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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第二章 『Chapter:Neptune』
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第七話 『奇声』

 殺された赴稀ちゃん以外の友だちグループの内で葵聖ちゃんを除いた七人が二手に分かれて、赴稀ちゃん殺人事件について捜索してから一夜明けた。昨日は結局、警察やわたしたち以外の野次馬がいなかったことについての違和感だけが残り、そのことも含めて他のことも特に大して何も分からないまま、その日の捜索は終わってしまった。


 そして、わたしが冥加くんに言おうとしていることを冥加くんに気づいてもらえなかったり、霰華ちゃんが朝からの誓許ちゃんの異変に気づいていたり、なぜか誓許ちゃんがわたしたち四人が担当していた捜索場所にいたり、と小さなことも含めれば色々とあったけど、とりあえず難なく終えることができたと思う。


 それはそうとしても、何で警察がいなかったのか、そのことについての謎がまだ残っている。帰り道で誓許ちゃんに会ったときもそうだけど、その後わたしが一人で家に帰るときも、警察官に限らず警備ロボットなどの姿も見当たらなかった。


 PICで最近の周辺の状況を確認しても、事件が起きてからそのときまで警察が来たという記録はなかったし、立ち入り禁止区域に指定されている場所もない。


 それに、今のところ赴稀ちゃんが殺されたということがニュースなどで報道されている様子もない。今朝のニュースでもそんなことは言ってなかったし、PICにあるニュース記事にも載っていなかった。加えて、わたしの両親もそんな話はしていなかったし、それ以外の人もそのことを知っている気配はなかった。


 いや、赴稀ちゃんが殺されたということが表沙汰になっていないのなら、冥加くんをサポートする立場のわたしとしても主犯の冥加くんとしてもいいことばかりで悪いことなんてないんだけど、それでも何だか違和感を拭うことができないのだ。


 そこで、そんなことは可能性としてはかなり低いと思うけど、わたしはある一つの仮説を立てた。


 赴稀ちゃんの殺人現場に警察がいなかったこと、立ち入り禁止区域に指定されていなかったこと、私たち以外の野次馬がいなかったこと、赴稀ちゃんの死体がなかったこと。そして、赴稀ちゃんが殺されたということがニュースなどの方法で報道されておらず、わたしが所属している友だちグループと仮暮先生以外のわたしの身近な人たちはそのことを知らなかったこと。


 これらのことから推測される結論は、わたしが思いつく限りでは、おそらく一つしかない。それは『警察は、赴稀ちゃん殺人事件を何としてでも表沙汰にはしたくない』ということだ。もちろん、そう考えた理由は多くある。


 もし、人身事故も殺人事件も起きないとされている現代で、残虐非道な殺人事件が起きたとすれば世間はどう考えるだろうか。そんなこと、決まっている。『今のシステムには、たった一人の平凡な学生が抜けることができる程度の欠陥があった。だから、殺人事件が起きた。つまり、今のシステムは完全完璧ではない』というようなことを考えるはず。


 おそらく、わたしも冥加くんのサポートをする立場でなければそれに近いことを考えていただろう。もしかすると、赴稀ちゃん殺人事件のことを知っている他のみんなも似たようなことを考えているかもしれない。


 それに、もしそんな風に考えてしまったら、せっかく平和で安定していた完全完璧な現代社会の規則や法則は大幅な改定と再編を迫られ、これまでは変更の必要がないと思われていた多くのことの大半に大混乱が起きてしまうかもしれない。


 だからこそ、おそらく政府はその社会的な大混乱を恐れている。もしそんな社会的な大混乱が起きてしまえば、第三次世界大戦終戦から随分と経っているとはいえ、再び同様のことが起きる可能性がある。いや、それ以上に悲惨なことが起きる可能性さえもある。


 内乱だとか反乱だとか、考えれば考えるほどその可能性は広がっていく。まあ、平和な現代に住んでいるわたしは、そんな野蛮な反政府活動を見たことはなく、情報として知っているだけなんだけどね。


 つまり、政府はいかなる手段をしようしてでも、何が何でも赴稀ちゃん殺人事件のことは表沙汰にはしてはならない。わたしなんかが知る由もない、日本政府やそれ以外の国の上層部の中の上層部はそう結論づけて、事件の概要を隠すことにしたのだろう。


 その結果、やむを得ず事情を知ってしまったわたしたち八人と仮暮先生のことはひとまず放置しておいて、それ以外の人に広まらないように情報規制をしているのだと考えられる。


 つまり、赴稀ちゃんの殺人現場に警察や野次馬がおらず、立ち入り禁止区域に指定されていなかったのは、そもそも事件がなかったように見せかけるためであり、ニュースなどの方法で事件の概要が報道されていないのは、事件のことをわたしたち以外に広まらないように情報規制をしたからなのだ。


 こう考えれば、今朝までの違和感満載な出来事の大半に説明がつく。こんな回りくどい手段をしなくても他にも何かやり方があったのではないかと思うけど、わたしの頭で考えられる限りでは、おそらくこんな感じなのだろうと伺える。


 でも、たとえそうだとしても、そうなると一つどうしても解決できない問題が残る。


 それは、警察をコントロールし、情報操作なんていう大規模で難しいことを行っているにも関わらず、何でわたしたち九人には事件の情報を漏らしてしまったのか、ということだ。


 政府が所持しているPICのメインサーバーにあるデータベースで各々の移動履歴を確認すれば、現場にいたのは目撃者であるわたしと葵聖ちゃん、そして今回の事件の主犯である冥加くんだけだと分かるはずだ。


 そもそも、冥加くんに赴稀ちゃんを殺させないことが根本的な解決法のような気もするけど、まさか殺人が起きるなんて思いもしていなかったのだろう。でも、その直後に何らかの手段でわたしや葵聖ちゃんの足止めをするなり、口止めをするなり、何かはできたはずだ。


 少なくとも、事件のことを警察や担任の仮暮先生に話してしまった葵聖ちゃんだけは何としてでも止めるべきだった。葵聖ちゃんの行動がそれらを止めさせるよりも早かったというのならそうなのだろうけど、警察をコントロールし情報操作なんて大規模なことも行える政府が、たった一人の少女の行動を把握できないなんてことはあまり考えられない。


 それに、葵聖ちゃんのことはさておきとしても、事件のことを知ってしまっているわたしたちが、まだ事件を知らない人たちに話さないとは限らない。わたしと冥加くんは決して誰にも言わないとしても、他のみんなはどうかは分からない。


 一見、今朝までの違和感満載な出来事の大半の説明がついたように思えるけど、残っているいくつかの出来事に説明がつかない。いや、たとえ説明できたとしても何らかの矛盾が生じたり、かなり無理な想像になってしまう。


 わたしはただ、冥加くんをサポートするという意思があることを冥加くんに気づいてほしいだけで、冥加くんが警察に捕まらなければいいと願うだけで、他に大きなことは何も望んではいない。でも、どうしても何かおかしいこれまでの状況を思い返すと、不安になってしまうのだった。


 そんなことを考えながら、わたしは一時間目の授業をテキトウに受け、現在は一時間目と二時間目の休憩時間になっている。わたしは特にすることが見当たらず暇を持て余しており、教室を見回す限りでは、みんなも同様の状態なのだということが分かる。


 そんなとき、ふと教室の隅のほうを見てみると、冥加くんが葵聖ちゃんを自分の体の手前に差し出して、その目の前にいる誓許ちゃんに何かを必死に訴えている光景が目に入った。わたしはその三人のもとへ歩いて行ったりはせず、自分の席に座ったまま教室の後方部分を振り返ってその光景を眺める。


「つ、土館! 今朝のことは本当に、俺は何も知らなかったんだ! 天王野と裏で打ち合わせをしていただとか、土館を驚かそうとしていただとか、そんなことは一切なく、別件で早めに教室に来たみたらあんなことになってたんだ! あ、そうだ! ほら、天王野からも何か言ってくれ!」

「……ごめんなさい」

「あはは。うん、まあ……二人とも、私はもう大丈夫だからそんなに気にしないで。今朝は突然のことで少し驚いただけだし、まさか冥加君があんなことをするなんて思いたくなかったから……信じているから……」

「……! 本当にごめん! というか、俺は何もしていないような気はするが……とにかく、土館の誤解が解けたのならよかった……」

「もー、冥加君ったら。私はもう大丈夫だって、言ってるでしょー? それに、冥加君は偶然その場に居合わせただけで何も悪くないんだから、そんなに謝らなくてもいいんだよ?」

「確かに、それもそうかもな……でも、土館に誤解させてしまったのは俺の責任でもあるしな……」


 冥加くんは教室全体に聞こえるような大きめの声を出して誓許ちゃんに誤解を訂正するかのように訴え、葵聖ちゃんは言わされるがままに謝り、誓許ちゃんはそんな二人のことをなだめるかのように、少々困った表情をしながら冷静に対処していた。


 そんなとき、二人と会話している誓許ちゃんの頬が少しばかり火照っているように見えるのは、二人に対して困惑しているからなのだろうか。それとも……、


 三人の話を聞いている限りでは、どうやら今朝早くに何かあったらしい。しかも、葵聖ちゃんが何かを仕掛けて、偶然その何かに居合わせた冥加くんがそれに嵌って、誓許ちゃんがそんな二人を目撃したのだということが分かる。


 昼休みに教室で話すくらいだから、おそらく赴稀ちゃん殺人事件には関係ないんだろうけど、何があったんだろう。葵聖ちゃんは予想外の行動を取ることが多いような気がするから、あまり予想できないけど。少なくとも、わたしが簡単に思いつくような、単純なことではないと思われる。冥加くんがあんなに必死に誓許ちゃんに謝っているんだから。


 すると、冥加くんの台詞の後、安心して安堵の溜め息をつく様子の冥加くんをさておいて、誓許ちゃんが少しだけ笑みを含んだ表情をしながら葵聖ちゃんに話しかける。


「でもね、天王野ちゃん? 一昨日に地曳ちゃんが死んじゃった後なんだから、あまりあんなことはしないほうがいいよ? 今朝はその場にいたのが私と冥加くんだったからまだよかったけど、他の人があんな状況に居合わせていたら、余計な勘違いを生んでいたかもしれないでしょ?」

「……チッ。……今だからあえてしたのに。……つまらない奴」

「天王野ちゃん……?」

「……何でもない。……確かに、ツチダテの言う通りかもしれない。……これからは気をつける」

「うん。分かってくれればそれでいいよ」

「……分かった」


 葵聖ちゃんの会話の後、とりあえず三人の会話は終わったらしく、葵聖ちゃんは二人のもとから離れて廊下へと歩いていった。何か意味有り気な三人の会話だったけど、さっきも言った通り教室で話すようなことだから、大したことではないのだろう。


 葵聖ちゃんが二人の下から離れて教室から出て行った後、冥加くんは誓許ちゃんに声をかけて呼び止めていた。また、教室の中で一人で自分の席に座っていた水科くんのことも呼び、再び会話をし始めた。


 そういえば、今日は朝から沙祈ちゃんの姿が見当たらない。昨日は普段通り、水科くんとイチャイチャしていただけのように思えたけど、何かあったのだろうか。もしかして、冥加くんが誓許ちゃんと水科くんと会話を始めたのもそれに関係あるのかもしれない。


 それ以外に特にすることも見当たらなかったわたしは、三人の会話を適当に聞き流しながら、残りの休憩時間を過ごした。そして、退屈な授業も終わり、ようやく放課後になる。


 今日はこれから何をしようか……いや、何をするべきだろうか。赴稀ちゃん殺人事件についてまだたくさん残っている謎を調べる必要があるし、葵聖ちゃんから何か話を聞いておくのもいいかもしれない。直接話しかけて余計な心配をさせたり、あらぬ勘違いなんてさせたくはないから、冥加くんに話しかけるのはやめておこう。


 霰華ちゃんや誓許ちゃんに、赴稀ちゃん殺人事件の謎の解決を手伝ってもらうのも、必要であればありかもしれない。でも、あまり話を掘り下げすぎると冥加くんが赴稀ちゃんを殺した犯人であることを勘付かれてしまうから、話してもいい範囲をあらかじめ決めておく必要がありそうだ。


 ということはつまり、今日わたしがするべきなのは、家に帰ってこれまでの状況をまとめたりすることとなる。でも、もし冥加くんや水科くんが昨日同様に捜索をしようと言ってきたらそれに従うのが筋だろうから、そうすることにしよう。


 色々と頭の中で計画を立てながら、自分勝手な思惑を張り巡らせ、わたしは家に帰る仕度をしていた。教室の中を見回してみると、欠席している沙祈ちゃん以外でわたしを含めた友だちグループの七人とその他大勢のクラスメイトがいた。


 そして、ふと冥加くんがどこにいるのかを探してみると、教室の前方部分で水科くんに話しかける冥加くんの姿を確認できた。あと、そんな冥加くんの背後に歩いていく葵聖ちゃんの姿も確認できた。


 葵聖ちゃんはさておきとして、冥加くんと水科くんの様子を見てみると、冥加くんは何気ない様子で話しかけただけみたいだけど、水科くんはどこか焦っているような雰囲気がありソワソワしていた。


 わたしが思うに、今日沙祈ちゃんが欠席していることと関係がありそうだ。今朝だって、水科くんは冥加くんと誓許ちゃんと会話をしていたし。たぶん、喧嘩したとかそんなことなのだろう。


 帰る仕度が終わったわたしは、そんな二人の様子を眺めながら、これからみんながどう動くのかを観察していた。すると、不意に冥加くんが水科くんから視線を外して、教室内にいたわたしたちのほうを振り向いて声を発した。


「ところで、みんなはどうす――」

「……ミョウガ」

「わぁ! な、何だよ、天王野……」


 冥加くんが声を発した直後、冥加くんのすぐ後ろに辿り着いていた葵聖ちゃんが右手で冥加くんに制服の端を掴みながら、一言だけ呟いた。背後から葵聖ちゃんが近づいていたことに気づいていなかったのか、冥加くんは心底驚いた様子だった。


 そのすぐ後、葵聖ちゃんがボソボソと冥加くんに何かを話しかけていることが伺えた。三人の様子を見ていたわたしや、今さっきまで冥加くんと話していた水科くんを含めたわたしたち五人はそんな二人の様子を見ているばかりだった。


 そんなとき、ふと冥加くんが葵聖ちゃんと話す際に視線を下げていたために俯けていた顔を上げたかと思うと、『ごめん。今日はやっぱり先に帰っておいてくれ』とだけ言った。葵聖ちゃんに何を言われたのかは分からないけど、詳細は説明できないらしく、冥加くんはその後もわたしたち全員に一言二言話すだけで、それ以上は特に何も言わなかった。


 一応冥加くんの言葉に納得したわたしたちは教室から出て帰ることにした。何がそんなに水科くんのことを焦らせているのかは分からないけど、水科くんは駆け足で教室を飛び出して行った。わたしは霰華ちゃんと誓許ちゃんと一緒に帰ることになった。木全くんは冥加くんを待つらしく、校舎一階にいると言っていた。


 そして、教室には冥加くんと葵聖ちゃんだけが残った。葵聖ちゃんが冥加くんの秘密を知っていることもあるし、昼休みのときに冥加くんが誓許ちゃんと葵聖ちゃんと話していたこともあるけど、わたしは少し不安だった。


 そこで、途中まで一緒に帰っていた霰華ちゃんと誓許ちゃんに、先に帰っておいてほしいということを伝えて、教室に引き返すことにした。何か、自分でもよく分からないけど、わたしの中で抑えられない嫌な予感がしたからだ。冥加くんの身に何かあったら、なんてことを考えているといてもたってもいられなくなった。


「アヒャアハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」


 教室へと戻る最中、結構長い廊下を歩いていたとき。わたしのクラスの教室の方向から廊下全体に響き渡るような、そんな奇妙で狂気じみた笑い声が聞こえてくる。


 その笑い声は、まさしく『奇声』とでもいうべきものだったように思える。

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