第十三話 『折言』
次の日の正午、俺は土館と約束した通り、第六地区のS-4エリアに向かった。待ち合わせ時刻も待ち合わせ場所も前の世界と何ら変わらない。もちろん、土館たちがそれを知って計画を立てたとは思わないが、俺としてはどうしても不安になってしまう。
他の世界でもあったことだが、俺のもう一つの人格は、この土曜日の帰り際に一緒に遊びに行った土館を殺している。たぶん、土館が俺のもう一つの人格について何か言い、それに俺のもう一つの人格が反応したのが原因だと思うけど。
やっぱり、そういうことを考えていると、また土館を酷い目に遭わせてしまうのではないか。土館だけじゃなくて他のみんなのことを、殺したりしてしまうのではないか。そんな不安が脳裏を過ぎる。
前の世界と同じように、今回も待ち合わせの時刻よりもかなり早めに家を出た。さすがに一時間や二時間も早く出たりはしなかったが、これでも充分に余裕をもって到着できるだろう。
待ち合わせの場所、すなわち中央噴水前に到着すると、すでに誰かが待っていた。見てみると、逸弛と海鉾と火狭らしい。三人とも、普段見ている制服とは打って変わってお洒落な服装を着こなしている。他の五人はまだだろうか、そんなことを思っていると、海鉾が近づいてきた。
「あの……冥加くん」
「……ん、海鉾か。どうしたんだ?」
「いや、その、体調はもう大丈夫?」
「ああ、昨日のことか。心配かけて悪かったな。でも、体調が悪いわけじゃないから、安心してくれ」
「そう、それならよかった……もしかして、やっぱり、一昨日の放課後のことについて考えてたの?」
「一応、そういうことになるのか。とはいっても、昨日の昼間はずっと寝てただけなんだけどな」
「……わたしが言うのも変な話だけど、あんまり悩み過ぎないほうがいいよ。ほら、解決策なら、わたしも一緒に考えるからさ。だから――」
「ありがとな。だけど、とりあえずの解決策なら、もう出てるんだ」
「え? そうなの?」
「だからこそ、俺は今、ここにいるんだ」
「……?」
海鉾は俺が何のことを言っているのか理解できていない様子で、キョトンと首を傾げていた。昨日、土館から遊びに誘われた際、土館に言われた台詞を思い出す。やっぱり、俺にとって唯一信頼できる存在は、このかけがえのない友だちしかいない。改めてそう思えた。
そのことを海鉾に説明するべきか迷っていると、ふと逸弛が呼ぶ声が聞こえてきた。どうやら、友だち全員が集まったらしい。俺と海鉾は他の七人がいる場所へと少し移動した。
「よし、これでみんな揃ったね。それじゃあ、對君を元気付ける意味も込めた……グループデートの始まりだー! というわけで、早速本日の予定を――」
「お、おい! ちょっと待て逸弛!」
「……ん? どうしたんだい、對君?」
「俺を元気付けるために今日を計画してくれたのは嬉しいが……グループデートって、何のことだ?」
「そのままの意味だけど?」
「俺、その辺について何一つとして聞かされていないんだが?」
「そりゃもちろん、對君には秘密にしていたからね。昨日、みんなで話し合って決めたときも、『對君に連絡してもグループデートのことは言わないように』って口裏合わせてたから」
「そうだったのか……」
「ごめんね、冥加君。話したほうがいいと思ったけど、みんなで決めたことだったから……」
「いや、まあ、これもこれでありだろう……」
だがちょっと待って欲しい。グループデートをする、それだけなら俺は構わないし、むしろそんなことはこれまでしたことがないから楽しめそうじゃないか。ただ、それにはいくつか問題が発生する。
まず、デートってのは男女一人ずつで街中を回ったり、一緒にご飯を食べたり、そういうことを指すはずだ。でも、俺たち友だちグループ九人のうち、男は俺と遷杜と逸弛の三人だけ。逸弛は火狭とペアだろうし、遷杜は金泉とペアになるはずだ。それなら、片想いはあっても彼女的存在のいない俺はどうなるんだ?
そして、もし俺に相手ができたとして、そうなった場合、女の子が三人余ってしまう。まさか、地曳と天王野だけは例外で、レズカップルみたいな感じにするのか? いや、世界的に見ても男女比が偏っている現在、数十年前に比べてレズカップルは増加傾向にあるという話を聞いたことがあるが、それはそれで、今回の趣旨にそぐわないのでは……。
俺が頭の中でごちゃごちゃ考えている間、逸弛がみんなに今日の予定を話していたみたいだが、当の俺には何一つとして耳に入ってこなかった。しばらくして、逸弛が一通り説明し終わったとき、俺はふとそのことに気がついた。
「――というわけで、いよいよ、それぞれのペアを発表するよー。あ、誓許ちゃん曰くディオネちゃんは用事で来られないみたいだから、彼女抜きで考えておいたからねー」
ディオネが用事で来られないらしいということに少々疑問を感じながら、逸弛が読み上げていくペアを聞く。案の定、逸弛&火狭ペア、遷杜&金泉ペア、そして地曳&天王野ペアに分けられた。その後、最後に読み上げられたのは――、
「……えっと、今日はよろしく……って、そんなに堅苦しいことでもないか」
「うん、三人で楽しく遊ぼー」
「よ、よろしくね」
どういうわけなのか、俺と土館と海鉾の三人が一つのペアとして分けられた。これはもはや『ペア』ではないような気もするが、彼氏彼女的存在がいない三人で集められるのは当然といえば当然だろうか。それにしても、現段階で土館は逸弛のことが好きなはずだが、ペアを決めてるときに反論はしなかったのだろうか。
ふと、少し離れたところで遷杜たちと話している逸弛のほうを見た。すると、逸弛もその視線に気づいたらしくこっちを見てきたと思えば、何やら『やり遂げたぜ、後は任せた』と言わんばかりに親指を立てた拳を突き出してきていた。そんな逸弛の様子を見て、全て逸弛の作戦通りに事が進んだのだと俺は知った。
逸弛は、俺が土館に好意を抱いていることをたぶん知っている。そして、逸弛は高校生になってすぐの頃、友だちグループができたての頃からしばらくの間、土館から恋愛相談を受けていた。土館はある人に近づきたくて友だちグループに入ったが、その人が一向に自分の思いに気づいてくれない。そんな感じの相談をしていたようだ。
最初のうちはただの恋愛相談だったが、後に土館はその人に自分の思いを気づいてもらいたいがために逸弛を好きになったフリをして、気を引こうと考えた。もちろん、それは演技であり、本心ではない。でも、演技も長時間続けていると本心が分からなくなってしまうもので、土館は自分が逸弛のことを好きなのだと思い込んでしまった。
いや、土館の気持ちが真の意味で変わったのならそれはそれでいいのだが、演技と本心が分からなくなってしまったのであれば話は別だ。逸弛は土館が演技と本心が分からなくなったことに気づかず、なぜかその人に対する恋心を感じられなくなったと思った。
……と、ここまでの土館の恋愛絡みの話は全て、『箱』の壁に書かれていた記録による。どうやら、最初の世界からすでにその傾向はあったらしく、この世界でそもそもそういう風に設定されているのだということがよく分かる。
「それじゃあ、いつまでもここにいても仕方ないから、そろそろ行こうか」
「うん、そうだね。まずはどこに行く?」
「逸弛が何か予定を言っていた気がするけど、よく聞いてなかったから――」
「みょ、冥加くん!」
「ど、どうした、海鉾……っ!?」
土館と行き先を話し合っていると、すぐ傍にいた海鉾が大声で俺の名前を呼んだ。何事かと思い聞き返すと、海鉾はすぐさま俺の左腕に抱きついてきた、一瞬、何が起きたのか理解が追いつかなかったが、海鉾の柔らかい胸の感触を腕に感じ、ハッと意識を取り戻した。
「えっと、海鉾……? 言いにくいんだが、胸が――」
「いいの!」
「えー……」
「わ、わざとしてるの! こうしたほうが、された男の子的にポイント高いって聞いたから……って、わたしは何を言ってるんだああああ! うああああ! 忘れて! 今の台詞は忘れてええええ!」
海鉾の台詞は一言一句全て俺の耳に届き、少し嬉しい気持ちになれた言葉は忘れることなどできるわけがなかった。『可愛い奴だな!』とキザな台詞を言う勇気もなく、とりあえず聞かなかったことにして、そのまま話を続けようとした。
すると、今度は海鉾が抱き付いている腕の反対側、右腕にも何やら柔らかい感触が伝わった。
「もー、海鉾ちゃんばっかりズルいよー。今日は、私と冥加君と海鉾ちゃんの三人でデートするんだからね? 独り占めはルール違反だよ、っというわけで私も便乗させてもらおうかな」
見てみると、俺の右腕には土館が抱きついていた。しかも、海鉾同様に、それ以上に大きな胸を押し当てて。あと数分こんな状況が続けば、もれなく俺の理性が崩壊するのではないかと、俺のもう一つの人格以外の何かが目覚めてしまうのではないかと、そんな気さえした。
え、というか、これって、なんてハーレム状態? 右手に華、左手にも華、という素晴らし過ぎる状況だ。こんな状況、今まで経験したことはないし、他の世界の冥加對だって経験したことがないのではないだろうか。何かもう、このまま二人とどこか平穏に暮らせる場所に移ってしまうのもいいのではないか、そんな考えも過ぎったり過ぎらなかったりした。
「ぐぬぬ……でも、三人で行動するって決まってる以上、わたし一人で冥加くんを独占するのもまずいよね……仕方ない、今日のところは半分こってことで妥協するよ」
「次にまた九人で集まるまでまだまだ時間があるわけだし、それまでは楽しくしていたいもんね。こうやって抱きついていれば、半分ずつ冥加君を楽しめるし」
「あの、お二人さん? 俺としてはすごーく嬉しい状況なんだけど、動きにくいし、嫌なら別に――」
「「これでいいの」」
「……了解っす」
そうして、俺たちのグループデートは始まった。否、俺のペア(三人組)の場合、嬉し過ぎる状況を何周か通り越してむしろ苦行のようにも思えるが。