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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
最終章 『Chapter:The Solar System』
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第十話 『遷杜』

 遷杜と金泉を近づけさせると、俺は教室の中の少し離れたところに座った。この位置なら俺に二人の話は丸聞こえだが、二人のすぐ隣で話を聞いているようには見えない。やはり、二人としても誰かがすぐ近くにいると話しにくいだろうからな。せめてこれくらい離れていれば充分だろう。むしろ、いざというときに何が起こってしまうか分からない以上、完全に目を離すわけにもいかないしな。


「え、えっと……遷杜様……少し、お話があるのですが……」

「ああ。実は、俺も金泉に聞きたいことがあるんだ」

「あ、そうなんですか? それなら、遷杜様からお先に――」

「いや、俺の話は金泉から話を聞いた後でも構わない。なに、おそらく話の内容は同じようなものだろうし、レディファーストだと思っておいてくれ」

「は、はい……!」


 相変わらず、金泉は遷杜と話すときは緊張しまくっている。普段、遷杜以外の俺たちと話すときは若干上から目線な態度をすることが多いのに、どうして遷杜が相手だとそこまで変わってしまうのだろうか。まあ、金泉が遷杜のことが好きだから、他の人と話すときと多少態度が変わるのは分かるけど。


 思い返してみれば、もしかすると、土館に対する俺の態度も似たような感じなのかもしれない。とはいっても、俺は誰かに対して上から目線で話したことはないはずだから、厳密には違う。


 顔を真っ赤にして、今にも走って逃げてしまいそうな金泉。そして、そんな金泉の様子に気づいていないらしい遷杜。どちらも、普段は冷静沈着な性格だが、こうして見てみると、実は二人は真逆の性格のようにも思える。


「そ、それでは、先に私から。その……えっと……わ、私は! あの……」

「……、」

「……ずっ……ずっと、遷杜様のことをお慕いしておりましたわ! 遷杜様があまり恋愛に興味をお持ちでないことも、遷杜様が私の気持ちに気づいていらっしゃらないことも重々承知ですが……それでも、私は遷杜様のことをお慕いしております! 付き合うとか、恋人関係になるとか、いきなりそういった段階に進むのは無理だと心得ております! でも――」

「知ってる」

「え?」

「俺は、金泉が俺に対して好意を抱いていることを知っている」

「そ、そうだったんですか……? 誰かから聞いたとか――」

「違う、そうじゃない。ただ、今もそうだが、普段の金泉の俺への態度は他のみんなと異なっていた。それに、いつの頃からか俺のことを『遷杜様』って呼び始めただろ? それだけの要因があって、気づかないほうがおかしい」

「……そ、そうですね……すみません……」

「何で謝るんだ? 金泉は悪くないだろ? むしろ、謝らなければならないのは俺のほうだ。今言ったように、俺は金泉の気持ちに気づいていた。それなのに、あえてそのことに気づいていないふりをして、誰かに相談を持ちかけることもしなかった。ずっと、俺は自身に好意を寄せる金泉を避けていたんだ。長い間、放置し続けていて、すまなかった」

「そ、そんなことないですわ! たとえそうだとしても、私が遷杜様のことをお慕いしている気持ちが変わることはありませんし、それは私の勝手な思いですから、遷杜様が謝る必要なんてないのですわ! だから、どうか頭を上げて下さい!」

「……金泉なら、そう言ってくれるかもしれない。俺はそう信じていた」


 金泉に頭を下げていた遷杜は頭を上げ、そう言った。おそらく、遷杜はさっき俺が言わんとしていたことの全容をすでに察している。ということはつまり、遷杜は自分と金泉の過去について大体のことを分かっているということになる。そんな状況の遷杜が言ったその台詞は、どういった意味があったのだろうか。改めて考えるまでもない。


「金泉。俺が金泉の告白に答える前に、どうしてもしておかないといけない話がある。おそらく、それは金泉も同じことだろう」

「ええ、実は、先ほど冥加さんに聞いたのですが――」

「いや、冥加の名前は出さないでおこう。あいつは、俺たち二人に事の解決をしてほしいと思ったからあんなことを言ったんだ。だから、『冥加から聞いた』は禁止だ」

「分かりましたわ」

「続けてくれ」

「それでは、改めまして、私が遷杜様をお慕いすることになったきっかけをお話し致しますわ。一昨日の晩、冥加さんに呼び出されたときにみなさんにお話ししたように、私の両親はFSPという組織の統率者のような位置の人間なのですわ。FSPがこの世界に何をしているのかはご存知でしょうが、私はその行いを許すことができません。いくら世界平和を目標に掲げているとはいえ、全人類を騙し、いつかは破綻するシステムを安全だと信じ切っているからですわ。ですから、私は勉強して、多くの知識を得て、両親を見返し、組織のあり方を変えようと考えたのですわ。しかし、現実はそう簡単にはいかず、ついに私は心が折れてしまいました。そして、私は自身の命をもって両親に講義するため、自身を苦しみから解放するために、自殺の道を選びました。そこに、遷杜様が現れたのですわ。遷杜様は私の自殺を止め、『遷杜様』という生きる意味を私に与えて下さったのですわ。それ以来、私は遷杜様のことをお慕いしており、今に至るのですわ」

「……悪いが、俺には『金泉霰華という女の子を自殺から救った』という記憶がない」

「え……? それって、どういう……?」

「ただ、その代わりに似たような場面の記憶がある。『小学生の頃、クラスメイトの女の子を自殺から救った』という記憶はな」

「『小学生の頃』……? 私が遷杜様に助けられたのは――」

「俺の推理が正しければ、金泉にその記憶はない。そうだろ?」

「え、ええ。でも、どうしてそれが分かったのですか?」

「そのことについて話すために、まずは俺の思い出話を聞いてほしい。俺の家系は……つまり、木全家は先祖代々、武道全般を扱っていたらしい。それで、俺は木全家の跡取りとして生まれ、毎日のように厳しい鍛錬を強いられてきた。一方で、俺には疫病神のようなものが執り憑いていた。それは一言で言うなら、周囲の人たちを不幸にすることが多い、というようなものだ。そのため、俺の性質を知っている同級生や親類は俺のことを嫌った。ある日、俺は過度に俺のことを馬鹿にしてきた同級生を何十人か殴り、それがきっかけで両親と口論になり、以来、両親に見放された俺は完全に孤独になった。そんなとき、歩いていると、ふと一人の少女が自殺しようとしているのが見えた。そのときの俺は何気なくその自殺を止め、もうその子に自殺させないようにいくつか言葉を言った。名前も顔も覚えていないが、その記憶だけは確かだ」

「その、少女って……」

「俺とその少女はそれなりに仲良くなり、それまであった鍛錬がなくなったことで暇を持て余していた俺は、その少女を元気付ける名目で毎日のように遊んだ。しばらくの間、そんな感じの日々が続き、何の前触れもなく、俺とその少女は分かれることになった。原因は、その少女が交通事故に遭い、病院に緊急搬送された。俺はその少女が搬送された病院を見つけ出そうとしたが、当時小学生の俺にそんな力はなく、以降俺たちは二度と会えなくなった……。さて、ここまで聞いて、何か心当たりがあるんじゃないか?」

「私は、幼い頃に誰かと仲良く遊んでいた気がするのですわ。私は学校ではいつも一人でいて、友人なんていなかったはずなのに。それに、遷杜様の話を聞いて、もしかして……やっぱり、遷杜様は……」

「俺は、小学生の頃に一人の少女とよく遊んでおり、その少女が交通事故に遭ったことで会えなくなった。金泉は、幼い頃誰かと遊んでいた気がし、後に高校生になってから俺に自殺を止められたと思っている。だが、俺はよく遊んでいた少女と初めて会ったときに自殺を止めた覚えはあるが、金泉の自殺を止めた覚えはない。このことから導き出される答えは……もう、金泉も分かってるよな」

「はい……やっぱり、私と遷杜様はずっと前から会っていたのですね……私が交通事故に遭ったことで遷杜様のことを忘れてしまったのであれば、ここまでの話の説明がつきますもの……」


 そのとき、金泉は大粒の涙を瞳から零していた。それは、つい数分前にようやく遷杜に告白できたということもあるだろうが、それ以上に、金泉自身が抱えていた心のもやもやが全て晴れたからでもあったのだろう。


 仲が良い友だちがいないはずの幼い頃に誰かと遊んでいた記憶、いつそれがあったのかよく分からない遷杜に自殺を止められた記憶。どちらも重要なはずなのに、金泉はその真相を忘れ、どう解決することもできずにいた。それが今、やっと解決されたのだから。


 対する遷杜も、交通事故が原因で会えなくなっていた少女(=金泉)を見つけ出すことができ、金泉は自分のことを覚えていてくれたという事実に、少し嬉しそうだった。いや、その嬉しさが笑顔として表情に表れることはなかったが、二人の会話を見届けていた俺からしてみれば、遷杜はどこか嬉しそうに見えたのだった。


 泣き始めてしまった金泉をそっと抱き寄せ、遷杜は言う。


「悪いな、こんなに近くにいたっていうのに、今まで気づいてやれなくて」

「……いえ……もっと早くに私から言えていれば……うぅ……」

「ほら、もう泣くなって。俺ならここにいるから」

「うぅ……」


 ふと見てみると、遷杜は金泉をそっと抱き寄せながら、二人の様子を眺めていた俺のことを見ているのが分かった。見返してみたところ、俺はすぐに遷杜の意思を察し、なるべく物音を立てないように教室の外に出た。


 ここまでくれば、もう大丈夫だろう。二人はお互いの存在を認め合い、過去に自分たちが会っていたということを知った。そして、今この瞬間、一対の男女が気持ちを伝え合うことができた。今は、それだけで充分なんだ。


 木全遷杜と金泉霰華という端から見れば器用なのに、実は不器用な二人の関係を進める役割を果たした俺は二人だけの空間と化そうとしている教室から去った。そして、次にすることを考え始めた。


 すると、不意の廊下の向こう側から土館と海鉾が歩いてくるのが見えた。


「あれ? 土館に、海鉾? どうしたんだ、こんなところで」

「あ、冥加君……」

「いや~、まあ、霰華ちゃんと木全くんの最初のほうのやり取りを見させてもらったのはいいけど、最終的にどうなったかな~、とか気になって見に来たんだよ」

「ああ、それなら、今は邪魔しないでやってくれ」

「お、ついに二人も――」

「実は、私から冥加君に話があるの。それで、冥加君が教室に残っていたのを思い出して……」

「土館から俺に?」

「うん……ううん、正確には、冥加君のもう一つの人格さんと少しお話しがしたくなったんだけど――」


 直後、俺の意識は途切れた。

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