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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
最終章 『Chapter:The Solar System』
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第七話 『赴稀』

 あの後、俺は広場の手前で待機していた八人を呼び、今の状況を伝えた後、みんなで周辺を適当に調べることにした。だが、それによって何らかの成果を得ることはできなかった。でも、故障していた『箱』を調べ、ディオネから話を聞いたことによって新たなことが分かったので、今日はそれで解散することにした。


 『箱』について、新たに分かったことは二つ。一つ目は、『箱』が故障していたこと。結局、元々どういう原理で動いていたのか分からないため、修理することはできない。また、故障の際に内側の壁に書かれていた記録の全てが溶けて消えてしまっていた。


 二つ目は、『箱』を作ったのはディオネではなく、『箱』は元々この世界に存在していたものだったということ。『箱』に世界再編の衝撃を防げる耐久性を付与したのも、この世界をループさせたのもディオネらしいが、その基盤は『箱』と同様に元々この世界に存在していたらしい。つまり、ディオネは元々存在していたものを呼び起こしただけに過ぎないのだという。


 何も分からないよりは遥かにマシ……どころか、これだけ有益な情報を得られたのだから万々歳だろう。『箱』が故障してしまったことで真の意味で今の世界がこの世界で最後の世界になってしまったことや、『箱』の壁に書かれていた記録をみんなに見せられなかったのは悔やまれるが、くよくよしていても仕方がない。地曳の記憶の件もそうだが、こういうときこそ前向きに進んでいくべきだ。


 ちなみに、とりあえず『箱』はそのままの場所に放置しておくことにした。俺たち以外の誰かがこんなところに来ることはないし、わざわざ持ち帰る理由もない。そもそも、壊れていて修理すらできないような状況なのだから、どう利用しろというのか。まあ、全員で話し合った結果、すぐにそういう決定を成されたというわけだ。


 帰り道、辺り一帯が薄暗くなってきた頃、俺は土館の斜め上を浮遊しているディオネに話しかけた。


「おい、ディオネ」

「何ですか。私は今、お姉ちゃんに悪戯をしようとしていたところなんですけど」

「それならなおさら俺の話を聞け。ディオネ……俺の見当違いならそれで構わないんだが……もしかして、お前は記憶が飛ぶ前の地曳のようにこの世界の真相がどういうものなのか知ってるんじゃないのか?」

「『この世界の真相』ねぇ……冥加さんが言うこの世界の真相というものが『この世界の本質が何なのか』という意味なら、知ってないこともないですけど」

「それを教えてはくれないか?」

「なぜ」

「正直なところ、俺にはこの世界の真相が何なのか、よく分かっていない。ただ何となく、俺たちの常識では考えられない出来事ばかりが起きていて、俺たちが九百六十もの世界で殺し合っていたという事実が存在するこの世界は間違いなく狂っている、ということは分かっている。だが、あと一手、何かが足りない。俺の推理の穴を埋めるピース、それを聞きたいんだ」

「……ま、私の知ったことではないですねぇ。そもそも、私はこの世界で永遠に過ごしたいくらいですし」

「そこだ。今まで聞かなかったが、結局のところ、ディオネは何者なんだ? いつどこから何の目的でここにきた? 土館のもとに現れたのは昨日だと知っているが、それ以外のことが分からない」

「それすらも、冥加さんが定義した『この世界の真相』に関係しているとしたら?」

「何?」

「……さて、何はともあれ、そんな大事なことをそう易々と教えられるわけがないですねぇ。冥加さんだって、私がそのことについて簡単に口を開くとは思っていなかったでしょう? それに、これから何をしなければいけないのか、分かっているはずです。解決方法は星の数ほど存在していますが、さて、冥加さんはどれを選びますかねぇ」


 そう言って、ディオネは前のほうを歩いていた土館に近づき、楽しげに会話し始めた。悪戯するんじゃなかったのかと思いながら、俺はディオネの台詞を思い返した。いったい、ディオネは何を言いたかったのか、俺に何を伝えようとしていたのか。それを考える。


 ふと気がつくと、俺は自分の家に帰ってきていた。いつみんなと分かれたのか、よく覚えていない。ひとまず、今日はもう疲れたし、さっさと風呂に入って夕飯を食べて寝よう。そんなことを考えながら、俺は風呂に入った。


 十数分後、風呂から上がった俺は夕飯を食べる時間にはまだ早いと思い、一旦自分の部屋に戻ることにした。父さんは深夜に仕事を終えて帰ってくるだろうから、今日も夕飯は一人で食べることになる。もしかすると、昨日みたいに出張なのかもしれないけど、こういう毎日にはもう慣れた。それに、昨日に限っては父さんが出張に出てくれていないとみんなを家に呼べなかっただろうから、実は都合がよかったりする。


 母さんが死んでから、もう随分経つ。俺自身、その当時のことを鮮明に覚えているわけではない。ただ、母さんが俺の目の前で誰かに刺された。父さんや警察が駆けつけたときにはすでに手遅れで、母さんは死んでしまっていた。それだけはよく覚えている。


 でも、母さんを刺した人物は誰なのか。強盗ではないのは分かっているのに、その正体を思い出せない。そして、母さんは何で殺されないといけなかったのか。母さんが何か悪いことをしたわけではないのに、その理由を思い出せない。『箱』の壁の記録にも、俺の過去についてそれ以上詳しいことは書かれていなかった。ディオネを除いた八人の過去は書かれていたにも関わらず。


 風呂場でパジャマに着替え、リビングに飲み物を取りに行った後、自分の部屋へ向かう。


「ふぅ……疲れた――」

「あ、お帰りー」

「ああ、ただいま……………………って、えぇ!?」

「……?」


 今この瞬間、俺の家には俺以外誰もいない。そのはずなのにどこからともなく聞こえてきたその声に、俺は驚きを隠せなかった。ふと見てみると、俺のベッドに寝転んでタブレットを弄っている一人の少女がいる。その少女はつい先ほどまで着ていたであろう制服を床に脱ぎ散らかし、下着姿に毛布を羽織っているだけという状態だった。


 俺は、体勢はそのままでキョトンと俺のほうを見ている少女に問う。


「じ、地曳……!? 俺の家で何してるんだよ!」

「見ての通り、ごろごろさせてもらってただけ……じゃなくて、委員長の家庭訪問であります!」

「頼んでねぇ! というか、家庭訪問なんて何十年前の話だよ! するならPICの映像通話ですれば済む話だろ!」

「いやいやー、ほら、ね? 委員長同士仲良くしようじゃないかー、とか思っちゃったり」

「委員長って言っても、俺はほとんどその仕事をしたことないけどな」


 地曳に言われて思い出したが、そういえば俺も学級委員長だった。もちろん、俺も地曳もそういうのが似合っている性格ではないが、どういうわけかいつの間にかそんなことになっていた。ただ、地曳に言った通り、少なくとも俺は何も仕事をしていないわけだが。はて、何で委員長になんかなったんだっけか。


「って、委員長の話なんてどうでもいいんだよ! 何で地曳が俺の家の、しかも俺の部屋にいるのかってことを聞いてるんだ! 下着姿で! 毛布を羽織っただけで!」

「だってー、制服って窮屈で動き辛いじゃん。だから、脱ぎ捨てちゃえばいいかなーって」

「いやいやおかしい。お前のその理論はおかしい」

「まー、細かいことは気にしなさんな。さーてさて、對も上がったみたいだし、私もお風呂借りさせてもらおうかなー。いいよね?」

「それは構わないが……って、ちょっと待て! 何、ナチュラルに会話を逸らそうとしてるんだ! そろそろ俺の家に来た理由を言え! あれ? というか、どうやって家の中に入ってきたんだ?」

「それなら、玄関ドアがちゃんとロックされてなかったみたいだよ」

「そうだったか……表向きは事件も事故も起きないとはいえ、俺としたことが不注意極まりないな」

「それで、何で私が對の家に来たのか、だったっけ?」

「ああ、そうだった。何でなんだ?」

「それは……ね。私の記憶のことについて、話したかったからなんだ……」


 地曳の表情を見てみると数秒前の明るくふざけたようなものとは打って変わり、真面目で真剣な、しかし辛そうな感情も見え隠れするものになっていた。それにより、地曳がどれほどの思いで俺の家に来たのか、俺は何となく理解した。


「一応、きーたんとくーちゃんから話は全部聞いたよ。『伝承者』っていう役割のことも、この世界の秘密のことも、それ以外にも對が話したことはたぶん全部。もちろん、對がそんな嘘を言うとは思ってないし、Dちゃんのことや『箱』のこともあったから、今はもう信じられてる」

「……ああ」

「でも……それでもやっぱり、私は思い出せない。あの晩、私が意識を失う前に對に何をされそうになっていたのか、そのときの私は何の目的で何を伝えようとしていたのか。それが、對が言っていたこの世界の真相っていうのに繋がるのかもしれないけど、何一つとして思い出せないの……ごめん」

「いや、そのことはもう大丈夫だ。少しずつ思い出していけば――」

「それは、對が私のことを思って言ってくれてるだけでしょ?」

「……っ」

「本当は失った記憶なんてそう簡単に戻らないって分かってるのに、私が思い悩まないように気を遣って、あえてそう言ってくれてるんでしょ?」

「そんなことは――」

「分かってるよ。私がどう言っても、對は優しいから本当のことは言わない。だけど、それじゃあ、そのことに気づいた私はどうすればいいの? それさえ思い出せれば對やみんなのことを助けられるかもしれないのに……たとえそうじゃなくても、何か手がかりを得られるかもしれないのに……どれだけ頑張っても思い出せなくて……」

「地曳……」


 俺は地曳に何と声をかければいいのか、すぐに思いつかなかった。おそらく、今の地曳に何を言っても『俺が地曳に気を遣っている』と思われるだけだ。いっそのこと、『もう思い出さなくていい』と言いきってしまっても構わないが、それだと逆に、ここまで思い詰めてしまった地曳を見捨てるみたいになってしまう。


 十数秒間の沈黙の中、考え続け、俺が導き出し――、


「……とまあ、そんなに重たい話をするつもりで對の家にお邪魔したわけじゃないんだけどね。あー、重い重い」

「……………………はい?」

「ごめんね、困らせるようなこと言っちゃって。だけど、もう大丈夫! 對が私だけじゃなくてみんなのことを大切に思ってくれてるのは充分に分かったし、この際忘れちゃった記憶を思い出すのは諦める! うん、そうしよう! そうすれば、私の気も楽になるし、對が余計な気遣いをする必要もなくなる!」

「えっと、地曳……?」

「んじゃ、お風呂借りるねー。私がお風呂上がったらお礼にご飯作ってあげるから、それまでちょっと待っててー」

「お、おい、待てって!」


 半ば強引に会話を終わらせ、そそくさと風呂場に向かおうとする地曳。俺はそんな地曳の手を取り、無理やり引き止めた。地曳は何で俺に引き止められたのか分かっていない様子で、俺のことを不思議そうに見返していた。


 そんなとき、玄関ドアが勢いよく開いたような音が聞こえ、ドドドという足音とともに、ドアが開けっ放しになっていた俺の部屋に小さな少女が姿を現した


「……ミョウガ……ジビキに、何してる……!」

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