表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第一章 『Chapter:Pluto』
22/210

第二十二話 『一死』

 俺は自分に起きた様々な嫌なことを忘れるために、気分転換をしようと夜中に一人で家の外に出た。そして、静かで誰もいない真っ暗な街路を歩きながら心地よいさわやかな風を受けたことによって、落ち込んでいた俺の気分はだいぶよくなったかのように思われた。


 しかし、そんな俺の落ち着いた気持ちは、何の前触れもなくかかってきた逸弛からの『沙祈に殺される』という電話を聞いたことによりどこかへと消う。俺は、突然のことに驚きを隠すことができなかった。


 何で、いきなりそんな話が飛び出してくるのか。何で、逸弛が火狭に殺されるなんて話になるんだ。俺の中でまるで検討もつかないまま、逸弛はPIC越しで続けて俺に話しかけてくる。


『……つ、對君!』

「い、逸弛!? な、何でいきなりそんな、火狭に殺されるなんてことになったんだ!?」

『それが、僕にもよく分からないんだ! でも、一時間くらい前、仲直りをしようと思って沙祈に話しかけていたら、急に沙祈の機嫌が悪くなって……それで――』


 今、逸弛の身にはよくないことが起きている。だからなのか、逸弛は状況を理解できていない俺以上に考えがまとまらないまま、とりあえず俺に電話をかけようとしたのだということが伺えた。普段の逸弛なら、台詞の途中で何かを言うのを躊躇ったり、口篭ったりすることはほとんどない。でも、今の逸弛には普段の冷静さがまるでなかった。


 俺が知っている情報だけで判断した推測が正しければ、おそらく、火狭が逸弛を殺そうとしているのはただの喧嘩が理由などではない。今の逸弛の切羽詰ったような焦っているような、この落ち着かない雰囲気を考えると、逸弛は本当に火狭に殺されかけているのだ。


 火狭は他の誰よりも逸弛のことを好いていて、二人は幼少期の頃からの幼馴染みだ。だからこそ、火狭は逸弛のことを恋人に選び、その身も心も許したはずだ。


 それなのに、何で火狭は逸弛を殺そうとしているのか。俺には分からない。日曜日に火狭が土館の死を喜んだことで逸弛と喧嘩した件については、遷杜と海鉾がなんとかしてくれたはずだから、たぶん関係ない。


 それ以外に、あの火狭が『恋人である逸弛のことを殺そうとするくらい何かに怒っている』、その原因を作った『何か』の正体を突きとめなければ今回の件の解決の兆しは見えそうにない。だが、それでも、今は逸弛がどのような状況にあるのかを確認することが先決だ。


 走りながら電話をかけているのか、逸弛は荒い息遣いをしながら話しかけてくる。何を質問するべきかを頭の中でまとめた後、俺は逸弛が言いかけた台詞について聞きかえした。


「それで、今はどういう状況なんだ? どこにいるのかが分かれば、俺も助けに行けるかもしれない」

『えっと……学校の近くにある人工樹林は分かるよね?』

「あ、ああ。その中にいるのか?」

『そうなんだ……って、うああああああああ!! 止めっ――』

「逸弛……? おい!? 逸弛!?」


 突如として、逸弛のそんな悲鳴ともとれる大声が聞こえてくる。PICの向こう側で何が起きているのか、映像はなく音声だけの電話ではそこまでを理解することは困難だった。ただ、PICの向こう側からは、何かが地面に勢いよくぶち当たったような、大きな音が聞こえたような気もした。


 逸弛の大声が聞こえてからおよそ三十秒間、PICからはガサガサという砂嵐のような雑音しか聞こえてこない。すると、不意に今にも息が切れてしまいそうなくらい荒い息遣いをしている逸弛の声が聞こえてくる。


『……つ……對君……』

「おい、逸弛!? 大丈夫か!? 何があったんだ!?」

『今……人工樹木の陰に隠れているところを沙祈に見つかったんだ……それで、何か硬い棒のようなもの……バットかな……それで足を殴りつけられた……うぐっ……!』

「何だと!?」


 逸弛は一つ一つの言葉を途切れ途切れに、痛みによって体に力が入らないこと俺に伝えるかのように、必死に出していた。その掠れてしまいそうな声から、今の逸弛が非常に危険な状況にあることが容易に推測できた。いや、ある程度の状況把握はできていたつもりだった。しかし、俺の予想以上に今回の件は大きくて厄介なのだということがよく分かった。


 地曳、天王野、金泉、そして土館に引き続き、俺はまたしても友だちを失ってしまうのか? 四人同様に、何かをして助けることもできないまま? 九人いたはずの俺の友だちグループがたった四人になってしまうかもしれないのに?


 ……嫌だ! 俺はこれ以上、大切な友だちを失うなんてことは絶対に嫌だ! これまでの四人は理由や目的は何であれ、俺が助ける暇を与えられないままに殺されてしまった。でも、今回は違う。俺は目の前で起きようとしている悲劇を止めることができるんだ。


 俺は自分の心の中で『友だちを失うかもしれないという恐怖』と『自分が死ぬかもしれないという恐怖』を天秤にかける。そして、今、俺はどうするべきなのか。自問自答をする。その答えを出すまでに、時間はそうかからなかった。


 意を決した俺は、静かで人通りのない真っ暗な街路を走り始めた。逸弛がいるという近くの人工樹林、つまりこの間の火曜日の夜に俺が地曳の殺人現場を見たあの人工樹林へと向かった。今俺がいる位置からなら、あと五分あれば充分に辿り着くことができるだろう。


「逸弛! 五分だけで構わない! 足をけがしているのは分かってる! でも、火狭から逃げて、それだけの時間をかせげるか!? 今、俺は人工樹林の近くにいるんだ! だから、これから俺も――」

『駄目だ! 對君は来てはいけない!』

「い……逸弛……?」


 俺は自分の命と友だちの命の内、友だちの命を救うという選択をした。そして、その決意を実行した場合により確実に成功できるように、逸弛に火狭から逃げて時間をかせぐように言った。しかし、逸弛はそんな俺の台詞を間髪を入れずに力強く拒んだ。


 俺は目的地である例の人工樹林へと走り続ける。まさか自分の台詞が拒まれるとは思ってもいなかったので少し驚きながらも、逸弛の次の台詞を待った。その後、逸弛が俺に発した台詞は俺の予想を上回っているものであった。しかし、冷静になって考えればそれこそが最善の策であったということなど、このときの俺は知るよしもない。


『對君……今、僕は足にけがを負ってしまった。捻挫とか打撲とかじゃなくて、もしかすると、骨にひびが入っているかもしれない。だから、隠れることはできても逃げることができない。だから、逃げることができない僕は、沙祈に見つかったら無抵抗に殺されるだろう。今は、沙祈が僕のことを見失っているみたいだからなんとか生き延びていられているけど、この状況もいつまで続くかは分からない。だから……對君はここには来ないほうがいい』

「何でそんなこと言うんだよ! 逸弛は俺の友だちだろ!? だったら、俺はその友だちを助けないと――」

『今は僕の言うとおりにしてくれ!』

「……逸弛」


 逸弛は先ほどまでの雰囲気よりもさらに切羽詰ったような雰囲気で、声を大きく張り上げて俺にそう言った。何かを訴えかけてくるその悲痛な声を聞いた俺は、逸弛には何か策があるのだろうと思い、そのまま黙って次の逸弛の台詞を待った。


『……たぶん、これまでの四回の殺人事件の犯人は沙祈なんだ……』

「何!? 火狭が!?」


 唐突にそんなことを言ってきた逸弛に対して、俺は思わず動揺してしまった。何で、逸弛は火狭がこれまでの事件の犯人だと思ったのか。そんな俺の疑問は次の逸弛の台詞によってすぐに解消された。


『僕は知っているんだ……沙祈はこれまでに殺された四人と何らかのトラブルを抱えていたことを。いや、沙祈は元々他人とのコミュニケーションを上手にとれない性格の女の子だからなのかもしれないけど。誓許ちゃんの例を挙げれば、對君も分かるよね?』

「あ、ああ……」

『それで何かのきっかけがあって、それが沙祈を大きく変えてしまった。そして、一番最初に殺されたのは赴稀ちゃんだった。二人の間に何があったのか、僕は詳しいことを何も知らない。でも、何かトラブルがあったことは確かなんだ』

「そう……だったのか……」


 まさか、火狭が友人関係でそこまで追い詰められているとはまったく知らなかった。てっきり、俺や他のみんながよく目撃する限りでは、火狭は土館と犬猿の仲であっただけで土館以外の女の子たちとは比較的仲良くできているものだとばかり思っていた。


 でも、思い出してみれば、確かに逸弛の言うとおりなのかもしれない。いや、逸弛のほうが俺よりも火狭との付き合いが長くてより多くのことを知っているのだから、その逸弛が恋人である火狭を疑わざるをえなかったという事実を考えれば、やはりこの事実は間違いないものなのかもしれない。


 これまで、火狭が逸弛以外の誰かと親しげに楽しそうに話したりしたことはほとんどなかった。それは、逸弛と火狭が幼馴染みであると同時に一線を越えた恋人だったからだ。それ以前に、逸弛の話によると、火狭は元々他人とのコミュニケーションをとるのが下手な女の子だったのだ。


 だから、そんな火狭がどんな些細なことでも友だちとトラブルを起こしていたとしても、何ら不思議なことではない。……あれ? でも、もしそうだとしても、何で逸弛は火狭に殺されかけているんだ?


 今の話をまとめる限りでは、火狭とあまり仲がよくなかった女の子たちとの間で起きた些細なトラブルが原因で、友だちグループの女の子たちが殺されるという話だった。でも、逸弛は火狭の全てを支えているといっても過言ではない人物だ。


 そんな逸弛のことを殺そうとしているということは……まさか、無理心中でもしようとしていたのか。それとも、他にもっと大きな理由があるのか。


 まだ、何かとても重要なことを見落としているような気がする。俺はその正体が何なのか、必死に知恵を振り絞って考えた。特殊な機械を使用しなくても、脳内思考時間がオーバークロックしてしまいそうなくらいに、極限まで時間を使って考えた。


 そんなとき、俺の思考に新たな可能性という名の選択肢を与える逸弛の声がPICの向こう側から聞こえてきた。その台詞は『火狭犯人説』を大きく裏づける証拠となりうるものであった。


『……あと、このことは、三日くらい前に偶然僕が発見したことなんだけど。沙祈の家で料理をしようと思ったとき、ふと台所を見てみると、本来あったはずの包丁が三本もなくなっていたんだ。そのときは特に気にしていなかったんだけど、僕の家からも同様にして一本、包丁がなくなっていたんだ。明らかにおかしくないと思わないかい? 普通、包丁なんてそう簡単になくなるようなものじゃない」

「確かに……包丁が四本もなくなるなんておかしな話だな」

『僕は、沙祈が友だちグループの女の子たちとの間にトラブルを起こしていたことを知っていた。だから、この事実を知った僕は沙祈を疑わざるをえなくなってしまった。他にも、沙祈を疑うきっかけになったことや決め手になったことは多々あるけど、これが一番有力かな』


 これまでに殺された四人の死体には、刃物で切りつけられた傷痕があった。しかも、その死体のすぐそばには、凶器と思われるナイフが放置されていた。


 何てことだ、逸弛が言ったことが正しければ、火狭は逸弛と火狭の家からそれぞれ包丁を持ち出し、それを使用して自分との間にトラブルが起きた女の子を殺した。そして、その死体のすぐそばにナイフが放置されていたことから、ナイフは何度も使用することができないことが分かる。つまり、殺された四人の数以上のナイフが殺人には使用され、どこかから消えていると考えるのが無難だろう。


 本来ならば、このことは誰に知られることもなく、火狭と殺された四人だけが知っていることだったのかもしれない。でも、逸弛は火狭の異変を感じ取ってこれまでの四回の殺人事件の犯人を突き詰めるという形で真相を暴いてしまった。だから、逸弛は火狭に殺されることになってしまった。火狭は自分のためなら、口封じのために恋人を殺すことすらいとわないのか。


 そんなとき、不意に逸弛が大声を出して俺に声をかけてきた。その声はむしろ逸弛の最後の言葉、つまり遺言に近いものだったのかもしれない。いや、断末魔の叫びといったほうがいいだろうか。


『だから、對君! 君に頼みがあるんだ!』

「……え?」

『たぶん、僕の命はもう、そう長くはない。だから、これまでの殺人事件の犯人が沙祈であることやそれを裏づける証拠を生き残っている二人や警察に伝えてほしい。僕はこれまでに四人の命を奪ってしまった沙祈のことを、たとえ幼馴染みだとしても恋人だとしても、決して許すことができない。だから――』


 これまでの四回の殺人事件の犯人を唯一突きとめた逸弛は自分の命を犠牲にしてまで、恋人である火狭をかばったりせずに、俺にそう頼み込んだ。その台詞は逸弛が一人の幼馴染みの恋人と同等以上に、七人の友だちのことを大切に思っていたことがまさに体言化されたような台詞だった。


 しかし、逸弛のその台詞は最後まで言い終わることなく、途中で悲痛な大声に変わった。


『……!? うああああああああ!!』

「逸弛!? どうしたんだ!?」

『嫌だ嫌だ嫌だ嫌だああああ! 僕はまだ死にたくない! 沙祈! 沙祈のことを怒ったのは謝るから、このことはもう誰にも言わないから、だから……ぐああああああああ!!』

「逸弛!? おい、逸弛!?」

『ぐあっ……はぁはぁ……ああああああああ!! ……さ、沙祈!? ……それは、本当に……まず――』


 PIC越しで向こう側から、逸弛の悲痛な叫びが聞こえてくる。しかし、その声はグチャッという生々しい、硬い何かで人を殴りつけたような音が聞こえると同時に聞こえなくなった。逸弛の悲鳴と生々しい効果音の後に残ったのは、砂嵐のような雑音のみだった。


 そのことから、俺は逸弛の身に何が起きたのかすぐに悟った。俺と電話をしていた逸弛は、今まさに『火狭に殺された』。今、逸弛が『沙祈』と叫んでいたことから考えても、おそらくそうなのだろう。俺は通話が切断されたPICから鳴り響く甲高い電子音に呆然としながら、そんなことを考えていた。


 そのとき、俺はすでに例の人工樹林の目の前にまで来ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ