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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
最終章 『Chapter:The Solar System』
207/210

第三十話 『友達』

 後日談。というか、あの後すぐの話。


 仮暮先生の説得に成功した俺たちは、仮暮先生にPICの開発をやめてそれに関係する資料の全てを削除することを約束してもらった。これで、俺たちが元々いた時間で第三次世界大戦は起きなくなっているだろう。ディオネの悲願を果たしみんなを救えたということに満足感を覚えると同時に、俺は少し悲しくもなっていた。


 その理由は、もう二度と彼らと会えないということ。出発の段階でディオネが死んでしまった以上、俺と土館はこの過去に留まる以外に道はない。でもまあ、みんなと会えなくなるのは辛いけど、土館さえいてくれれば何とかなるかもしれない。そんな風に考えていた。


 過去の仮暮先生と分かれ、これからどこに行こうかと考えていると、不意に俺たちの体を原因不明の衝撃が襲った。その衝撃は過去に来る直前に現在で感じたものと非常に似ており、直後俺たちの意識は途切れた。


 今思い返してみれば、それも当然のことだったのかもしれない。


 たとえディオネが生きていたとしても、現在に残っているディオネは過去に送られた俺たちの動向を確認することはできないし、過去から現在に戻すことはできない。それぞれ、住んでいる時間が異なるのだから、当然といえば当然だ。


 それなら、自分の死を覚悟していたとはいえディオネはどうやって俺たちを現在に帰還させるつもりだったのか。答えは簡単だ。出発の段階で、ある条件をトリガーにして俺たちを現在に帰還させるようにしていた。そうとしか考えられない。そして、その条件とは『第三次世界大戦が歴史から消えた瞬間』だ。


 最後の最後までまんまとディオネに騙された俺たちは、こうして第三次世界大戦を起きなかったことにし、何事もない平和な世界へと帰ってきたのだった。


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


 時が流れるのは早いもので、この一連の出来事から半年が経った。


「つーいーくーん! みょーうーがーつーいーくーん!」

「ああ、今行くよ」


 春真っ盛り。心地よい風が吹き、すっかり過ごしやすい季節になった。俺たちも今日から高校三年生ということになる。午前八時少し過ぎ、俺の部屋の外から、そんな折言の声が聞こえてくる。何かおかしなところはないか鏡を見て入念にチェックし、一通り確認し終わった後、玄関へ向かう。玄関ドアを開けると、そこには俺の恋人の土館折言が立っていた。


「えへへ、おはよっ」

「おはよう、折言」


 やっぱり、折言は制服姿が似合うなぁ。大きく膨らんだ胸が際立つし、見えそうで見えない太股のラインもまたクルものがある。制服というのは折言のためだけに発明されたのではないかと思ってしまうほどだ。もちろん、制服じゃなくても、ロングスカートを履いている姿も清楚なイメージに合っていてぴったりだし、生まれたままの姿も充分に愛らしい(半年の間に何があったかは割愛)。


 俺がそんな風にやましいことを考えていると、折言が眉をひそめて聞いてきた。


「何か今、やらしいこと考えてなかった?」

「いや? たぶんそんなはずはないぞ?」

「『たぶん』?」

「さー、今日から高校三年生だし、張り切っていきますかー」

「……ま、いっか」


 折言はそう言うと、そっと俺の左腕に抱きついてきた。その表紙に折言の柔らかくて大きい胸が押し当てられ、いつものこととはいえ少し興奮してしまう。俺だって男子高校生なんだ。女の子にこんなことをされて何とも思わないほうが不思議だ。


 俺たちは過去改変前同様に例の精神異常者収容所で生活し、その施設内にある学校に通っている。もちろん、第三次世界大戦はこの歴史上に存在していないが、だからといって俺たちの過去が大幅に変わるわけではない。そういうわけで、俺とそのクラスメイト九人は世界と隔離されたこの世界で生きている。


 補足だが、あの一連の出来事について……即ち、オーバークロックプロジェクトから過去改変までの出来事について、覚えているのは俺と折言だけだ。実際に過去に行って未来を変えたのは俺と折言だけだし、そういう意味では他のみんなが何も覚えていないというのは当然のことなのかもしれない。


 とはいっても、俺自身も日に日にあの日のことを忘れて行っているし、いつかはみんなと同じような状態になるのかもしれない。一応、帰還後すぐにみんなにあの一連の出来事について話したりもしたが、俺と折言だけが覚えていてみんなは覚えていないという現状は、少々もどかしく思える。


 ところで、俺と折言を過去に飛ばす直前、死んでしまったディオネだが――、


「あーーーーーーーー!! お義兄さん、またお姉ちゃんにくっ付いてるーーーー!」

「……ん? ああ、おはよう、午言」

「あ、おはようございます……じゃなくて、何でいつもいつもお義兄さんはお姉ちゃんにくっ付いてるんですかねぇ! お姉ちゃんの彼氏だか何だか知りませんけど、私の前ではイチャつくなコラァ!」

「というか、午言だって俺のことを『お義兄さん』って呼んでるじゃないか」

「ぐっ、そこに気づくとは……私が認めてないとはいえ、お姉ちゃんが彼氏と認めた以上、一応将来的に私のお義兄さんになるかもしれない可能性が一パーセント未満程度はあるわけで……だから! 仕方なく、止むを得ず、致し方なく、そう呼んでやってるだけなんですよ! 理解できましたか?」

「ああ、充分に理解できたよ。これからもよろしくな、義妹よ」

「って、誰が私の頭を髪を触っていいと許可したーーーー! くしゃくしゃするなぁ!」


 ……とまあ、ざっとこんな感じである。俺たちの過去や境遇に大きな変化はなかったが、元々イレギュラーな存在だったディオネだけは例外だった。出生直後に生命維持装置に放り込まれ、折言とその母親と何年も過ごしたところまでは変わらないが、どういうわけか、手術で人工の肉体を得ることに成功したらしい。俗に言う、ホムンクルスみたいな状態にあるのだという。


 そのため、俺たちに比べて短期間に何回も健康診断を行って心身の異常を調べる必要があるが、今のところは特に何の問題もなく、何の変哲もない一人の女の子として生活している。容姿や声は仮想世界にいた頃のものとほとんど変わらず、強いて言うなら、そのときに比べてうるさくなった程度だ。毎日毎日、俺と土館を見つけるなり早々にこんな感じの会話が繰り広げられる。


 不機嫌そうにしている午言の髪をくしゃくしゃしていると、折言が午言に『おはよう、午言』と言っているのが分かった。午言のほうも『おはよう、お姉ちゃん』と返答しており、仲睦まじい姉妹だなぁと思わず笑みがこぼれてしまう。


「それにしても、どこからどこまでがディオネの計算だったのかねぇ」

「どうしたんですか、お義兄さん。そんなに思い詰めた表情をして。それに、ディオネ? Dione? 確か、土星の衛星か何かでしたっけ?」

「相変わらず、午言は物知りだな。何でそんなことまで知ってるんだか」

「ふふっ、これでも私は施設内雑学王決定戦三連続王者ですからね。ひれ伏すがよい」

「はいはい。凄い凄い」

「うわっ、この人欠片もそんなこと思ってない! つーか、髪ぐしゃぐしゃになるから、もう触んな!」


 まさかこんな風に、またみんなで笑い合える日々が来るなんて思いもしなかった。色々あったし、一生を通して思い出してみれば楽しかったことよりも辛かったことのほうが多かった気もするけど、これからのことも考えると胸が躍る。


 長い長い廊下を抜け、ようやく教室に到着した。教室に入ろうとする直前、後ろから足音が聞こえてきた。振り返ってみると、そこには俺のかけがえのない七人の友だちの姿があった。


「遷杜! 逸弛! 海鉾! 地曳! 金泉! 天王野! 火狭! おはよう!」


 俺がそう言うと、七人は優しく微笑みかけてくれた。そして、口々に『おはよう』と言ってくれたり『今日も土館と仲が良い』と茶化したりしてくる。教室の前で他愛のない会話を始めたとき、そんな俺たちに声をかけた一人の大人がいた。


「ほらみなさんー、まもなく一時間目が始まりますから席に着いて下さーい。今日からみなさんも高校三年生ですし、いくらここが特別施設とはいっても、先生は厳しく指導していきますよー。無論、大学入試レベルの試験に合格できなかった生徒はみっちり補修した上で留年or浪人です」

「えぇ……」


 冗談だとは思うが(冗談だよな?)、そんな風に俺たちにプレッシャーをかける台詞を言ったのは俺たちのクラスの担任兼保護者扱いの太陽楼仮暮先生。どうやら、仮暮先生はPICの開発を途中でやめたことで学会に研究成果を提出できず、しばらくして科学者ではなくなったらしい。その後、教師になり、いつの間にか俺たちの担任になっていたのだという。


 そういえば、分かれ際に『教師にでもなるか……』みたいなことを言っていた気もするので、あながち仮暮先生の夢も果たせたということになるのだろう。運命の悪戯か、結局仮暮先生は科学者ではいられなくなり、俺たちの担任教師に落ち着くことになった。


 仮暮先生に誘導され、俺たち十人は教室に押し込められていった。全員がそれぞれの席に座った数十秒後、施設内に一時間目開始のチャイムが鳴り響いた。


「起立! 礼! 着席!」


 今ではすっかりお馴染みの光景になったが、学級委員の地曳が大声で号令をした。俺たちもそれに従い、そして新高校三年生として初めての授業が始まる。


 最終的に、結果だけを見れば、俺たちがしたことは何も間違ってはいなかった。この世界を救うためにみんなの力を合わせてオーバークロックプロジェクトを実行していなければディオネの異能の力について知ることはなかっただろうし、ディオネの異能の力について知っていてもオーバークロックプロジェクトが実行されていなければ不測の事態に対処することはできなかったはずだ。


 確かに俺たちは仮想世界で何度も友だちを殺し、何度も友だちに殺され、それ以外にも多くの罪を犯してきたが、それも全て必要なことだったんだ。今こうして、みんなと笑い合いながら、何気ない幸せな毎日を過ごすためには。


 この俺冥加對は、このかけがえのない九人の友だちと優しい一人の先生に囲まれて、幸せだ。


『オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY』 終幕

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