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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
最終章 『Chapter:The Solar System』
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第二十一話 『調査』

 海鉾の台詞を聞いた瞬間、どうして海鉾はここまでのことをしなければならなかったのか、俺はその全てを察した。そして、海鉾の胸に秘められた想いと、それをどうしても諦めたくないという信念さえも、ようやく理解した。


 台詞の後、しばらく間を空けてから、海鉾は続けた。


「わたしはただ……羨ましかった……。わたしたち九人は高校生になってからずっと一緒だった。でも、最近になって、今になって、何だかわたし一人だけ置いてきぼりにされてるような、仲間外れにされてるような感じがした。わたしには好きな男の子はいても、恋人とかそれに近い関係の人がいない。沙祈ちゃんと水科くん、霰華ちゃんと遷杜くん、赴稀ちゃんと葵聖ちゃん、そして、冥加くんと誓許ちゃん。みんなみんな、わたし一人だけを残して、次々に相手を見つけていった。だから、わたしはそれが羨ましくて仕方がなかった。一人だけ取り残されているだけじゃなくて、高校生になってやっと会えた冥加くんを、ようやく想いを伝えられた冥加くんを……誓許ちゃんに取られたから……」


 前の世界でもそうだった。また、『箱』の壁に書かれてあった記録を思い返してみてもそうだった。海鉾はただただ俺のことを想い、そのたった一つの気持ちだけで行動していた。俺が連続殺人犯だと思い込み、その手助けをするという意味で殺人現場をさらに酷くさせたり、他にも状況を引っ掻き回すことさえしていた。


 全部全部、海鉾がそうなってしまったのは俺の責任であり、俺自身それを自覚している。そして、海鉾が今までの世界で何をしてきたのかを『箱』の中で知った俺は、今の世界で土館と恋人になった後、そのことを打ち明けた。それで、海鉾の中の気持ちは晴れて、少なくとも何か事件に発展することはないだろうと思っていた。


 でも、実際には違う。そんな、甘い話ではない。


 何度も言っているように、何度も思い返したように、海鉾は俺のためなら殺人現場をさらに酷くさせたり、場合によっては友だちを殺すことさえ厭わない。それほどの想いを持っているにも関わらず、その俺から『土館と恋人になりました』とか『今まで気づかなくてごめん』とか言われても受け入れられるわけがない。


 もし……もしもの話だが、俺が海鉾の立場ならまず受け入れられないだろう。


 家庭環境や学校生活での鬱憤から大事件を起こして、よく分からない収容所に入れられて、人生の目的を失っている。そんなとき、それらを忘れられるような人に出会い、再びこの世界も案外悪くないと思えるような言葉をかけられた。その人とはそれっきりだと思っていたものの、後に高校生になってから再開した……にも関わらず、その人は何もかも忘れてしまっている。


 海鉾にとって、俺は――、


 そうだ……だったら、今、俺がするべきことは――、


「……ごめん」


 フッと消えてしまいそうなか細い声で、海鉾が呟く。そして、海鉾は俯けていた顔をゆっくりと上げた。目元は涙で真っ赤に腫れており、本当に申し訳なさそうな、後悔しているような表情をしている。ディオネにそそのかされたような形になったとはいえ、自分が何をしたのかを理解しているらしく、海鉾が罪悪感を感じているのは明らかだった。


 真っ直ぐに海鉾の顔を見ていると、不意に海鉾はその場で立ち上がった。その後、止まる気配を見せない涙を制服の袖で拭きながら、言った。


「わたしは……友だちグループを抜けるよ……みんなのことは大好きだし、冥加くんのことはもっと好きだけど、こんなに迷惑なことをして、もう帰れないよ……だから、わたしのことは忘れ――」

「ダメだよ」

「え……?」


 海鉾が最後まで言い終わる前にそう言ったのは、土館だった。


「そんなの、ダメだよ」

「何で……何でよ……わたしはもう……!」

「みんなのことが大好きで、冥加君のことだってまだ諦められていないのに、どうしてそんなことが言えるの!? 『置いてきぼりにされた』? 『こんなに迷惑なことをした』? だから、『もう帰れない』? 海鉾ちゃんの気持ちは、そんな程度のものだったの!?」

「……そもそも……誰のせいでこんなことになったと思ってるのよ! わたしは誰よりも、少なくともこの場にいる誰よりも、冥加くんのことを知っている! それに、出会いが一番早かったのもわたしだし、ずっとずっと冥加くんのことを想い続けてきたのもこのわたし! それなのに! 今まで一度もそんなそぶりを見せなかったくせに、水科くんのことが好きみたいなことを言ってたくせに、何が『本当の気持ちを思い出した』よ! いきなり現れた泥棒猫に好きな人を取られたら誰だって嫌でしょ!? 理不尽じゃない! 何で……何でわたしばっかりこんな目に……」

「……っ!」


 直後、パンッという音とともに海鉾の頬が叩かれた。海鉾はあまりにも突然のことに驚き、何が起きたのか理解が追いついていないらしい。叩かれたことで若干赤く腫れた頬を左手でさすりながら、海鉾は自身の頬を叩いた土館のほうを向いた。


 二人の目線が合うと同時に、土館が口を開く。


「……そこまで冥加君のことを想えていて、ここまで頑張ったのに、どうして私を打ち負かそうとしないの?」

「え……?」

「現代は一夫二妻までなら法律で認められている。でも、冥加君は一人だけを愛するって言った。だから、選ばれるのは一人だけ。今はたまたま私が選ばれて、冥加君の恋人になってるけど、逆の立場になっていた可能性だってあったはずだよ」

「逆の……立場……?」

「私が全てを思い出しているのに、海鉾ちゃんが冥加君の恋人になっている立場。冥加君が私に告白するよりも前に、私が冥加君の告白を受け入れるよりも前に、もし海鉾ちゃんが冥加君にアタックできていればそうなっていたかもしれない」

「……、」

「そうなっていたら、きっと私は諦めないよ。何としてでも冥加君の意識を私に向けさせるために、二人の間に割って入ったりするはずだよ。そう簡単に、一度好きになった人のことを諦められるわけがないからね。でも、今の海鉾ちゃんはどう?」

「諦めた……わたしは……」

「もちろん、今私がこんなことを強気で言っているのは、冥加君を取られない自信があるから。だけど、だったらなおさら、そんな私から冥加君を奪ってみようとは思わないの? せっかく自分の人生を正してくれた、ずっと好きだと思えていた人なのに?」

「……わたしは」

「もしそう思わないのなら、所詮今回の海鉾ちゃんの恋なんてその程度だったんだよ。何十年か経ってふと高校時代のことを振り返っているとき、『あぁ、そういえばそんなこともあったね』とすら思えないような、どうしようもなくどうでもいいことだったんだよ。違うでしょ? 海鉾ちゃんの気持ちは、そんな程度じゃ――」


 土館の台詞の途中、またしてもパンッと乾いた音が空き教室に響いた。先ほどのように海鉾が叩かれたわけではなく、今度は土館の左頬が赤く腫れていた。そして、先ほどの海鉾の様子を再現するかのように、土館は自信の左頬を叩いた人物、すなわち海鉾のほうを向いた。


 そのときの海鉾の表情はつい数分前とはまったく異なっていた。涙を零しながら心底後悔している様子ではなく、むしろその逆。希望に満ちていたり、何かに満足している様子ではないものの、今この瞬間に新しい目的を見つけられた、そんな表情をしていた。


「ありがとう」

「それが……海鉾ちゃんの答え?」

「そう。そうだよ。そうだったんだ。わたしの、冥加くんに対するこの気持ちはこんな程度で、こんなところで諦めていいものじゃない。誓許ちゃんを突き飛ばしてでも、誓許ちゃんを陥れてでも、何としてでも冥加くんをわたしに振り向かせてみせる。今までのわたしは、今この瞬間に死んだ。これからは、もう迷ったりしない。諦めたりしない」

「……うん」

「わたしはここに宣言するよ。いつの日か、冥加くんの隣を歩いているのは、誓許ちゃんでも誰でもない。このわたしだっていうことを」

「望むところだよ。応援なんかしないけど、私だって冥加君を渡すつもりはないから」

「もちろん」


 土館と海鉾はそう言って、相手のことを睨み付けた。と思えば、次の瞬間にはくすくすと可愛らしい笑い声を上げていた。すると、不意に海鉾がすぐ近くに立っていた俺のほうを向いて言った。


「冥加くん! わたし、諦めないから! だから、今回はごめんね」

「ああ。だけど、もう今回みたいな芝居はするなよ?」

「うん!」


 そうして、俺たちは結果的にようやく和解することができた。海鉾の俺に対する想いは失われることはなく、土館と海鉾による直接的な喧嘩に発展することもなく、誰かが不幸な結末を迎えることなく、その場は終結した。


 ふと見てみると、空き教室の手前で俺たちの様子を見ていた六人も安堵の表情を浮かべており、俺たちが和解できたことを嬉しそうにしているみたいだった。これで、俺たち友だちグループの仲にあった隔たりは完全になくなり、友人関係でも恋愛事情でも、その溝は埋まった。


 そんな中、ただ一人だけ、俺たちの様子を退屈そうに眺めている少女がいた。


「……で、今回の件で一番頑張ったのは私なのに、私のことは放置ですか?」

「今回、海鉾がこんな事件を起こしのはディオネ、お前の発言が関わっている」

「ま、そうでしょうねぇ。海鉾さんに演技してもらうために、わざと色んなことを教えたり手助けしたわけですし。とはいっても、もう全部種明かしも済んでしまいましたし、海鉾さんとも和解できたみたいでよかったじゃないですか。めでたしめでたし」

「……まあいい。今回の件に限って、ディオネを責めはしない」

「そりゃどーも」

「だが」


 まだ、俺には、俺たちには解明できていない謎がある。あとは、それを暴くだけだ。


「俺たち友だちグループ内の隔たりがなくなった今、そろそろお前が知っている『この世界の真相』の片鱗について教えてもらおうか?」

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