表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
最終章 『Chapter:The Solar System』
196/210

第十九話 『悲鳴』

 包丁消失事件も無事に解決され、逸弛と火狭もお互いに言えていなかったことを言えたことで、二人の仲はより一層深まったのだと思う。さて、これで、友だちグループのうちで俺を含めた八人の間にできていた溝がほぼ完全に埋まったということになる。


 あとは、一人。土曜日にみんなと集まったときは途中で帰ってしまい、日曜日には姿すら見せなかった、海鉾と話をする必要がある。こういうとき、メールで用件だけ伝えたり、電話で話すというのは効果的ではないことを俺はよく知っている。やはり、話し相手が物理的に目の前にいて、お互いの顔を見ながら話をするべきなんだ。そうでないと、普通なら和解できる話し合いも和解できなくなってしまう。


 そう考えていたまではよかったものの、あと数十メートルで学校に到着するというところで、俺はふと思い出した。行き道で土館の家に寄って一緒に学校に行かないかと誘い、今では土館に抱き付かれている、そんな状況でふと思い出した。


 まず一つ目、もしかすると海鉾が学校に来ないかもしれないということ。そうなってしまうと、話ができるのは下手をすると明日以降になりかねない。学校に来るように連絡したり、放課後に直接家に押しかけることもできるが、それは最終手段として取っておくことにしよう。


 土館の家に寄った理由には、せっかく恋人になったんだから土館と一緒に学校に行きたかったということもあるが、ディオネに海鉾のことを聞くという目的も含まれていた。昨日、ディオネは海鉾の様子を確認するために一人で探しに行ってくれたし、結局俺の家に帰ってくることはなかったし、何かがあったのは確かなのだが。


 でも、土館に話を聞いてみたところ、どうやらディオネは珍しく早起きをして先に出かけていってしまったらしい。ディオネ本人は『テキトウに街を探索してくる』と言っていたらしいがそういう様子にも見えず、だからといって、追いかけると学校に遅刻してしまうのでそういうわけにもいかず、といった感じらしい。


 ディオネは神出鬼没な奴で、今回もまた、何をしようとしているのか分からない。俺としては、海鉾を探しに行った成果を聞きたいところだったが、ディオネがいないのならそれも叶わない。昨日のうちに土館にも話していなかったらしいし、何かあったんだろうか。


 さて二つ目は、ここまでに思いのほか時間がかかってしまったということ。火曜日の晩から始まった今の世界は、今までの世界の法則で行くと、水曜日の夕方には消滅する。総合計期間は約九日間といったところだ。


 まあ、それはあくまで今までの世界の法則で、今の世界に当てはまるとは限らない。大きな事件は何も起きていないし、誰も死んでいないし、むしろ一人を除いて全員がその仲を深めている。今までの世界のことを思うと、ここまで平和な世界はなかっただろう。


 そんな平和な世界でも、明後日の水曜日には強制的に終了させられてしまうのかもしれない。誰も試したことはないし、何かの確証があるわけでもないから分からない。でも、そういう可能性を考えられるのであれば、それまでにやることをやっておかないといけない。『箱』は故障していて、もう次の世界で頑張ろうなんて甘い考えはできないのだから。


 そんなことを考えながら歩き、無事に教室に着いた。教室には、すでに逸弛と火狭がおり、俺と土館はどうやら二番手だったらしい。逸弛と火狭がイチャイチャしているのを邪魔するのも悪いので、俺は土館を呼んで、少し離れたところで話をすることにした。


「大体のことは登校中に話したけど、土館から何か意見はあるか?」

「うーん、私は冥加君の案に賛成してるんだけどね。まあ、私からしてみれば、今はちょっと海鉾ちゃんと顔を合わせるのは避けたい……かな」

「確かに、それは俺も同じだな。でも、いつかは話さないといけないんだし、早いうちに仲直りしておけば、これからも今まで通り友だちとして仲良くできるはずだ」

「仲直り……なのかな」

「どういう意味だ?」

「私は冥加君のことが好きだったということを思い出して、こうして今はその冥加君と恋人同士になってる。やっぱり、私も女の子だから、冥加君には私だけを見ていてほしいし、他の子に私としてることやそれ以上のことはしてほしくないとも思ってる」


 念のため言っておくと、キスすらまだである。


「だけど、現代は男性減少、女性増加から、一夫二妻までなら認められているでしょ? だから、無理に私一人に絞る必要はないんだよ? 私自身、自分が言っていることが矛盾してるのは分かってる。分かってるけど、だからこそ、そういうことを冥加君に伝えておきたいの」

「土館……」

「海鉾ちゃんは私の大切な友だちで、その友だちが悲しそうにしてるのはあんまり見たくない。冥加君さえよければ、海鉾ちゃんも冥加君の彼女にして、三人で幸せになればいいんじゃないかな。そのうち何か言っちゃうかもしれないけど、今なら私、我慢できると思うから」

「……土館は、本当にそれでいいって思ってるのか?」

「え……?」

「俺も、一瞬だけ土館が言った案を思いついたことがある。それに、他の世界には、俺が二人と付き合っていた世界もあったらしい。もちろん、法律上問題ないのは分かってるし、三人が全員幸せになれるのならそれでもいいと思う」

「……、」

「だが、俺はその道を選択しない。別に、海鉾のことが嫌いなわけじゃないし、何か別のきっかけがあれば土館だけじゃなくて海鉾にも惹かれていたかもしれない。でも、俺は土館の彼氏で、土館は俺の彼女だ。古い考えと言われて笑われるかもしれないけど、男は好きになった女の子を一生をかけて守るべきなんだ。いや、守りたいんだ。目先の解決だけを目的として一対二にするわけにはいかないし、簡単にこの意思を曲げてはいけないと思う。だから、俺は好きな土館だけを大切にする。何が起きようとも、絶対に俺が守る。今回の話し合いは、その最初の一歩なんだ。俺はこの想いを海鉾に話して、なんとしてでも理解してもらう。俺の気持ち、分かってくれるか……?」

「……うん、分かった。冥加君がそう言うなら、そうしよう」


 そう言って、土館は優しく微笑んだ後、そっと俺の体に抱きついてきた。抱きついてきたというか、どちらかといえば、体重をかけてきたという感じだったが、それでも俺は土館の体温を感じられて充分に満足だった。すると、不意に小さな声で土館が何かを呟いているのが聞こえた。


「……教室には他の人もいるのに、好き好き連呼されると恥ずかしいでしょ……?」

「あ……ごめん。でも、俺が土館のことを好きなのは事実だから」

「もう……嬉しい……」


 そんなこんなで、土館と計画の話し合い(?)も終わったところで、俺たちは一時間目が始まるまで一緒にいることにした。ふと気がつくと、さっきまで逸弛と火狭以外誰もいなかった教室には数人のクラスメイトたちが登校しており、主に男子が土館と仲良くしている俺のことを半ば羨ましそうに見ていた。やめろ、土館は俺の彼女だぞ。


 ただ、クラスメイト十数名に見られている中でも、まったく構うことなくキスをしたりやや過激なボディタッチを繰り返している逸弛と火狭を見ていると、こっちまで恥ずかしくなってくる。さすが、長年一緒にいるだけはあると思う。いずれ、俺と土館もああなるのか、少し参考にしてみようみたいなことを考えていると、一人また一人と友だちグループのメンバーが集まってきた。


 しかし、その中で唯一、海鉾の姿だけが見えない。クラスメイトのほぼ全員が登校し、一時間目開始まであと一分を切ったときでさえ、未だに姿を現さない。何か、よくないことが起きたんじゃないか。ここまで来て、海鉾一人だけを取り残さなければならなくなってしまうのではないか、そんな嫌な予感さえよぎった。


 すると、そんなとき、不意に海鉾が教室に姿を現した。クラスメイトたちの話し声でガヤガヤと騒がしい教室の中、俺を含めた友だちグループのメンバー八人はそんな海鉾の様子を見て、少し驚いた。海鉾は、見た感じの外見こそ俺たちがよく知っているものだったが、明らかに元気がない。よく見てみると、何だか髪に艶がないように見えるし、目の下にくまがあるような気もした。


 一時間目が始まるまで、あと三十秒もない。今から話したいことを話すのは無理だと判断した俺は、とりあえず放課後に話がしたいということを伝えるため、教室に入ってきたばかりの海鉾に話しかけた。そんな俺と海鉾の様子を友だちグループのみんなは心配そうに見ていた。


「海鉾!」

「……冥加くん……何……?」

「実は、海鉾に話したいことがあるんだ」

「……ごめん……今、わたしそういう気分じゃ――」

「今じゃなくていい。放課後で構わないから、一階の空き教室に来てくれないか? そこで話をしよう」

「……うん……分かったよ……」

「悪いな。振り回して」

「……悪いのは冥加くんじゃないよ……それじゃあ、もう授業始まるから……」


 誰がどう聞いても元気がない海鉾。普段の、あの明るくてムードメーカーみたいな役割を果たしていた海鉾はどこにいってしまったのだろうか。率直に、俺はそう思った。


 俺と海鉾の会話が終わり、海鉾が自分の席に座った直後、一時間目開始のチャイムが鳴った。海鉾は、一時間目から放課後までの全授業とその休み時間を寝て過ごしており、誰に話しかけられても起きなかった。でも、俺には海鉾が寝たフリをしていることが分かっており、誰とも話したくなかったから話しかけられても起きなかったんだということも分かっていた。


 そして、時間は流れ、放課後。俺と土館は例の一階の空き教室へと向かった。海鉾はどうやら俺たちが教室を出るよりも先に待ち合わせ場所に向かったらしく、気がついたときにはすでにその姿はなかった。遷杜たちには先に帰っておいてもらうつもりだったが、心配だからという理由で俺たちについてきてしまっている。


 一階に下り、さあ空き教室に入ろうかというとき――、


「きゃああああああああ!!」


 突然、何か切羽詰ったような、海鉾の悲鳴が聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ