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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第二章 『Chapter:Neptune』
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第五話 『存在』

 わたしたち四人は、自分たちの周囲に警察や野次馬がおらず、例の人工樹林が立ち入り禁止区域に指定されていないことについて少し疑問を感じていた。しかし、とりあえず捜索を続けるために、昨晩見たときは赴稀ちゃんの死体があった例の場所へと歩いて行った。


 前列には冥加くんと木全くんが、後列にはわたしと霰華ちゃんが歩いていた。せっかくだし、わたしは冥加くんと、霰華ちゃんは木全くんと隣に並んで話しながら歩けばよかったのかもしれないけど、人工樹林に入って気づいたときにはすでにこのような並び方になっていた。


 それに、冥加くんは木全くんと何やら楽しげに話していたし、霰華ちゃんは相変わらず難しそうな知恵の輪を解いているみたいだったから、わたしは三人に自分が思っていたことを言うこともできずに、今に至るのだった。


 ……さて、暇だ。


 冥加くんと木全くんは後ろにいるわたしと霰華ちゃんのことなど忘れたかのように楽しげに話しているから、わたしがそんな二人の会話に割り込むのはあまりにも空気が読めていないと思える。また、霰華ちゃんは静かに黙々と知恵の輪を解いているから、それを止めさせるのも何だか可哀想だ。


 結果、わたしは近くに三人も友だちがいるにも関わらず、誰とも話すことができなくなった今の状況に退屈し始めていた。


 そんなことを考えながら、わたしは目的地に辿り着くまでの間、一人寂しくテキトウにPICでもいじって遊んでおこうと思った。ついでに、これまでの冥加くんや葵聖ちゃんの様々な事柄について自分の中でだけでもまとめておこうと考えたわたしは、左腕を上げてPICを操作しようとした。


 するとそんなとき、不意に霰華ちゃんがついさっきまで自分の手に持っていた知恵の輪を凝視していたその顔を上げ、わたしのほうを向き、声を発した。


「ところで、海鉾さん。少しよろしいでしょうか?」

「え? 何?」


 唐突に話しかけられたことによって、わたしは少々驚きながらも霰華ちゃんから投げかけられた声に返答する。一方の霰華ちゃんは、手に持っていた知恵の輪を肩から提げていたバッグの中に入れ、いたって落ち着いた様子で続けて言った。


「海鉾さんは、私がこんなことを言っても信じられますか?」

「……? こんなことって?」

「『「あって当然だと思われている存在」が、実はただの概念でしかない』ということですわ」

「……え?」


 いたって真剣そうな表情をしながら淡々と台詞を放つ霰華ちゃんに対して、わたしはその台詞の意味が何一つとして理解できないでいた。


 いや、それ以前に、何でこんなときにそんなことを言ってくるのか。そして、そのことについての霰華ちゃんの本質的な意図は何なのだろうか。そんなことにさえ疑問を感じてしまうほど、霰華ちゃんが放ったその質問は意味不明なものだった。


 『「あって当然だと思われている存在」が、実はただの概念でしかない』。


 それはつまり、わたしだけの解釈で言ってしまえば……例えば、『わたしの隣にいる霰華ちゃんが、本当は実在していないものである。その姿はわたしにしか見えず、その声はわたしにしか聞こえない。今こうして会話しているのもわたしだけにしか分からず、それらは全てわたしの妄想に過ぎない』みたいなことでいいのだろうか。


 今の例は実在する友だちを具体例に使用したからなのか、あまりわたしの中での理解を深める効果はなく、わたしの個人的な解釈が含まれていたから、あまり参考にはならないかもしれない。でも、もしそんなことが現実にあったのなら、それはとても怖くて、とても悲しいことだと思う。


 自分はそのことについて分かっているのに、他の人たちはそれを理解できない。自分は確かにその存在のことを見聞きして触れることもできるのに、他の人たちはその存在のことを何一つとして感じることができない。その結果、自分と周りの間に、絶対に取り去るも認識することもできない、見えない壁が生まれてしまう。


 そんなことになってしまったら、おそらく、わたしは耐えられない。霰華ちゃんがどういう意図でわたしにそんなことを言ったのかは分からないけど、少なくとも何か心当たりがあるからそんなことを言ったのだ。もし、その『あって当然だと思われている存在』が『わたしのよく知る人物』だったとしたら、なおさらだ。


 いや、少し待ってほしい。


 霰華ちゃんは『あって当然だと思われている存在』とは言ったけど、『あって当然だと思われている「人物」』とは一言も言っていない。ということはつまり、この話は特定の『人物』を指しているのではなく、人間に限らない特定の『事象』を指している可能性がある。


 どちらにしても、その存在を理解できている人とできていない人が生まれてしまうのは怖くて悲しいことにほかならないと思える。その存在の正体が人だとしても物だとしてもそれ以外だとしても、最終的には同じだ。特定の存在の認識を共有できないのは怖いことなのだ。


 ……ああ、もしかすると、わたしはそこから間違えているのかもしれない。


 『あって当然だと思われている存在』が『実はただの概念でしかない』としても、その存在を認識できない人がいなくて、その存在を認識できる人しかいないのなら、それはもはや『実在していない』とはいえない。人々が確かにその存在を認識できているのなら、その存在は概念だとしても、本当は実在していなかったとしても、人の記憶や意識の中に実在していることになる。


 どちらかといえば、そっちのほうが余程怖いのかもしれない。『ありもしないもの』をさも『あるもの』として扱っていて、そのことについて絶対に誰も気づかず、どれだけ時間が経っても誰も間違いを指摘してくれないのだから。


 その間違いは誰かに訂正されることもなく、そのうち一つの真実へと変貌を遂げてしまう。それがたとえ、どのような存在だとしても。


 一通り思いつく限りの推測を自分の中でまとめたわたしは、そんなわたしの返答を待ちながら、隣で歩き続けつつわたしのほうを凝視し続けている霰華ちゃんのほうを向いて言った。


「信じるかどうかは別としても、もしそんなことがあれば結構怖いかもね」

「……そうですか。まあ、海鉾さんのことですし、どうせ平凡な答えが返ってくるのだと思っていましたわ。それに、元々あまり逸脱した答えは期待していませんでしたし」

「……むっ」


 酷い言われようだ。わたしはわたしなりに思いつくことの限りを使って、考えられるだけ集中して考えたというのに。


 わたしは別に、普段は自分の本心を隠すために明るく活発的に振舞っているだけで、決して頭が悪いわけではないし、脳内お花畑なわけでもない。確かに、霰華ちゃんにはテストの点数とか成績とかその他色々と負けている分野もあるかもしれないけど、さすがに今みたいな言い方をされると苛立ちを覚えざるをえない。


 というか、わたしが霰華ちゃんに負けているのは勉強とか、頭の回転の良さとか、そういうことだけで、運動はわたしのほうが霰華ちゃんよりもできるし、わたしのほうが何センチか背は高いし(女の子としてはあまり自慢にならないかも)、それなりに胸も大きいほうだし……って、何でわたしはこんなこと考えているんだろ。


 気づいたとき、わたしは最初に自分が何を考えていたのかを忘れかけていた。そして、わたしはなぜかモヤモヤした感情を抱えながら、どうにかして話題を変えてやろう思った。その後、ついさっき霰華ちゃんに対して芽生えたわずかばかりの殺意を抑えつつ、にこやかに微笑みながらいたって普通に、続けて言った。


「ところで、霰華ちゃんは何でそんなことをわたしに聞いたの?」

「と、言われますと?」

「いや、だから……何でこんな場所でこんなときに、そんな哲学的な話題をわたしに持ちかけたのかなーって思ったから」

「ああ、そういうことですのね」


 わたしの台詞に対して、霰華ちゃんは少し惚けた風に答える。わたしが霰華ちゃんに何を言おうとしていたのかなんてことは霰華ちゃんにはすぐに分かっているはずなのに、何でそんな風に答えるのか。


 その理由はおそらく、霰華ちゃんが『この話題をあまり掘り下げてほしくない』と思っているからだ。


 自分から話を持ちかけておいてと思われるかもしれないけど、そもそも霰華ちゃんはわたしが言った答えになど自分から話を持ちかけた時点からまるで興味がなく、その内容がどんなものでもその場で会話を打ち切る予定だったのだ。


 つまり、わたしの返答はあくまで、一つの意見にすぎない。いわゆる、アンケートみたいなものだ。ただし、その質問の正体がアンケートみたいなものであるとは明かさないタイプの。もし、他の誰かにもわたしにした質問と同様の質問をしていたのなら、この説はさらに有力なものとなる。


 ようは、わたしに『期待していない』とか言ってきたりして、わたしのことを利用したのだ。せめて、そんなことを言われたわたしには少しだけでも反抗が許されるはず。そう思ったわたしは、しばらくの間無言のまま隣で歩き続ける霰華ちゃんの次の台詞を待った。


 そして、さっきの最後の台詞からおよそ三十秒後、ようやく霰華ちゃんの口から放たれたその台詞は、わたしの深すぎる読みを根本から覆すものだった。


「……まあ、こんな質問をした一つの理由は『土館さんのこと』ですわ」

「……へ? どゆこと?」


 あれ、いつから話が変わったんだろう? それに、何で誓許ちゃんが出てくるんだろ?


「いえ、もしかすると海鉾さんも気づかれているのでは、と思って聞いてみたのですが、どうやらそうではないみたいですわね。これ以上話を続けると土館さんにも失礼ですし……それでは、この話はこの辺でそろそろ――」

「それってもしかして、今朝から誓許ちゃんの様子がおかしいってこと?」

「あら? ご存知でしたのね」

「まあ、うん」


 どうやら霰華ちゃんは、わたしが想像していたようなあくどいことを考えていたわけではなく、あくまで難しいたとえ話をして、わたしが誓許ちゃんの様子の異変について気づいているのかどうかを確認したかっただけらしい。


 何かごめん。わたしは心の中で一言だけ謝っておいた。


 今朝から誓許ちゃんの様子が何かおかしいことならわたしも気づいた。それに、そのときから気になっていたから、それならそうと、わざわざそんな回りくどい言い方をしなくてもいいのに。それとも、わたしがここまで勘づくかどうかも会話に組み込んであんな風に言ったのか。


 どちらにせよ、霰華ちゃんにはとんだ勘違いをさせられてしまったらしい。まあ、霰華ちゃん本人には内心わたしが案外怒っていたことを言っていないし、さすがに気づかれていないと思うから、このまま会話を続けるとしよう。


「わたしは誓許ちゃんの様子がおかしいことについては気づいたんだけど、他には何も。誰かに相談している様子もなかったし。霰華ちゃんは何か気づいたの?」

「いえ、大して気にすることでもないのかもしれませんが……実は私、土館さんが昼休みに、何やら妙なことをしているのを見たのですわ」

「妙なこと?」


 あの誓許ちゃんが妙なことをするなんて全然想像できないけど、何だろ。


「ええ。何というか、もしかするとただの一人言だったのかも……うん、たぶんそうですわね」

「いやいや。せっかくそこまで言ったなら言ってよ」

「……それもそうですわね」


 霰華ちゃんはやけに歯切れ悪く、中々言わんとしていることを口に出さない。霰華ちゃんも霰華ちゃんなりに何か考えだとか気遣いだとかがあるんだろうけど、わたしだってさすがに、そんな風にあと少しのところまで話されたのなら、その続きを聞きたくなる。


 わたしが霰華ちゃんに続きを言うように促した後、霰華ちゃんは眉をひそめてまたしても少しばかりの間考え始めた。もうそろそろ例の事件現場に着く頃だろうし、そうなってしまったら話が中断されてしまうからそれまでにはこの話を終えたいところなんだけど。


 そして、わたしがそんな風にやや焦っていると、不意に霰華ちゃんがわたしに言ってきた。


「土館さん、昼休みのときに教室にいらっしゃらなかったでしょう? それで私、少々気になってどこに行ったのか探しに行ったのですわ。そうしたら……土館さんは北館校舎の一階の空き教室で、土館さん以外には他の誰もいないのにも関わらず、一人でぶつぶつと何かを言っていたのですわ」

「……? 誓許ちゃんが一人で? 霰華ちゃんが確認できなかっただけで、実はその教室の中に他の誰かがいたという可能性はないの?」

「それはないはずですわ。そのとき、私も今の海鉾さん同様に不思議に思って誓許さんに気づかれないように教室の外から中を見てみましたが、物陰に誰かが隠れているなんてこともありませんでしたわ。それに、空き教室には大したものはありませんし、当然ながら壁は透けていますから、万が一にも見間違えるなんてことは……」

「うーん……」


 霰華ちゃんはやけに誓許ちゃんのことを心配しているような様子でそう言った。対するわたしも霰華ちゃん同様に誓許ちゃんが何でそんなことをしたのかについての答えを導き出せないまま考え込んでいた。


 わたしが知る限り、誓許ちゃんは普段ならそんなことをするような子ではないはずだ。友だちが殺されたことを知った日の昼休みに数少ない友だちから離れて、しかも人気の少ない北館一階の空き教室に行くなんてこと、まずするとは思えない。


 それに、『そんな場所に行って、他に誰もいないのに誰かと話しているかのようにぶつぶつと何かを言っていた』という霰華ちゃんの目撃証言についてもあまり納得ができない。


 誓許ちゃんの身に何か異常が発生しているのは事実だとして、それが一人言を言っていただけということだとは思えない。わたしはてっきり、わたしたちが気にするほどの大変なことか、それともとんでもないことが起きているか、そのどちらかだと思っていたけど、一人言を言っていた『だけ』ならそのどちらにも当てはまらない。


 さすがに今から電話で聞くのは手間がかかるし、こういうことは電話よりも直接会って話したほうがいいだろうから、明日学校で会ったときに少しだけでも話を聞いてみることにしよう。


「着いたぞ」


 そんなことを考えていたとき、不意にわたしと霰華ちゃんのすぐ目の前を歩いていた冥加くんと木全くんの足が止まり、冥加くんのそんな台詞が聞こえてくる。その声を聞いたわたしと霰華ちゃんも二人同様に足を止め、わたしたち四人の目の前にあるその場所を見た。


 そこは、昨日の夜に見たときには赴稀ちゃんのバラバラ死体があった、例の殺人事件現場だった。

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