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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
最終章 『Chapter:The Solar System』
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第二十三話 『大詰』

 土館が見つけた本に書かれていた、PICの本当の略称、それにはどういう意味があるのか。そのことを考え始めたとき、不意に他の本棚を探していた海鉾が声をかけてきた。俺と土館は一度だけ顔を見合わせ、すぐに海鉾の声がした本棚のほうへと向かった。


「それで、気になる本があったっていうのはどういうことなんだ?」

「表紙を見てすぐに声をかけたから、まだ内容は呼んでないんだけど、もしかしたら何か手がかりになるんじゃないかなって。ほら、ちょっと見てみて」


 海鉾にそう言われ、手に持っていたその本を渡される。その本は想像以上に大きくて分厚く、どちらかといえば、本というよりも日記帳に近い感じだった。


 この図書館は、先ほど土館が見つけたPICについて書かれている専門書をはじめとして、こんな風にとても本とは呼べないようなものでさえ置いているのか。


 何はともあれ、海鉾はこの日記帳のような本の表紙を見て気になったから俺に声をかけたといっていた。しかし、表紙はもちろんのこと、背表紙や裏表紙にはタイトルらしきものは書かれておらず――ん?


 ふと、俺は表紙の隅のほうに小さく書かれているその五文字を読み上げた。


「太陽楼仮暮――」

「タイトルが書かれてないからたぶん日記帳か何かだとは思うんだけど、だとすると、仮暮先生の名前が書かれてるってことは……この日記帳を書いたのは、仮暮先生ってことになるよね?」

「ああ……だが……これは……」

「何か、裏がありそうだね……」

「どしたの? 冥加くんも誓許ちゃんも、そんなに深刻そうな表情をして」


 おそらく、海鉾の言う通り、俺は深刻そうな表情をしていたのだろう。いや、もしかするとそれ以上に、驚きを隠せないでいたことだろう。でも、それも仕方のないことだ。こんなにも不思議なことが立て続けに起こっては、驚かないほうが不思議というものだろ。


 先ほど土館が見つけたPICについて書かれている専門書に引き続き、またしても仮暮先生の名前が挙がった。『箱』の壁にあった記録に書かれていなかったということも大きいが、まさか仮暮先生が何かに関係しているとは思いもしなかった。それは、まさしく完全にノーマークだった。


 海鉾が俺と土館のことを不思議そうに見ているのをよそに、俺はその日記帳を捲り始めた。最初の何十ページか呼んだところ、そこまでは世間一般に知られている日記と大差ない内容のように思える。


 書き始めは仮暮先生が高校生くらいの頃らしく、学校の成績こそ優秀だったものの特別仲が良い友だちがいなかったらしい。それでは何を日記として書き記しているのかというと、日常的に何気なく起きた出来事やふと思いついた実験方法、そして家族のことが大半を占めていた。


 十分程度パラパラと捲りながら読み進めたとき、俺はふと海鉾に聞いた。


「ところで海鉾。海鉾は何でこの本……もとい日記帳のことが気になったんだ?」

「……? 何でって、何か手がかりになるかなーって思ったからだよ?」

「海鉾は表紙を見てすぐに俺を呼んだと言った。それなら、この表紙のどこに、海鉾をそう思わせた要因があったんだ? 見て分かる通り、この日記帳にはタイトルは書かれておらず、ただ仮暮先生の名前が書かれているだけだ」

「うーん……そう言われるとちょっと答えるのが難しいね。一応、それまでは本棚に専門書とか難しそうな本ばっかり並んでたのにいきなり日記帳が見つかったから……ってことになるのかな」

「……なるほど」


 まあ、そのことなら俺も変だと思っていた。何で専門書などの難しい本ばかり置かれている中に日記帳が置かれているのかと疑問に思っていたところだ。海鉾もそんな俺と似たような心境で、俺のことを呼んだのだろう。とはいっても、海鉾は若干後先考えずに行動することがあるから、思い立ったらすぐ行動って感じだったのかもしれない。


 それはさておきとして、問題はそこではない。もちろん、こんなところにこんなものがポツンと置かれていたのかということや、海鉾がそれを見つけてすぐに俺を呼んだことも大事はある。だが、今考えるべきはそこではない。


 どうして、よりにもよって、その日記帳を書いたのが仮暮先生なのかということだ。表紙には『太陽楼仮暮』と書かれていたし、日記帳を読み進めていったところ、おそらく仮暮先生のことなのだろうと思われることばかり書かれている。そのことから、この日記帳を書いた人物=仮暮先生という説は間違いないと思う。


 ただ、PICを開発した張本人だということを知った直後にそんな日記帳が発見され、今まで完全にノーマークだった仮暮先生に対して次々と疑念が募っていくとなると、どうしても違和感を拭い切れない。


 何というか……そう、誰かが意図的に俺たちにこれらの事実を知らせようとしているかのような、そんな感じがする。確信があるわけでも保障があるわけでもないが、ただ何となく、ここまでのことを考えるとそう思えた。


 続けて読み進めていくと、不意に土館が呟いた。


「そういえば、ディオネは?」

「ああ、ディオネちゃんなら、疲れたから休んでくるって言って廊下のほうに行ったよ」

「そうなんだ。ありがと」


 すっかり忘れていたが、そういえば海鉾はディオネと一緒に行動していたんだったな。というか、ディオネが図書館で探し物をすれば何か見つかるかもしれないって言ったからここまで来たというのに、当のディオネ本人がそれを投げ出してしまうとは。まあ、ディオネは知り合って以来、ずっと神出鬼没で適当な奴だったし、こうして手がかりになりそうなものは着々と見つかっているのだから問題ないか。


 と、そのとき、俺はふとページを捲る手を止めた。日記に書かれている内容は、仮暮先生が高校生や大学生だった時代をとっくに通り越し、社会人すなわち科学者だった頃の話に変わっている。


 その中に、俺は再び『PIC』という三文字を見つけた。俺は土館と海鉾を呼び、読んでもらうことで意見を聞くことにした。


 PICが作られてしまった理由は、そもそも仮暮先生の過去が関係していた。それは、日記帳を読めば何となく分かる程度だった。


 元々、太陽楼仮暮という一人の女性はどこにでもいるような、特別変わったところのない人物だ。少し変わっているというか、人と違うところは、仲の良い友だちがほとんどいなかったこと。別に虐められていたとか、彼女自身の性格に難があったわけではなく、一人でいるほうが気楽だったからという平凡な理由でそうなっていただけ。


 彼女はクラスメイトたちがその友だちと遊んでいる時間、ずっと読書をしていた。というのも、勉強好きだったわけではなく、両親から強いられていたわけでもなく、ただ本が好きだったからなのだという。これまた、よく考えるまでもなく平凡な話だ。


 さて、そんな彼女はそれなりに成績がよかったらしい。日記帳には学年一位を取っただとか、全教科満点だった、なんてことは一切書かれていないが、隅のほうに小さく遠慮気味に書かれている点数を見る限りでは、少なくとも学年全体の上位一パーセントには入っていたのだろうということが分かる。


 高校を卒業し、大学に入り、彼女は物理学に興味を持った。いや、正確には科学全般といったほうが正しいくらい広い分野に興味を持ち、たまたま物理学を多めに習ったというだけの話らしい。何はともあれ、彼女はそこでもそれなりに良い成績を残し、気づいたときには科学者になっていたのだという。


 まあ、科学者といっても、具体的に一つずつ書いていくときりがない。大学の教授だったり、近未来的なプロジェクトの一員だったり、学会に新技術を発表したり、はたまたフリーで専門家のような仕事をしている人のことも言う。


 日記帳に書かれている限りのことから考えると、おそらく仮暮先生は、大学の教授であり、近未来的なプロジェクトの一員だったことがあり、学会に新技術を発表したことがあり、フリーで専門家のような仕事もしたことがある。いわゆる、科学の何でも屋みたいな感じだったんじゃないかと思う。


 さて、彼女が大学院を卒業してから、いわゆる科学者になり、そういう日々は数年間続いた。日記帳も、全体のおよそ四分の三くらいまでがその内容であり、俺がこうして特に注目したのはそのすぐ先にあったページということになる。


 そこには、それまでもチラホラとは書かれていたが、具体的な明言はされていなかった家族のことが、書かれていた。しかも、前のページと何ら関係性もなく、唐突に、しかも具体的に。


 彼女の家はそこまで裕福ではなく、どちらかといえば、毎日細かいところから全て節約していかないと生活できないような状態だったらしい。そこで、彼女は奨学金で大学に通っていたものの、特にお金に関する面で家族に迷惑をかけてしまったと思ったらしく、科学者になってから毎月のように仕送りをしていたのだという。


 しかし、ある日、彼女のそんな生活が終わりを迎えてしまうかもしれない事態が発生した。


 というのも、科学者というのは一定期間内に一定数の論文や研究成果を発表しないといけないらしいのだが、彼女はしばらくの間行き詰っており、そのノルマを達成できていなかった。だから、早いうちに論文をまとめて提出しないといけない。そうしないと、一時的とはいえ科学者ではいられなくなり、今まで迷惑をかけてきた家族に仕送りができなくなってしまう。


 彼女は追い詰められた。唐突に、その日記帳に、殴り書きのように書かれた文字たちは、当時の彼女の心を表していたのかもしれない。追い詰められ、家族に対して申し訳ないという思いで一杯で、でもどうすることもできなくて――、


 不意に、彼女は思い出した。以前、自分が開発し、途中段階で放置したままだった研究があったことを。その研究は、最初に思いついた段階では何気ないものだったが、研究をしていくごとにそれは人類の英知を遥かに超えてしまうと考え、途中で放置したらしい。


 彼女はすぐさまその資料を山のように積み上げられた資料の中から発掘し、わずか一ヶ月でまとめ上げ、学会に提出した。


 それこそが、『Psycho Interface Clockover』、通称:PICと呼ばれる機械だった。

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