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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第二章 『Chapter:Neptune』
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第九話 『計画』

 わたしは目の前に広がっている惨状を見て、唖然としながら床にへたりこんでいた。


 確かに、わたしは冥加くんのことをサポートするとは誓ったけど、根本的な部分では誰かを殺すつもりはなかった。わたしはただ、冥加くんに本当のわたしを気づいてもらうためだけに行動するつもりだった。そのためには言葉通り何でもするつもりだったけど、決してそれ以上のことをするつもりはなかった。


 本当は、葵聖ちゃんの死体を悲惨ではない安らかな状態にして、狂気じみたその表情を正常通りにするだけのつもりだったのに。それなのに、死んでいたと思っていた葵聖ちゃんが突然起きてわたしの左手を噛んだところから全ては狂い、葵聖ちゃんがわけの分からない台詞を言ったり狂気じみた笑い声を上げたことで混乱して、そして……、


 『わたしは大切な友だちの一人である、天王野葵聖ちゃんを殺してしまった』。


「……う……ぅ……」


 短時間ながらも過激な運動を繰り返したことによってわたしの右腕にはこれまでに経験したことのない疲労が溜まり、痛みがあり、心拍数は平常時とは比べ物にならないほど多くなっている。また、大量の冷や汗をかいたことによって、下着から制服までもがグッショリと重たく濡れてしまっている。


 荒く乱れている息を元に戻そうという考えさえも浮かばない。葵聖ちゃんに力強く深いところまで噛まれたことによって骨が見えかかっている左手を治療しようという考えさえも浮かばない。


 わたしは左手を太股の上に置いたまま、右腕の制服の袖で顔面に付着している真っ赤で生暖かい液体を拭った。


 小さくて浅い赤色の池のように、大量の血で溢れ返っている教室の床の一角。その上で尻餅をつくかのようにへたりこみながら、わたしは目の前に広がる惨状を見る。そこには、狂気じみた笑みを解くことさえ許されないまま無残に、わたしに殺された一人の小さな少女の死体がある。


 少女は全身をナイフで切りつけられたことで制服越しでも分かるほどいくつもの傷口があることが分かり、それらの傷口からは今も一瞬たりとも止まることなく血が流れ出ている。また、少女の後頭部は何度も透明な強化ガラスに打ち付けられたことによって破壊され、頭蓋骨は割れ、血とともに血以外の液体も流れ出てきていた。


 本来、少女は白くてフワフワとした長い髪を持っていたけど、今ではその面影など全くなく、少女の体から流れ出た血液によって赤く濡れているばかりだった。また、少女は青を基調としたデザインの制服を着ていたけど、今ではその本来の色が分からないほど、少女の体から流れ出た血によって真っ赤に染め上げられていた。


 そんな悲惨な状態で死んでいる少女こそ、わたしの数少ない友だちの一人である天王野葵聖ちゃんに他ならない。つい三十分くらい前までは年下のように背も体格も小さくて幼い印象を受ける華奢な体の女の子のはずだったのに。それなのに、今になってはその姿を思い出すことさえ困難に思えるほど、葵聖ちゃんの死体は地獄のような惨状に転がっている。


「……あは……あはは……」


 本当ならば、葵聖ちゃんは冥加くんに殺されて、偶然その現場に遭遇したわたしは悲惨な状態で殺されていた葵聖ちゃんの死体の位置を変えたり表情を正常通りに戻すはずだった。でも、結果的にわたしは葵聖ちゃんにとどめを刺してしまった。つまり、わざわざ言い直す必要もないかもしれないけど、わたしは葵聖ちゃんを殺してしまったのだ。


 自分がしてしまったこと、目の前にある悲惨な光景、今の状況。それらの全てに納得がいかず、理解が追いつかない。そんなとき、不意に笑いがこみ上げてきたわたしは、すぐ目の前に惨状が広がる異空間のように静まり返った教室の中で一人、小さく呟くように笑った。


 そして、少しずつ時間が経つにつれて、これからわたしは何をするべきなのかが少しずつ頭の中で勝手に整理され、処理され、理解されていく。その理解はわたしの本心を覆すようなものであり、わたし自身を根本的な部分から『あのとき』のように再び狂気へと染め上げるものだった。


 冥加くんは、そろそろ一階にいる木全くんと合流して校舎を出る頃だろうか。霰華ちゃんと誓許ちゃんは、わたしが二人と分かれるときに待っておいてくれるようなことを言っていたから、校舎内のどこかで待ってくれているのかもしれない。水科くんは、たぶん沙祈ちゃんのところだろう。


 みんなの現在位置なんてことはさておきとして、葵聖ちゃんの死体がある北館三階にはわたし以外は誰もいないはず。さっき教室に戻る最中に葵聖ちゃんの笑い声を聞いたときもテキトウに考えたけど、先生たちもクラスメイトも他のクラスの人も、もうすでにこのフロアからは出て、帰ったはずだ。


 残る問題はPICくらいか。防犯カメラだとか防犯システムだとか、そういう類いのものはPICの導入によって随分前に必要性がなくなったから、当然ながら教室には取り付けられていない。


 でも、よく考えてみれば、赴稀ちゃんを殺したにも関わらず冥加くんが警察に捕まっていないことから、PICも大して役に立たない機械なのかもしれない。つまり、冥加くんがPICを欺ける何らかの手段を持ち合わせていたとしても、PICを装着したままでもわたしの犯行がばれる可能性は極めて低いということが分かる。


 だったら、今のわたしを止める術はどこにもなく、そもそもそんなものは誰も持ち合わせてはいないということになるはずだ。


「そうだ……そうだよ……これで、よかったんだよ……」


 荒く乱れていた息がようやく落ち着いたとき、わたしは震える声で小さくそう呟いた。そして、床の上を四つん這いになってゆっくりと進み、葵聖ちゃんの死体のすぐ隣で真っ赤な血の池の底に沈んでいた一本の小さなナイフを拾う。


 わたしは、持ち上げた直後からポタポタと赤い滴を床にある真っ赤な血の池に落とすそのナイフを手に持ったまま、しばしそれを眺める。


 不意に、クッションを力強く殴ったような鈍い音とともに、さっき同様に再びわたしの顔や教室の床に真っ赤な血が飛び散る。わたしの右手に握られていたナイフは葵聖ちゃんの死体の腹部の深くへと突き刺さり、元々あった傷口も合わせて葵聖ちゃんの体内から体外へと血が溢れ出る。


「……ふ」


 何かを喋ることもなく、わたしは葵聖ちゃんの死体の腹部の深くに突き刺さったナイフを、葵聖ちゃんの内臓をかき乱すようにねじ込んでいく。制服越しでナイフを突き刺しているからなのか、少々抵抗感があるけど、ナイフ越しでもナイフの刃先が内臓や骨に当たっている感触がよく伝わってくる。


 しばらくの間、その行動を続けた後、ナイフを引き抜いた。それと同時に、無理矢理こじ開けられた傷口からはゴボッという音を立てながら血が溢れ出し、どの臓器までかは分からないけど血以外の何か別の液体やゼリー状の何かも少しだけ一緒に流れ出てくる。


 そして、わたしは葵聖ちゃんの体内から傷口を通って液体が流れ出てきていることや、気分が悪くなりそうな強烈な匂いがその場を包み込んでいたに関わらず、表情一つ変えることなく、ただただ無関心に無感情のまま無表情で、さっきまでとは別の場所に勢いよくナイフを突き刺す。


 その後、わたしは葵聖ちゃんの体のいたるところにナイフを突き刺しては内臓をかき乱し、引き抜いてはその様子を確認するという作業を幾度となく繰り返した。その作業が繰り返されるたびに、葵聖ちゃんの死体の状況は少しずつ悪化していき、辺りにはさらに多い量の血が流れ出した。


 その作業が五回程度繰り返されたとき、わたしの目の前にあった葵聖ちゃんの死体はその作業をする以前よりもさらに悲惨な状態に成り果てており、頭だけでなく体中のいたるところから血はもちろんのこと、血ではない液体さえも溢れ出ていた。


 わたしはつい数分前にせっかく顔面に付着した血を拭いたばかりだというのに、再び全身が返り血で真っ赤に染まってしまったいる。しかし、そんなことになど構うことなく、拡散された血で汚れたPICの画面を指でなぞって拭き取り、電話をかけるために操作した。


 電話をかける相手は霰華ちゃんだ。今回は映像通話ではなく、音声通話を使用するとしよう。さすがに、こんな光景を直接見せてしまうのはよくない。そして、数回の呼び出し音の後、霰華ちゃんの声がPIC越しで聞こえてきたとき、わたしは無表情だった顔を一変させて異常なほどに焦りの表情を見せながら、演技を開始する。


『はい、もしもし。どうかされましたか? 海鉾さん』

「あ、霰華ちゃん! た、大変なの! さっき二人と別れた後、そのまますぐに教室に行ったら……葵聖ちゃんが……! 葵聖ちゃんが!」

『……? 天王野さんがどうかされたのですか?』

「それが、わたしもよく分からなくて……それにこんなこと、誰にされたのかまでは分からないけど……と、とにかく大変なことになっているの! だから、早く霰華ちゃんも教室に来て! あと、誓許ちゃんも一緒に!」

『いえ、ですから、状況がよく分からないのですが……一体、何が――』

「葵聖ちゃんが、全身血まみれの状態で殺されてるの!」

『……え……?』

「わたしだけじゃどうすることもできないし、何をしたらいいのかも分からないから、霰華ちゃんと誓許ちゃんも今すぐに来て! あと、たぶんあの二人はまだ帰ってないと思うから、冥加くんと木全くんも呼んでくれる!? わたしは、どうにかして葵聖ちゃんを助けようとしてみるから!」

『わ、分かりましたわ!』


 霰華ちゃんの台詞の直後、通話が途切れたことを示す電子音がPIC越しに聞こえてくる。わたしは、PICが取り付けられている左腕をダランと垂らし、右腕の制服の袖でさっき同様に再び顔に付着した赤い液体を拭った。


 霰華ちゃんと誓許ちゃんが具体的にどこにいるのかは分からないけど、校内にいるのならあと二、三分もすれば来るだろう。そして、霰華ちゃんに冥加くんと木全くんを呼ぶように言っておいたから、二人もそのうち来るだろう。


 わたしがしたことは間違っていない。わたしはただ純粋に、冥加くんが赴稀ちゃんを殺した犯人であることを知ったときに誓ったように、冥加くんの犯行を陰ながらサポートしただけだ。そう。冥加くんがした、凶悪で、狂気じみている、殺人を。


 きっと、これは冥加くんからわたしへのメッセージだ。わたしが冥加くんの犯行をどの程度まで知っているのかを確認するためのテストのようなものだ。どのタイミングで冥加くんが『わたしが冥加くんの秘密を知っているということ』に気づいてくれたのかまでは分からないけど、結果的にはよしとしよう。


 おそらく、冥加くんはわたしが冥加くんのことを心配して教室に戻って来るのを分かっていて、あえて葵聖ちゃんを殺した状態で放置し、偶然を装ってわたしに発見させたのだろう。そして、そのときの葵聖ちゃんの死体の状態は、赴稀ちゃんのときとは大きく異なって『ただ切り付けられているだけ』。しかも、『とどめを刺すことなく、かろうじて生きている状態』で。


 そうすることで、葵聖ちゃんは自分のことを殺そうとした冥加くんを殺しに行こうとするだろう。しかし、その場にわたしがいることによって、必然的に葵聖ちゃんから冥加くんを守ろうとして、葵聖ちゃんを殺すはず。現に、わたしが葵聖ちゃんを殺したその行動理由は違うけど、わたしは葵聖ちゃんにとどめを刺したしね。


 その結果、葵聖ちゃんは冥加くんに復讐をすることもできないままわたしに殺され、赴稀ちゃんのときほどではないけど悲惨な状態で死ぬこととなる。


 わたしは、無意識ながらも冥加くんのその意思に気づくことができた。あとは、この現場を冥加くん本人に見せることで、『わたしが冥加くんの秘密を知っている』ということを冥加くんに気づいてもらえる。そして、これからはわたしが望んでいることばかりが起きるだろう。


 わたしは最初、葵聖ちゃんを殺すつもりではなかった。悲惨な状態で誰かに発見させようとは思わなかった。でも、これでよかった。これが全て冥加くんの意思であり、わたしに対するテスト。


 だから、わたしは頭蓋骨が破壊された葵聖ちゃんの体中のいたるところをナイフで何度も突き刺して、その体内をかき乱した。さすがに小さなナイフ一本では四肢を切断しようとしてもその前に刃が駄目になってしまうし、その作業の最中に他の誰かに見つかってしまったら本末転倒だ。だから、そこまでのことはしなかったけど、これでも充分に残虐非道な殺人現場操作だと言えるだろう。


「……ぷっ……あはは……はははは……」


 わたしはなんて勘がいいんだ。そして、なんてところまで考えることができるんだ。あと少し……あと少しで、わたしが望んでいる場所まで辿り着くことができる。


 そんなことを考えていると、わたしは笑いを堪え切れなくなり、思わず吹き出してしまった。でも、もうそろそろみんなが来る頃だろうから、あまり大きな声で長時間笑ってはいられない。


 わたしは、冥加くんの意思を状況から推測して、それに従えばいい。わたしは、冥加くんをサポートするだけでいい。わたしは、冥加くんが望んだ通りに殺人を犯し、死体の状態を操作し、ただただ壊れたように狂っていればいい。


「……あはははは……」


 おっと、また大声で笑ってしまうところだった。この続きは家に帰ってからの楽しみにとっておこう。それまでは、全員を騙す演技をする。ただ、それだけでいい。

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