冥加くんも現場に呼んだほうがいいということになり、冥加くんが到着するまでに色々と現場を調べていたときに、それは発覚した。
それは、『その前の日の夜にわたしと木全が霰華ちゃんから受け取った「特殊拳銃」がなかった』ということだ。
もしかして、木全くんは霰華ちゃんから特殊拳銃という、一般人ではまず知ることさえできないような、並大抵の凶器とは比べ物にならないほどの威力を持っている凶器を持ってきていなかったのだろうか。
いや、確か木全くんは冥加くんと話をする直前に霰華ちゃんと話していたときに、『昨日あれだけ金泉に常備するように言われたら持ってこないわけにはいかないだろう』と言っていたはず。実はあれは嘘で、霰華ちゃんを安心させるための台詞だったと考えることもできるけど、本当にそうなのだろうか。
ということは、木全くんは特殊拳銃を持ってきていたにも関わらず、ナイフしか凶器を持っていない冥加くんに殺されて、その上特殊拳銃さえも奪われたということなのだろうか。さすがに、ナイフと拳銃なら近距離戦ならともかくとして、拳銃のほうが有利に思える。でも、現に木全くんは冥加くんに殺された。
まさか、親友である冥加くんに拳銃を向けることなんてできない、なんていう考えが働いたからただ一方的に切り付けられたのだろうか。木全くんの性格からして、その可能性は充分にあるし。
まあ、真相なんてものはいくら考えても確定するものではないし、そのうち何か有益な情報が入ってくることだろう。だから、今はとりあえず、木全くんは特殊拳銃も持ってきていたが冥加くんに殺されて、PICと特殊拳銃を奪われた、ということにしておこう。
朝から沙祈ちゃんと誓許ちゃんが喧嘩したり、こうして放課後に木全くんが冥加くんに殺されたりと、色々あった日も終わり、その次の日である今日に至る。
今日、わたしは第六地区のS-4エリアという、最近では少なくなった高校生向けの遊ぶ場所が多くあったり、それ以外にも学生が羽を伸ばせるような場所があるところに来ていた。本来なら、こんなところにまで来るのなら何かをして遊びたいところだけど、今日に限ってはそうではなかった。
そう。昨日木全くんの殺人現場を確認した後、わたしは誓許ちゃんにこのエリアに来るようにと言われている。しかも、あらかじめ、娯楽を目的として作られたエリアに行くにも関わらず、遊びに行くのではないということを言われた上で。
誓許ちゃんはこれまでの殺人事件についてやそれ以外の情報について色々と知っていそうだけど、そのことについて話し合うにしても、わざわざこんなところにまで来る必要はない。直接会って話すのはいいことだと思うけど、電話で話すこともできるし、喫茶店とかで話すにしても別に家の近くにないわけでもない。
だとすると、誓許ちゃんがわたしと話しをすることを目的としてわたしをこんなところにまで呼んだことはほぼ確定として、それ以外にも何か目的があるのだということが分かる。だけど、それはいったい何なのだろう。誰かが他に来るという話も聞いていないし、今のところはまるで検討もつかない。
そして、午後二時少し前、わたしは第六地区のS-4エリアの中央噴水で誓許ちゃんが来るのを待っていた。一応、待ち合わせの時間は午後二時だけどわたしは何事も少し早めに行動したいタイプの人間なので待ち合わせの時間の十五分前にはすでにここに着いていた。
噴水の周辺には、他のエリアでは見ないようなお店がいくつも立ち並んでおり、多くの人で賑わっていた。とはいっても、その中の大半が学生であり、人口密度もそれほどではない。中には男女ペアで並んでおり、端から見ても明らかにカップルであることが分かる人たちもいた。
わたしも、冥加くんとそんな関係になったらあんな風になるのだろうか。今日は誓許ちゃんと待ち合わせだから女の子同士で、しかも遊びに来たわけじゃないけど、いつかはそうなってほしいと思ってしまうのだった。
そのとき、ふとわたしの目に、長めの茶髪を二本のおさげ状に括った髪型をして私服を着ている、一人の少女の姿が映った。女のわたしから見てみても、その少女は他の通行人の中でも際立って良い意味で目立っており、一歩ずつゆっくりとわたしがいるほうへと歩いてくる。
その少女はわたしのすぐ目の前に辿り着くと、間髪を入れずに話しかけてきた。
「こんにちは、海鉾ちゃん。ごめんね、呼び出したりして。待たせちゃった?」
「ううん。それは別にいいんだけど……今日は何でこんなところに?」
「あー……うん。まあ、色々と理由はあるんだけど、とりあえず歩きながら話そうか」
「……分かった」
話した感じやそれなりに私服に力を入れている雰囲気から察するに、どうやら誓許ちゃんは昨日に比べたら大分気持ちも落ち着いているらしい。
わざわざわたしが同情するようなことでもないけど、誓許ちゃんの立場になってみれば、朝から友だちと喧嘩したり、放課後には友だちを一人失ったりと、昨日は何かと散々な日だったに違いない。それに、最近は何か様子がおかしいような気がしたし、それ以前に、言動に違和感を覚えることが多々あった。
まあ、大して気にするようなことでもないとは思うけど、普段は物静かで誰にでも優しい性格の誓許ちゃんがそんな風になってしまっていたから、心配していなかったといえば嘘になる。でも、今はもう大丈夫そうなのでよかった。
誓許ちゃんに言われるがままに、わたしと誓許ちゃんはそのまま横並びになって中央噴水から離れ、真っ直ぐに歩いて行く。これでもわたしは女子高生だから、どうしても右左にもある沢山のお店に目が行ってしまい、本題から逸れそうになってしまうけど、寸でのところでその気持ちを押さえつける。
そのまま五分程度の間、特に会話が始まることもなく、歩いているだけのただの沈黙の時間が過ぎた。しかし、しばらくすると、不意に誓許ちゃんがすぐ隣を歩いていたわたしに声をかけた。
「ねぇ、海鉾ちゃん。これまでに起きてしまった三回の殺人事件について、何か思うことはある?」
「……? それはかなり変な質問だね。友だちが三人も、しかも悲惨な状態で殺されていたんだから、悲しいと思うのが普通じゃないの? まさか、誓許ちゃんは悲しくないの?」
唐突かつ意味不明な誓許ちゃんからの質問に対して、わたしはその欠片も心にないような台詞を返す。
「……ごめん、質問の仕方が悪かったね。私だって、友だちを沢山失ってしまったことは悲しいよ。でも、私が言いたかったのは、そんなことをした犯人は誰なのかということやその動機は何なのかということなの」
「犯人ねぇ……わたしはそんなに頭がよくないからあまりよく分からないけど、霰華ちゃんと殺された木全くんは冥加くんが犯人だと思い込んでいたみたいだね」
「うん。昨日放課後に二人と残っていたときに言っていたことだね。証拠はいくつもあるみたいだけど、海鉾ちゃんの目撃証言によって根本から考え直しになったとか、なんとか」
「そうそう。わたしは別に冥加くんが真犯人で本人もそれを認めているのなら、それはそれでいいんだけど、今はそうじゃないしね。冥加くんにそのことについて聞きに行った木全くんはその後に誰かに殺されちゃったし。そもそも、冥加くんには三人を殺す動機はない」
「確かに、友だちを三人も殺すだなんて、とても正気の沙汰だとは思えないよね」
「そうだね」
わたしは表面上はあくまでただのいち女子高校生として、本当は冥加くんの犯行をサポートする立場であることを隠して、誓許ちゃんとの会話を進めていく。
昨日、霰華ちゃんが教える必要のない余計なことを言ったときはどうなることかと思ったけど、あまり気にする必要はなかったらしい。
最近の誓許ちゃんの様子や言動が少しおかしかったことと冥加くんが引き起こした殺人事件に関連性はなさそうだし、それ以前に誓許ちゃんが知っていることは、事件を知っているわたしたち友だちグループならば誰でも知っているようなことばかりだ。何か特別な、新しい情報があるわけでもない。
それにしても、誓許ちゃんの台詞の『友だちを三人も殺すだなんて、とても正気の沙汰だとは思えないよね』。確かに、わたしも事情を知らなければそう思うんだろうけど、何だかそんなに直球で言われると嫌な感じがする。葵聖ちゃんはわたしが殺したようなものだから、自分のことを言われているような気もするし。
「それじゃあ、前置きも兼ねて、これまでに分かっていることを元に考えてみよう」
「そうしようか。それが一番手っ取り早いだろうからね。犯人が分かるかどうかは別として」
「まあ、犯人やその動機が分からなくても、犯人が何を意図して三回も殺人を犯したのだということくらいは分かるかもしれないじゃない?」
「それもそうかもね」
休日に街中を歩いている女子高校生の会話とは思えない、わたしたちの会話は続く。