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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
最終章 『Chapter:The Solar System』
202/210

第二十五話 『帰還』

 仮暮先生はただの一度も迷うことなく歩き進んでいった。最終的に到着したのは、俺が壊してしまった『箱』がある広場。もちろん、歩いている最中俺たちは一言も仮暮先生と会話していないし、仮暮先生もPICをを触ったりしていなかった。やっぱり、仮暮先生こそがPICだけでなく『箱』さえも作った張本人だったのだろう。そうに違いない。


 雨が降り続ける中、広場に到着するや否や、仮暮先生はすぐに『箱』に近づいていった。雨が降っていることもあり、『箱』からはもう煙が出たり火花が飛び散ったりしてはいなかったが、その損傷具合は以前見たままだった。


 特に何か言うこともなく、何らかの感情の変化を見せることもなく、仮暮先生はすぐに広場の手前で待っていた俺たちのもとに戻ってきた。たぶん、『箱』がどういう状況だったのか確認したかっただけなのだろう。もっとも、その行動にどんな意味があったのかは俺の知るところではない。


 すると、唐突に仮暮先生が俺たちに話しかけた。


「さて、まず始めに……本題に入る前に、二つだけ言っておきましょう。一つ目は、九百六十回目にしてようやくここまで辿り着けておめでとうございます。みなさんの表情を見る限り、問題は一通り解決したと見て間違いないでしょう」

「……やっぱり、仮暮先生はループしてる間の記憶があったんですね」

「一応、そういうことになります。いえ、厳密には微妙に異なりますが、それは後ほど。そして二つ目、私はみなさんがプロジェクトの目的を達成できなかったことを残念に思います」

「プロジェクト? 何のことですか?」

「ここまできてしまった以上、もう後戻りはできません。あなた方はプロジェクトの目的が未達成の状態で『帰還』という選択をした。ゆえに、今はその手続きをしているに他なりません」

「……?」


 仮暮先生が言う『プロジェクト』とは何のことなのか、俺にはよく分からなかった。しかも、『残念』って、『未達成』って、何のことだろう。聞いたところで答えてくれそうにないので、仕方なくそのまま話を続ける。


「それでは、『帰還』の手続きを始めましょう。まずはみなさん……つまり、水科逸弛、金泉霰華、地曳赴稀、火狭沙祈、木全遷杜、土館誓許、天王野葵聖、海鉾矩玖璃、冥加對、そしてディオネの十人の生存確認をさせて頂きます。各自、手持ちのPICを提示して下さい」

「PICを……?」


 手続きを始めると言った仮暮先生の声は冷たく、まるで感情を持たない機械のようだった。そんなことを思いながら、俺たちはそれぞれ一度だけ顔を見合わせた後、仮暮先生に見えるようにPICを左手首から取り外して差し出した。


 仮暮先生が九つのPICを確認した後、不意にディオネが声を発した。


「そうは言われても、見ての通り私はPICを持ってないんですけど、この場合はどうなるんですかね」

「ああ、そうでした。申し訳ありません、説明不足でしたね。それでは、金泉さん。手持ちの『知恵の輪』のうち、どれでも構いませんのでこちらに提示して下さい」

「え……? 何でそこで知恵の輪が出てくるんですか……?」

「ディオネさんはあんな質問をしていましたけれど、本当は心当たりがあるはずです。そもそも、当初の計画ではディオネさんはこの世界に来るはずではなかった。それなのに、その直前になってこうしてこの世界に来てしまった。その際、ディオネさんの存在を繋ぎ止めておくためのキーが必要だったんです。ディオネさんにしてみても咄嗟のことで大した選択肢もなかったのだと思いますけれど、九人のうちで常に存在している、金泉さんの『知恵の輪』が選ばれたということですね。その気になれば、誰かの髪飾りでもよかったってことになりますけど」

「は、はぁ……」


 ディオネがこの世界に来るはずではなくて、その存在を繋ぎ止めておくために金泉の『知恵の輪』が必要だった? 確かにこの世界は九百六十回も繰り返されているけど、異世界だとか並行世界だとかそういうものではなく、ここはここで現実世界だと思っていた。でも、仮暮先生のあの話し方は微妙に何か違うような――、


「さて、これでみなさんの生存確認は完了しました。あとは、誰一人としてこの世界に未練を残していないということを確認できれば手続きは終了です。もし、一人でも反対すれば、ここまでの手続き及び記憶はリセットされ、プロジェクトを続けてもらいます」


 『未練を残していない』? 『プロジェクトを続けてもらう』? どういう意味だろう。もしかして、俺たちが離れ離れになるとか、死ぬとかそういうことなのだろうか。いやいや、いくらなんでもさすがにそんなことはないだろう。


 だったら、そんなことはもはやわざわざ聞かれるまでもない。俺は惨劇を食い止めるため、みんなはそんな俺を手伝うため、今まで頑張ってきた。友人関係から恋愛事情まで、他の世界ではいがみ合っていた関係を全て修復できた。


 だから、もう、未練なんてない。


 俺は横を見たり後ろを振り返ったりして、八人と顔を合わせた。そして、決意を固めてくれている様子のみんなの表情を確認し、一度ずつ頷いた。最後に、相変わらず土館の斜め上を浮遊しているディオネのほうを見たが、顔を合わせてくれなかった。


「それでは聞かせて頂きましょう。みなさんの想いを」

「僕にとって、ここにいるみんなは沙祈の人見知りを治すために作った友だちだった。でも、それは最初の話であって、今は違う。今はもう、僕にとってもかけがえのない友だちなんだ」

「私は高校生になるまで友人というものを知らずに生きてきましたわ。ですが、この一年半みなさんと過ごしてみて、色々ありましたけど、案外悪くないと思えたのもまた事実ですわ」

「私、最初は私の不幸体質がみんなに迷惑をかけるんじゃないかって思ってた。でも、みんなはそんな私を受け入れてくれた。過去を忘れられるような、楽しい思い出をたくさんくれた」

「あたしは不器用だから、みんなみたいに良い言葉は言えない。それに、あたしの世界の全ては逸弛だけだった。そんなあたしだけど今になって、やっと分かった。あたしも、みんなのことが大好きだったんだ」

「俺は過去に人を傷つけてしまったことがあるから言える。大切な人を傷つけてしまうのは本当に辛いことなんだ、と。その試練を乗り超えたからこそ、今の俺たちはここにいるんだと思う」

「私は自分の恋を叶えたいがために自分自身に嘘を吐いて、そのせいでみんなと言い合ったりしてしまった。だけど、今はこうしてみんな揃ってる。いつの日か、今日やあの日が良い思い出になることを信じて」

「……ワタシには何か心の支えがないと生きていけないということを自覚してる。……今はジビキがワタシの傍にいてくれてるけど、そんなジビキと知り合えたのはみんなのお陰。……ありがとう」

「わたしは、最後の最後でみんなに迷惑をかけちゃった。ムードメーカーっぽく振舞いたかったのにそういうわけにもいかなかったし。でもまあ、毎日毎日楽しかったのは本当だよ」

「前の世界で、俺は本当の地獄というものを知った。今の世界でも、何度も絶望しかけた。でも、こうしてみんなが支え合い、認め合えたから、ここまで辿り着くことができた。きっと、そうなんだ」


 俺を含めた九人が言い終え、次はディオネの番というところで、その流れは断ち切られた。俺たちと仮暮先生がディオネのほうを見てみるものの、ディオネは背を向けたまま黙り込んでいる。話を聞いていなかったのか考え中なのか聞こうとしたとき、やけくそ気味にそのままの状態でディオネが言った。


「あーもう! そもそも、私は向こうが嫌だったからこっちの世界に来たんですよ! それなのに、何でこうなるんですかねぇ! 分かりました、分かりましたよ! 今回だけはお姉ちゃんに免じて同意してあげますよ! ……それに、向こうでみなさんと世界の終焉を見届けるというのも、面白いかもしれませんしね」

「ディオネ……」

「ほら、何してるんですか! 私の気が変わる前に帰還でも何でもして下さいよ!」


 台詞を聞いただけでは、ディオネがどういう心境でそう言ったのかは正確には分からない。でも、ディオネの髪の毛の間から出ている耳は真っ赤に染まっており、俺にはそれが恥ずかしさによるものだと分かった。ディオネからしてみれば、今の世界では俺たちのことを手伝ってきたというのに、俺から聞かされた他の世界での行いもあって、素直になれないといったことなんだろう。


 俺はディオネの意思を尊重するために、すぐに仮暮先生に大声で言った。


「仮暮先生! 俺たちにはもう、未練なんてないです! だから、この世界の真相を教えて下さい!」

「……分かりました。これより、みなさんの意識を『現実世界』に戻します。その際、みなさんの脳にはこの世界で繰り返された九百六十回分の記憶が同時に転送されます。それに伴い、少しばかり心身に異常をきたす可能性がありますが、生死に関係はありません」


 仮暮先生の台詞を聞きながら、俺は隣に立っていた土館の手を力強く握った。絶対に、何があってもこの手を離しはしない。そういう想いを込めながら。そのとき、土館が俺のほうを向いて、一度だけ微笑んでくれたような気がした。


「……それでは、みなさん……お元気で――」


 直後、俺たちの意識は途切れ――、


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


 ……。


 …………。


 ……………………。


「……ハッ!?」


 何も見えない何も聞こえない真っ暗な空間で、俺は目を覚ました。何だか、やけに埃っぽい場所だ。それに、俺は何か箱みたいなものに入れられているのだろうか、あまり自由に体を動かせない。


 ……ッ! 痛い。頭が……いや、厳密には脳の奥深くが熱くてズキズキと痛い。


 痛みを堪えようとしたあまり、頭に手を当てた瞬間、俺の脳内に今まで見たことも感じたこともない記憶が次々と押し寄せてきた。今までずっと溜められてきた大量の記憶が、ダムが決壊したかのように流れ込んでくる。


 ああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!


 数分間、脳が内側から破裂するのではというほどの痛みに悶え苦しみ、ようやくそれが収まったと感じられたとき、俺は途方もない絶望と後悔の念に駆られた。


「俺は……なんてことを……」


 九百六十もの世界の記憶が一度に押し寄せたことによる頭痛。そして、それらの世界で『俺』と『俺のもう一つの人格』すなわち『最初の世界の俺』が行ってきたこと。全部全部、意味があったことだったんだ。それなのに、俺は、その想いすら無駄にして、プロジェクトを終わらせてしまった。


 俺たち九人と先生が始めたプロジェクト、オーバークロックプロジェクトは失敗した。


「そうだ……俺たちは、第三次世界大戦を終わらせるために、このプロジェクトを始めたんだ……!」

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