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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
最終章 『Chapter:The Solar System』
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第二十話 『芝居』

 突如として廊下中に響き渡った海鉾の悲鳴を聞いたことで、俺たちは心底動揺した。おそらく、その声は海鉾と話し合うための待ち合わせ場所に指定していた空き教室の中から聞こえてきたのだと思う。いったい、海鉾に何があったのか、まるで見当もつかなかった。


 その声が聞こえた一瞬後、俺はすぐ隣にいた土館と顔を見合わせ、例の空き教室に向かって走り出した。すると、他の六人も同様にして俺たち二人についてきた。そして十数秒後、空き教室の手前に辿り着いた俺たちが見たのは、ここまでの今の世界では考えられないような光景だった。


 本来であれば何もないはずの空き教室には、大量の机や椅子が無造作に散乱している。しかも、壁や床には明らかに人の手によって付けられたのではない破損部分があり、そんな荒れ果てた空き教室の床に一人の少女が倒れていた。


「海鉾!」


 海鉾は気絶しているのか、俺の声に反応した様子はない。俺はそのことを確認すると、教室中に散乱している机や椅子をどけながらすぐさま近づいた。うつ伏せになって倒れている海鉾の体を起こし、何度かその華奢な体を揺さぶる。すると、ゆっくりと海鉾の目蓋が開けられ、その瞳が俺の姿を見たのが分かった。


「海鉾! 何があったんだ!」

「……冥加……くん……」


 目を覚まして俺の姿を見るや否や、海鉾が抱きついてきた。海鉾は俺の胸に顔を埋め、泣いているのか少しばかり体が震えているようにも感じられた。海鉾の身に何があったのか、その正体は今のところ分からないが、何か大変なことが起きたことだけはよく分かった。


 俺と海鉾のことを七人が見ている視線の中、俺は海鉾を少しだけ離し、お互いの顔が見える状態にして何があったのかを聞くことにした。


「大丈夫か?」

「うん……でも、怖かった……」

「何があったのか、言えるか?」

「わたしにも、よく分からないの……今朝冥加くんに話があるって言われたから、放課後すぐに来たんだけど、そしたら……」

「そしたら?」

「いきなり机とか椅子が飛んできたの……」

「机と椅子が飛んできた……? 誰かが海鉾目がけて投げていたとか、そういうことは……いや、そもそも校内にある机の全ては折り畳み式になっていて床に埋め込まれているはず……それに、空き教室にはその設備すらない場所もあるし――」

「意識を失う直前、廊下のほうで誰かの人影を見た気がする……」

「人影……?」

「顔は見えてないし、男性だったのか女性だったのか、何も分からない……だけど、誰かが通ったのは確かなはず……」


 いったい、何がどうなっているというんだ……?


 まず、校内にある机の全ては折り畳み式になっていて床に埋め込まれていることや、空き教室にはその設備すらない場所がある。それなのに、どうしてわざわざ机や椅子をこの空き教室に持ち込んで投げ込んだのか、犯人の意図が分からない。


 次に、海鉾が見たという何者かの人影。海鉾曰く、顔は見ておらず、性別などの個人を特定できる情報すら分からない。これでは探しようがないが、少なくともディオネによる犯行ということはなさそうだ。ディオネなら、たとえこんなことをするとしても姿を消して、もっと確実な方法を取るだろうからな。


 とはいっても、そうなると一つ引っかかることがある。俺たちが海鉾の悲鳴を聞いたのは、階段で一階に下りた直後のこと。そこから廊下の突き当たりに出るまで十秒かからないし、さらにそこからこの空き教室の前に来るまでも十秒かからない。俺たちが出た廊下の突き当たりとは別の反対側の突き当たりまで誰もいなかったし、透明な強化ガラス越しに見ても誰もいなかった。


 それなら、海鉾が見た人影はいったいどこに行ってしまったというのだろうか。廊下にも教室にもおらず、他に俺たちの視界から逃れられる場所は存在しない。意識を失う直前だったため、海鉾の見間違えということもあるが、何か動くものを見たのは確かだろう。


 今の世界で初めて起きてしまった事件。幸い、被害者の海鉾に怪我はなく、他に死傷者が出なくてよかった。でも、事件が起きたのは確かだ。もう何も起きないと思っていたのに、俺はそれを防げなかった。海鉾の体を軽く抱えながら、俺はそのことばかりを後悔していた。


 犯人はいったい誰なんだ。俺を含めた海鉾以外の友だちグループのメンバーは一緒に空き教室に向かっていたため、八人に犯行は不可能。また、海鉾が人影を見たということから、姿を消して犯行を行えるディオネが犯人であるという可能性も低い。まさか、今までの世界で初めての、俺たち九人以外の何者かによる犯行なのだろうか。海鉾が誰かから恨みを買うとは思えないが、その可能性は高い。


 海鉾を軽く抱えながら、頭の中でそんな推理をしていると、ふと俺の顔の向きが無理やり変えられた。気がつくと、どうやら海鉾が両手で俺の顔の向きを変えたらしく、その先には今にも泣きそうな海鉾の顔があった。


 どう慰めるべきか考えようと目を逸らすと、転んだ際にそうなったのか、やけに服がはだけている海鉾の体が目に入った。しかも、胸元がばっくりと露出され、へそは隠れておらず、パンツが見えてしまいそうなほどスカートは捲り上がっていた。


 どうしようもなく男子高校生の欲望をくすぐる海鉾の格好に思わず見惚れそうになってしまったが、今は海鉾を慰めて事件を解決することが先だと思い出して、寸でのところで思い留まった。それに、俺には土館という彼女がいるんだ。他の女の子にうつつを抜かすのは、土館だけを守ると言ったあの台詞を裏切ることになってしまう。


 一度咳払いをした後、俺は海鉾に言った。


「か、海鉾、色々と服がはだけ過ぎだから、直してこないか? 何があったのか詳しい話を聞くのはその後でもいいし。それじゃあ、俺は教室の外で待ってるから――」

「待ってよ」


 海鉾を支えていた手をどけ、立ち上がろうとしたとき、不意に制服の袖を掴まれた。見てみると、海鉾は上目遣いで俺のことを見ており、何かを訴えるようにも見えた。


「どうした?」

「わたし、怖かった……もう、冥加くんに会えないんじゃないかって思った……」

「え?」

「だから、冥加くんに慰めてほしい……冥加くんになら何されても構わないから、ずっと……ううん、しばらくでいいから、わたしの傍にいてほしい……」

「か、海鉾……?」

「冥加くんになら……何されても構わない……わたしのはじめてだって、あげるよ……?」


 海鉾は顔を赤らめながらそう言うと、少しずつ俺に近づき、その体を密着させてきた。大きな胸が俺の体に押し当てられ、海鉾の手は俺の太股や胸をなぞってくる。海鉾の様子を見て、俺は率直に思った。まずい、海鉾に変なスイッチが入った、と。こんな状態では、何があったのか話を聞いた後、本題に入ることができなくなってしまう。


 ……ん? ちょっと待てよ……?


 ふと、俺は思い出した。今回の事件はたった一瞬の出来事で、しかも被害者である海鉾が怪我をしていないも関わらず、犯人が分からないなど不可解な点が多い。しかも、このままでは、俺と土館が海鉾にしようと思っていた話もできそうにないし、俺の背後からは何やら土館の怒りのオーラが感じられる。


 状況証拠や海鉾の言い分から、先ほど推理した可能性を再度思い出す。もし、それらが全て間違っていて、むしろその逆だったら……? そして、今回の事件で最も損をするのが俺と土館なら、最も得をするのは……?


「待った」

「え……?」


 一通りの推理を終え、現実に戻ってきた俺は、俺の顔に自分の顔を近づけていた海鉾を止めた。海鉾は未だに顔が赤いままで、何で俺が止めたのかよく分かっていないみたいだった。俺は振り返り、そこにいるはずの土館に声をかけた。案の定、土館は少し怒っているように見えた。


「土館、ディオネとは連絡ついたか?」

「ううん。今朝一度話したきりだよ」

「そうか、ありがとう。それなら、もう確定だな」

「どういうこと?」


 俺は海鉾から離れ、その場に立ち上がった。そして、何もない誰もいない空間に対して声を発する。


「ディオネ、そろそろ出てこいよ。お前が海鉾に頼まれて今回の事件を起こしたってことは、もう分かってるんだ」

「……っ!」


 一瞬、海鉾の表情が変わり、ハッというような声が聞こえてきた。俺はそれに耳を貸すことなく、待ち続けていると、土館によく似た一人の少女が何もなかった空間から姿を現した。


「いやー、やっぱ、即興で作った計画でしたし、バレるのも早いですねー。ところで、私が犯人だということは分かったとして、何で海鉾さんが頼んだってことまで分かったんですか?」

「まず、海鉾は一昨日の三時頃から俺たちの前に姿を現しておらず、だからディオネはそんな海鉾の様子を確認するために昨日海鉾を探しに行った。にも関わらず、ディオネは土館に結果を伝えることなく、今朝は早くに出かけたそうじゃないか。だから、その時点でディオネが何かを企んでいるのは分かっていたし、今回の事件が起きた直後はディオネが犯人だと思っていた」

「我ながら、まったく信用されていないことに驚きですね。いや、当然といえば当然ですか」

「だが、海鉾は事件直後、気絶寸前に何者かの人影を見た。だから、姿を消せるディオネが犯人じゃないと思い、俺たち以外の第三者が犯人だと考えた。でも、俺たちがここに来た際は他に誰かの姿はなかったし、だからといって、これだけの量の机や椅子を海鉾一人が動かすのは無理だ。今日一日中、海鉾は教室で寝ていたしな。そこで、今朝ディオネが早くに家を出たということを思い出し、もしかしたらディオネがわざわざこの空き教室にこの現場を作り上げたんじゃないかって仮説を立てた。そうすれば、色々と辻褄が合ってくる。つまりは、海鉾は犯人候補からディオネを外すために、わざとあんなことを言ったってことだな」

「なるほど。そこまでは誰でも分かるとして、どうして海鉾さんが私に頼んでそんなことをさせたのか、その説明がまだされてませんけど?」

「そもそも、ディオネは誰かに頼まれても、こんなことはしないだろう。だから、何かお互いに利益がないとしない。そして、今回の事件が起きることで誰が得をして誰が損をするのか考えた。原因不明の事件が起き、海鉾がその被害者なのであれば、俺は海鉾のことを心配するだろう。そこで海鉾が俺に言い寄り、時間をかけることで話し合いに割く時間を潰し、同時に俺と土館の間に溝を作ろうとした。ディオネは海鉾が俺たちから何の話をされるのか分かっていたためにそれを海鉾に伝え、実行に移した。ディオネが舞台をセッティングし、海鉾が演じる。そういう計画だったんだと思う」

「……、」

「さて、それなら、その計画でディオネに何のメリットがあるのか。答えは簡単だ、ディオネは俺との間に溝ができた土館の隙を狙うつもりだった。この前、お前は言っていたよな。『一日だけお姉ちゃんを好きにしたい』と。しかし、俺が土館と恋人になったことでそれを諦めるとも言っていた。だが、実際には諦め切れなかった。それはもちろん、海鉾が俺に対して抱いていた想いもそうだ。つまり、海鉾の様子を確認しに行ったディオネは色々な情報を海鉾に伝え、海鉾は俺を、ディオネは土館を手に入れるために、この計画を考え出した。どうだ、何か言いたいことはあるか?」


 それはまるで推理小説に出てくる探偵のように、俺は淡々と事件の概要を紐解いていった。細かいところではいくつも間違っているかもしれないし、海鉾が俺に好意を寄せているということを何度も言うのは正直恥ずかしかったが、大方これが真相だろう。


 しばらくの間、空き教室の中に沈黙が訪れた。そして、不意に顔を俯けていた海鉾が声を発した。海鉾の声は震えており、床には大粒の涙が零れ落ちていた。


「……だって……そんな、諦めきれるわけ、ないじゃない……わたしを救ってくれた、大好きになった人に会えたのに……」

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