第四話 『捜索』
逸弛の提案で遷杜と天王野を除いた友だちグループの六人は地曳殺人事件について不可解な点を捜索することになった。また、相談の結果、二手に分かれて情報を集めることになり、逸弛・火狭・土館の三人は天王野が地曳の死体があるということを伝えに行ったという交番に聞き込みへ、俺・金泉・海鉾の三人は人工樹林の中にある地曳の死体があったという現場へ行くことに決まった。
逸弛たちのグループのほうは滅多に起きない殺人事件ということもあり、警察に情報を聞いても『機密情報だから言えない』という理由で何も教えてくれなさそうだ。また、俺たちのグループのほうは立ち入り禁止になっていて、そもそも調べることすらできなさそうだ。しかし、実際に行ってみないと何も始まらないという話に落ち着き、そういう役割分担になった。
俺としては昨晩の事件について一人で考えをまとめるよりも、このような形で考えをまとめることができるようになったのは、結果的にはよかったと思う。ただ、一つだけ不安な要素もあった。
それは、逸弛たちのグループの人間関係についてだ。おそらく、逸弛本人は自分の意見に賛成した順にテキトウにグループ分けをしただけなのだと思うが、それでもこのグループ分けには悪意があるとしか思えなかった。
逸弛と火狭が恋人として他の友だちとは比べものにならないほど仲がいいことは誰でも知っている。しかし、そんな逸弛のことを好いていて、火狭とは犬猿の仲である土館を含めた三人で行動するとなると、その結果がどうなるかは容易に予想がついてしまう。特に、その三人の人間関係をよく知っている俺からしてみると、どうしても不安で仕方がない。
やはり、逸弛にそのことを一言だけでも忠告しておくべきだっただろうか。でもそれだと、間接的ではあるが逸弛本人に土館の想いを代弁してしまうことになる。だから、俺の判断はこれでよかったと信じたい。……今頃、火狭と土館が喧嘩してないといいが。
あの三人の心配はさておきとして、一方で、俺と金泉と海鉾の三人は地曳の死体があった現場へと足を運んでいた。たぶん立ち入り禁止になっていて調べることなんてできないだろうと思いながらも、実際に人が死んでいた場所に行くのは俺を除いた二人は初めてだと思うので、少々気が引ける思いだったに違いない。
とはいっても、その行き道では三人で適当なことを話したり、金泉が知恵の輪で遊び始めたら海鉾と二人で話したり、と見た感じは一般的な高校生として行動していた。
まあ、男一人女二人の状況なんてこれまではあまりなかったから、どんなハーレム状態だよと一瞬だけ思ったわけだが、当の女子二人は大して意識していなさそうだったのでそんな感情もすぐに消え去った。正直なところ、まるで意識されていないというのは結構悲しい。
「さて、ようやく着いたわけだが……」
例の人工樹林の入り口の手前に到着した俺は、一言だけそう呟いた。そして、俺たち三人は目の前にそびえ立つその人工樹林に生えている大量の人工樹木の数々を眺めながら、テキトウに辺りを見回した。
「見事に誰もいないね」
「むしろ、人がいなさすぎて少々不気味なくらいですわ」
どれだけ辺りを見回しても、どれだけ人工樹林にある道の奥のほうを覗いてみても、誰もいなかった。というのも、この辺りは通学路として学生が利用したりすることもあるのだが、今は俺たち以外に学生の姿はない。また、警察が現場検証のためにいるかと思ったが、それらしき格好の人物もいなかった。
つまり、立ち入り禁止のラインが引かれているわけでもなく、見張りや興味本意で見に来ている人も一人としていなかったのだ。俺たちの目の前に見えるのはほぼ規則的に植えられている大量の人工樹木だけであり、かすかに聞こえてくるのは街から発せられる騒音くらいのものだった。
周囲に俺たち以外の人がいないのだから話し声なんて聞こえないし、最近の人工樹木からは雑音が出ない仕様になっているから無音だし、知恵の輪を握っていたはずの金泉の手は今の状況に対して呆気に取られていたために物音一つ立てていなかった。
本来、現場検証のためにいてもおかしくない警察がおらず、それ以外にも俺たちのような興味本意で捜索しようとする人もおらず、立ち入りのラインが引かれているわけでもなく、立ち入り禁止区域に指定されているわけでもない。謎を解明するためにここまで来たはずだが、これでは余計に謎が深まってしまったといっても過言ではないだろう。
それほどまでに、その場で俺たちが感じた違和感は大きなものだった。
「海鉾さんと冥加さんはどうされますか? 私は警察の方がいらっしゃらないのなら、今のうちに調べられることを調べたほうがいいと思うのですが。もっとも、次にいつ警察の方が帰ってくるのかなんて分かりませんけど」
「そうだね。霰華ちゃんの言うとおり、『調べるのなら』今でしょうね」
「と言われますと?」
「本当に現場に行くの? 今からわたしたちが行こうとしている場所は仮にも、赴稀ちゃんの死体があった場所でしょ? それについて大丈夫なのかってこと」
「そういうことですのね」
隣に俺がいることを忘れてらっしゃるのか、女子二人はそれぞれ自分が思っていることを投げかけては返答してを繰り返して、述べていた。
一応、俺もここにいるのだが、このままでは本当にいないものとして扱われて……いや、最悪の場合、いないものとして扱われることすらないまま話が進んでしまいそうなので、俺は軽い存在証明も兼ねて二人に声をかけた。
「俺は二人の意見に従うから、好きに決めてくれ」
「ありゃりゃ? 冥加くんは決断力ない系男子だったの?」
「何だ何だ。最近の男は肉食系だとか草食系だとかそういう類いの大雑把な分類だけではなく、そこまで細かく分類されるようになったのか?」
「さあ? わたしに聞かれても」
「……おい」
レディーファーストとは少し違うか、俺は譲り合い精神をモットーにして女子二人の意見を尊重しようとした。だが、対する海鉾によく分からないことを言われ、よく分からない返答をされた。何なんだ、いったい。
俺と海鉾が話している間に、その隣で金泉が自分の顎に軽く指を当てて考えている姿が伺えた。そんな金泉の姿は、こう見てみると秀才か何かにしか見えないなと思えるほど絵になっていた。そして、しばらくすると金泉の脳内では何らかの結論に至ったらしく、ふと俺と海鉾のほうを向いて話しかけてきた。
「冥加さんがよろしいのでしたら、せっかくですし行ってみましょうか」
「そうね。冥加くんがいいって言うなら、そうしようか」
「……二人に従うとは言ったが、何で俺基準なんだ?」
「さあ? わたしに聞かれても」
「……おいおい」
一応、ここにはいない警察の代わりに俺たち三人が現場検証をするということで万丈一致になったと思う。だが、俺はまたしても海鉾の高度なノリについていけなかった。本当に何なんだ、いったい。
そんな風に、海鉾の対応に少々困惑しつつも俺と女子二人は人工樹林の中へと入っていった。人工樹林に入っていったといっても、入り口に位置するゲートをくぐって人工樹木の間を選んで歩くくらいの行動しかしていないが。
それと、昨晩とは異なって今は近くに金泉と海鉾もいるし、時間的にもまだ暗くはない。だから、俺としてはそこまで身構える必要はなかったのだが、やはり女子二人は少々心細い気持ちになっている様子だった。これから死体があった場所へ行くのだから、その様子は当然といえば当然かもしれない。
俺は昨晩の地曳が死んでいたあの現場の位置を思い出しながら、二人を案内するかのように人工樹林の中を進んで行く。昨晩は昨晩で、俺も突然の出来事に驚いて周囲の状況をよく調べないままに現場を立ち去ってしまったが、あれほど印象に残ることはそう多くはない。だから、PICに目的地の登録をしていなかったにも関わらず、俺はほとんど迷うことなくその現場へと向かうことができた。
途中からは俺が無言で先頭を歩いていたため、女子二人はその後ろで何かを話している様子だったが、たぶんそれは女子だけの秘密の話だと思ったので、あえて耳は傾けないようにしておいた。俺のみたいな冴えない男子に聞かれるとまずいこともあるだろうしな。こんな俺でも、異性に対してはそれくらいの礼儀はわきまえているつもりだ。
「着いたぞ」
行き道を思い出しながら地曳の死体があった現場へと歩き始めて約十分後、ようやくその現場へと到着した俺は後ろにいた二人にそう呼びかけた。
「……案の上と言いますか何と言いますか、やはり何もないですわね」
「そうだねー。やっぱり、警察の人たちが先に片づけちゃったのかな? だとすると、ここの入り口に警察の人たちがいなかったことにも説明がつくしー」
俺の記憶が確かであり途中で道を間違えたりしていなければ、地曳の死体があったのはここで正しいはずだ。しかし、俺たち三人の目の前にあるのは人工樹木が一本とその周囲には何の変哲もない人工樹林があるだけ。昨晩地曳がもたれかかっていたはずの人工樹木も他の人工樹木と見分けがつかないほど綺麗な状態になっていた。
やはり、どれだけ周囲を見渡しても俺たち三人以外には誰もいないし、立ち入り禁止にもなっていない。それと、当然のことながら、地曳の死体も血痕もない。まあ、戦争前と比べて現代は死体を貪る生命体がいないとはいっても、放置していたら何かとまずいことになりそうだから片づけられていてもおかしくはないか。それに何よりも、女子二人にあの悲惨な光景を見せずに済んだと思えばこれはこれでいいか。
ひとまずここまでの状況をまとめると、今海鉾が言った通り、警察の現場検証や死体の片づけなどの作業はとっくに終わっていたと考えるのが妥当だろう。
そうだとすれば、人工樹林の入り口と内部に警察関係者や俺たち以外の興味本意で現場に足を運ぶ輩がいなかったことにも納得がいく。そして、学校に行っていた俺たちはそのことを知らなかったから、こうして無駄足を運んでしまったというわけだ。
そう。いつもならば、こう考えるのが普通だ。何もおかしな点はないし、何か矛盾している点もない。これ以上余計な時間をかけて捜索する必要性がなくなって、他に謎らしい謎も見当たらないので綺麗さっぱり帰宅することができる。一見、そのように見えるしそう思える。
でも、そのときの俺は自分でもよく分からない何らかの異変を感じ取っていた。この十分程度の間に起きたことを思い出しても、そのほとんどに辻褄が合うにも関わらず、何か妙な違和感がある。俺たちが実際に経験したそれらの事象の内で、いくつかが間違っているのではないだろうか。そんな気さえした。
しかし、結局その答え導き出せないまま三人で相談した結果、違和感の正体は解明できたものの、肝心の事件の謎について特に何の成果も得られていなかったがその日の捜索はそれで打ち切られた。
考えなくてもいいようなことを考えていた俺とは逆に、二人はこれ以上捜索のしようがないことに落ち込みつつも、俺たち以外の人たちがいなかった謎について大体は納得したらしかった。
そして帰り道、二人は行き道のときと同様にテキトウな会話していた。そのとき、不意に海鉾が俺の背後から質問を投げかけてきた。
「そういえば、冥加くん」
「何だ?」
「何で冥加くんは、『事件現場の場所を知っていた』の?」
「……え……?」
まるで予想していなかった海鉾のその質問に、俺は動揺を隠すことができなかった。俺は焦りのあまり急いで顔を歪めながら振り返ってみると、そこにはいたって真剣そうな表情をしている海鉾が立っていた。その海鉾の瞳は真っ直ぐに俺のほうを凝視しており、俺に信憑性のある早急な返答を求めていることがよく分かった。
思い出してみれば、金泉と海鉾は人工樹林で地曳の死体があったということは仮暮先生から聞いていたから知っていたが、その人工樹林の中のどこにあるのかというまでは知らなかった。
しかし、俺は昨晩実際にその現場を偶然発見したことで知ってしまっていた。だから、現場までの道をほとんど迷うことなく進むことができた。だったら、知るはずのない情報を知っている俺のことを不思議に思っても、何ら不自然ではない。
今だに海鉾は俺のほうを凝視しており、隣の金泉も『確かに、言われてみればそうですわね』と海鉾が何を言おうとしていたのかを納得した様子だった。
俺が昨晩地曳の殺人現場にいたことが知られれば、この二人だけでなくほかの友だちにもそれ以外の人たちにも疑われてしまうだろう。俺が地曳を殺した犯人ではないことは俺がよく知っているのに、PICの移動履歴を確認すれば俺が犯人ではないということを証明できるのに、それでも、一時的に濡れ衣を着せられてしまう。そう考え至った俺は、気がつくと海鉾に嘘をついていた。
「か、仮暮先生に聞いたんだよ」
「……本当に?」
「あ、ああ。だって、そうじゃないと、俺が現場までの道を知っているわけがないだろ?」
「本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に?」
「ほ、本当だ」
「……冥加くん、前にもここに来たことがあるんじゃないの? たとえば……昨日の夜遅く、とか。どう? 心当たりはない?」
「そ、そんなもの、あるわけないだろ? それにもし、以前俺がここに来たことがあって、地曳の死体を発見したのなら、すぐに警察に知らせるに決まっている」
もしかすると、仮暮先生も現場の位置は知らないかもしれない。だから、この言い訳は少し危険なものだったが、おそらく仮暮先生が現場の位置を知らないことすら知らない二人には通用するはずだ。
というか、今の海鉾の二つ目の質問は一体何なんだ? その言い方ではまるで、俺が昨晩この現場にいたことを知っているみたいではないか。でも、そうだとしたら昨日の内に海鉾から連絡があっても不思議ではないし、今までそんなことは話題に上がらなかったし……まあ、あまり深くは考えないでおいておこう。
「それもそうだね。ごめんね、変なこと聞いちゃって」
「いや、大丈夫だ……」
俺の言い訳にとりあえずは納得してくれたのか、海鉾はそれまでのおかしな雰囲気を解除し、可愛らしい笑顔を見せながら俺に謝った。
俺は海鉾から妙な気配を感じつつも、一応ごまかすことに成功した。そして、その後も女子二人は何かを話しており、俺は先頭を立って一人で考え事をしながら人工樹林を出た。その後、それぞれはそれぞれの自宅へと帰った。違和感と不審感しかなかったが、一応今日という日の大きなイベントはそれで終了した。
……と思われた。