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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第二章 『Chapter:Neptune』
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第十三話 『連携』

 沙祈ちゃんと誓許ちゃんが殴り合いの喧嘩をしていた今朝の一件からおよそ八時間が経過した。現在時刻は午後四時を少し過ぎた頃。今日の授業は全て終わり、教室内にいた生徒たちはそれぞれ帰る仕度をしている。教室の外に広がっている空も、そんな放課後の時間を指し示すかのように、薄っすらと夕焼け色に染まっている。


 今朝、沙祈ちゃんから心無い一言を言われたことで、今日一日中、わたしはずっと苛立ちを覚えていた。いや、沙祈ちゃんに対しては妬みや殺意という感情もあったけど、それ以外では、沙祈ちゃんと誓許ちゃんの喧嘩をわたしと冥加くんが抑えていたということも関係しているのかもしれない。


 二人は今朝の一件以来、距離が近くなるにつれてそれぞれがピリピリとした雰囲気を放ち、今にも喧嘩が始まってしまいそうになっていた。また、たとえ距離が近くなくても、それぞれが相手のことを睨んでいるという始末だ。


 その影響なのか、教室内にいたわたしを含めた友だちグループはわたしと冥加くんを中心としてそんな二人の喧嘩再発を防いでいた。また、それと同時に、友だちグループ以外のクラスメイトの中にはそんな不穏な雰囲気に耐えられなくなったのか、休憩時間になる度に教室の外に出て行く人もいた。


 一応、二人の喧嘩が再発することもなく今に至るわけだけど、正直いってかなり疲れた。この疲労の原因は他にも多くあるのだということはよく分かっているけど、それでも、やはりこのことが大きな原因であると分かる。


 そして、その二人と水科くんを除いたわたしたち四人は念には念を押して、沙祈ちゃんと誓許ちゃんの下校時間をずらすことにした。今日は金曜日で、明日と明後日は学校が休みの日だから、これを達成できればあとは時間が二人の間の隔たりを解決してくれるだろうという魂胆だ。


 わたしたちは早速その計画を実行に移し、簡単に水科くんにその計画の内容を伝えて、他のみんなよりも一番早く帰ってもらうことにした。


 水科くんは沙祈ちゃんの恋人だし、喧嘩の主な原因を作っている沙祈ちゃんの精神状態を安定させてくれるのなら、それはそれでいいしね。まあ、わたしにしてみたら、たとえ沙祈ちゃんと誓許ちゃんが殺し合いレベルの喧嘩を始めたとしてもどうでもいいんだけど。時には、周りに合わせて行動することも必要だ。


 それはそうと、水科くんと沙祈ちゃんが教室を出てから五分くらいが経過した。もうあと数分したら、誓許ちゃん以外のわたしたちの内の何人かが教室を出る頃だ。


 教室内にある自分の席に座りながら、その近くの席に座る誓許ちゃんの顔色を伺う。誓許ちゃんは、やや顔を俯けていて、普段よりも少しばかり暗い雰囲気を感じるけど、今朝よりはその様子も大分落ち着いているように見える。まあ、さっき教室から出て行った沙祈ちゃんは水科くんが傍にいたとはいえ相変わらずだったから、計画にが変更されることはまずないけど。


 そんなことを考えていると、不意に霰華ちゃんと木全くんがわたしの元へと歩み寄ってくる。冥加くんは自分の席でPICを弄って遊んでいるらしい。


「それじゃあ、俺は昨日の相談通り、冥加に話を聞いてくる」

「あ、うん。気をつけてね」


 そういえばそうだった。昨日、わたしと霰華ちゃんと木全くんは冥加くんが二つの殺人事件の犯人ではだとか、犯人ではないだとか、そんなことについて話し合った。


 二人は冥加くんが犯人であるという真実に辿り着いてたけど、わたしが二人の推理を霍乱したお陰で、今こうして木全くんが冥加くんに話を聞きに行くことになったわけだ。


 わたしとしては、その前に冥加くんに直接的ではない方法で少しだけでもそのことについて伝えておきたかったけど、沙祈ちゃんと誓許ちゃんの喧嘩の件もあり、わたし自身もすっかり忘れてしまっていた。今さら伝えることはできないし、ここは冥加くんになんとか頑張ってもらうしかない。


「あ。そ、そういえば遷杜様。昨日、私がお渡しした例の物は持っていらっしゃいますか?」

「例の物……? ああ、アレか。まあ、昨日あれだけ金泉に常備するように言われたら持ってこないわけにはいかないだろう」

「え、ええ。万が一のこともありますし……。何かあったら、少々気が引けるかもしれませんが、容赦なく引き金を引いて下さい。正当防衛として処理されますから」

「いや、できるかぎりアレは使わないようにする。それに、今日俺が冥加に話を聞きに行くのは、あいつが犯人ではないということを確信したいからだ。万が一のこともあるかもしれないが、それでも俺は親友を傷付けるようなことはしない」

「……まあ、遷杜様ならそう仰るとは思っていましたが……」

「俺なんかを心配してくれてありがとな。行ってくる」

「は、はい! お気をつけて!」


 わたしがテキトウに木全くんの台詞を流した後、霰華ちゃんが一言二言励ましの言葉やら、心配の言葉やらをかけている。相変わらず、霰華ちゃんは木全くんのことをあからさまに心配し過ぎているし、一方の木全は霰華ちゃんの本当の気持ちに気づく気配すら見せていない。


 まあ、今はそんなことはどうでもいいんだけどね。


 そうこうしているうちに、木全くんは冥加くんの元へと歩み寄り、声をかけていた。霰華ちゃんはそんな二人の様子を……もとい、木全くんの様子を心配そうにじっと見つめていた。すると、どう説得したのかは分からないけど、冥加くんと木全が教室の外へと出て行く姿が見えた。


 さて、冥加くんは木全くんからの質問攻めにどう対応するだろうか。流石に、場合によってはその可能性もあるけど、冥加くんと仲がいい木全くんのことはそう簡単には殺せないと思う。


 だからといって、冥加くんが犯人であるということに半信半疑な木全くんをわたし同様に、冥加くんの秘密を守る役割の一人にするとも思えない。そもそも、冥加くんからしてみても、できる限りそういう人は増やしたくないはずだ。人が増えれば増えるほど、裏切りや秘密漏洩の可能性が高くなるのだから。


 まだ冥加くんには完全には認められていないみたいだけど、わたしは葵聖ちゃんの一件で冥加くんの犯行を支持するということを証明している。そんなわたしは冥加くんのことを裏切ることはないけど、木全くんはそうではないかもしれない。たとえそうなったとしても、葵聖ちゃんと同様の道を辿る可能性さえある。


 霰華ちゃんは冥加くんと木全くんを教室の外まで見送ったらしく、教室に帰ってきた。教室に残っているのはわたしと霰華ちゃん、そして誓許ちゃんの三人だけ。他のクラスメイトは全員、とっくに下校している頃だろう。


 あ、そうだ。誓許ちゃんには『話があるから帰るのは少し待って』と言ってわざわざ教室に残ってもらっているんだった。本当の目的は沙祈ちゃんと誓許ちゃんの下校時刻をずらして二人の喧嘩を抑えることだけど、それを伝えてしまっては意味がない。


 何か話題を見つけてこの沈黙を解消しなければ。そう考えていたとき、不意に誓許ちゃんがわたしと霰華ちゃんに話しかけてきた。


「ねぇ、金泉ちゃん、海鉾ちゃん」

「ん? どうしたの?」

「二人はもう気づいているんだよね?」

「……? どういう意味なのですか?」

「地曳ちゃんと天王野ちゃんを殺した犯人の正体」

「……!」


 誓許ちゃんのその台詞の後、わたしは思わず座っていた椅子から立ち上がってしまい、霰華ちゃんはただひたすらに唖然としていた。何でこのタイミングで、そして、何で誓許ちゃんの口からそんな言葉が飛び出してくるのか。そのことについてまるで検討がつかなかったからだ。


 わたしと霰華ちゃんがその場で硬直して唖然としているのに対して、一方の誓許ちゃんはいたって普通に、その少し前までと同じように、顔を俯けて椅子に座っているばかりだった。


 驚きのあまり思わず椅子から立ち上がってしまったわたしからは、誓許ちゃんがどんな表情をしているのかを確認することさえできなかった。


 どういうことだ。もし、誓許ちゃんが二つの殺人事件の犯人を推理していたのなら、霰華ちゃんと木全くん同様に、わたしと冥加くんが犯人候補で主犯は冥加くんであるという結論に辿り着いているはず。


 でも、そうだとするならば、今の台詞にそのことを混ぜても何ら不思議ではない。つまり、誓許ちゃんはまだ冥加くんが主犯であることに辿り着いていないということになる。いや、何か情報の見落としがあって確証が得られていないだけなのかもしれないけど。


 詳しいことは本人に聞いてみないと分からないけど、できる限り冥加くんが犯人かもしれないということをみんなに悟らせたくはない。昨日の夜みたいにわたしが偽りの目撃証言をすることで推理を根本から崩壊させることができるけど、所詮それは一時的な解決方法でしかない。


 いずれはわたしが嘘をついていたということが判明する。そうなってしまえば、再び冥加くんが犯人であるという推理のもとでみんなが行動してしまう。だから、それまでに何か解決方法を用意しないといけなかったのに。


 どうする。もし、わたしの嘘を見破る情報を誓許ちゃんが持っていたのなら、この場でわたしの嘘は見破られ、冥加くんが犯人であるという推理が再び有力な説になってしまう。それだけは避けなければならない。


 とりあえず、誓許ちゃんが何をどこまで知っているのかを確認するほうが先決かもしれない。わたしが余計な情報を漏らして自爆したりしたら目も当てられないし。あと、最近の誓許ちゃんは何か様子がおかしいような気がするから、その情報も知りたいし。


 そう考えた後、わたしは改めて椅子に座り、誓許ちゃんのほうを向いて逆に質問しようとした。しかし、その直前、わたしよりも先に声を発したのは霰華ちゃんだった。


「ええ。昨晩、私と遷杜様と海鉾さんは、冥加さんが二つの事件の犯人ではないかということについて話し合いましたわ。そして、その直前に私と遷杜様で考えた推理を海鉾さんにお教えしたのですが、海鉾さんの目撃証言によってそれも根本から考え直しになりましたわ」

「なっ……」


 な、何を言ってるんだ、こいつはああああああああ!!


 霰華ちゃんがわたしの予想を遥かに超えた台詞を言ったことにより、わたしは思わずそんな驚愕の声を漏らしてしまっていた。


 せっかくこれからどうすれば最善なのかを考えていて、これからそれを実行に移そうとしていたのに、何てことを言ってくれたんだ。わたしが言いたくなかった情報の大半を言ってるし、そもそもわたしが言った偽の目撃証言はできる限り誓許ちゃんには言いたくなかったのに。


 霰華ちゃんは冥加くんが犯人であるという推理を最初に立てた人物だ。つまり、冥加くんが犯人であると確定した場合、最も称えられるのはおそらく霰華ちゃん。少なくとも、わたしたち友だちグループからは、同じ友だちグループのメンバーを殺した冥加くんを犯人だと見抜いた霰華ちゃんを称えるだろう。もちろん、わたしは例外だけど。


 そうなった場合、どうなる。もしかすると、木全くんも似たようなことを思うのではないだろうか。まさか、霰華ちゃんはそれが目的なのではないだろうか。自分が優秀であることを木全くんを含めたみんなに証明して、木全くんの気を引こうとしているのではないだろうか。


 いや、これはさすがに考えすぎか。でも、こういう風に考えられるということは、その可能性もあるということであり、念のため頭に入れておいたほうがいいだろう。しかも厄介なことに、その場合、霰華ちゃんは絶対に自分の推理を曲げようとしないはずだ。


 だからこそ、霰華ちゃんはこれまでの自分の推理や言動にあんなに自信があったのか。そして、わたしや木全くんに拳銃とパスワードを渡したのも、そんな絶対的な自信があったから。現に、霰華ちゃんが言った推理はほぼ正解だけど、そうなるとこれはまた厄介なことになる。


 わたしがそう考えているうちにも、霰華ちゃんの暴走は止まらない。


「それで、先ほど遷杜様と冥加さんが一緒に教室を出て行ったのも、それが関係しているのですわ。私は、海鉾さんの目撃証言を聞いた今でもなお冥加さんが犯人であると確信していますわ。遷杜様と海鉾さんはそうではないみたいですが、まあ、それも含めて冥加さんへの最終確認といったところでしょうか。本来ならば、遷杜様お一人で冥加さんと話すのは危険ですが、遷杜様がどうしてもと仰いましたから」

「そう……」

「土館さんも、これからはできる限りでいいので冥加さんにはお気をつけ下さい。何かがあってからでは手遅れですので」

「結局、こうなるんだね……」


 またしても余計な情報を誓許ちゃんに言ってしまった霰華ちゃん。わたしは、どうにかしてこの暴走女を止めなければと思っていたとき、誓許ちゃんは何かを悟ったようにそう呟いた。そして、それに続けて言った。


「残念だけど、彼はもう助からないよ。時間的にも、もうそろそろだと思うし」

「……え……?」

「私は無力だ。これから何が起きるのかを知っているにも関わらず、何の手も打つことができない。そして、三人目もまた、助けられなかったのだから……」


 直後、わたしのPICが小さなアラーム音を鳴らした。誓許ちゃんが言った台詞の意味も気になるけど、早く電話に出なければと思い、わたしはPICを操作してその電話に出る。


 画面を見てみると、わたしに電話をかけてきたのは木全くんだということが分かった。でも、今頃木全くんは冥加くんと話をしているはずだけど、何かあったのだろうか。


 電話に出てからおよそ三十秒。最初はただただ何も聞こえてこない沈黙が流れただけだった。しかし、しばらくすると、今にも途切れてしまいそうな弱々しいその声が聞こえてくる。


『……冥加が……犯人だ……』

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