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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第一章 『Chapter:Pluto』
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第二十九話 『病気』

「いい加減に……目を覚ませええええ! 冥加ああああああああ!!」


 俺の耳をつんざくような大声が聞こえると同時に、脳を直接揺さぶるほどの強烈な衝撃が走る。思わず鼓膜が飛んだのではないかと思ってしまうほどの大声と頭を襲った痛みによって、俺は意識を取り戻した。


「……あ……れ……? 俺は……」

「はぁ……やっと目を覚ましたか……」


 意識を取り戻すと、俺は自分の目の前に立っていた遷杜の姿を確認した。いや、確かに遷杜は立っていたが、一般的に想像されるその状態とは厳密には少し違う。


 俺と遷杜は周囲に人工樹木が大量に存在する人工樹林の一角におり、降りやむことなく雨は降り続いている中、俺は左手で遷杜の首を絞めながらその後ろにあった人工樹木に押し付ていた。


 俺と遷杜の髪の毛や着ている制服は、長時間雨に打たれたからなのか濡れて重くなっていることが分かる。また、よく確認してみると、いつの間にか俺の右手には真っ赤に染まったナイフが一本握られている。


 俺の声が聞こえたことで安心したのか、遷杜は安堵の溜め息を吐くと同時に、強張っていたその表情を少しだけ緩めた。遷杜の顔面には大量の汗が流れており、打撲痕や血痕もあった。


「遷杜……何があったんだ……?」


 正直なところ、俺は自分が遷杜にしてしまったことが何なのかを気がついていた。だが、決して信じたくはなかった。俺がこれまでに沢山の友だちを殺してきた大量殺人犯だったとしても、まさか親友の命さえも奪おうとしていただなんて、思いたくなかった。


 嫌な予感と意味不明な状況により、俺は両腕から力が抜け、全身が震えていることに気がつく。また、その際、遷杜の首を絞めていた左手は力なく離れ、俺の右手に握られていたナイフはカランという音も立てることなく人工樹林の地面に落ちた。


 遷杜は俺の左手による拘束から開放されたことでようやく息ができるようになったのか、ゴホゴホと数回咳き込んだ後、制服や顔に付着していた血や泥を拭い、俺のほうを向いた。先ほど海鉾に殴られた上に今遷杜に殴られた俺の頭部は、今だに脳内に強烈な痛みの信号を発していた。


「冥加……お前も、もう気がついているかもしれないが、今お前は俺のことを殺そうとした。そして、これまでにも、地曳、天王野、金泉、土館、火狭、海鉾の合計六人を殺した」

「……あぁ……」


 前から分かっていたはずなのに、改めて遷杜にそう宣告された俺はどうすることもできなくなり、そのまま地面に膝を突いた。そして、頭を抱えて言葉にもならない声を発する。


 俺は俺の友だちグループのみんなのことが大好きだった。それまでずっと俺の心身を苦しめ続けていたあの病を治すきっかけを作ってくれた。こんな俺に初めて、『友だち』という存在や『人を好き』になる気持ちを教えてくれた。


 だから、みんなには感謝しても仕切れない気持ちをいつでも抱えつつ、俺は事実上の相談係を受け持つことでみんなに恩返しをしながら毎日を楽しく過ごしていた。


 それなのに、俺は自分自身の手でそんな幸せな環境をぶち壊してしまった。無意識だとか不注意だとか、そういうこととは少し違う。俺の中にある、暗くて残酷な存在がみんなを殺した。俺にとって、この世界の誰よりも大切な八人の友だちを。


 原因不明の俺の行動と、いくら後悔しても帰って来ない七つの命の重みに、俺は耐え切れなくなった。また、俺は自分の中で膨大な量の負の感情が生まれては拡散する感覚を得た。両目からは大量の涙が地面に零れ落ち、二人の友だちに殴られた頭部はさらに痛みを増す。


 親友の遷杜だけは殺さずに済んだものの、俺は俺の友だちを六人も殺した大量殺人犯だ。俺が犯した罪はとてつもなく重く、俺の周りに残ったのはわずかな希望しかない。いや、その希望さえも小さく、すぐになくなってしまいそうに思える。


 このまま、地面に落ちているナイフで自分の喉を貫いて自殺するのもありかもしれない。そんな感情が芽生えたそのとき、地面にうずくまってうめき声を上げる俺に対して、不意に遷杜が声をかけてきた。


「冥加。お前は友だちを六人も殺した。それは許されることではない。だが、正確には『お前のせいではない』。そして、『この惨劇は以前にも起きた』」

「……どういう……意味だ……?」


 これまでの状況証拠や物的証拠、みんなの台詞や行動を思い返してみても、俺には何か心当たりがある。それに加えて、俺は実際にこの手で海鉾を殺したあの感触を覚えているし、遷杜だって俺が犯人であると言った。だが、遷杜は『お前のせいではない』とも言った。


 しかも、『この惨劇は以前にも起きた』とはどういうことだ。現代科学では死亡した人間を蘇生させる技術はないし、タイムマシンも存在しない。完全完璧な警備システムやPICによる追跡機能によって、社会にはほとんど裏がないことも分かっているため、マッドサイエンティストとかが秘密裏にそんなものを開発していて、何らかの目的で俺たち九人に使用したとも思えない。


 だったら、遷杜の今の台詞はどういう意味だというんだ……? 確かに六人を殺したのは俺だが、厳密には違う。そして、これと同様の惨劇は以前にも起きた。人体蘇生技術も時空転移装置も存在しないこの世界で、それらのことをどうやって可能にするというんだ……?


「ついてこい」


 遷杜は先ほどの遷杜の台詞に困惑し続ける俺に説明をすることなく、背を向けて一言だけそう言い放った。俺は自分がしてしまった過ちについて酷く後悔しながらも、遷杜の台詞の意味を理解するために、歩き始めた遷杜の後を追った。


 遷杜は一度たりとも背後にいる俺のほうを振り向くことなく、無言のまま黙々と人工樹林の中を歩き進んで行った。一見、普段通りの冷静沈着な遷杜に見えるが、どこか違和感がある。そんな遷杜に対して、俺は一言も声をかけることもできず、ただただ目の前にある背中を見失わないように歩き続けるしかなかった。


 現在時刻は五時を少し過ぎた頃だろうか。上空には、浮かんでいる雨雲によって暗い灰色に染まった空が広がっている。


 元々、人通りの少ない……というよりはむしろ、ほとんどない人工樹林には俺たちが歩き進むたびに靴が地面を踏む音だけが聞こえてくる。俺たち以外の人は誰一人としておらず、当然ながら人間以外の生命体も存在しない。


 歩き始めてどれだけ経っただろうか。そんな風に、俺はごくごく単純な時間の感覚さえも狂ってしまうような状況におかれていた。『五分経った』と言われたのなら、五分経っただと思うだろう。『三十分経った』と言われたのなら、三十分経ったのだと思うだろう。


 今、自分が人工樹林のどの辺を歩いているのかが分からず、どれだけ時間が経ったのか、その感覚さえない。正確な現在時刻ならPICで確認することができるだろうが、この場はそんな気持ちさえも失せさせるような奇妙な雰囲気に包まれている。


 ふと、遷杜が足を止めた。それを確認した俺は遷杜にぶつからないように、遷杜から一定の距離を離した状態で立ち止まった。


「着いたぞ」

「着いたって……どこに?」


 俺たちが立ち止まったその場所は特に変わったところではなかった。見たこともない建造物があったり、特殊な生命体がいたり、そんなことはない。


 そこにあるのは、俺がよく知る人工樹林の中にある一定の間隔で設置されている人工樹木があるだけだった。先ほどまでいた場所と少しは違うのだということはなんとなく分かるが、視覚に入る情報だけならばそれまでとほとんど同じだ。


 だが、遷杜は確かに言った。『着いたぞ』と。


 すると、遷杜はいきなり腰を屈めて、雨でグシャグシャになった地面に手をつき、何か探しものでもするかのように、いくつかの特定の場所に触れていった。俺はその行動を静かに見守ることしかできなかったが、遷杜はそんな俺のことなどまるで気にしないといった様子で、黙々と何かを探している。


 遷杜がその意味不明な行動を初めてから、およそ五分が経過した。俺と遷杜は人工樹林の中で二人、ただただ雨に打たれていた。


 俺は遷杜の行動の意味が分からず、何を探しているのかすら話してくれない。先ほどの、意味あり気な遷杜の台詞の件もある。とりあえず、俺は遷杜にそれらの真相について少しだけでも聞いておこうとした。


 しかしその直前、俺の台詞は俺と遷杜がいた人工樹林の一角に響き渡った轟音と地響きのような揺れによって、完全に遮られた。


「な、何だ……!? おい、遷杜! 何をしたっていうんだ!?」


 しかし、遷杜はいつも通りの冷静沈着な雰囲気のまま、俺の質問に答える気配もなく、その異常事態にまったく動じず、静かに目を閉じている。


 いったい、遷杜は今何をしたというのか、そして、人工樹林に何が起こったというのか。俺はそれらの謎に困惑しつつ、次の展開を待った。


 すると、その轟音と地響きが開始してからおよそ三十秒後、俺と遷杜の前方数メートルの地点に、旧式の電話ボックスのような大きな直方体の箱が出現した。


 その箱はどこからどうやって出現したのか。そんなことは、わざわざ遷杜に聞くまでもない。先ほど遷杜が地面を触っていたのはこの箱を地面から突出させるためのボタンか何かを探していた行動であり、この箱はそれによって出現したものだ。厳密な行動は多少違っているかもしれないが、それに近いことが起きたのだということはなんとなく分かった。


「冥加。ここで念のために確認しておくが、お前は以前、精神的な病気にかかっていたよな?」

「……? あ、ああ。みんなと出会う前までずっとな」


 唐突に、遷杜が俺に話しかけてくる。しかも、現在の状況に何も関係のなさそうな俺の過去についての話だ。本題はどこにいったのかと聞きたいところだが、俺は黙って遷杜の次の台詞を待った。


「それが、全ての元凶だ」

「え……?」

「地曳から始まり海鉾で終わる、水科を除いたこれまでに起きた六回の殺人事件を思い出せ。お前はそれまで自分がまさか連続殺人犯であるとは思いもしなかった。そして、その犯行の前後に起きた出来事の記憶を失っていた。だから、犯人が分からなかったし、今もまだ現実感が得られずに混乱している」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。いったい、何の話をしているんだ? 俺が昔、精神的な病にかかっていたのは事実だが、それが何でこれまでの殺人事件と関係があるんだ?」


 遷杜が何を言っているのか、俺には理解できなかった。俺の精神的な病は、高校生になったと同時に新しくできた八人の友だちによって精神的な負荷が軽減された。つまり、一年以上も前に完治したのだ。それなのに、それが『全ての元凶』とはどういうことなのか。


 少しの間を開けた後、遷杜は俺の質問に答える。


「『多重人格』だ」

「……!」

「以前、お前は言っていた。『俺はみんなと会うまで、精神的な病にかかっていた』と。そして、こうも言っていた。『その病のせいで、自分の思う通りに物事が進まなかったことがあった』と」

「それが……何だと――」

「これはあくまで俺の推測だ。まだ数人分のデータしかない『箱』に書かれていたこれまでのみんなの記録からも、そのことは読み取ることはできなかったからな。だから、間違っていれば、正直に間違っていると言ってくれ」


 まったく予想していなかったことを言われた俺は、それについて何も考えることができなかった。俺の精神的な病は完治したはず。それなのに、それのせいでみんなは死んだ。


 俺のせいであることは変わりないが、少し違う。俺の思い込みのせいで、死ななくてもいい人が死んだかもしれない。俺は遷杜に言われたその事実を信じたくはなかった。


 そして、遷杜は続けて俺に質問する。


「お前は……冥加對は、その『精神的な病とやらの詳細を知らない』んじゃないか?」

「それは――」

「どうやら、図星のようだな。返事を聞かなくても、その反応を見れば分かる」


 そう、俺は遷杜に言われた通り、十年以上も俺のことを苦しめ続けた、その精神的な病がどうして発症したのかを知らない。それ以前に、その精神的な病の正式な病名はともかくとして、その具体的な症状さえも知らない。


 当時の俺に分かっていたのは、『現代医学ではまず治すことは不可能であったということ』、『日常生活はもちろんのこと人格にも影響が出る可能性があること』、そして、『本人にとって予想外の行動を取る恐れがあること』。


 俺は遷杜が何を俺に伝えようとしているのかを察した。そして、完治したと思われたその精神的な病の症状を初めて知った。担当の医師にどれだけ聞いても絶対に教えてくれなかった、その精神的な病の正体を。すなわち、遷杜はこう言いたかったのだ。


「おそらく、お前がかかっていた精神的な病の正体は『普段の冥加對とは異なる、別の人格を作り出してしまうこと』だ。そして、『これまでの六回の殺人事件の全ては普段の冥加對ではなく、もう一つの別の人格が何らかの理由で引き起こしたもの』だ」


 遷杜の台詞を聞いた俺は、ただ沈黙しているしかなかった。俺はみんなを殺した。だが、厳密にはそれは俺のせいではなかった。完治したと思われていた俺の精神的な病が俺の中で冥加對とはまったく異なる別の人格を作り出し、その人格が何らかの目的でみんなを殺していたのだ。


 その目的は、俺には分からない。そもそも、目的なんてものが存在するのかすら、俺には分からない。俺は、冥加對とはまったく異なる別の人格と会話することができないどころか、そいつが具体的にこれまでにどのようなことをしてきたのかすら知らない。


 もしかすると、俺の友だちグループの女の子六人以外にも、もっと大勢の人を殺しているのかもしれない。殺人こそしていないにしても、存在していないと思われている闇社会に関係を持っていたり、PICを自在にコントロールできて警察の手が及ばないように重犯罪へと手を染めていたりはしていないだろうか。


 俺はただ呆然と、灰色の空から降ってくる雨に打たれながら、同様にして全身が降水でグシャグシャに濡れてしまっている遷杜の姿を眺めていた。


「冥加。悪いが、お前に落ち込んでいられる時間を与えられる猶予はないんだ。俺は、俺たち九人の中で唯一生き残ったお前にしてもらわなければならないことがある」」

「……どういう意味だ……?」

「お前はこの世界がどのように始まったか知っているか?」

「この世界の……始まり……?」


 俺の脳はすでに考えることを諦めかけていた。いくら病気とはいえ、二重人格とはいえ、俺がこの手で友だちを六人も殺したのはまぎれもない事実だ。そして、俺はつい先ほど、目の前にいる親友さえもこの手で殺そうとした。


 だから、俺は自分自身のことがどうしても許せなかった。自分の罪を償うために、ナイフを自らの首に突き付ける程度のことに抵抗なんて覚えないだろう。


 それほどまでに、俺は自分のことが心底嫌いになっていた。俺は元々、これまで何か特別なことを成せたわけでもない自分のことがあまり好きではなく、むしろ嫌いだった。しかし、今はそれ以上の強い感情が俺の中に生まれていた。


 だから、俺は遷杜の言葉に耳を傾けていても、ろくな思考が働かなかったのだ。世界だとか、そんなスケールの大きいことになど興味はない。俺はただ、みんなと一緒にいつまでも仲よくしていられたら、それだけで満足だったのだ。


 テキトウな返事をした俺に対して、遷杜は続ける。


「以前、小学生の頃だったか中学生の頃だったか、学校の授業で習ったと思うが、この世界は約百三十八億年前に起きた『ビッグバン』と呼ばれる宇宙の大膨張によって生まれた。それでは、逆に、この世界がどのように終わるか知っているか?」

「……確か、有力な説は『ビッグクランチ』だろ」

「そうだ。世界が大膨張から始まったのなら、逆に世界が終わるときは膨張の反対、つまり収縮によってこの世界のすべては特異点へと収束する。それが、『ビッグクランチ』だ」

「いきなりそんな話をして、今の状況に何の関係があるんだ。それに、『ビッグバン』も『ビッグクランチ』も、俺たちが生きているうちでは絶対に見ることはできない。今さら、そんな議論をしたところで――」

「だったらもし、宇宙の起源と終焉に関係するその二つの現象が『前者はつい最近起きた出来事』で『後者はもうすぐ起きる出来事』だとしたら、どうする?」

「何?」


 俺の耳がおかしくなったのか、脳の言語処理能力が壊れたのか、それとも友だちを七人も失ったから狂ってしまったのか。俺は遷杜が言った台詞の意味をまるで理解できなかった。


 俺の脳が考えることを諦めていて、ろくな思考ができていなかったことも、その大きな原因だったと思う。でも、おそらく遷杜の言葉は平常時に聞いたとしても、理解することはできなかっただろう。


 そして、遷杜は俺に告げる。

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