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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
最終章 『Chapter:The Solar System』
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第九話 『霰華』

 あれから約三十分後、地曳と天王野は風呂から上がった。二人ともすっかり楽しんだようで、そんな笑顔を見れて俺も嬉しかった。すると、不意に天王野が俺に謝ってきた。どういうことか聞いてみると、どうやら、勘違いで俺を疑ったりしたことについて謝りたかったらしい。


 俺としては、そのことをすっかり忘れていたくらいにはどうでもよくなっていたのだが、天王野が謝りたいというのだから自然な流れで許しておいた。まあ、地曳がそれを促したという話もあるが、何はともあれ、みんな仲直りができてよかったんじゃないかと思う。


 さて、それから一晩経ち、次の日の登校中、俺はふと思った。


 確かに、今のところはみんな仲が良くて、殺し合いどころか喧嘩すらしないように思える。でも、昨日の一件のように、いつ何がきっかけで殺し合いが勃発するかは分からない。最終的に無事に解決できたとはいえ、まったく予期せぬうちに天王野と揉めてしまったわけだしな。


 だったら、今のうちに少しでもその可能性を摘み取ってしまえばいいのではないだろうか。つまり、今までの世界で殺人事件に発展した原因の問題を一つずつ、確実に解決していく。そうすれば、たとえこの世界の寿命があと一週間だとしても、少なくともそれまでは安全にいられるはずだ。


 それに、俺がこう考えた理由には、安全確保とは別の目的もあった。それは、昨日の人工樹林からの帰り道のとき、ディオネが言っていたことだ。あの話しぶりだと、ディオネはこの世界の真相を知っているに違いない。そうでなくても、それに近いことは知っているはずだ。


 ディオネはすぐにそのことを教えてくれず、俺が何をするべきか分かっているでしょう、みたいなことを言っていた。そのときの俺はディオネが何を言っているのか理解できなかったが、今ようやく分かった。


 たとえこの世界の真相に辿り着き、『伝承者』が惨劇を食い止めるという世界のループが本当に終わり、みんなが笑い合って過ごせる日々が訪れたとしても、今ある問題を解決できていなければ元も子もない。もしかすると、その幸せなはずの世界で再び惨劇が起きてしまうし、それ以上の不幸な出来事が起きてしまうかもしれない。


 だから、俺はディオネから知っていることを全て聞き出すためにも、問題を解決していく。主に、人間関係に修復になるだろうが、昨日の地曳と天王野の様子を見た限りで、おおよそ何をすればいいのか見当がついた。


 まずは、そうだな……やっぱり、遷杜と金泉あたりだろうか。今の世界の二人は幼い頃にお互いが会っていることを覚えておらず、遷杜は火狭のことが好きになってしまっている。いや、遷杜が火狭に好意を寄せている件に関しては一向に構わないのだが、他の世界での結末から考えると、遷杜と金泉がくっ付いたほうがハッピーエンドに近づける気がする。


 それに、もし遷杜と火狭がくっ付いてしまったら逸弛と金泉が黙ってないだろうし、四人の問題が何一つとして解決されないから、やっぱり当初の予定通りいこう。遷杜と火狭が恋人のように仲良くしている光景なんて想像できないしな。うん、そうしよう。


 放課後、俺は遷杜と金泉を呼んだ。今日はどこかに探索に行ったりしないのかと聞かれたが、今日は行かないと答えておいた。そして、まずは遷杜に助言するところから始めようと思い、金泉に待ってもらっている場所からから少し離れた場所で一言言っておくことにした。


「何だ、急にどうした」

「遷杜よ、これから俺が遷杜に何をさせようとしているか分かるか?」

「分からん。せめて何かヒントをくれ」

「金泉のことを思い出せ」

「……? 思い出すも何も、すぐそこにいるが?」

「うーん……やっぱり忘れてるか。いや、忘れてるというよりは、あのときの子が金泉だと気づいてないだけか……」

「何をぶつぶつ言ってるんだ?」

「まあ、それはそうとして。確か、遷杜は火狭のことが好きなんだよな? 恋愛的な意味で」

「……いや、実はそうでもない」

「え?」

「もちろん好きなことは好きだが、それはただ純粋に、火狭をイイ女だと思ってるという意味でだ。火狭は俺のことなど眼中にないのは分かりきっているし、付き合う付き合わないの話になると、それはまた別問題だ」

「遷杜は、心の底からそう思ってるのか?」

「まぁな。てっきり、『箱』の壁に書かれているのではと思っていたが、冥加の反応を見る限りではそういうわけではないみたいだな」


 俺はてっきり遷杜が心の底から火狭のことを愛しているものだとばかり思っていた。『箱』の壁にあった記録にもそんなことが書かれていた気がするが……思い返してみれば、あれは遷杜と金泉がくっ付かなかった世界での記録だったかもしれない。やはり、記録はそれぞれ一人ずつの視点でしか心情や出来事を語れないから、どうしても認識に誤差が出てしまう。記録を書いた人物と読んだ人物が異なるならなおさらだ。


 何はともあれ、遷杜が恋愛対象として火狭を見ていないのなら好都合だ。これを機に遷杜を金泉に向かわせれば、二人が以前会っていたことを解決できるし、遷杜の中の思い出も、金泉の想いも同時に解決できる。


「なぁ、遷杜。火狭のことを恋愛対象として見ていないのなら、他の誰のことが好きなんだ?」

「冥加、さっきからどうしたんだ……? 冥加が色恋沙汰に興味を持つとは――」

「気にするなって、ちょっと聞きたいだけなんだ。それで、どうなんだ?」

「……まあ、いないな」

「いない? 好きな女の子がいない?」

「ああ、そうだ。それに、俺は『あの子』を見つけ出して謝らないといけないからな。少なくとも、それが終わってからでないと、俺なんかに恋愛なんてする資格なんてない」

「……もし、遷杜の言う『あの子』がすぐ近くにいたとしたらどうする?」

「何……?」

「俺が言えるのはここまでだ。それじゃあ、金泉にもちょっと話してくるから、ここで待っててくれ」


 遷杜は幼い頃に金泉と会ったことを覚えていない。いや、当時の記憶はあるが、そのときに会った女の子の正体が金泉霰華だということを忘れてしまっている。無理もないかもしれない。今から十年近く前の話らしいし、小学生の頃ならお互いのことをあだ名か何かで呼んでいても不思議ではない。


 俺の言葉を聞いて、遷杜は何かに気づいたみたいだったが、それ以上俺に何かを聞くことはなかった。確信が得られなかっただけなのか、それとも確信を得られたから聞く必要がなかったのか。その心理は分からないが、俺は遷杜を待たせて、それまで待ってもらっていた金泉に近づいた。


「待たせて悪かったな」

「それで、何の話なんですか? 今日はもう捜索はしないという話でしたが――」

「それじゃあ、早速本題に入らせてもらおう。ずばり、金泉よ。今、この場で、遷杜に告白してみないか?」

「な……何を言ってるんですかっ!?」

「グフォアッ!!」


 金泉は顔を真っ赤にしてそう言いながら、グーで俺の顔面をパンチしてきた。金泉の細い腕からしてそれほど強い威力ではなかったものの、当たり所が悪かったのか、鼻が折れそうになった。鼻血こそ出なかったものの、しばらく痛さのあまり何も喋れないでいると、金泉が心配している様子で申し訳なさそうに、俺を見ているのが分かった。


「みょ、冥加さん……? 大丈夫ですか……?」

「……あ、ああ……たぶん……」

「すみません……一瞬だけ、妙に冥加さんの顔面を殴りたくなって……」

「いや、謝るのはこっちだ。先に話すことをすっ飛ばしていきなり本題に入ったのが問題だったんだ。もう一度、さっきの本題に辿り着くために話があるから、聞いてくれないか?」

「……分かりましたわ」


 だいぶ鼻の痛みも引いてきたところで、一呼吸吐いた後、俺は再び金泉に説明し始めた。


「金泉は、遷杜のことが好きなんだよな」

「何でそれを……?」

「まあ、日常的に見てたら分かるし、俺に限っては金泉に何度も相談されたことがあるし、それに、『箱』の壁に書かれていた記録を見て知ってるからな」

「ああ、そういえば、そんなことも言っていましたわね。何だか、心を覗かれてるみたいで、少し気味が悪いですわ」

「友だちの気持ちを読むことがあまりよくないことだってのは俺でも分かってるんだから、そう言うなって。それで、結局のところ、そうなんだよな?」

「……ええ、私は遷杜様のことをお慕いしておりますわ」

「好きになった理由とか、そういうのは覚えてるか?」

「記録を見たのなら、知っているのではなくて?」

「……若干ではあるが、世界によって事実が異なることがあるからな。確認しておきたいんだ」

「それなら構いませんわ。確か、あれは……いつのことでしたっけ。まあ、それはさておきとして、私は以前、遷杜様に命を救われたことがあるのですわ。原因は、両親が世界に対して大きな嘘を吐いていること。私は、自殺しようとしていたのですわ」

「それを、遷杜に救われた、と」

「ええ。遷杜様は自殺しようとしていた私を呼び止め、生きる意味を教えて下さいましたわ。ですから、私は遷杜様のことをお慕いしているというわけです。事実と記録に差はありましたか?」

「いや、聞いた限りではたぶんないな。それで、少し掘り下げて聞きたいんだが、その自殺しようとして遷杜に止められたってのはいつのことなんだ?」

「今、冥加さんに聞かれて思い返してはみたのですが、どうにも思い出せませんわ。遷杜様にこの命を助けられ、生きる意味を与えられたのは覚えているのに、その時期が思い出せない……遷杜様と出会ったのは去年の春のことですから、今から一年以内の話だとは思うのですが、それ以上は……」


 記録に間違いはなかった。やはり、金泉は遷杜と分かれてしまうきっかけとなった事故で、幼い頃に遷杜と会った記憶を失っている。遷杜に自殺を止められたというワンシーンは印象強くて忘れなかったが、それ以後の平穏な日常は忘れてしまっている。だから、金泉は幼き日の遷杜ではなく高校生の遷杜に自殺を止められたと思い込んでいるというわけだ。


「金泉には、昔誰かとよく遊んだ記憶があるはずだ」

「何で急にそんなことを……まあ、ないことはないですが、あれが誰だったのかは……」

「もし、もしもの話だが、そのとき遊んでいた誰かと金泉の自殺を止めたのが同一人物だったら、どうする?」

「え? それって――」

「これ以上、俺から言えることはない。あとは、分かるよな?」


 俺が言えるのはここまで。俺はあくまでヒントを教えるだけで、明確を解答を提示しない。ここから先は、遷杜と金泉の問題だ。その後、俺は遷杜を呼び、金泉に遷杜に確認してみるように助言しておいた。あとは、二人の記憶が全て解決してくれるはずだ。

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