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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第二章 『Chapter:Neptune』
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第六話 『会遇』

 冥加くんの声を聞いたわたしと霰華ちゃんは目的地へと向かう足を止め、誓許ちゃんのことを心配して話していたその話題を打ち切った。そして、前列にいた冥加くんと木全くんの先にある、例の殺人事件現場を恐る恐る確認した。


 しかし、わたしが見た先にあったのは、何となく予想できていたけど、ただの人工樹林の一角だった。赴稀ちゃんのバラバラ死体はおろか、昨日の夜に見たときには確かにあったはずの大量にばらまかれていた血液もなく、真っ赤に染まっていたはずの事件現場周辺の人工樹林も元通りの状態に戻っていた。


 目の前にあった光景は、本当にこの場所は昨晩赴稀ちゃんが殺された場所なのか、という疑問をわたしにもたせた。また、ふと数メートル移動してしまえばこの場所のことを見失ってしまうのではないかというほど他の場所との区別がつかないものだった。


 おそらく、わたしがこの場所に来るにはPICの手助けが必要だったことだろう。そうでなければ、途中で道に迷ったり、目的地に辿り着くこともできないと思う。一応、わたしが動いた場所はPICに記録されているから、昨晩のデータを確認すれば分かるけどね。


 でも、そんなわたしとは反対に、どうやら冥加くんは自分の記憶を頼りにここまで辿り着くことができたらしい。本来、昨日の夜にあんな光景を見なければこんな場所のことなんて知りもしなかったかもしれないけど、冥加くんは赴稀ちゃんを殺した犯人であり、わたしはその後の事件現場を見た。


 やはり、事件の当事者と目撃者では事件現場の位置や状況の印象が大分異なるらしい。だからこそ、冥加くんはここまでの道をPICを確認しなくても記憶していて、一方のわたしはすっかり忘れていたというわけだ。


 冥加くんの声がしてからおよそ三十秒、その場はただただ沈黙が支配していた。人工樹林に限ったことではないけど、今の地球上には人間も含めて生命体は数千種類しかいない。また、外見は樹木だけど中身はただの空気清浄機である人工樹木をただ集めただけの人工樹林に、生命体が住んでいるわけがない。


 人の声も、何かの物音も、街の騒音も、野生の生物の鳴き声も、何も聞こえない。そんな状態でわたしたち四人はその現場を確認し、周囲の状況を見回す。


 そして、一通り自分なりの状況確認が終わったのか、不意に霰華ちゃんが一言だけ声を発した。わたしと木全くんもその声に続いて自分の意見を述べる。


「……案の上と言いますか何と言いますか、やはり何もないですわね」

「そうだねー。やっぱり、警察の人たちが先に片づけちゃったのかな? だとすると、ここの入り口に警察の人たちがいなかったことにも説明がつくしー」

「だが、たとえ警察の捜査がもう終わっていたとしても、何らかの痕跡があってもよさそうなものだがな。それに、そのことについて俺たちに情報が入っていないというのも少々違和感がある」


 さて、これは一体どういうことなんだろう。冥加くんを含めて霰華ちゃんと木全くんの三人はわたし同様に今の状況について少し驚いているみたいだけど、おそらくその中で特にわたしは驚いていたと思う。『驚きを隠せない』というほどではないけど、少なくとも、それ以外のことを考えられなくなるほどには驚いていた。


 昨日の夜、冥加くんは赴稀ちゃんのことを四肢がバラバラな状態になるまで切り刻んで殺した。そして、葵聖ちゃんは偶然にもその現場を目撃し、目撃者を作ってしまったと思い込んだ冥加くんはその場を逃げた。


 その後、冥加くんのことを追いかけていたわたしは、何かに恐怖したような表情で逃げるように人工樹林の中から出てきた冥加くんのことを不思議に思い、人工樹林の中へと入って行った。そこで、隠れていた葵聖ちゃんが放った狂気じみた笑い声とうっかり立てた小さな物音を聞き、赴葵ちゃんのバラバラ死体を目撃して、逃げるように家に帰った。


 少なくとも、ここまでは正しい情報のはず。わたしが体験したことや、冥加くんの表情や行動、葵聖ちゃんの台詞や態度から考えても、これ以外の可能性は低いはず。いや、他の可能性なんて存在せず、きっとこれに違いない。


 だとすれば、『殺人事件も人身事故もまず起きない現代で、殺人事件が起きた』という事実は確実に残るはず。現に、仮暮先生も葵聖ちゃんからそのことを聞いて知っていたみたいだし。後々聞いた話だと、その仮暮先生も警察の人に事件についての話を聞いたらしいし。


 すなわち、殺人事件が起きたという事実は確実なことであり、その情報はすでに多くの人たちの間に広まっている。それなのに、何で実際の殺人現場に警察がいなくて、私たち以外の野次馬がいないのか。そのことについて違和感がありすぎる。


 この人工樹林に入る前から少しだけ疑問には思っていたけど、やっぱり不自然だ。このことを冥加くんや葵聖ちゃんが行ったとは考えにくいし、たとえそうだとしても、その方法が分からない。


 それ以前に、冥加くんは葵聖ちゃんのことを何らかの方法で言い包めているはずだから、むしろ事件現場の第一発見者である葵聖ちゃんから『冥加對は犯人ではない』ということを証明してもらいたいはず。


 だから、警察や野次馬を事件現場に近寄らせないのはあまり得策とは言えない。一時的に事件現場から遠ざけて、その間に証拠を隠滅して、しばらくした後に捜査を開始させるという手もあるけど、それだとやはり、その手段が分からない。


 いち高校生に警察を動かせるような大きな権力はないはずだし、弱みを握って脅すなんてことができるとは思えない。それに、現代の全人類はPICによって常時監視されているのだから、もしそのどちらかを行っていたとしてもそのうち誰かにばれてしまう。


 政府から『風呂に入るときや寝るときなど、PICを装着できないもしくは装着していると不便が生じるとき以外は、必ずPICを装着しておくように』という指示が出されているし、その時間に装着していなければ注意されたり、万が一にも事件が起きたときに真っ先に疑われてしまう。


 だから、あの二人がこの状況を作り出したのではないと思う。そして、二人がこの状況を作り出したのでないとすれば、二人とわたし以外の人は赴稀ちゃん殺人事件の真相を知っていないから、それ以外の人がこの状況を作りだしたとも考えにくい。


 つまり、今のこの状況はただの偶然ということになる。偶然ということならば、それは主犯である冥加くんにとってはかなり有益な状況ということになる。警察が大した捜査もしていないまま現場から引き上げたのだから、もし証拠が残っていたとしても『冥加對は犯人である』には辿り着けないはずだ。


 それからというもの、わたしたち四人はその現場を適当に見回したり、手探りで捜索したりした。折角わたしもここまで来たのだから、ということで一応わたしも表向きは真面目に捜索しておいた。まあ結局、大した成果もないまま、三十分くらいでその日の捜索は打ち切られたけど。


 その帰り道。行き道同様に、冥加くんと木全くんが前列で、わたしと霰華ちゃんが後列で人工樹林の中を歩いていた。冥加くんたちは冥加くんたちで、わたしたちはわたしたちでそれぞれ他愛もない会話をしていた。


 霰華ちゃんとの会話が一区切りついたとき、わたしはある決意をした。赴稀ちゃん殺人事件の真相を知らない木全くんと霰華ちゃんが聞いても分からないことで、知っているわたしと主犯である冥加くんならおそらく分かる質問。


 答えてくれるかどうか、わたしが何を言いたいのかを気づいてくれるかどうかなんてことは分からない。でも、不意にわたしはそれを冥加くんに言ってみたくなった。そして、実際に言った。


「そういえば、冥加くん」

「何だ?」

「何で冥加くんは、『事件現場の場所を知っていた』の?」

「……え……?」


 わたしがそう聞くと、冥加くんはついさっきまで木全くんと話していたにも関わらず、まさに顔面蒼白といった様子で血相を変えて勢いよくわたしのほうを見た。


 冥加くんは、何でわたしからそんな質問が飛んできたのかについて考えているようで、突然そんな質問をされたからなのか非常に焦っているように見える。冥加くんの額には汗が吹き出ていることが確認でき、次の台詞を何と言おうかということだけに全神経を集中させているみたいだった。


 一方のわたしはそんな冥加くんのことを、いたって真面目な表情をして見つめた。今のわたしの質問がただの好奇心だとか、ふと思いついたことなどではないということを冥加くんに気づいてもらうために。


 わたしと冥加くんの様子が何かおかしいことに気づいたのか、霰華ちゃんと木全くんは顔を見合わせて不思議がったり、『確かに、言われてみればそうですわね』や『そういえばそうだな』とわたしの台詞に納得したような台詞を言ったりしていた。


 そして、しばらくの間誰も話さない沈黙が訪れた後、不意に冥加くんが口を開いた。


「か、仮暮先生に聞いたんだよ」

「……本当に?」


 それは嘘だ。いや、たとえ事実だとしても、そんなことをしなくても冥加くんは行き道を知っているはずだ。だって、冥加くんは赴稀ちゃんを殺した張本人なのだから。


「あ、ああ。だって、そうじゃないと、俺が現場までの道を知っているわけがないだろ?」

「本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に?」

「ほ、本当だ」


 わたしが冥加くんに聞きたいのはそんなことではない。わたしたち四人が知るはずのない、現場までの道を冥加くんが知っていたということに関しては、昨日の夜に実際に現場に行ったわたしでなくても、そのうち霰華ちゃんや木全くんも気づくはずだ。だから、そのことについての議論をしていても意味がない。


 わたしが冥加くんに聞きたい……というか、してほしいのは、『わたしが冥加くんの犯行について知っていて、それをサポートするつもりである』ということを気づいてほしいだけだ。それ以外にはまるで興味がない。


 何も、霰華ちゃんと木全くんがいるからといって、話せないようなことではない。片目でウインクするなり、口パクで話すなり、わたしの制服の袖を掴むなり、わたしが言いたいことに気づいた合図を出す方法はいくらでもあるはず。わたしがしてほしいのは、その内のどれかだけなのだ。


 わたしは、冥加くんに自分が言おうとしていることを気づいてもらいたい一心で、さらに話を掘り下げて冥加くんのことを追撃し始めた。話が掘り下げられすぎると冥加くんも困るはずだから、この台詞さえ言えば気づいてくれるはず。


 そう思っていた。


「……冥加くん、前にもここに来たことがあるんじゃないの? たとえば……昨日の夜遅く、とか。どう? 心当たりはない?」

「そ、そんなもの、あるわけないだろ? それにもし、以前俺がここに来たことがあって、地曳の死体を発見したのなら、すぐに警察に知らせるに決まっている」


 冥加くんは最初にわたしが声をかけたときと同様に、非常に焦っている様子で、遠目でも分かるほど大量の汗をかきながらそう言った。その台詞を聞いたわたしは一瞬だけ表情を曇天の如く曇らせ、自分の心の中で一度だけ力強く舌打ちをした。


 結局、冥加くんはわたしの台詞に気づいてはくれなかった。これでもう何度目だろうか。冥加くんにわたしの存在だけでなく、わたしが言おうとしていること、わたしの本当の気持ちを気づいてもらえなかったのは。


 前から分かっていたことではあったけど、やはり冥加くんは鈍感だ。いや、一人の女の子の存在を完全に認識できないほどなのだから、鈍感なんていう言い方では全然足りなさ過ぎるほどに。


 まあでも、わたしはそのうち冥加くんもわたしの思いに気づいてくれるだろうと考え、その場はひとまずそれ以上追求するのを諦めた。そして、一瞬だけ曇らせた表情から一変させて、冥加くんに満面の笑みを見せながら、いたって普通に言う。


「それもそうだね。ごめんね、変なこと聞いちゃって」

「いや、大丈夫だ……」


 わたしがそう言うと、冥加くんはわたしが納得したと思い込んだのか、安堵の溜め息とともに、そんな気の抜けたような一言を呟いた。一方のわたしは表面的には笑顔で振舞いながらも、内心は結構不機嫌だった。


 その後、人工樹林の中から出たわたしたち四人はそれぞれの家に帰るために、その方向へと歩き始めた。そのときも、わたしからあんな質問をされたからなのか冥加くんは浮かない表情をしていた。また、人工樹林内の帰り道の途中、霰華ちゃんから、何で『冥加くんが現場までの道を知っていたこと』について違和感を感じられたのか、ということを聞かれたりもした。


 何はともあれ、これからわたしは少しずつ行動を起こして、できる限り冥加くんだけにそれを気づかせて、他の人には気づかせないようにする。そうすれば、わたしと冥加くんは運命共同体となって互いに互いを見放せなくなり、理解できるようになる。


 そのための方法はこれから考えるし、冥加くんがこれからどんな行動を起こすかどうかは分からないけど、いつかはそうなるはずだ。それまでの期間が一週間だとしても、一ヶ月だとしても、一年だとしても。これまでわたしが冥加くんのことを追いかけ続けていた期間に比べれば、全然短い。


「……あれ?」


 人工樹林から出てみんなと別れたわたしも、みんな同様に自分の家に帰ろうと思っていた。でも、その直前、不意にわたしの視界にある一人の人物の姿が映った。また、その人物は周囲には他の誰もいないにも関わらず、誰かと話しているように口が動いていることが分かった。


 冥加くんと霰華ちゃんと木全くんは気づかなかったのだろうか。それとも気づいていたけど、あえて通り過ぎたのか。とにかく、その人物がそこにいることに気づいたわたしは、人工樹林から五十メートル程度離れていた場所に立つその人物の元へと駆け寄り、話しかけた。


「ありゃ? 誓許ちゃん、こんなところでどうしたの? 誓許ちゃんたちのグループの担当は向こうのほうにある交番じゃなかったっけ?」

「……、」


 わたしが声をかけるとそこにいた人物、つまり誓許ちゃんは浮かない表情でわたしの方向をゆっくりと確認した。そして、そのままわたしの台詞に返事もせずに黙ったまま、わたしのほうを静かに見ていた。


 今朝から誓許ちゃんの様子が何かおかしいことには気づいていたけど、今の様子は明らかにおかしい。仮にも友だちであるわたしから声をかけられたのだから、返事の一つや二つくらいしても何ら不思議ではない。それなのに、誓許ちゃんはただただ黙っているだけだった。


 不審に思ったわたしは、今だに黙り続ける誓許ちゃんに問う。


「何かあったの?」

「……いや、何でもないよ」

「でも、何だか浮かない表情してるし。それに、今朝からそんな感じだったでしょ?」

「そうでもないよ。……あ、そうだ。海鉾ちゃん」

「……? 何?」

「冥加君たちはもう帰った?」

「え?」


 ようやくわたしの声に答えてくれた誓許ちゃんだったけど、やはり気分が優れないのか、何かよくないことでもあったのか、浮かない表情のまま、テンション低くわたしと会話をしていた。


 すると、誓許ちゃんはそんな質問をしてきた。一見、その質問は単純にわたし以外のみんなが帰ったのかどうかについて聞いているだけのように思える。


 でも、今の誓許ちゃんの様子がおかしいことやそれが今朝から今まで続いていることを考えると、何か別の意味があるような気がしてならなかった。わたしはそんな違和感を抱えながらも、いたって普通に返答する。


「うん。冥加くんだけじゃなくて、霰華ちゃんも木全くんも帰ったよ。わたしもその途中だし」

「……そう。それじゃあ、私もそろそろ場所を移したほうがいいかもね……」

「場所を移すって、どういう意味?」

「ううん、気にしないで。私はみんなの様子が気になって少しだけ見に来てただけだから。それじゃあ、また明日」

「……うん。また、学校で……」


 誓許ちゃんはどういう心情で、どういう意図でその台詞を言ったのか、わたしは理解することができなかった。そして、わたしのもとから歩いて行く誓許ちゃんの後ろ姿を眺めながら、わたしはただただ呆然としているしかなかった。


 その帰り際、誓許ちゃんが歩いて行った方向から『ねぇ』と言う台詞と誰かの名前を読んだ声が聞こえた。その後、辺りにはわたししかおらず、誓許ちゃんの周囲には他の誰もいなかったのに、こんな会話が聞こえてきた。


『やっぱり、木全くんみたいにみんなと別れて行動するべきだったかもしれない。地曳ちゃんが殺されたときに薄々気づいていたけど、今回もやっぱり無理かもしれない。ごめんね、駄目なお姉ちゃんで』

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